黒猫

 黒猫が前を横切って路地に消えていった。視線が下に向き自分のストッキングに伝線が入っていることに気が付いた。

 仕方がないのでコンビニエンスストアに入り新しい物を買う。お手洗いを借り穿き替えればよいのだが、買った店で借りる気にはなれない。今、穿き替えているのだと思われるのが嫌だ。

 確か黒猫が入って行った路地の先にも、普段は利用しないコンビニエンスストアがあったはずだ。

 お手洗いで昨日のことを思い出した。個室から出られない程の自分への罵詈雑言。嫌なことなら既に起きたわよと思いつつ、女性は黒猫が入っていった路地に足を踏み入れた。


 黒猫が前を横切って路地に消えていった。その様子を見て前を歩いていた二人が大声で笑う。

「一人だけ黒猫に前通られるとか」

「お前ぜってー、一生不幸」

 ランドセルを背中と前と右手に三つ。左手には三人分の他の荷物。これでよたよた歩いていたら、一人だけ黒猫に前を通られた。一生不幸だって?今でも十分不幸だ。

 ふと全ての荷物を持っているのは自分で、これがなければ彼らも困るということに気が付いた。仕返しされるだろうけど、いつものことだ。回れ右では気付かれるからと、子供は黒猫が入っていった路地に滑り込んだ。


「今日は二人か。優秀だね。お前は」

「心配しなくても自殺にしか見えないよ。この路地に入ってきた時点で不幸な人間なんだから」

 この路地はこの付近では珍しく温かい餌が手に入るので、黒猫は気に入っていた。

 餌を食べ終えると、黒猫は「にゃあ」と一鳴きし、また別の路地へ向って行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る