第13話 警官の大きな『穴』の底から
「…………っ!!」
ゆのは、生まれて初めて大人の本当の殺意を感じて、心の底から恐怖した。
無力な少女は、こころに泣きながらしがみつくしかできない。
警官の大声に反応し、港にいる人間達がどうしたと集まって来た。
「おや?市民皆さま。これはトラブルなどではありません!
今は特撮映画の撮影中なんです。警察も協力しておりますのでどうかご安心してくださいッ!!
我々からは離れていてください。近づくと死にますよ?ええ。本官は本気でありますッ!!」
警官は周囲に敬礼をした。
周囲の人間は、このふざけた警官の発言を聞いて信じていいのか疑えばいいのか曖昧な気持ちを持った。
しかし、いずれにせよ危険である事は目に見えて明らかのため、指示通りに離れていった。
「そんな事言ってもいいのかい?あなたは大分不利な状況のようだよ」
「相手が何人だろうとそんなのは関係ない。圧倒的暴力で常勝こそ我らが最低限持つべき義務だ」
「そういう意味ではないんだよね」
「高熱で粉になってる……?なんだこれは!?これが君のッ……機能なのかッ!?
おおおおおおおおおおお!なんということだッ!?」
台詞だけ聞けば警官は焦っているように見える。
しかし彼の表情は自信に満ち溢れ、笑っていた。
正確に言うと、蒼月を馬鹿にしていた。
(くっ……その余裕は一体なんなんだ)
警官はハッと何かに気づくと、
蒼月の手から腕を引き抜き、バク宙をして後退をした。
その動きは蒼月よりもずっと速い動きだった。
「おおおっ!?今、『神器』を使ったのは君だねッ!?」
鏡坂を指さす。
「なんだよ?何言ってんだおっさん?」
鏡坂は台詞と表情こそ余裕が見られたが、内心かなり焦っていた。
(なぜ避けられた……?俺の神器の機能は食らうまで解らない筈だぞ?)
鏡坂が神器所有者となってから『振動』が避けられたのは初めての事だった。
「君の神器は奇妙な動きをするんだね。気配がしたよ。
君の視覚や意識で遠距離攻撃できるようだな?手をかざすモーションもある。
なんでわかるかって?
良く観察すればわかる事だらけだッ!!
――――戦闘のド素人なら食らうかもしれんが、そんな生ぬるい相手ばかりだと思うなよ!?
神器所有者同士なら、目線から相手の攻撃を避ける事など当たり前の技術だッ!」
警官はテンションが上がって来たのか、突然踊り出した。
「オオオオオオオオーオオー!オオオオオオオオーオオー!!」
歌まで歌いだした。
鏡坂、蒼月、こころの三人は、警官のそのふざけた様子から意図を理解した。
どうやら、隙を作ってやるから攻撃して来いとの意味らしい。
こころは『人形』を出し、警官にけしかける。
その『人形』の攻撃と同時に、蒼月は高速で距離を詰め、
警官の胸に向かって右フックを繰り出した。
警官はその動きを理解し、両腕でガードする。
蓑原の神器の機能は熱で、鉄板であっても焼き切って切断するほどの力だった。
そして蒼月の神器は全身装甲に包まれた男であっても粉にできる力だ。
今の蒼月には『熱』と『粉』の二つの機能が合わさり、
普通の装甲であれば一撃で貫けるほどの力を持っていた。
そのはずだった。
そのはずだったし、実際に警官の両腕の装甲を貫いて『穴』をあけた。
「おおおおおっ!なんて事だ!君の力!私の半装甲を貫くほど強いぞッ!?」
警官の両腕には『穴』があり、蒼月の右腕はすっぽりとはまっていた。
「……これは一体どういうことなんだ?手応えがない……」
「はぁーーーーーーーはっはっはっはっは!
良いぞッ!大サービスだ!私の体に自由に打ち込んできたまえ!!」
『人形』が腕で警官の胸を殴った。
すると、警官の胸に『穴』が開いた。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
なんてことだ!私は心臓を貫かれ死んでしまった!
