第2話 私を悪霊扱いするのよ!?

 地脈事件から暫く後、今では割と大人しくなった妖精さんを横に従え、沙綾は今日も今日とて、我こそはっ!! と勇んでやってきた勘違い勇者候補をテキパキと追い返していた。

 

「……今、吹き飛んだので今週に入って三十人目なのです……」

「そうね!! 絶好調だわ!! 今週は新記録かもしれないわね!!」

「で~は~な~く~!! ではなくてですね、聖剣様!?」

「何よ……」

「いい加減、本当に勇者を選んでくださいなのです!! 魔国領から攻めてきた魔王軍のせいで、この五年で落ちた国は一つや二つではないのですよ!? 最近、勇者候補が特に多いのも人類が切羽詰まってるからなのです!!」


 沙綾の服の裾をつかみ、涙ながらに現在の窮状を訴える妖精さん。

 その姿に一瞬怯むものの、沙綾は妖精さんを振り払い、


「嫌よ、嫌。大体、何度も言うけど適正者がいないのが悪いんでしょうが! 最低でも私や妖精さんを視認できる位に、マナに対する感受性を持ってから来なさいってのに、毎度毎度来る候補者はなに!?」

「え、と、はい……マナ感受性が無いにも等しい、脳筋ばかりなのです……」

「ですよね!? なら、これは私のせいじゃなく、そんなのしか候補に出せない人類の問題よね!! 異論は!?」

「はい……ありません……なのです」


 しゅんとした妖精さんとは対照的に、何処か勝ち誇ったような感じで仁王立ちする沙綾。今日も妖精さんを無駄な勢いと、適当な理屈で完全論破である。

 そんなここ数日の間に、日課の様な感じになってきたやり取りを終えると、神殿の入り口付近が俄かにざわめき始める。

 気になって周囲に目を向ければ、普段は何をやっているのか謎な神官たちが、慌てて何かの準備をし、何時も熱心に礼拝していた信者たちは、いそいそと帰り支度を始めていた。


「何? ……魔王でも攻めてきたの?」

「!? 不吉な冗談言わないでくださいなのです!!」

「じゃあ、なんだってのよ、この騒ぎは……」

「私にも分からないのです。でも、人だけじゃなくマナも何かざわついているのです……」

「そう言えばそうね、ちょっと不快だわ……」


 沙綾は少し顔を顰める。確かに、空気に混じっているマナが揺らいでいて、気が付いてしまうと非常に不快だった。例えるなら森林の空気が、急に海の空気に変わった様な感じである。


(なんだろう……今までにない感じね……分かるのはそれなりにマナに影響力を持つ存在が入口にいるという事だけど……)


 考えながら再び周りに目を向ける沙綾。妖精さんもキョロキョロと周りを観察している。


(でも、鬼気迫った感じでもないし……大丈夫でしょう、多分)

 

 最終的にそう結論付ける。


「まぁ、なんか危険はないみたいだし、もう少し様子見と行こうか妖精さん」

「は、はぁ……」

「もしかしたら、アンタが待ちに待った勇者候補かもしれないわよ?」

「!? 私、早速確認してくるのです!!」


 今にも文字通り飛んで行きそうな妖精さんを沙綾はサッと捕まえる。


「待ちなさいって、珍しくこれだけマナに影響力を持ったお客さまよ? 丁重に持て成しましょう」

「ひっっ!? 聖剣様!? か、顔が凄く怖いのです!?」

「ああん?」

「ひぃぃぃぃ」


 失礼なことを言う妖精さんを一睨みで黙らせ、沙綾は早速作業に取り掛かる。

 誰が来ようと、勇者候補なら丁重にお断りする、それが聖剣、沙綾のやり方である。



 

 神殿に仕えていた神官たちは焦っていた。

 つい一時間ほど前、急にある知らせが伝えられたからだ。それは、


『ペルシス王国第一王子、サルーン様が勇者候補として聖剣を抜きに来られる』

 

