第4話 だいたいわかった探偵
「こんにちは」
玄関まで迎えに行った僕の前には、スリムな女性刑事が立っていた。いつもどおりのパンツスタイルのスーツ。メガネの奥の目はわずかに血走っていて、あまり眠れていないのかもしれない。不機嫌そうな顔でここまで乗って来たらしい車にどこかへ行けと合図をだしていた。
氷さんは、なにかを観察するように室内を見渡している。
「おじゃまします……」
「どうぞ。部屋は二階です。今、コップ持って行きます。まあ、ここ僕のうちじゃないですけど」
「知ってます」
氷さんはかつかつとスピーディに階段をあがっていく。
僕はライムちゃんの分のコップを台所から取って、二階の部屋に向かった。僕が部屋にはいると氷さんが僕のコップを持って、僕の飲みかけのジュースを飲んでいた。さっきいれたやつ……。
「あたしはダメだって言ったんだよ」
レンズさんが言う。
「わたしも」
ライムちゃんが続いた。
「ごめん。喉が渇いてたんだ。いいよね?」
氷さんが許してくれるのはわかっているというような顔で微笑んだ。レンズさんが何故か嫌そうな顔をしている。
「いいですよ、別に新しくいれますから」
持ってきたコップにジュースを注いだ。もうぬるくなっている。僕らは事件について話し始めた。
「あなたはどこまでわかった?」
氷さんがレンズさんに尋ねる。
「仮説をいくつか立てたぐらい。真実まではまだ足りない」
まだこれといって確からしい推理は誰にもないようなので、順を追って振り返ることにした。
「僕らが知らない情報があったら、適宜補足してください」
「OK」氷さんが言った。
「まず事件はあるベンチャー企業のシアタールームで発生しました。被害者はその会社の創業者。第一発見者は従業員と僕らの後輩の伏田さん」
「そう。詳しく言うと、東堂さんがまだ社外にいるときに伏田さんが会社に訪ねてきて従業員が社長を呼びに行ったけれど鍵がかかっていてはいれなかった。携帯にかけたけれどつながらず、鍵を持っている東堂さんが帰って来て、鍵をあけ中に入ると死体となっているところを発見された。この過程については部外者の伏田さんがすべて同行していたとのことです。部活動の取材としてね」
「よって従業員だけで口裏を合わせているというようなことはないと考えていいと思います」
「シアタールームとその準備室の入り口の鍵はふたつ。ひとつは準備室の引き出しの中に入っていて、その引き出しの鍵がオフィスにおいてあった。もう一つは東堂さんが所持。その東堂さんは殺害時刻には社外の取引先におりアリバイがある」
「つまりここから言えることは」
レンズさんがまとめようとする。氷さんがそれを遮るように仮設をあげた。
「事件後外から鍵をかけて発見時のどさくさにまぎれて準備室の引き出しに鍵を戻した可能性。それからなんらかのアリバイトリックを使って東堂さんの持っている鍵が使われた可能性のふたつ」
「あと被害者が自ら鍵をかけての自殺。内部から鍵をかけた別の人間が潜んでいた可能性も一応あるかな」
レンズさんが忘れるな、とでも言いたげに話した。
「自殺の可能性はないね。背後からロープで首を絞められており、ひとりでできるような死に方ではなかった。それに潜んでいたというのもない。君たちの後輩の伏田さんが警察が来るまでずっと入り口に立っていたと証言しています」
「忘れてなければいいよ。可能性はひとつずつ潰していかないとね」
「伏田さん偉いなー」
「あの……」
ライムちゃんが言った。氷さんが来てから、どこか萎縮していたようだったが、何か考えが浮かんだらしい。
「なに?」
「内側から何かの道具で鍵をかけたりとかできないんでしょうか。たとえばロボットとか……」
ライムちゃんの視線の先には、この部屋の隅で待機している薄い円盤型のお掃除ロボットがいた。これは家庭向けの単純なもので人がいないときに勝手に地面を動いて掃除してくれるタイプだ。
「なにかもうちょっと大きなものありますよね。人工知能とかある。さっきの会社の名前で検索したらそんなロボットを研究用に購入したって記事が」
ライムちゃんがケータイを見せてくれた。たしかにテレビで見たようなロボットがあのオフィスにいるのが写っていた。
「一応、鑑識が調べたけど、鍵をしめたりとか殺害したりとかをできるほどの機能はなかったよ。それ以外にも何かそういった自動装置の跡らしいものはなにもない」
氷さん完全な否定。ライムちゃんはいつもの元気もなくおとなしくなった。
「変なこと言って、ごめんなさい」
「いや、別に怒ってないよ。私は怒っているように見えるかもしれないけどそんな顔がデフォルトなだけだから」
「なんぎな顔だね」
レンズさんが言った。氷さんが今度は本当に怒った。僕はなんとか場を取り繕う。
「えっと、話を戻しましょう。この密室はどうすれば解けるだろう」
「そもそも密室というのは不純なものだ」
「不純?」
