6.遊戯
柱時計の短針がピッタリ「7」を指す。ミクローシュは琥珀色に澄んだ紅茶をわずかに啜った。学園長室の大きな窓に切り取られた紺色の空の彼方には無数の星が
「すみません、今日もすっかりお世話になってしまって。夕食まで頂いてしまって。明日は朝早くに立ち去りますので」
ミクローシュの言葉にアンジャル学園長は「うーん」と唸った。
「もう少しゆっくりしていっても良いのよ。どっちみち行く当て無いんでしょう。どこか落ち着いて暮らせる場所が無いか、私が探すのを手伝ってあげても良いし」
「しかし僕嫌われてるみたいですし・・・。というか、なんで模擬戦だとか言ってわざわざ観客を集めたんですか。見世物としても面白くないでしょうに」
「ほら、女学園だからね、あんまり同年代の異性との無交流をこじらせるといけないから。アーグネシュちゃんみたいになっちゃうとね」
「・・・・・・」
それはそれで何だかしょうもない理由に思われてミクローシュは口をつぐんだ。しかもそう言う割りには交流らしき交流をしていないように思われる。
「今さら改めて言う必要も無いと思うけれど、ここニュゴットヴィーズ学園は女学園だわ。そして勉学と共に魔力駆動装甲、いわゆるパーンツェールの扱いも教えている。この学園の歴史はね、およそ三百年前に遡るの。ちょうどヨアヒム・カーロイがこのセントカルド王国を建てたばかりの頃よ。当時はまだ、魔力や魔術について人間は正しく理解していなかった。それらは一部の女性にのみ発現するものだと考えられていたの」
しかしアンジャル学園長が唐突に真面目に語り出したので、ミクローシュは黙って耳を傾けた。
「確かに、一般に女性の方が魔術の適正は高いとされているわ。でも魔力自体は誰でも持っていることが今ではわかっている。けれどもたいていの人は魔力を持っているといっても、訓練しないと魔術を使いこなせるようにはならない。そんなこともほとんどわかっていなかった時代よ。たまたま少しばかり魔術が使えた女性たちは社会から恐れられ、気味悪がられた。そして排除された——そう、魔女狩りよ」
どこか遠くで
「魔女狩りはそれ以前にも時折起こっていたわ。でも三百年前は特にひどかった。何しろヨアヒム・カーロイ自身が魔女狩りを積極的に推奨していたのよ。そこで付いた渾名が『魔女狩り王』・・・もっとも今ではヨアヒム王家はこの歴史をひた隠しにしようとしているようだけれど。建国者ヨアヒム・カーロイにまつわる伝説は数あれど、『魔女狩り王』なんて渾名を聞いたことがあるかしら?」
「・・・ありません」
「そうよね、それほどまでに徹底的に隠したのよ。百年がかりで。日常生活から軍事にいたるまであらゆる場面で魔術が活用される時代になってしまえば、建国者が『魔女狩り王』だなんて不都合だもの。でも——」
アンジャル学園長の両眼が鋭くきらめく。
「ニュゴットヴィーズ学園は覚えている。この学園はカーロイの魔女狩りから女性たちが身を守れるように魔術の使いこなし方を教えるため、天才魔女ナジ・キンチェーがこの辺境の地テナールクに作った隠れ家から始まったのよ。今までずっとこの地にあって、ヨアヒム王家のどんな圧力にも屈しなかった。そしてこれからも——」
アンジャル学園長は続きを言わずに唇を結んだ。しかしきっとその口の中では自らの決意を堅く噛み締めているに違いなかった。
「その、なぜ僕にそのような話を・・・?」
ミクローシュはかろうじて問うた。声はかすれていた。
「なぜかしらね」
学園長はふっと唇を緩めて笑っただけだった。
「そうだ、ミクローシュ君、ケンニェクは好き?」
「え?・・・ええ、それなりに」
「それなら、食後の腹ごなしということで私と一局指さないかしら」
そう言いながらアンジャル学園長は既に執務机の引き出しからつややかな木製の盤駒セットを取り出していた。ケンニェクが腹ごなしになるかどうかはともかく、ミクローシュに対局を断る理由も特に無い。
「そういうことでしたら、ぜひよろしくお願いします」
かくして夜の学園長室にパシ、パシ、という駒音が響いた。
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