第2話 推理する探偵

「どちらさまですか?」

「探偵の散矢斂子です」

 僕らは現場へとやってきた。表にもたくさんのお巡りさんがいて、一般人やマスコミの立ち入りは当然禁止していたわけだけど、どうどうと関係者だと伝えれば意外に通してくれるものである。今回は第一発見者の伏田さんがいるので、「第一発見者です。外の用事から戻ってきました」と伝えた。僕とレンズさんは当然違うわけだけど、伏田さんがそうであることは正しいので嘘ではない。

 ただ、そんな風に乗り込んだところ、本物の関係者らしき人に捕まったわけである。

「どちらさまですか?」

 レンズさんの自己紹介を受け取らず、その女性は同じ言葉を繰り返した。スカートのスーツ姿で長く整った少し

茶色い髪、とても仕事のできそうな人だ。

「探偵の散矢斂子です」

 レンズさんも負けじと同じ言葉を繰り出す。ただ、それだけでは通じないと気付いたのか、残念そうな顔をしてから付け加えた。

「この部屋にあるパソコンはなんのためにあるのでしょうか。検索すればいいのでは?」

 ケンカを売りに来ているのだろうか。それともマウンティングかなにかなのか、レンズさんは年上の相手にも臆することなく突っかかっていく。内心、できればやめてもらいたいと思っている。いつも余計な火種を生んで、火消し役が僕になるというか延焼して巻き込まれるのが僕なのだ。

「女子高生探偵の散矢斂子」

 オフィスでノートPCに向かっていた男性がつぶやいた。今、検索して調べたのだろう。

「警察に協力し、いくつか事件を解決しているらしいです。その子」

「美少女とか美人とかは書いてない?」

「書いてないですね」

「それは調べるサイトがちょっと間違っているようですね。でも、そういうことです」

「今回も警察から依頼が?」

「そうなるとは思いますが、今のところはこちらの第一発見者である伏田さんからの依頼です。同じ高校なんですよ」

 ああ、あなたがとでも言いたげな視線で伏田さんを見ている。

「そうするとあなたたちも私の後輩なのね」

 伏田さんの言っていた卒業生とは彼女のことだったのか。

「私は東堂茜。この会社のチーフプログラマです」

 チーフという役職はよくわからないが、偉い人ということだろう。そもそもこの会社がなんの会社なのかも知らない。説明はあるだろうか。あれば嬉しいな。

「二、三年前は東堂さんもそんなだったんですかね」

 先ほどの男性が言う。二、三年前。つまり彼女はまだ大学生ぐらいの年齢ということか。若いとは思ったけれど、そう見えるだけかと思っていた。

「私はもっと真面目に勉強してたかな」

 東堂さんが侮蔑したように笑う。

「あたしは勉強とかいらないので」

 レンズさんが勝ち誇ったように微笑んだ。

 東堂さんは一瞬、ムッとした顔を見せたが、大人という姿を見せたいのか表情を治して言った。

「そう。では仕事の邪魔さえしなければ好きにしていいので、どうぞ事件を解決でもなんでもしてください。事件はそっちのシアタールームで起きました。刑事さんも今はそちらにいます」

 レンズさんが教えられた方に無言のまま行くので、僕が代わりにお礼を言った。

「ありがとうございます」

「ちょっと待って」

 レンズさんの後を追おうとした僕は足を止める。

「なんでしょう?」

「あなた男の子?」

 ええ、当然でしょう?

 あなたが通っていた学校の男子が来ていた制服を着ているじゃないですか?

 忘れてしまったのですか?

 僕は心のなかで問いかけながら微笑む。

「てっきり男装した女の子かと」

「違います!」


 現場となった部屋へ向かうと顔見知りの刑事さんがちょうど入り口に立っていた。後ろできゅっと結んだ黒いひっつめ髪が特徴的で、永水氷という名前から、僕らは氷さんと呼ばしてもらっている。この背の高い女性の刑事さんとは、いつも現場でよく出会う。もちろん氷さんが刑事としての仕事であり、僕らがいるほうがおかしいのだけど、レンズさんに言わせればそれも違うのだろう。

「なんであなたがいるの?」

 レンズさんに向けられた第一声は挨拶などではなく、心からの驚きと敵意に満ちた言葉だった。メガネの奥の目がとても疑うようにレンズさんを見つめている。

「事件あるところに探偵ありですよ。氷さん」

「こんにちは、氷さん。あの、第一発見者の伏田さんがうちの高校なんです」

 レンズさんの言葉があまりに説明になっていなかったので僕がかわりに話す。すると氷さんがゆっくりと僕の顔を見てつぶやいた。

「そして君もいるわけね……」

「あたしと真鶴はいつも一緒ですよ」

「そういう関係?」

「違います。違います」

「ひどい」

「ひどくないです!」

「まあ、それが正解ね」

 レンズさんが不満気な表情を見せ、氷さんが何かに得心したようにつぶやいた。

 氷さんは刑事さんで大人の女性だ。年齢も僕らと十歳以上離れている。最初は、名前の通り冷たそうで怖い人だと思っていたが、何度か会ううちに怖いことは確かだけど優しい人だとわかった。職務には真面目で、自身の正義を大切にしている。だからこそ、冷たいところもあり、逆に熱い面もある。レンズさんとは性格や年齢の面で合わないようだけれど、能力は認めていて、協力することも多かった。そしてレンズさんの一番大きな負の影響力、事件解決後に犯人を自殺に追い込もうとする性向を認識している数少ない人間でもある。