「純粋ではないということ。密室は不可能犯罪を生み出すけれど、現実に起きているということは不可能ではないことの証左であるし、建前上不可能ということは犯人が別の誰かを犯人に仕立て上げるにも適さない。密室を作る目的はいくつかあるけれど、どれもあまり頭のいいものではない」
「目的ってたとえばなんです?」
「その密室の鍵を持っている人間や扉を開けられるような人間に疑いを向ける。事故のような状況で起こった事件での逮捕から逃れるために不可能であるように見せる。被害者自身の自殺を隠し外の人間に疑いを向ける。偶発的に発生したもの」
「偶発的って?」
「密室にするつもりはなかったけど、犯人でない誰かや被害者が鍵をかけてしまった状態」
「あとはお遊び。知的遊戯と言えばいいか、警察や探偵への挑戦状とでも言えばいいか」
そこで部屋に沈黙が訪れる。バカがているとも思えるし、ありうるとも言えるものだった。
「真鶴は、今回はどれだと思う?」
「偶発的なものではないですね。自殺でもない。そうなると誰かに疑いを向けるためか、不可能性を見せるため、もしくは遊び……」
「疑いを向けるという意味でならやはり東堂さんがターゲットになる?」
氷さんが疑問を投げかける。
「それなら東堂さんが社内にいるときにすればいい。密室なんて騒ぎにもならずに疑いが高まる」
「東堂さんの外出は予定されたものでしたか? 社内で直前まで知らない人がいたとか」
「予定は以前からあったもので、社内共有のスケジュールソフトにも入っていたけれど、見ていなければ気付かなかった可能性はある」
「これから大事を起こすのに関係者のスケジュールを確認しない犯人がいますかね……」
「どうだろ。まぬけな人だったかもしれない」
「他の人のアリバイはどうなんですか?」
ライムちゃんが言った。彼女はあまり詳しい情報を持ってはいないから当然の疑問だ。
「篠田慧一朗、緒方渡、箱辺圓の三名はみんなアリバイがない。当日は全員オフィスにいてデスクで仕事をしていたり、他の休憩所で時間をつぶしていたりしていたとのこと」
「その三人はどんな人? この前、よく見なかった」
レンズさんが尋ねた。氷さんがタブレットを起動して資料を読み上げる。
「全員、同じ大学の仲間で、仕事はプログラムとその他雑務などを分担していたとのこと。篠田慧一朗、陽気で社交的なタイプ、プログラムの能力は仲間内では一番低いけれどムードメーカー的な存在。次に緒方渡、篠田とは逆に寡黙な職人タイプでこの会社のプログラムは彼が中心となって作られた。最後は箱辺圓、彼だけ大学一年生で他の人よりも学年がふたつ低い。能力的には足りない部分もあるけれど将来性などからかわいがられていたとのこと」
「容疑者四人の証言などありますか?」
「どんな?」
「被害者の当日の動きについて」
「当日の動き……?」
氷さんはレンズさんの意図がよくわかっていないようだった。もっとも僕もよくわからない。
「今回の事件は被害者がシアタールームに行かなければはじまらない。それが誰かに誘導されたものなのか。被害者自身のきまぐれから起きたことなのか」
氷さんがタブレットの捜査資料から証言を探す。
「東堂茜については証言なし。彼女が会社を出たあとで被害者はシアタールームに移動している。篠田慧一朗は被害者が移動するときに何の映画を見るかという会話をしていたとのこと」
「つまり、被害者の自発的な行動ということ?」
「どうだろう。誰かに相談があるとかで呼び出されて、映画を見るという口実を用意して待っていただけかもしれない」
「緒方渡は、集中していたので気づいていなかったとの証言ね。箱辺圓も、似たようなもので、移動するところを見て、いつものことだ、と思ったそう。あまり参考にならないかな」
「この三名は違いがないのでみんな疑わしいですし、区別ができませんね」
「いや、違いはあるはず」
レンズさんが言った。
「誰かは人を殺した人間だ」
レンズさんの言葉は普段とは違う冷たいものだった。兄の水鏡のような無機質なイメージを思わせる。これが本当のレンズさんなのだろうか。それとも普段の姿が本質なのだろうか。どちらがいいか、それは僕には選ぶことができなかった。どちらになるのかも。どちらを好むのかも。
「あっ……」
置いていたケータイがバイブレーションしたので、手に取った。
「それ、被害者と同じケータイだね」氷さんが言った。
「伏田さんから電話」
僕はとりあえず電話に出た。
「はい。大丈夫です。今、レンズさんのうちです。みんなで事件について話してます。ええ、大丈夫だと思いますけど」
「こなくていいよ」
「なんでわかるんです」
伏田さんからの電話は、伏田さんもここに来ていいかということだった。
「明日、現場に関係者を集めて」
レンズさんが氷さんに話した。
「だいたいもういいかな。まだ完璧ではないけど」
「それはどっちの……」
僕はつい聞いてしまった。
「どっち? 決まってるでしょ」
その答えは、僕が止めなくてはいけないものだった。
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