腐りゆく花

 自分が死にたくなるのが冬で、人を殺したくなるのが夏。だから私は夏に殺された。殺されて彼の家の庭に埋められた。きっと私より美しく上品で、彼の生活を安定させてくれる女。その女を妻とするために建てられた家の庭に。私はそんな事になるまで、彼にとってただ一人の女だと思っていた。いや、今でも思っている。だから、私は土の中で白い骨になっても此処にいる。私が幽霊かというと違うと思う。幽霊というのは、私のこの意識を認めてくれる人がいて成り立つものだから。私はただ、暗く湿った居心地の良い土の中で白くなっているだけ。私の首を絞め埋めた彼が、彼にとって幸せな暮らしをしている気配をただ感じているだけ。もう、此処に埋められて五年目の夏。どうして判るのかですって? 土の中にも染み込んでくる雨の甘い匂い、蔓延って絡まる草の根の締め付ける感触、土から這い出てまた土に還ってくる虫たちの命の旋律。そして赤子が子供に代わっていく不吉な鳴き声。

 あぁ、彼がまた人を殺す夏が来た。

 彼はとても美しい人で、私はそんな彼が好きだった。彼はもう私を殺して埋めた事すら忘れている。だから私は幽霊になる事も出来ない。彼にとって自分の邪魔になるものは最初から無く、故に彼に罪はない。

 あぁ、だから彼がまた人を殺す夏が来た。

 私は土の中からそれを感じている。彼の妻となった女が私の上で丹念に植えた植物たち。その私を締め付けつつも飾っていた、植物の根が今無惨にも引き千切られているから。

「あら、あなたこんな処にいたのね」

 突然、容赦のない夏の日差しが襲ってくる。あまりの白さに何も見えない私にかけられた声は、女のものだった。

 私が誰か判っている女の言葉。そう、あなたは最初から私の存在を知っていて、でも全く気にも止めず彼と暮らしていたのね。あなたも彼と同じで私を幽霊にすらしてくれない。

「じゃ、あなたにはコレをあげるわ」

 投げ込まれてきたのは、彼の頭と腕。私を愛する事も考えてくれたけど、殺す事も決めた頭。私の首を絞めたけれど、私とまぐわった事もある腕。

 彼にとって愛は殴る事だった。それは、赤子が乳房を吸うように甘える仕草だった。

 それを切り捨てる美しい女の姿は私には眩しすぎる。早く暗く湿った土の中に戻りたい。二度と私を傷つける事ができない彼と。ああ、可愛そうに。もう甘えられないのね。

 私は冬に死ねず、夏に幽霊になれなかった、ただ一人の女。


※作者付記:

夏なので怪談にしてみました。

私にとって怪談は音読で伝える怖さもあると思うので

音読した場合も意識して書いてみました。

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