 氷さんは、レンズさんによる事件解決とその後のリスクを天秤にかけて、最大限にいい結果を得ようと努力している。

 そういった面で、僕は内心勝手に、氷さんに仲間意識を持っていた。

「ここで殺人があったんですね。説明してもらえますか?」

 レンズさんが氷さんに言った。最初の頃はいがみ合い抵抗するようなこともあったけれど、最近は能力を認めたからか、それとも放っておいたら勝手に調べ始めるからか、情報を提供してくれるようになっていた。綺麗な顔をとても嫌そうに歪めつつ。

「現場はこの奥ね。遺体はもう運びだしてあります」

 氷さんがメガネを直しながら言った。

「ここは現場との間の部屋みたいなところで……どこまで知ってる?」

「密室だって」レンズさんがにかっと大きく笑う。

「なんで笑えるのかな。まったく探偵という人種は……」

 氷さんがため息をはいた。

「ちゃんと説明するとね。鍵がしまってた扉が今、入ってきたそこ」

 振り返ってしめされた入り口を見る。

「今、いるここが準備室で、流す映像などを操作するところ」

 周りをみるとそれらしい機材が置いてあった。いろいろなスイッチやディスプレイの載っている机の前に椅子があるのでそこで操作するのだろう。

「それであっちがシアタールーム。被害者の砥部とべ暁峰あきみねはそこで首をしめられて殺された。映画を見ている最中だったみたい」

「中に他の人はいなかったんですか?」

 僕はたずねた。氷さんが一瞬、僕の顔を眺めるようにしたあとで答える。その一瞬で、僕は顔が熱くなったように感じた。赤いかもしれない。

「誰も。被害者は自分で大本のスイッチを入れてそれからシアタールームに入った。あとはリモコンで操作。そうすることは普通だったそう。みんな自分がひとりで見たいときは自分でスイッチを入れてから中にはいっていたって。視聴中に誰かが入ってくれば気付くでしょうけど、顔見知りで、また映画を見続ければ背後から襲われても抵抗できなかったんだろうね」

「そのとき鍵は?」

 レンズさんが言った。

「普段は閉めない。今回もそのときは多分閉まっていなかった」

「鍵自体はどこにあったの?」

 その言い方がきつい感じであったため氷さんはわずかに顔をしかめた。けれど真剣さを感じてか、すぐに教えてくれた。

「ひとつはそこの引き出しの中。引き出し自体にも鍵がかけられていて、その引き出しの鍵はオフィスにあった」

 事件後、部屋の鍵がかけられた後では、密室の中でさらに鍵のしまった内側に部屋の鍵が存在したことになる。

「もうひとつは社員の人が持ち歩いていた。会ったかもしれないけど女性の東堂茜さん。彼女がいろいろな鍵をまとめて管理しているので、今日もキーホルダーにつけていたというわけ」

「その他には?」

「ない。ここは高価な機材もあってコピーするのに申請の必要な鍵を使っていた。もっともそんな厳密な運用は実際していなかったようだけど。もちろん鍵のコピーについて調べていて、申請がなかったことも、作られていないことも確認済み」

「そうすると東堂さんが犯人なんですか?」

 僕は尋ねる。ただ東堂さんの先ほどの様子を見るとそんな簡単に言えることではないだろうな、とは思っていた。

「しかし彼女にはアリバイがある」

 氷さんが言った。

「ふーん」

 レンズさんが楽しそうに言う。氷さんは構わず続けた。

「彼女は取引先との打ち合わせでここから片道三十分以上のところにある企業にいた。相手企業の従業員による証言も複数得られている。被害者が最後に生きていたと目撃された時刻や死亡推定時刻から考えて彼女に被害者を殺すことはできない」

「他の人は?」

「緒方渡、篠田慧一朗、箱辺はこべつぶらの三名はオフィスで仕事をしていたそう。被害者やさっきの東堂さんを含めてみんな同じ一流大学の学生さん。仕事中はトイレや休憩、食事などでたびたび席を外すことが多いので誰がシアタールームに入ったかはわからないって。この会社、他にも漫画がたくさんある部屋やゲームの置いてある部屋まであって、本当に職場なのかなって思うね。オフィスが一番狭いみたい」

「これだから学生はって思います?」

 レンズさんが聞いた。

「まあ、少しは」

「これだからおばさんはって思われますよ」

「おば……」

 僕は慌てて二人の間に割ってはいった。

「冗談です、冗談。ね?」

「冗談ならいいわけじゃないけどね。君はどう思う。? 私はおばさんかな?」

 氷さんが僕の頬に手をふれて、顔を近づけて言った。とても恥ずかしくて内側から熱くなる。

「かわいい……」

「そういうことするのがおばさん。おばちゃん」

 レンズさんがぼそっと言った。その言葉に、氷さんがレンズさんを睨みつける。

「えっと、あの、すらっとしていて、スタイルがよくて……」

「いいんだよ。そういうお世辞は無理に言わなくて。スタイルなんて言っても出るところのないナナフシみたいなんだから」

「いや、そんな……。僕は綺麗だと……」

「真鶴は黙る!」

 僕は勢いに押されて口をつぐんだ。

 レンズさんが氷さんの方へ体を向ける。

「そういうのは恋人に聞けばいいじゃないですか。いい大人なんですから。望んだ答えをくれるでしょうし」

 ふたりのやりとりに、伏田さんは近くで震えて青ざめていた。それでもレンズさんは怯まない。

「と思いましたがいなさそうですね。飢えて高校生に手を出しそうな危険極まりないおまわりさんですし」

 僕はもうレンズさんを止める言葉を思いつけなかった。

 氷さんの顔を見るのが怖くて下を向いていた。

 レンズさんは事件を解決したかのような口調で言う。

「ええ、なに簡単な推理ですよ」

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