私の胸には大穴が空いているぞぉ~~~~~~~~~~~~~~~???」
手応えは全くない。
「なぁーんちゃって!!どうだ?理解できるかね。今起きている事をッ!!」
「『穴』を開ける神器ってことか……」
蒼月は頬に一筋の汗を流した。
こんな神器相手に、どうやって攻撃を通せばいいというのだ。
「こ、これは厄介なおじさんだね!」
こころは内心焦った。『穴』を空ける能力に加えて全身装甲の俊敏な動き。
自分の『人形』の攻撃が当たらなければ『剥がす』こともできない。
それだけでなく、ひょっとしたら自分がいま展開している『壁』にも『穴』を開ける事ができるのなら。
この守備なんて何の意味もないのではと考えていた。
蒼月、人形と警官が交錯している間に、鏡坂は『振動』を起動した。
しかし、警官は鏡坂の動きを察し、蒼月と人形から離れて『振動』の機能を避けた。
「あははははははは!そんなもの当たらんぞ?壁から出てこい卑怯者ッ!」
「うるせーよ!俺は引きこもりたい気分なの!!」
(あいつ本人を狙っても当たらねえ。……だったらこっちだな)
鏡坂は警官のいる地面を『振動』させた。
「おおっ!?揺れる揺れるぅ!!地震かな?」
警官は振動にあわせて上下に体を揺らした。
すると揺れが釣り合い、ひざ下は高速で動いているが、
膝から上から頭にかけてまったく動いていないように見えた。
「んん~~~?地震が収まったぞぉ?」
「そ、そんなのアリかよッ!?」
蒼月と『人形』が再び警官に攻撃をしかける。
当たりさえすれば『神器』の機能で何らかのダメージにはなる。
しかし攻撃するたびにその個所に『穴』を作られ、当たる事がない。
「私に百万個の『穴』をあけたまえ。何の意味もないがね」
「このおじさん、強すぎるよ!」
その時、鏡坂は考えていた。
(こんな『神器』の使い方ではダメだ。
『振動』だから揺らして終わりとかふざけんな。俺はバカか?
こんなんじゃ100年かかってもあいつに勝てねえ。
『振動』……一体それはどんな役割を持つんだ?
クソッ!物理学を真面目に勉強しておけばよかったぜ)
『こんな使い方しか思いつかねえ』
蒼月はびくっと『何か』に反応した。
そして二回頷いた。
「ん?何やってるんだ蒼月君?
百万個の『穴』を空ける決心がついたのか?打ち込んできていいぞ」
蒼月は今まで通り、近づいて殴った。
狙う場所は頭部だった。
警官は宣言通り蒼月の攻撃を受けるつもりだった。
穴は頭部だろうが問題なく作れる。しかし、警官は強い違和感を覚えていた。
警官は蒼月の目を見る。
(ん?この目はマジの目つきだな……)
警官は蒼月の攻撃を、今までの攻撃と何かが違うと気が付いた。
あの二回の頷きも怪しい。
警官は蒼月の攻撃を首を横にして避け、そのまま蒼月の顔面を軽く殴打する。
蒼月は吹っ飛ばされ、鼻血を出す。
「ぐっ……!」
(勘のいい男だ……)
「う、打ち込んでもいいと言ったよね?」
「本官もサービスしすぎかなと思ってね!たまには痛い目にもあってもらわないと!
そう!エンターテイメント的にッ!!」
「なんで蒼月さんの攻撃を食わらないの?嘘つき!」
こころが横から煽りを入れる。
「そうだよッ!世界は嘘で満ち溢れている!私も嘘だらけだ!何が本当かわからないぞぉ~~~!」
「……今、あなたは何か感じたね?嫌な予感。そうだな。
このまま攻撃を受ければ……『敗北する』予感。そうでしょう?」
「んなわけないだろぉ!?蒼月君!口を慎みたまえ!逮捕するぞ!!」
「そうですか?なら、いいんですか?攻撃しますよ。痛い目にあいますよ。
もっと言うと、死にますよ?何なら今から逃げた方がいいでしょう」
「はははははははは!なんだそれは。ハッタリのつもりか?
