第3話 アンタ、いったい何者なのよ……
沙綾が神官たちを吹き飛ばした事件から一月後、彼女は祭壇の上にぐで~んとだらしなく横たわっていた。
「ちょっと、聖剣様!! その格好はあんまりだと思うのです」
「いやー、だって最近殆ど選定受けに来る人いないじゃなーい」
「うっ、確かに来ませんけど、何時来るか分からないのですよ!?」
「来たら、教えてよ~、その時はシャンとするから……」
ここ最近、選定に来る人がめっきり減っていた。普段は日に十人や二十人とやって来ていたのに、今では週に一人訪れれば良い方という具合である。
ただ、珍しく閑古鳥が鳴いているのにはしっかりとした理由がある。
それは先月起こした騒動が原因だった。あの事件以降、国と神殿側は選定を希望する者を厳正に審査し始めたのだ。その為、以前は来る者拒まず状態だった候補者たちが、審査の段階で大抵弾かれてしまい、聖剣の元に来るのはほんの一握りの実力者だけとなっていた。
最もその一部の実力者でも、沙綾は通す気は全くないわけだが……。
「まぁ~でも来ないのはありがたいけどねぇ、この所何か微妙に調子悪いし……」
「え!? そうなのですか?」
「なんで、そこで素で驚くのよ……」
妖精さんの心ない反応に溜め息をつく沙綾。
実際、調子が悪いのは本当だった。なんかこう今一気分が乗らない様な変な感じなのだ。別に体調が悪いわけではないのに、妙に体がだるい感じがするのだった。
そんな沙綾を妖精さんはじーっと眺め、一言。
「……錆びましたか?」
「!? ハッ倒すわよアンタ!?」
「ひぃぃぃ!!」
言うに事欠いてなんて発言をするのか、この妖精さんは……。
仮にも神々が創造し人へ授けた最強の神器である。錆など出るわけがない。
ただ、それでも気になって聖剣本体をざっと見に行く位には、沙綾は心配性だったりする。
「……気になりますか?」
「うっさい、ダメ妖精!」
そんな感じでのんびりだら~っとした日々を過ごしていたある日、再び神殿内が騒がしくなる。
前回の騒動から凡そ半年が経っていた。
「今日はまたえらく騒がしいわね、妖精さん。はい、革命」
「何でしょうね聖剣様……。余裕でお返しなのです」
「はぁ!? って、またどうせ王子かなんかでしょう」
「多分そうなのです。はい、八切りで上がりなのです!!」
「あぁぁ!? ちょっ、何でそんなローカルルール知ってるのよ!?」
そんな騒ぎを気にもせず、沙綾と妖精さんは二人でトランプの大富豪に興じていた。
トランプは少し前にあまりにも暇過ぎた沙綾が、マナで形成して作ったものだ。当然、視認性にも問題はなく、普通の霊視ではまず視えない優れものである。
その後もババ抜きや七並べ、豚の尻尾等、二人でやるにはあまりに不毛なゲームを続けていたのだが、
「せ、聖剣様? こ、これはちょ~っと非常事態な気がするのです……」
「そ、そうね……。流石の私もこれはダメなやつだと思うわ……」
「ですよね!! ですよね!! どおしてこんなに怪我人が運ばれてくるのです!?」
あわあわと騒ぐ妖精さんから目を外せば、今も入口の方からダース単位で怪我人が運ばれて来ていた。
見ればその多くが鎧を着込み武装した騎士達だ。そんな彼らを神官達が焦った様子で治療していく。
さながら野戦病院じみた光景が、沙綾達の目の前に広がっていた。
「これは、アレね……魔王軍が攻めてきたんじゃないかしら……」
「!? またそんな笑えない冗談を!!」
「いや、だって今、人同士で争う余裕なんてないって話じゃない? クーデターとかも無いとは言えないけど、一番可能性があるとしたら魔王でしょう……」
「!! だったら! だったら、聖剣様のお力で!! ほら、何時もみたいにブワァァァッてやってくださいなのです!!」
「いやいや、無茶だから。担い手もいないのに魔王軍と戦うとかだから無理ゲーだから!!」
「それでも何時も力を使ってたじゃないですかぁ!!」
涙ながらに掴みかかってくる妖精さん。沙綾は顔を若干顰めながら、内心で舌打ちした。
確かに、何時も力を使ってはいた。しかし、それは聖剣の力のほんの数パーセント、一割にも満たない力だ。
地脈の制御にしたって、偶々祭壇が地脈の終着点にあったから成功したのだ。でなければ、いくら聖剣といえどもあんな簡単に修正が出来るわけがない。
そして、何より沙綾は本体である聖剣からあまり離れて力を使えない。そして、聖剣自体は祭壇から動かせない状況だ。
何だかんだ言いながら、結局のところ聖剣の力をフルに引き出すには、勇者という担い手が必要なのだ。そして、魔王軍と戦うならその全力が必要になる。
「だからっ! だからっ!! 何度も言ったのです!! 勇者を早く選んでくださいって!!」
その場に泣き崩れ、床を叩く妖精さん。
「もう、もうこの国も終わりなのです……。そして、人類には絶望しか残らないのです……」
そうしている間にも、怪我人は益々増え、建物の崩れる音や人の悲鳴など戦禍の狂騒が神殿の方へと近づいて来る。
それから三日後。
あれ程騒がしかった戦禍の音は止み、神殿内に一時期は溢れるほどいた、怪我人や避難者たちも何処へ消えたのか、今はもういない。
様々な瓦礫や物が散乱し、静まり返った神殿内には、廃墟のように暗い陰鬱とした雰囲気が満ちていた。
