最終章 リリトの一生 命の意味・後編

 リリトの頭を掴んでそのままガルムがリリトの頭に攻撃をしかけようとした瞬間、リリトは超反応でガルムの掴む腕を捻って外す。

「なっ! さっさと死んでろよ!」

 ガルムの大砲のような一撃を触れるように掴むとそのまま投げる。

 結果、ダメージを受けたのはガルムだった。

「っ、私は今何を……」

 意識が飛びかけていたリリトにも何が何だか分からなかった。

 それがリリトの記憶の奥底に刻まれたブリジットブルーの使った武術であるという事は永久に知る事はない。

「まだ私は死んでないぞガルム!」

 虚勢を張ってはみるが、身体中が痛み、頭はガンガンと響く。

「許さねぇ、お前は絶対にぶっ潰す」

 ガルムは起き上がると叫んだ。

「うおぉおおおおおおん!」

 腕の鎌が大きくなり、肘からは長い角のような物が突起する。ガルムの瞳は赤く染まり、肌の色素が抜けていく。

 前傾姿勢を取るガルムの息は荒く、それはまるで獣のようだった。

「ガルム、その力が何かお前は知ってるの?」

 ガルムは頷かずに答えた。

「俺は死ぬ事なんざ怖くねぇ。俺は誇りの為ならいくらでも捨ててやるよ。俺の命なんてな」

 リリトは構えるとドイツにいるゼッハを想った。

(ナナごめん、帰れそうにないや)

 ガルムはリリトを倒す為に全てを捨ててきた。そんな相手にリリトは勝てるわけがないと思った。

「私も生きようという考えを捨てる。死んでもお前をここから動かさない。例えお前を倒せなかったとしても」

「やれるものなら……」

 そうガルムが言った時にはリリトの視界から消える。

「やってみろぉ!」

 ごきりと嫌な音が聞こえた。

 首の骨に異常をきたした。

 死へのカウントダウンが聞こえてきそうだった。

「リリトお姉ちゃん!」

 聞こえないはずの声、聞こえてはいけない声が聞こえる。

(うそ……)

 リリトの視界によく知る少年の姿が映った。

「りくお」

「大丈夫?」

「な……んで きちゃらめ」

 声もまともに出ない。

 嬉しい。

 でも逃げて。

 そう言いたかったが、リリトは瞳に涙を浮かべるだけで何も言えない。

「リリトお姉ちゃんを置いて逃げれるわけないじゃん。僕を助けてくれたように、次は僕がリリトお姉ちゃんを守るんだ」

 ガルムは陸緒を睨み付けると言う。

「そうかい、なら先にお前が死ねよ」

 リリトの脳裏に同じような光景が浮かぶ。

 一人の幼い少女が自分を庇う光景。

 それは自分の記憶ではない。

 否!

 今の自分の記憶ではない。

 昔の、過去のリリトの記憶。

「陸緒っ!」

 最後の力を振り絞ってリリトは陸緒の前に立ち自らを盾とした。

 ガルムの肘に貫かれ、そのままリリトは倒れた。

(結局、私は何も守れなかった……)

 意識は深い闇へと飲まれていく。


                       ★


『謎の場所』

「ボヘミアの川よモルダウよ。過ぎし日の事今も尚」

 リリトはヴァイオリンの音とメロディに合わせて歌っている声を聞いた。

 その声は優しく何処か懐かしい声だった。

 森のような場所を抜けて引き語りをしている女性の元へと向かった。

「貴女は誰?」

 女性は演奏を止めるとリリトを見てニコりと笑った。

「ごきげんようリリト、私は貴女ですよ」

 リリトの前にいる女性はリリトよりも身長があり、黒い髪に褐色の肌をしていた。

「もしかして貴女は最初のリリト?」

 信じられないが目の前の女性が言う事とリリトの知っている情報を合わせるとその答えが導かれる。

「そうですね。貴女の事はずっと見ていました。全く、私が望んだとはいえ相当な甘えん坊さんですね」

 ゼッハに対しての事であるとリリトは分かると頭をかいた。

「えへへ、ところでここは何処なの?」

 綺麗な場所ではあるが、リリトには検討が付かない。

「こっちへ」

 昔のリリトに誘導されると、小さな橋のある小川のある場所へと連れられた。

「あの橋を渡れば楽になれます。意味は分かりますね?」

 あぁ、自分は今死のうとしているのかとはじめて気がついた。

「そっか、私ガルムの攻撃で」

「私と一緒に来ますか?」

 優しい眼でリリトを見る昔のリリト、それはリリトには知る由もない母親を感じさせた。

(これはナナが好きになるわけだな)