 というものだった。ペルシス王国第一王子、つまりは自分たちの国の次期国王になろうという人物が、聖剣を抜きに来るのだ。

 これに頭を抱えたのは日頃の勇者候補の惨状をよく知る下級神官たちであった。

 上役たちは、歯の浮く様な台詞を並べ立て、王子をその気にさせているが、下級神官たちは気が気ではない。

 もし、いつも通り問答無用で弾き飛ばされでもしたら、自分たちの首が飛ぶかもしれないと戦々恐々である。

 だが、有効な手立てを思い付く者はそうそうおらず、馬車から下りた王子は皆に笑顔を振りまきながら上級神官たちに連れられて、神殿にと続く門へ進んで行く。

 それを青い顔をしながら見送る下級神官一同。これから起こるだろうことを想像すると、生きた心地がしない彼らだった。


 そんな下級神官の気持ちなど露ほども知らず、王子は白亜の神殿内部を笑みを絶やさず、落ち着いた様子で歩いて行く。母親譲りの綺麗なブロンドの髪が、時折風に揺れる。


「実に見事なモノだね、総神官長殿。まさしく聖剣が祀られるに相応しい、威厳と荘厳さに満ちた神殿じゃないか」

「はっは。ありがとうございます。これも偏に王家のお力添えあってのことと存じます」


 王子の月並みな褒め言葉に、深々と頭を下げるのは、顎に豊かな白髭を蓄えた初老の男性である。彼の纏う純白のローブは金糸、銀糸で細かな装飾を煌びやかに施されており、周りの神官が着る白い無地のローブとはまるで別物だった。


「あぁ、そうだ、そうだろうとも。だからこそこの僕が聖剣を授かるに相応しい。総神官長もそう思うだろう?」

「はっ。今の今まで聖剣が誰も選ばずにいたのがその証左かと」

「そうだろうとも! なのに父上ときたら、僕がここに来るのをあの手この手で阻止しようとする。王家の僕が聖剣の担い手になり、勇者として名乗りを上げれば、ペルシス王家の権威はより強固なモノになる。周辺諸国へも一層強い発言力を得られるというのに!! 父上は何故それが分からないのか!」

「誠に以て、その通りと存じます殿下。と着いたようでございます。さぁ、殿下、ここが聖剣の祀られている礼拝の間でございます」


 神殿の入り口から少し進んだ所にある礼拝堂の巨大な木製の扉を、そばに控えていた上級神官たちがゆっくりと開ける。

 扉の先に現れたのは、人が百人は入れそうな空間だ。そこに規則正しく並べられた縦二列、横八列の大理石の長椅子。そしてその椅子の中央を通り、最奥の祭壇へと続くように布かれた深紅の絨毯。最後、祭壇へと目を向ければ、そこに白銀に輝く聖剣が突き刺さっていた。


「おぉぉ! おぉぉぉぉ!! あれが、アレが聖剣か! 総神官長殿!!」

「はい、殿下。左様にございます」


 王子はその翠色の瞳を輝かせ聖剣を見つめ、そして……ふと気が付く。


「時に総神官長殿?」

「何でございましょうか、殿下」

「聖剣の横に薄っすらと黒い人影がいるように見えるのだが、これは僕の見間違いだろうか?」

「な、なんですと!?」


 この発言に総神官長と周りのモノは非常に驚いた。聖剣の横に黒い影。何と不吉な事であろうかと。よりにもよってこんな時に、何故そのようなモノがと。


「で、殿下。どうぞお下がりください」

「む、何故だ? 僕はもっと近くで聖剣を見たいのだが!」

「なりません殿下! 生憎と年老いて力の弱まった私には視ることは適いませんが、殿下の仰る黒い影、若しや幽鬼、魔物の類やもしれませぬ!!」

「な、なにっ!?」


 その言葉に今度は王子が目を見開く。実は王子はここ最近、妙なモノを視界の端に捉える事が多くなっていた。それがまさか、幽鬼、魔物の類ではないかと言われれば驚きもする。


