SD探偵 散矢斂子のフレームワーク

犬子蓮木

第1話 楽しそうな探偵

「暇だなー。なにか事件おきないかなー」

 緑色の髪をした女の子がケータイを見つめながら、いつものように物騒なことを言い始めた。

 彼女は僕の向かいに座っている。

 ここは僕らの高校の物理室で、放課後の今は探偵部の部室として使っている。

「読みます?」

 僕は、持っていた本を見せた。いつも何冊かの本をかばんの中にいれて持ち歩いている。どれもミステリだから探偵部にふさわしいのではないかと思うのだけど、彼女はいつも断るんだ。

「そんな推理小説では足りないって言ってるでしょ。自由がないんだよ。知的遊戯としては物足りない」

「じゃあ、ボードゲームなどはダメですか? 将棋や囲碁や」

「ルールが決まってるじゃん」

 それは当たり前のことだ、と僕は思う。

「ルールが決まってたらダメなんです?」

「当然。ゲームってね、ルールが決まってないほどおもしろんだから」

 よくわからなかった。それはゲームじゃないんじゃ、と思う。それでも彼女の自信満々な顔を見ているとそうなのかなと納得してしまった。

「ああ、事件こないかなー」

 彼女は黒く大きな机の上に猫のようにつっぷした。だらんとしてまるで覇気を感じず、なんでこんな女の子が探偵なのだろうかと思ってしまう。

 探偵部といっても正式な部ではない。部員は僕と彼女だけで正式な部とするには三人足りない。この部屋もあいていたから物理を受け持っていた担任の先生に使わしてもらっているだけだ。僕は大抵ミステリを読んで時間を潰していて、彼女はいつでも事件を待っている。こんなままごとみたいな部なのに、彼女は本物の探偵なのだから世の中はどこか間違っていると思う。

 なにせ学校内の事件だけでなく、世間で起きた殺人事件まで解決してしまうのだから。

 彼女の名前は散矢斂子。斂子と書いてレンズと読む。レンコと呼ぶと怒り、そうからかった男子の何人かをひどい目に合わせるので、だんだんと呼ぶ人がいなくなるというのが毎年のことらしい。

 性格はうっとうしい、もといかわいらしい?

 緑色に髪を染めていて、左上でひとつ、しっぽのように束ねている。おかしな見た目ではあるが、少なくとも男子の間ではそれなりに人気だ。でも中身の問題で近づく人はいない。あいつはおかしいと容姿の数倍評判だった。

 なんでそんなおかしな人間に関わっていて、あまつさえ同じ探偵部などという活動をしているかと言えば、一年前のある事件が発端だった。僕と幼なじみが巻き込まれ、同じくその場にいた彼女がその事件を解決したのだ。

 そんな縁あって、それまではあまり知らなかった彼女と一緒にいることになったわけ。

「真鶴はさ、なんで探偵部にはいったの?」

「なんですかいきなり」

「いや、なんでだろうって純粋な疑問」

「探偵なんだから推理してみたらどうです?」

「うーん、あたしのことが好きだから?」

「ち、ちがいます」

 僕は慌てて否定した。口に飲み物でも含んでいたら吹き出していただろう。

「あはは、顔真っ赤」

 探偵部にはいったのは確かに彼女がいるからだったけれど、それが好意なのかというと違うように感じる。スリルとか楽しさとも違うような、しいて言えば恐怖とそれに対する反抗のようなもの。

「ほんとうに違いますからね!」

「そう。まあいいけど」

 レンズさんはほんとうにどうでもよさそうに言った。

「探偵に必要な能力ってなんだと思う?」

 いきなり話が飛んでよくわからない。そんな僕の表情を察したのかレンズさんが説明する。

「偉大な探偵たちみたいに外見から推理とかするのが大事じゃないってこと。ああいうのって細かな情報を探す能力とその情報を組み立てる論理的思考でしょ」

「どちらも必要そうじゃないですか」

「そうでもない。だって情報は刑事さんが集めてくれるほうが多いし、論理的に考える力なら人間は機械に勝てなくなる」

「じゃあなんですか?」

「情報、つまり証拠が足りているのかを見極める力」

 レンズさんは笑う。

「たとえば証拠が十個あったときに、それで必要なものが揃ったのか、それとも十一個目があるのかがわからなければいけない。十個の証拠で組み立てた推理が筋の通っているようでも、それを覆す十一個目があとから出てくるかもしれない」