「かなわないなぁ。でも私は、まだ橋を渡れないや。私のさ。友達と約束したんだ。夏祭りに行くってさ」

 昔のリリトは頭をかくと言った。

「ふふっ、少し貴女が羨ましいです。それでは私は先に行きます。いつまでも、待ってますよ?」

「うん」

 二人はお互いに背を向けて、リリトは元来た森へ、昔のリリトは橋の先へと歩を進める。

「リリト!」

「リリト!」

 お互い、振り向かずに叫んだ。

「何?」

「何ですか?」

 二人はクスりと笑うと大きな声で言った。

「私の一生は幸せばかりだったよ!」

 

                      ★

 

『現在・日本』

 ゆっくりと頭が覚醒する。

 そこで見えるのは泣き顔の陸緒。

「リリト、しっかり」

 リリトは陸緒を安心させる為に笑ってみせた。

「私はまだ大丈夫」

 立ち上がると自分に致命の一撃を与えたガルムを見た。

「ガルム、もうこれで気がすんだなら引いてくれないかな? この通り私はお前には勝てない。私よりも優れているという事なら認める」

「ダメだ。俺はお前を殺す。それが俺のパパの望みだからだぁ!」

 溜息をつくとリリトはガルムを睨む。

「私はお前を作ったワーゲン博士って人が許せない。だけど、ナナはきっと許せるんだと思う。だから私はお前を許そうと思ったのに。この分からずやぁ!」

 リリトが叫ぶと大気が震える。

 リリトの髪の色が白く染まって行く。

「そうだ。その力のお前を殺して俺は目的を遂行出来る」

 リリトは一撃必殺の中段付きの構えを取る。ガルムもまた同じ構えをした。

「ケリつけようぜゴーレム」

 そう言ったガルムが先に動いた。

 しかし、今のリリトにはガルムの動きは止まって見えた。

「シュべーレ・グスタフ!」

 全ての力を解放したリリトの最強最大の一撃。

 そのインパクトの瞬間、ガルムは笑った。

「ガルム!」

 リリトもその様子に気がつく。

 ガルムはノーガードでリリトのその攻撃に自ら飛び込んだのである。

 ズドン!

 リリトはなんとか攻撃を逸らすがガルムの内蔵のいくつかを吹き飛ばす程の破壊力をそれは持っていた。

「ガルムどうして?」

 横たわるガルムは笑ったまま答えた。

「そこの雄ガキの話を聞いて、もうどうでもよくなってた。でも俺はお前を殺す為だけに産まれてきた。だから……巻き込んでごめん。んっ!」

 リリトはガルムに口づけする。

 自分の血を飲ませる事でガルムの身体の修復をさせようと試みた。

「何を……」

「私はお前を死なさない」

「俺が死んだって誰も何とも思わねーよ」

「私が悲しい。お互いあとどのくらい生きられるか分からないけど、ナナなら何とかしてくれると思う。姉妹になろうガルム。私は頼りないお姉ちゃんかもしれないけど」

 ガルムは目を瞑ると言った。

「いいなぁそれ」

「だろ? そうしようだから……」

「どけよ!」

 ガルムはリリトを突き飛ばすと陸緒に向かって走った。腕の鎌を出す。リリトももう殆ど動けない。

 そしてリリトは今から起こる事に叫んだ。

「ガルムダメぇえええええ!」

 ガルムは走るのに邪魔な鉄骨を切り裂くと陸緒を突き飛ばし、上から降って来る鉄骨に身体を貫かれた。

 そのガルムの元へリリトは近づく。

「ガルム……陸緒を守ってくれて……」

 ガルムは瞳が眠たそうにとろんと虚ろげで言った。

「ざまぁねぇな。自分が大暴れしちまって……」

 鉄骨を引き抜こうとするリリトにガルムは首を横に振った。

「さすがにもうこれはダメだ。お前と違って機械の部分が俺の身体は多いからな。多分その殆どが全部ダメになっちまった」

「姉妹になって、一緒に……いっしょにぃ」

 泣くリリトの頬にどうにか触れるとガルムは言った。

「どうしょうもねぇ姉ちゃんだなお前は……」

「妹一人助けられないんだ」

「なぁ、お前に一つ頼みをしていいか? まさに一生の願いってやつだな」

 コクンとリリトは頷く。

「おま……リリトは俺が見れなかった明日を一日でも長く見て欲しいんだ。この哀れな妹の為にな?」

 今にも泣き出しそうになりながらリリトは頷く。

「だからさ。少しでも長く生きれるように。食べて、俺を食べてよ」

「……うん」

 悲痛な獣の鳴き声は空に咲く華の音にかき消され、それを聞いたのはそこにいた陸緒ただ一人だった。その光景を絶対目をそらしてはいけないと同時に思った。

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