いいぞ!逃げも隠れもせん!好きなだけ打ち込んで来いッ!!」
蒼月は攻撃するため警官の前に出る。一発を当てるためボクサーの様なポーズをとりながら近づく。
実際のボクシング経験がないため、どこかぎこちない。
警官は自然体で打ち込むのを待っていた。
蒼月は一呼吸置いた後、警官の頭部に左ジャブを打ち込む。軽く当てるだけでいい。
「おっと♪」
しかし警官はそれを見極め、横にスライドしてこれを避ける。
避けた後、蒼月の太ももにローキックを叩きこむ。
「うぐっ!!」
蒼月の太ももに慣れない激痛が走り、しゃがみ込む。
(……煽ってもダメか。当然と言えば当然だけど)
警官は蒼月を追撃しようと近寄ったが、『人形』が警官を攻撃して妨害する。
「なんだッ!?邪魔をするな!」
警官が人形をたたき割ろうとしたタイミングにあわせて、
鏡坂は『振動』の機能を使う。
「おおっと♪君から意識を離してはないぞ?鏡坂君」
「クソッ!なんで避けれるんだ!!」
鏡坂はこころの透明な『壁』の中で悔しがる。
警官はその姿にどこか違和感を覚えた。
(んんっ!?……どこか演技臭いな。狙いは他にあるのか?)
「おまわりさん。問題です。……僕の神器の機能ってわかります?」
貴方は当たってないからわからないよね?
今から『起動』しますよ?ほら、僕の腕に『熱』が発生してますよ。
これが僕の神器の力です!貴方の『穴』だって溶かして見せますよ!!」
「だから何だ?お話して、意識をそらさせているのかな?」
警官は話しながら、鏡坂の『振動』を避ける。
「はぁー。がっかりさせてくれるね。下らない小細工ばかり。
仕方ない。このままでもつまらないし、蒼月君をいじめてあげよう。
大人のいじめは怖いぞ?死ぬまでやるからね。まずは右腕からもいじゃおうかな?」
(早めに決着はつけた方がいい……。何かが起きている。蒼月は一撃で首をはね飛ばすか)
『ドドドドドド……』
低く唸るような地鳴りが聞こえた。
「ん?」
突然警官の足元の地面が激しく振動し、隆起する。
「なんだとッ!?」
警官はその衝撃で空中に投げ出された。
周囲に高い建物などはなく、まるで無防備な状態となる。
「そうか……これが狙いかッ!!
『振動』を『共振』させたのか!?だから、これだけ強力な振動を生み出せた!!」
「工夫だよ。工夫!お前が俺の動きで『神器』使うタイミングがわかるって言うならよぉ!
あえて外して、逆に当ててやるまでよ!」
蒼月はこの絶好のチャンスを逃すつもりはない。
落ちてくる警官の頭部めがけて渾身の拳を撃ち込む。
警官はもう子の一撃が何かはわからないが、非常にまずいものだと解っていた。
まず左腕に貫通した『穴』をあけ、頭部を狙う蒼月の拳の軌道をずらし、
左肩に『穴』を作り受け止める。この時点ではダメージは何もない。
「やっと有効打が入ったよ。ありがとう鏡坂さん。
……『あなたの指示』のおかげですよ」
蒼月はずっと『粉』の神器を使っていた。
蒼月が警官の肩の『穴』から右手を引き抜く。
その腕には分厚い装甲はない。
蒼月は自分の分厚い右腕装甲に対して神器を使い、
装甲の薄い表面部分を残して内部を非常に細かい粒子の『粉末』にしていた。
『穴』にはまった時点で表面部分も『粉』にして穴の中に大量の粉末を残した。
『穴』の中は装甲の微細な粉塵が舞っている状態だ。
これは粉塵爆発の条件だ。
狭い空間の中に細かい粉末が舞っていると、燃焼反応に敏感になる。
つまりここで火をつければ粉塵爆発を引き起こす。
『ドゴォォォ!』
爆発音が響き渡る。
鏡坂は原子の『振動』により熱を作り、粉塵に着火させたのだ。
警官は空中ゆえに避けられず、左肩が爆発した。
「ぎゃああああああああああああああはあああああああああああ!!」
左肩が破壊され、警官はのたうち回る。血がどくどくと流れ出る。
「なぜ……どうして……うぅ……」
情けない声を出し泣き出す警官。
しかし蒼月はその声から少し余裕を感じた。
小規模な粉塵爆発は大きなダメージを与えた事は間違いない。
だが、致命傷とはいかなかったのも事実だ。
(頭に当たったら間違いなく死んでいた……。クソッ!)
警官は初めて自分が出し抜かれた
「なぜこんな連携が貴様らにできたッ!?
まさか鏡坂……空気を『振動』させて音を作ったのか!?
蒼月の耳に直接言葉をッ!?
