5.共振
戦闘開始の合図とともにフィロゾーフシュ・ハングヤがミクローシュの視界から消える——と思ったときには既にそれは彼の眼前に肉薄していた。
「・・・っ!」
腹部に強烈なパンチを食らってミクローシュは後ろに吹っ飛んだ。息つく暇も無く次の攻撃が襲いかかる。今度は、どこから現れたのものか、大剣の一撃だ。レギュレーションにより殺傷能力は無いはずだが、ビリビリとした殺気が感じられる。その殺気に反応したのだろうか、ミクローシュの体は無意識の内に地面をごろりと転がって辛うじて剣撃を躱した——だがそこまでだった。一回転して仰向けになった彼の喉元に大剣の切っ先が突き付けられている。勝負あった。観客席から歓声が上がる。あるいはそれは溜息かも知れなかった。あまりにあっけなく終わってしまった勝負に対する。
「ぶざまだな」
アーグネシュが冷たい声で呟く。
「起きろ」
そう命じて彼女は剣を収めてしまった。だがそんなことを言われてもミクローシュは両掌を地面に付けて上体を僅かに持ち上げるのが精一杯である。
「ふん、本当に全くと言って良いほどパーンツェールが扱えないようだな。それでこの学園の風呂に忍び込もうとは大した度胸だ。まあ良い、手を貸してやろう」
「・・・ありがとう」
差し出された手をミクローシュはありがたく取った。相変わらず風呂場に忍び込んだ変態扱いされているのはもはや諦めて。パーンツェールを装着しているから当然とはいえ、少女の印象からは意外なほどの力で体がぐいっと引き起こされる。
「・・・いつまで手を掴んでいるか、変態」
「あ、すみません・・・」
ミクローシュは慌てて手を放した。
「まあ良い、我がバゴイ家も貴族のはしくれだ。力無き者を叩きのめすようなまねはしない。
そう言ってアーグネシュはパーンツェールの装着を解いた。彼女はこの戦闘で汗の一滴もかいておらず、髪の一本も乱れていないようだった。そしてさっと身を翻して歩き去ろうとする。だがそこに響いてきたのはアンジャル学園長の呑気な声だった。
「まあまあ、そんなこと言ってもミクローシュ君は行く当てがないのよ。しばらくの滞在を学園長権限で許可します」
「学園長!」
「アーグネシュ、あんまり意地張ると今度からお金貸さないわよ」
別な涼やかな声が響いてさらりと恐ろしげなことを言う。
「・・・エメシェまで・・・というかそれは言うなっ!」
「まーお風呂のあれは確かに私たちもショックだったけどさー、ミー君もかわいそうじゃない」
更に別な気楽そうな声。
「・・・ヴィオラ・・・」
「え?『ミー君』って僕のこと?」
そのような呼ばれ方は初めてだったのでミクローシュも思わず声を漏らす。
「ちょっと二人とも、何勝手に学園長特等席に入ってきてるの」
「えーそんなの聞いたことありませんよー」
「あまりケチなことを
「エメシェちゃん!人聞きの悪いこと言わない!・・・じゃなくてあなたは何でもかんでもお金で脅そうとするのやめなさい」
「ほらほらー、リーズとアンナもこっちきなよー」
「ヴィオラちゃん!・・・て、あわわわわ」
「おい、学園長も、皆も、私の話を聞いてくれ!」
「僕の話も聞いて下さい」
何やら勝手に盛り上がり始めた一部の観客たちにアーグネシュとミクローシュは抗議する。
「はいはい、聞いてるわよ、ミー君はしばらく当学園で預かる、それで良いわよね?」
「「それ何も聞いてない!」」
二人の見事なハーモニーが青天に響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます