第二章 夜のはじまり

 ガラスの窓が割れる音と共に、二つの影が室内に侵入した。

 一人がブリジットの首を、もう一人はブリジットの胸を目がけて攻撃をしかけた。

 ブリジットは首への攻撃をよけ、胸への攻撃を義手で受け止めた。

「とんでもない奴らが来たわけだ。雨兄妹!」

 瓜二つの顔をした二人。少年と、三つ編みの少女がブリジットを中心に対峙していた。

「さすがは鉄腕の猟犬、我々の同時攻撃を回避するとは恐れ入った」

 双子の兄ランは、両手に山刀のようなものを持ち、ブリジットとの距離を測っていた。

「ミッション成功率、九割のハンターだったっけ?」

「デッド・オア・アライブなら十割です」

 妹のリーヅがそう言うと、ブリジットに飛びかかった。

 リーヅの攻撃をかわし、ブリジットはモーゼルを抜いた。

 二度、引き金を引いたブリジット、弾丸はリーヅの腹部に直撃する。

「うっ」

 リーヅの攻撃をかわしたはずのブリジットの肩から血が流れ、銃弾を受けたハズのリーヅは涼しい顔をしていた。

「防弾ヂョッキね。しかし、見えない刃物を使うなんて、中国の伝統武術か何か?」

 続いてランが攻撃をしかけた。

「俺達は武術も一流だが、リーヅのそれはまた違う」

 リーヅもその攻撃に続く。

「兄様の言う通りです。先端科学の生粋です」

 ランの攻撃でキッチンのテーブルが破砕した。

 その時、マグカップが床に落ちる。

 それに気づくブリジットだったが、他の事に意識を持って行かれると、瞬時にあの世行きである相手と戦っている意識が勝った。

 果物ナイフを拾うと、リーヅの攻撃を止めた。

「見えない刃物を持ってると言う事だろ? ただ、そこまで切れ味は良くないな。確実に急所を切らないと殺せない」

 ブリジットの持つ果物ナイフが、リーヅの手先の何かを受け止めていた。

「ご名答! ですが、我々の武術とこの武器がそろった時、銃を超える殺傷力を誇ります」

 

                   ★

 

