4.王者

 魔力駆動装甲、通称パーンツェール。三十年ほど前に開発された画期的な武装である。見た目は派手な鎧といったところだが、着用者の魔力を自動的に安定させて動力とすることで跳躍、浮遊、高速運動などがまるで日常的な行為のようにたやすく行えるのである。現在では軍隊にパーンツェール部隊を有していない国家は恐らく存在しないだろう。

 しかし、確かに人間はみなその身に魔力を秘めているとはいえ、その量には個人差があるし、パーンツェールをスムーズに運用できるようになるまでにもそれなりの訓練が必要である。パーンツェール遣いの実力というのは、とりもなおさずその人の才能と熟練度によるものである。

 ミクローシュは剣術のたしなみこそあったが、パーンツェールなどこれまでの人生の中でいまだかつて扱ったことがなかったし、自身の魔力量などというものも意識したことは無かった。それが怒りで興奮したアーグネシュと自分の責任をうやむやにしたいアンジャル学園長によってパーンツェールによる決闘を行うことに相成ってしまった。もっともあの後さすがに時間が遅いからという理由で決闘は保留となり——恐らく学園長はミクローシュが疲れ切っていることに配慮したのだろう——ミクローシュにはアンジャル学園長がしれっとどこからか出してきたズボンと質・量ともに申し分ない夕食と宿直所らしきベッドのある部屋が提供された。そして一晩明けた今、午前の陽光が降り注ぐ中、学園中の人々が競技場に集まっていたのだった。どうやら学園長が特別模擬戦という触れ込みで急遽授業までとりやめて人を呼んだらしい。

 当然ながらミクローシュは専用のパーンツェールを持っていないので、学園から共用の量産型が貸し与えられた。台車に載せられガラガラと運ばれてきたその灰色の鎧を初めて装着してみた感想としては、かなり重い。そしてこめかみのあたりに慣れない感触、強いて言葉で表現するならばくすぐったいような引き締まったような感触がある。そうか、これが魔力を吸い出される感触なのか、とミクローシュは理解した。理屈でいえば、今このパーンツェールはミクローシュから自動的に魔力を抽出して駆動力としており、彼は自らの身体の延長のようにこれを軽々と扱える、筈である。しかし実際にはパーンツェールの操り方には要領があるのであり、初体験のミクローシュはぎこちなくよろよろのろのろと競技フィールドの中央に向かって歩いて行くのが精一杯だった。

「何をもたもたしている。早く来い。今さら怖じ気づいても遅いのだぞ」

円形のフィールドの中央で仁王立ちしている太陽の輝きに勝るとも劣らないブロンドの少女が催促する。怖じ気づくも何も、そもそもこの決闘に僕の意思がどれほど反映されているのだろう、と思うミクローシュであったが、そんなことを声に出して言ってもアーグネシュは聞きやしないだろうということは昨夜からの短時間の経験から推測できた。

 ようやくミクローシュは戦闘開始戦に辿り着いた。

「よし」

アーグネシュが低い声で呟いて、猛禽が翼を開くように、獰猛に優雅に右腕を広げる。その手首には金色の腕輪が嵌められていた。

「来い、『哲人の声フィロゾーフシュ・ハングヤ』!」

彼女が叫ぶや腕輪がまばゆく輝き、次の瞬間には朱色地に金の装飾が施された見事なパーンツェールがそこにあった。

「両者、準備確認。魔力駆動装甲装着よし。その他武装及び魔術攻撃は殺傷能力の無いものを使用すること」

拡声されたアンジャル学園長の声が競技場シュタディウムに響き渡る。

「それではここに、バゴイ・アーグネシュとフェケテ・ミクローシュとの模擬戦の開始を宣言する!」

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