そんな神殿の中に二つの足音が響く。
足音は迷いのない様子で進み、やがて礼拝堂の入り口で止まった。
「ほう、これが世に聞く聖剣という奴か、爺」
「左様にございます陛下。神々が創造し人に授けた最強の神器と聞いております」
「ふんっ、そうは言うがそれを擁していた国がこの有様ではな。本当かどうか疑わしいものだ」
「左様でござますな。大方、神殿が信者欲しさにでっち上げた作り話かもしれません」
そんな話を沙綾は祭壇の陰で蹲って聞いていた。胸元には泣き疲れた妖精さんが小さく寝息を立てている。
沙綾はその妖精さんを優しく床に下ろすと、ゆらりとその場に立ち上がった。
それに立ち話をしていた二人も気が付く。
「むっ?」
「これはっ!」
突然現れた沙綾に呆ける二人。
「お前達かぁぁあぁぁ!!」
呆然として動けない相手目掛けて、沙綾は飛びかかる。その拳にはありったけのマナを込めて。
が、しかし、その沙綾の渾身の一撃を二人は難なく避けてしまう。そう、避けたのだ、まるで飛びかかってきた沙綾が見えているかのように。
避けられ、その場に無様に倒れこむ沙綾は、二人を睨みつける。
「くそっ!!」
「ははっ。視みてみろ、爺。何かと思えば珍しいものと出会えたではないか」
「左様ですな。大層荒ぶっておりますが、精霊、いえ、この格ですと神霊の類かと」
黒いローブに身を包み、フードで顔を隠した正体不明の二人組は、落ち着いた様子で沙綾を観察する。それが余計に彼女をいらつかせた。
(くそっ……こいつら私が見えてる? でも、今はそんなの関係ない!!)
そして再度殴りかかるが、相手は最小限の動きで軽々と避け、そればかりか沙綾の腕を掴もうとする。しかし、それは虚しく宙を切った。
ある意味当然の結果だった。今の沙綾はマナの集合体、いわゆる霊体に近い存在である。視るのはまだしも、触れるとなると余程高密度のマナをその場に集中させるしかない。
沙綾自身も聖剣以外の何かに触れるなりしようと思うなら、大量のマナを集中させなければいけないのだ。実際先ほどから殴りかかっている間中、その瞬間にはありったけのマナを拳に込めている。
そんな状態の彼女を、なんの策もなしに捕まえられるわけはないのだ。
「ふむ、やはり触れぬか。少々手間だが仕方あるまい」
言うと黒ローブの片方が何事かを呟き始め、その足元には複雑な魔法陣が次第に展開されていく。
「一体何を……」
その様子を沙綾は訝しげに見つめていた。陣の構成的に攻撃を主とする物ではない。外敵から身を守る結界の陣構成に似ているが、どこかが違う。
そうしている間に、とうとう魔法陣は神殿全体を覆いつくしてしまう。しかし、沙綾にはその正体が掴めない。
「さて、コレでどうだ? 正体不明の神霊よ!」
随分自分の近くで聴こえた声に沙綾は目を見張る。魔法陣に気を取られて、黒ローブの接近に全く気が付いていなかったのだ。次の瞬間、腹部に重い衝撃が走り、
「っつ……カハッ」
あまりの激痛に沙綾はその場に膝から崩れ落ちた。
(う、そ……私、今、殴られた……?)
苦しい中、涙目で黒ローブを見上げれば、
「まるで状況が分からんという顔だな。教えてやろう、今ここに展開している陣は貴様のマナを固定して、実体化させる物だ」
淡々とした説明の言葉とともに、今度は蹴りが襲ってくる。沙綾はそれを両腕で如何にか防ごうとするが、受け切れずそのまま蹴り飛ばされてしまう。
床に倒れ込んだ沙綾を見下ろしながら、黒ローブは更に問いかける。
「さて、一つ問うが貴様は何者だ? 神霊級の者が何故ここにいる? まさかあの女神の差し金ではあるまい?」
問いかけに沙綾は顔を背け、沈黙で答える。
「ふんっ。沈黙はあまり為にならんと思うがな。アレは貴様の連れであろう?」
黒ローブが指差す方へ、沙綾が目を向ければ、そこにはもう一人の黒ローブに捕まり、首元にナイフを突き付けられた妖精さんがいた。
「妖精さん!?」
「ひぐ、ぐすっ、ご、ごめんなさいなのですぅ」
「さて、再度問うが、神霊、貴様は何者だ?」
妖精さんの方を見ればフルフルと首を横に振っているが、沙綾に彼女を見捨てる選択肢はない。そして、諦めたように弱々しい声で告げる。
「分かったわよ……言うわよ。私は、そこの聖剣に宿っている神霊よ……」
沙綾がそう言うと黒ローブ達の息を呑む気配が伝わってくる。
「は、ははっ。爺! 爺! 聞いたか今のを!!」
「はっ。この耳で確かに」
「嗤いが止まらんな。女神め……、まさか余を殺さんが為に、神霊を宿した武器まで人に授けるとは……」
言いながら嗤いつづける黒ローブに沙綾は力なく問いかける。
「アンタ、いったい何者なのよ……」
答えが返ってくるとは期待していなかった。しかし、黒ローブは余程興が乗って機嫌がよいのか、被っていたフードを外し名乗りを上げる。
「余を誰と問うか、愚鈍な神霊よ! 余こそは第十四代魔国領国王である!!」
深紅の髪に紅玉の様な瞳を持った美丈夫は、嗤いながら沙綾にそう告げる。
この男こそが魔王。沙綾が勇者と力を合わせ、打ち倒すべき存在として神に定められた相手だった。
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