神社と巫女と生物構造学

ディストピア鹿内

プロローグ 『地下室』1

第1話 『神話』

「君にはお使いに行ってもらう。大丈夫!ちょっとした伝言を伝えるだけだよ。

この道なりに山を下れば村がある。村の中には三時間に一本の電車があるから、それに乗ってね……」


山の中に、二人の男女がいて、会話をしていた。

男の方は少し長めの髪と無精ひげを生やしていたが、

精悍かつ中世的な顔つきで一般に美男子と言える青年だ。

服はカジュアルな服装だが、体つきがしっかりとして健康的だ。


「あの……」


女の方が男に話しかける。


「ん?何だい?質問かい?」


「私は一体、――――『何』ですか?

もしかして、生物なんですか?」


「え?『何』だって?あー……そんな質問が出ちゃうのか。忘れてたな。確かに君にもそういう自意識みたいなのが必要だったね。『創る』時に設定考えてればよかったな~」

「つくる……?」


女の方はかなり異質な姿だった。異質なほど美しい姿とも言えるのかもしれない。

作り物みたいとも表現できる。

オレンジ色の髪をしており、輝くような濡れた乳白色の肌を持つ。

目は片方は青で片方は赤のオッドアイ。そして服は何も着ておらず、裸だった。

均整の取れた体つき。考えられる限り完璧なバランスだ。

確かに女の姿は人間ではあるが、どこの国の人間でもない。

こんな人間は自然には産まれては来ない。


「君自身は『何』だったと思っているのかな?」

「私は……生物ではなかったと思います。

おそらくほとんど無機質でした。一部が有機物でした」

「どんな思い出があるの?」

「難しい質問ですね……私は何も見えてはいませんでした。ただ、世界を感じてはいました。僅かに動いていて、体を小さい何かが通っていた。あるいは通っていた何かだったと記憶しています」

「へーーー……面白い。君が感じていた世界って、そんな感じだったんだね。

もっと早く『創って』置けばよかったな」

「わ、私は『何』になったんですか?

この姿は人間であるという知識が、私の中には存在しますが……」


「君が『何』かよりも重要な事は、ここが『楽園』であるという事だ。」

「『楽園』?」

「そう。『楽園』だ」

「――――確かに、そう言った景色と認識できます」


周囲の景色も女同様に異常であった。

木が沢山生えていたが、幹は黄金でできているように輝いていた。

葉は透き通り、宝石の様に太陽光を取り入れて光り輝いている。

それでいて自然の草木同様の柔らかさを全く失っていない。

それどころか包まれているだけで安心して眠ってしまいそうな良い香りがした。

周囲の空気も新鮮だった。息を吸うたびに活力が出てくる。


動物たちは複雑で厳かな構造をしていた。

多肢の馬や、翼が9つもある鳥などがゆったりと過ごしている。

透明度が極めて高い泉には、虹色をしたウナギが泳いでいた。


もし普通の人間がここに迷い込んだら現実だとは認識できないだろう。

ここは人間の想像上にしかない世界。すなわち『楽園』である。


「俺には生命を自由に創造する力がある。そういった存在なんだ。

だから、俺が好きなように『生命を創造』した。

どうだい?楽園は調和が取れているし、ずっと平和な世界なんだ。

楽園を守る、長い長いたてがみのライオンもいるんだよ。

もし楽園の中に迷い込んだ幸福な生物がいれば、

俺が新たな生命体に生まれ変わらせてあげるのさ。

伝説の、神話の中にいるような生物にね」


「確かにこの『楽園』はとても美しい。素晴らしいですね」


女は深く頷いた。男の話に同意したからだ。

しかし全てにおいて同意した訳ではない。

口にこそ出さなかったが……強く不安に感じる部分もあった。

この楽園は確かに美しいし、素晴らしい。

ただ、その一方で――『美しすぎるし、素晴らしすぎた』


楽園の外はただの現実の世界だ。そこには日本の田舎の風景がある。

自然は確かに見るものによっては美しいかもしれない。

しかし他の山に生えている木のほとんどは人工的に飢えて、

商業的に失敗した杉が放置されてるだけだ。

村の中には何十軒かの家があり、高齢化に苦しんでいる。

泥で汚れた車。浮気している妻。鬱で自殺寸前の男。

いや、実に普通の事だ。

こんなのはただ単に現実がそこに存在するだけなのだ。


しかし、そんな現実の世界に対して――『楽園』はどうなっているのか?