 なるほど確かにそんな気はする。話がわかったというよりもレンズさんの迫力によって。

「せめて、それが揃っていなくても、足りていないということがわからないと誤った視点から間違った推理をしてしまう。逆に足りないとわかっていれば仮定して推理することもできる。もちろん普通は最後の証拠が必要だけどね」

 普通という言葉がひっかかった。だけど否定する言葉はでてこなかった。

「だからあたしは真鶴がなんで探偵部にいるのかは正しく推理できない。証拠が足りないから」

「結局、言い訳だったんですか」

「まあ、どんな理由でもいてくれるならうれしいよ」

 それはどういう意味だろうか。理由を考えているところで、レンズさんが笑いながら続けた。

「真鶴みたいな、かわいい男の子ならあたしは構わないから」

「かわいいはやめてください!」

 なにが構わないのかわからないけれど、かわいいと言われることがやはり好きではない。それを嫌がっていることをわかって言うのだから、ひどいというものだろう。

 僕は真鶴まつるふじと言う名前の高校二年生で、れっきとした男子だ。

 名前が男っぽくないせいなのか、名は体を表すらしく、容姿も男子だと見られることが少ない。身長が低く、黒髪もつやがあり癖が少ないため、ズボンを履いていてもボーイッシュな女の子だと思われることが多い。それがコンプレックスだった。

「嫌がらなくてもいいのになー。事実、かわいいんだから」

 事実だから嫌なのだ。

 僕はレンズさんを無視してまた本に視線を落とす。

「今日はもう依頼こないかな。そんな気がする」

 レンズさんが机の上のケータイをつつく。僕らの部には物理的な事務所はない。ここは部室だけど、いつでもいるわけではないし、学校関係者以外は気軽に入ってくるわけにもいかない。なにより事務所なんて場所に固定されていてたら活動が難しい。だから僕らの事務所はネットにあった。SNSのアカウントに依頼をもらう仕組みだ。なによりこれが僕らの普通ということでもある。依頼がほしいとは言っても、そんなネットも使えないおじさんを相手にするのは大変だからだ。

「推理ですか?」

「ただの勘だよ。外れる方に賭けたほうが期待値が高い」

「僕はそろそろ帰ります」

 本に栞を挟んで、かばんにしまった。

「テストも近いですし」

「そんなのテスト期間にすればいいじゃない」

「今日がそのテスト期間ですよ! 本当は部活動だって禁止です。ここにいるのは学習という名目ですから」

「テスト当日でってこと。それに探偵部は公式な部活ではないので問題なし!」

「僕の成績に問題がでるんですよ」

「問題が出るのはテストだよ」

 もてあそばれている。レンズさんは頭がおかしいのでテスト勉強などしないんだ。授業を聞くだけで、というか本当に聞いているのかあやしい様子でも良い点をとる。

 僕は彼女とは違う。

 普通なのだ。普通だから勉強が必要だ。勉強が好きなわけではないが、成績が悪ければいろいろとめんどうなで、進学を考えれば良いほうが良いに決まってる。

「それでは、お疲れ様です」

 僕は立ち上がってかばんを肩にかけ、帰ろうとした。

「ちょっと……」

「なんですか?」

 振り返ると彼女がケータイを手にとっていた。

「やった!」

 悪い予感がする。

「依頼が来たよ。殺人事件!」

 彼女は餌を目前とした犬のように目を輝かせていた。ただ、彼女は犬ではなく人間だ。だからさ。

 きっと「待て」なんて言葉は通じない。


 秋の終わりが近づいている。僕とレンズさんは依頼の現場へと向かっていた。時刻は四時を過ぎたところ。晴れていれば夕暮れだったかもしれないけれど、今日はずっと雨だった。駅から出て、僕とレンズさんそれぞれ傘をさして歩いている。前を歩いている彼女の傘は赤かった。