「下級神官の間で暫し噂にはなっていたのです。勇者の選定に来るものが聖剣に触れると、目に見えぬ力に害されることがあると……。そんな馬鹿なと、そんなモノは選ばれなかった者の醜い僻みだと、一蹴していたのですが……。殿下のお力で理解いたしました。アレにはきっと何かがあるのでございます……」

「そ、それが勇者の選定を邪魔している、総神官長はそう言いたいのか」

「左様でございます、殿下。ささっ、どうぞ後ろにお引きください、幽鬼、魔物の憑き物を払うのが、我らの仕事でございますれば」

「うむ、それではしかと任せたぞ、総神官長殿。僕は急ぎ王宮へ戻り父上、国王陛下にこの事を報告せねばならない。よもや我が王国内に既に魔の類が巣食っていようとは……」

 

 まるで苦虫を四~五匹同時に噛み潰したように、憤った表情をする王子。そこには国を支えようとする者の、魔物に対する純粋な怒りがあった。


「かしこまりました殿下。ですが、お気を付け下さい。これが魔王軍の斥候であるならば、必ずや道中邪魔が入りましょう」


 その言葉に王子は重々しく頷くと踵を返し、護衛の騎士数人とともにその場を去っていく。その足取りは力強く、その背を見送る総神官長は、この国は今後も安泰であろうと、一人微笑むのだった。


「さぁ!! 殿下がこの窮状を陛下にお伝えしている間に、我らは神官の名に賭けて、この場に巣食う魔の物を滅するのです!!」


 しかし、それもこの難局を無事乗り越えられればの話だ。神殿、それもかの聖剣の祀られている場に現れた魔の物だ。生半可な相手ではないことは確かだった。


「付近の全神官をここに集めなさい! 加えて国中からもです!! 特に【霊視】系統のスキルを持った者は最優先で連れてくるのです!!」

「はっ! 総神官長殿!!」

「神の家に土足で踏み行ったその愚行、その身を以て償わせるのです!! さぁ!! 神官たちよ!! 日頃の修行の成果を!! 今ここに示すのです!!」

「おおおおおおおぉぉおおぉぉぉおお!!!!」


 総神官長の演説とそれに合わせて上がる、神官たちの鬨の声を聞きながら、沙綾は聖剣の横で小さく肩を震えさせていた……。


「せ、聖剣様……なにか外が凄い事になってるのですけど……」

「分かってるわよそんなこと!!」

「でもでも、ですけど! ですけど!!」

「あ~~も~~なんなのよ!! 少し眼が良さそうだったから、見ることが出来るかマナの視認性を高めてあげたら、これよ!? 言うに事欠いて、あろうことか私を悪霊呼ばわりよ!? ねぇ、聞いてる妖精さん!?」

「は、はい! 聞いてますなのです!!」

 

 怒髪天を衝く勢いの沙綾の剣幕に、首をコクコクと凄い勢いで縦に振る妖精さん。

 マナの集合体のような状態である沙綾や妖精さんの姿を捉えるのには、マナに対する高い感受性か、それに特化したスキルなり、眼が必要になってくる。

 なので沙綾は今回、あえてそれなりの感受性でも捉えられるように、自身の視認性を高めていた。結果、悪霊呼ばわりである。

 日頃の行い的に、完璧に自業自得なのだが、それでも許せないものは、許せないのであった。

 

「大体、妖精さんがマナをこの国に集中させたせいで、普通に生活してれば覚醒しない様なスキルまで発現してるのよ!? あの王子の中途半端な霊視がそれよ!! ねえぇ、分かってる?? 分かってるの妖精さん!?」