ここに過ごしているのは神をも恐れぬ力を持った男。

仮にどこかの国の軍隊が、総兵力をもって攻撃したとしても――余力を持って退けるほどの力がある。

男はいかなる生命体をも無数に創造できるのだ。

そして、男自身もその力により不死身である。

それは人知の及ばぬほどの偉大な力である。


それほどの存在でありながら男の望みは実に平和的なものであった。

自分が楽しく過ごす場所が欲しいだけ。


男は田舎の安い山を一つ買って、『楽園』を作っていった。

始めに、不思議な一本の木を創った。

その木の幹はぷるぷるとした赤いゼリーのような見た目をしていた。

そこには丸くて柔らかい果実が実る。

淡いピンクとオレンジ色が混ざった色をしたその果実は、

この世のものとは思えないほど最高に美味い。

栄養価も極めて高い。

そして、いくら食べても不要な栄養は全て排出されるようになる。

いくら食べても健康を害さない。

それどころか常食する事で病気が全て治って健康になり、寿命が伸びる。

そんな果実だ。

男はその果実を食べてのんびりと過ごしていた。

他にも生活に必要なものは、全てその問題を解決する生命体を創って対応した。

家は巨大なフクロウが巣を作ってくれていて、そこに住む。

冬は暖かく夏は涼しい。季節が変わるたびに作り変えてくれるだから。

光学迷彩によって見えない虫たちがホコリや砂を食べて家の清潔さを保っている。

水はトゲのないサボテンがその巨大な根っこにより、

地下200メートルの地下室から新鮮で冷たい水をくみ上げてくれる。

さらにサボテンの体内によってろ過しており、24時間水は出っ放しで使いたい放題だ。

他にも一般の家庭にある電気家具は全て再現されている。

テレビも冷蔵庫も電子レンジも空気清浄機もなんでもあるのだ。生命体として。

完成された『楽園』。

そこでは、そこで男は働きもしない。働く必要もない。

必要なものは全て『楽園』から与えられるのだから。


男がそこで主体的に行うのは、ぼーっと考えて思いついた生物を気まぐれに創りだす事である。


「ああ、こんな生物がいたらいいな」

男は思考を読む犬を創った。

その犬はご主人様である自分の思考を読み、欲しいものは何でも調達してくれる賢い犬である。

文字も描けるので、ご主人さまが欲しそうなものを、

ホワイトボード的役割を持つ生命に書き込んで提示もしてくれる忠犬だ。



「こんな生物も面白そうだな!」

男は自動洗浄イソギンチャクを創った。

このイソギンチャクは体を洗う際に使う優しい洗剤のような粘液を出して、

男の体を丁寧に洗ってくれると言う仕事をこなす。

男は朝起きたらイソギンチャクの触手で顔と歯を洗ってもらうのが日課となった。



「……たまには人間も創ってみるかな」


そしてついには、美しい女まで創り始めた。

人間ができる仕事は人間の世界での仕事。とりあえずは服を着せてお使いに使用する事にした。


このように楽園は創造主である男自身の力によって男に都合よく、

現実の世界と違って、全てが特別で美しく素晴らしいものばかりで構成されていた。

さらに前述の通り男にはこの楽園を守る力も十分すぎるほどあった。

維持するための仕組みも堅牢であり、

ただの人間には彼の楽園を壊すことは決してできやしないだろう。

――――しかし、それでも。

『楽園』は非常に危うい状況に置かれていた。



なぜなら、現実の世界には『楽園』などあってはいけないものだったから。


――――綺麗な世界は汚い世界にとっての異物なのだ。




一人の中年男性が山に足を踏み入れた。

その男は笑っていた。声は出ていない。

呼吸音すら聞こえないほど静かだが、確実に腹を抱えて笑っていた。

声は出ていないものの、狂ったように笑っていた。

男は高級そうな黒いスーツを着ていた。

顔は見えない。

その中年男性の顔は、どの視点からであっても見えやしない。

どこから見ても木の枝、看板、カラスなど、何らかの障害物が遮っており、

どうしても顔は見えないのだ。

しかし、顔も見えず、声がなくても笑っていることは不思議とわかる。


――『あの男』が、『楽園』を無茶苦茶に破壊する。

楽園に全ての生き物をバラバラにして埋葬する。そして男は笑い出す。

一週間にも及ぶ徹底的な破壊の後に、長い笑いが始まる。

『あの男』は楽園を飽きることもなく一日中声もなく笑っていた。男の創造物全てを『嘲笑』していた。

それがこの世界の『神話』だ。

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