「あ、いた」

 レンズさんが振り向いてから笑顔を見せる。前方には傘をさして立っている人がいた。おさげで僕らの高校の制服を着ている。知らない女子だった。

「はじめまして探偵部です。依頼してくれた人ですよね」

「はい。新聞部一年の伏田市です。あの……どちらが探偵のレンズさんでしょうか。うちの先輩からは探偵部のレンズ先輩に依頼して、記事を作れと」

 僕とレンズさんは顔を見合わせる。それから何かをさっしたレンズさんが伏田さんに尋ねた。

「探偵部のレンズは男子か女子か聞いてなかった?」

「女子だと……」

 レンズさんがにくたらしい笑顔をこちらに見せる。

「僕は真鶴藤といいます。」声をできるだけ低くして言った。

 伏田さんがやっと気付いて、はっとした顔を見せる。それから謝ろうかとしたところでレンズさんが口を挟んだ。

「あたしが散矢斂子。いいんだよ、みんな間違えるんだから」

 伏田さんは必死になって謝ってきたので、こちらとしては怒っていないと伝えた。たった一年でも先輩と後輩なので、気にしてしまうのだろうとは思うけれど、そんなどうでもいい立場にこだわるつもりはなかった。ただレンズさんは許さない。

「この奥です」

 小道に入る。伏田さんの案内ということではあったけれど、現場はすぐにわかった。パトカーが何台も止まっていたのだ。

「やっぱり殺人事件なんだ」

 僕はため息のようなつぶやきをもらす。強制されているわけではなく、自分の意志でいるのだけど、やっぱり後のことを考えると気が重い。

「現場はあるベンチャー企業のオフィスで、被害者はその創業者です」伏田さんが歩きながら話す。「この会社にうちの

卒業生がいたので、創業者と卒業生にインタビューするということで来たのですが……」

「事件に出くわしてしまったと」

 レンズさんがどこか楽しそうな響きで言う。

「それで犯人は不明なんだ?」

「はい……。その密室だったんです」

「いいね!」

 レンズさんが元気な声をあげた。なにか親指のアイコンが見えたような気がする。不謹慎だ。

「ねえねえ、真鶴、聞いた? 密室だって」

「聞いてます」

 密室。魅力的な言葉ではある。それが読んでいる本の中だけならば。

「人が死んでいるんですし、あまり楽しそうなのはどうかと思いますよ。ねえ?」

 僕は同意を求めるつもりで伏田さんに尋ねた。

「え、あ、はい。すみません」

 伏田さんは顔を紅潮させてから頭をさげて謝った。そうか、あなたもそういう人種ですか。考えてみれば新聞部で、一年生で、テスト期間中に、ひとりでインタビューに来るような存在なのだ。普通を期待してはいけなかった。

「いいんだよ。探偵に事件は必要なんだから」

「探偵が必要なくなる日がくればいいのに」

「またそうやっていじわるなことをー」

 レンズさんがふざけて傘をぶつけてきた。水滴が飛び散る。レンズさんはきゃっきゃと笑っていた。

「そういう善良な感覚っていうのもわかるけどさー。世間擦れしてたら探偵はできないんだよね。だからあたしは外部世間装置を連れ歩いているわけ」

「外部世間装置……」

 言葉をリピートしたところで、それが何か気付いた。

「僕のことですか!」

「外装もかわいいし、世の中の普通を確認するときには便利、便利」

 言い返すことができなかった。普通。その通りなのだ。それが嫌でもある。唯一、普通でない点は女子と間違えられることだけど

、そんなアブノーマルは求めていない。

「はあ……。どうしてこんなに事件がやってくるんでしょうね」

 もう何度目かなと。最初の事件でレンズさんと出会ってから、めんどうなことに何度も関わっている。もちろん探偵などという標識を掲げているのだから巻き込まれた、というのは違うのだろうけど。願っていてもそうそう関われるものでもないだろう。

「そんなの答えは簡単じゃん」

 僕はレンズさんの方を見た。赤い傘の影から現れた表情にはさっきまでの笑顔が消えていた。

「被害者があたしを呼んでるの」

 僕は怖くなって、それを隠すように、つくり笑いを返した。

 僕の幼なじみが殺された事件をレンズさんは見事に解決した。

 彼女は、事件を解決するだけの探偵ではない。

 だから、僕は、解決の先にある悲劇を止めるため、彼女のそばにいる。

 それが彼女のためだとは断言できない。

 彼女からすれば余計なお世話だと言うだろう。

 僕のエゴなのかもしれない。

 それでも僕は彼女を止めたいと願う。

 僕の幼なじみを殺した人は、もうこの世に存在しない。

 レンズさんが赤い傘の下で微笑んだ。

「さあ、行こう。きっと楽しい謎があたしたちを待っている!」

 彼女は、犯人を自殺に追い込む探偵なのだ。

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