同時にどれだけ機能を展開できるんだッ!!」
「よくわかるなお前!空気を『振動』させて音にしたんだよ。
確かに今までの敵がぬるかったな。だから自分の能力に気が付かなかったわ。
何の考えもせず、そのまま使ってた。でもこれからはちゃんと考えて使ってやるよ。
振動がどれだけの事ができるのか知ってるか?」
「考えただけでゾっとするだろ」
この時点で鏡坂に考えはない。ハッタリだ。
警官のターゲットをこちらへ向けるためだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!やはり貴様から始末すべきだった!
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
警官は激昂し、叫び声をあげながら鏡坂の入っている透明な『壁』に向かって走り出す。
『壁』は明らかに『穴』とは相性が悪い。
どんな強固な壁であったとしても、『穴』が開けられるのであれば何の役にも立たない。
蒼月は背中を見せた警官をチャンスだと考えて、静かに飛びかかる。
意識が完全に鏡坂になっていれば、奇襲となる。『穴』が起動せず攻撃が当たる可能性が高い。
「なあんてな」
警官はその動きを予測して振り向いた。
彼の意識は常に冷静だった。
警官は蒼月の腕を高速でつかみ取る。
「えっ……?」
蒼月はその行動に何かゾっとした。これから『恐ろしい攻撃がやって来る予感』がしたのだ。
「はっはっはっは!私は遊んでいただけだぞ。お仕事はエンターテイメントなんだよ。
それを忘れてもらっては困るね?
いざとなれば君達なんて、手負いでも瞬殺だよ」
警官がとった行動は、右腕一本での背負い投げだ。
この男は、柔道黒帯で警察大会でも代表クラス。
同程度の装甲、身体強化ならばただの高校生など相手にならない練度だ。
「うわあっ!」
恐ろしい事に、蒼月はそのまま地面に叩きつけられる事はなかった。
地面の無い空間へと落ちていった。そう――――それは穴だ。地面にできた穴。
この穴に底はない。
「ああああああああっ!ああッ……………」
蒼月は穴に落ちていき、やがて声が聞こえなくなった。
「えっ!?」
「蒼月さん!?どうしたの!?」
「お、おにいちゃん!」
鏡坂、こころ、ゆのの三人が蒼月に声をかける。
しかし『穴』の中からは何の反応も帰って来ない。
「ふっふっふ。はっはっは。ハァーーーーーハッハッハ!」
「何笑ってるの!?あ、蒼月さんはどうなっちゃったの?」
「おおおおおお!すまない少女A!蒼月君は、君の彼氏だったのかな!?
残念ッ!君の彼氏は死んでしまったよぉ~~~~~!」
「えっ……なっ…………そんなぁ………」
こころは絶望の表情を浮かべ、地面に膝をつき、へたりこんでしまった。
「うっ……ううっ……」
こころは大粒の涙を流し始める。
『人形』もぴくりとも動かせていない。
もはや戦意喪失していた。
「マジかよ……蒼月……」
「うええええええええええええええええん!またひとがしんじゃった!」
「ハハハハハハ!ハハハハハハッ!!!!そうだよ!その表情だよぉ~~~~~~~!!!!ハハハハハハハ!」
警官は三人の落ち込む姿を見て大いに笑う。大いに『嘲笑』する。この時を待っていたかのように。
「私の神器を『穴』だと認識してたな?それは間違いだ。私の神器はそんな貧弱なものではないッ!!」
警官は右拳を強く握り、天に掲げる。
「私の神器は地獄を創りだす機能だッ!!その穴に堕ちた者は地獄の中の地獄。真の地獄。無間地獄に落ちるのだ!
そこに落ちた者は永劫と見まごうような時の中で、100億年の拷問を受けるのだッ!
君達の友人。少女Aの恋人。蒼月君。ああ、なんて事だ。彼は大きな罪を犯したのだ。
それは『公務執行妨害』ッ!この世界で一番の重罪だよッ!!判決は死刑!
地獄へ直通ッ!!これが彼の惨めな結末だぁぁぁぁ!
あんなすました美少年も、地獄に落ちてしまえば関係ない!
今頃早速化け物ども責め苦を受けてヒィヒィあえいでいるのだよッ!!!
地獄の鬼どもの手によって、顔面の皮膚も剥がれてるだろうさ!あっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
警官は天にも昇るような気持ちで笑っていた。
そして鏡坂、こころを指さし宣言した。
「貴様らの結末も同じだッ!!絶望の中で朽ち果てろッ!!」
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