「ひぃぃぃっ、それは八つ当たりなのですぅ~!?」


 こんな調子で沙綾が妖精さん相手に怒りをぶつけていると、入口の方から何やら祝詞の様なモノが聞こえ始めた。

 続けて再び開く木製の巨大な扉。そうして沙綾たちの目の前に姿を現したのは横五人、縦五人の五列横隊を組んだ神官たちであった。

 祝詞を唱えながら、様々な祭器を持ち、一歩、一歩ゆっくり彼らは聖剣に近づいて来る。

 沙綾が額に薄らと青筋を浮かべながらその様子を見ていると、


「そ、総神官長様!! 確かに!! 確かに聖剣の横に黒い靄の様なモノが!!」

「誠か!! やはり殿下は確かな目をお持ちだったようだ。皆の者!! 今一層力を込めて祈るのです!!」

「おぉぉぉおおおぉぉおお!!」


 そのやり取りの後、より一層大きくなる祝詞の詠唱。

 それを聞いて、沙綾はふらふら~っと危うい足取りで聖剣の前に立つと、その柄に手を掛ける。これに慌てたのは妖精さんである。


「ちょっ!? 聖剣様!? 何をするつもりなのです!! ダメ! ダメです!! こんな事に聖剣の力を使ったら!!」

「どきなさい、ダメ妖精!! 王子だけでなく、神官までも私を悪霊扱いするのよ!? いいじゃない、なら本当に吹き飛ばしてあげるわよ!! えぇ!!」

「だ~め~な~の~で~す~!!」


 どうにかして聖剣から沙綾を引き離そうとする妖精さん、しかし如何せん体格差があり過ぎる。


「そ、総神官長!! 黒い靄が……二つに増え、聖剣の周りで暴れています!!」

「な、何!? ええい、皆の者何をしておる!! マナを! マナをより一層祝詞に! 祭器に込めるのじゃ!!」


 その言葉を聞いた沙綾は、ニヤリと笑って妖精さんに言う。


「ほら、妖精さん。アンタも悪霊認定されたわよ?」

「!! やっちゃうのです! 聖剣様!!」

「そうこなくっちゃねっ!! 遍く生臭坊主ども、聖剣の怒りを知るといいわ!!」


 瞬間、聖剣全体が輝いたかと思うと、世界を白く塗りつぶす程の光が一気に放たれた。光は隊列を組んでいた神官たちを一瞬で飲み込み、彼らと周りにあった物をまとめて一切合切、神殿の外へ吹き飛ばす。


「あーはっはっ!! この聖剣に宿る私を悪霊呼ばわりするからよ!!」

「そうなのです!! 聖剣様はともかく、私は純粋無垢な妖精なのです!!」

「ああん!?」

「ひぃぃぃぃなのです!!」


 余計な一言を発する妖精さんをいつも通り、一睨みで黙らせる。


「まぁ、でもスッキリしたわ」

「は、はいなのです」

「で、とりあえずマナの視認性を最低まで下げてと……妖精さんも来なさい、アンタも私レベルまで下げるから」

「…………」

「なによ? 何か言いたいことでも?」

「下げるのは良いのです……でも、そのレベルまで下げたら私たちを視認できる人間なんて、絶対にいなくなるのです!!」

「文句言わない。下手に見られて、今日みたいな騒ぎになっても面倒でしょうが」

「ですけどぉ!!」

「これ以上何か言うなら、妖精さん? アンタのレベルだけ最大限にして、誰にでも見えるようにするわよ? 妖精って珍しいからねぇ……人間に見つかったら何されるか~」

「イエス! マム! 妖精さんは聖剣様に何処までも従うのです!!」

「うん、大変素直でよろしい」


 こうして、沙綾は今日も、勇者候補とそのおまけに丁重にお帰り願ったのだった。

 


 さて、この騒動にはとある後日談がある。

 沙綾の怒りで吹き飛ばされた神官たちだったが、その後どんなに霊視能力の高い者を連れてきても彼女たちが見えなかった。

 なので、あの光は自分たちの祈りが通じて聖剣が力を貸し、この地に巣食っていた魔を滅してくださったのだ、と解釈しそれを吹聴し始めたのである。

 話が広がるにつれ、神殿の母体教団であるエルセレス教は奇跡の力を引き出した宗教として各国に影響力を強めていく。

 そして、それを国教とし、聖剣の神殿のあるペルシス王国も自国を「神が守護する奇跡の国」として広め、各国に対する発言力を増していくのだった。

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