 リリトは戦闘が開始されたキッチンを心配しながら、ゼッハの部屋に入った。

「……あのゼッハ」

 ゼッハはリリトに抱きついた。

「ごめんなさい。ごめんなさい。リリト傷ついたよね? リリトの事嫌いだなんて嘘! 大好きだよ。私!」

 許しを請うゼッハを見て、リリトはゼッハを抱きしめた。

「いいんです。私こそ申し訳ございません。さぁここは危険です。地下に行きましょう」

 ゼッハを連れ、地下室に入る。

 そして、本棚を動かすと、さらにもう一つの広い部屋が現れた。

「リリト、ここって! 私知ってる」

 大人が一人余裕で入れる空間、カプセルが二つ並んだ部屋。

 ゼッハの記憶の中で、ゼッハの父がリリトを救う為に使った装置。

「私が育った部屋です。いつも貴女の近くに私はいたんですよ。外に出るのは夜だけでしたが、ここは絶対に見つかりません。少しの間、ここにいて下さい。すぐに戻ります」

 ゼッハの頭を撫でると、リリトは地下室を後にした。

 ブリジットの助太刀に向かおうとした時に、背中を何か鋭い物で貫かれた。

 三回背中が熱くなる。

「あっ……」

 続けて四カ所目を貫かれた。

 大量出血しながら、リリトは立ち上がった。

 リリトを刺した相手を見ると、大きな槍を持った美女が立っていた。

「鉄腕を生け捕りにしたボディガードと言うだけあって頑丈ですのね。でも、直に死にます」

「お前、その鉄腕とは戦ったのか?」

 リリトは、自分の怪我の事など気にもせずに言った。

「鉄腕は雨兄妹という別の者が交戦中です」

 それを聞くと、安堵したリリトはその美女に殴りかかった。

 槍で迎え撃つ美女。

「その傷で動けるだなんて気に入りました。私はブリュンヒルデ、名前を教えて頂戴」

「私はリリト」

 その名前を聞くと、ブリュンヒルデは驚いた表情で言った。

「私が天女で貴女が魔女だなんて、これは運命ですね。リリトさん、私の手でヴァルハラにお逝きなさい」

 ブリュンヒルデは、槍をリリトに向けると突進した。

 ブリュンヒルデは廊下の窓を貫き、壁の外へと続く大きな穴を開けた。

「私の主の家を壊した事、許しませんよ!」

 リリトはブリュンヒルデを睨むと、ブリュンヒルデを誘うように、その穴から外に出た。

 月の光に照らされたその時のリリトの表情は、女であるブリュンヒルデも素直に美しいと感じた。

「いいでしょう。外で戦おうと中で戦おうと貴女はもうじき死ぬ」

 ブリュンヒルデは、屋根の上でリリトに攻撃を何度も仕掛けた。

 その全てをギリギリで避けるリリトの様子が、おかしいと感じたのはリリトの反撃を受けた時だった。

「そんな……私の攻撃は届かないのに、死にかけの貴女の攻撃が私に通るなんて……」

 姿勢よく立ち、髪を掻き分ける動作をするとリリトは言った。

「誰が死にかけてるんですか?」

 ブリュンヒルデはリリトをよく見ると、自分の間違いに気がついた。

 自分がリリトを刺した所から見えるのは、リリトのきめ細やかな褐色の肌だった。

「貴女! 私が刺した傷は……致命傷のハズだったのに!」

「確か、私をヴァルハラに送ると言ってましたね?」

 リリトの重い掌底がブリュンヒルデの腹部を撃った。

「ぐはっ……」

 あまりの激痛に、ブリュンヒルデは槍を手放した。

 そして、身動きの取れないブリュンヒルデに、リリトは延髄目がけて蹴りを放つ。

 しかし、リリトの蹴は全くの別方向からくる力に止められた。

 身動きの取れないブリュンヒルデに狂い無く直撃するハズだったが、突如介入して来たショートカットの金髪少女が、自分の蹴りを放ち、リリトの蹴りを受け止めていたのである。

 手には板チョコを持ち、それを頬張りながら、少女はブリュンヒルデに言った。

「おーい、生きてる? むぐむぐ」

 口のまわりについたチョコを舐めると、まだ身動きの取れないブリュンヒルデを抱えた。

「まて! 逃がすか」

 リリトは少女にパンチを放つが、チョコを食べていない方の手で軽々と受け止められた。

「ごめんよ。ボクも君と遊んでみたいけど、帰って来いって言われてるからさ、じゃあね」

「……レギンレイブ、余計な真似を……」

 リリトは自分よりも力の強い相手に呆然としたが、すぐにブリジットの事を思い出し、キッチンに向かった。

 

                    ★


 キッチンでの攻防も決着がつこうとしていた。

 リーズの腕を掴むと、ブリジットは床に叩きつけた。

 頭を守り、床に激突するリーヅ、足を抜ける為に回転をかけ、ブリジットの手から逃れようとしたが、義手の手はただ締める力を強めるだけで一向に抜けられなかった。

「リーヅを離せぇ!」

 斬りかかるランに目がけ銃を向けるブリジット。

 立て続けに三発の引き金を引く、薬莢がエレベーターのように上に上がっていきながら、モーゼル銃は火を噴いた。

 十分な牽制、既に二対一の優位な状況は崩された。

 リーヅは手に隠し持った刃をブリジットに向ける。

 ブリジットはリーヅを見る事もせずにリーヅに向けて銃を放った。

 乾いた音が響く。

「きゃあ」

 短い悲鳴と共に、リーヅの手から大量の血が流れた。

「リーヅ! 鉄腕、貴様ぁ」

 剣を前に突き出し、ランはブリジットに向かった。

 突然、剣をブリジットに投げつけると懐から出した何かをランは連打した。

 放たれる暗器をブリジットは冷静に打ち落とす。

 機械的に銃を動かし引き金を引くブリジット、カランと音が鳴り、銃弾とランが放った金属の礫がランとブリジットの間に無数に転がった。

「二人で私一人分くらいかと思ってたけど、対した事ないな、雨兄妹」

「リーヅ、逃げろ」

 ランはブリジットに徒手で捨て身をかけた。

「にぃ……さま」

 ブリジットは冷静にランの攻撃を捌き、ランにダメージを蓄積させた。

去死ロ巴しね!」

 リーヅは刃の見えない刃物を拾うとそれを持ってブリジットに斬りかかろうとした。

 ブリジットはリーヅに銃を向ける。

 リーヅは死を覚悟したその時、兄であるランがブリジットと自分の間に割って入るのを見た。

 音が一瞬消える銃声の中、兄の目からゆっくりと生気が消えていくのを見た。

「にぃさまぁあああ!」

 ブリジットは少し悲しい眼で、リーヅにも銃口を向けた。

「お前は必ず殺すぅ! 鉄腕」

 リーヅは照明弾を投げると、指が吹き飛んだ手を庇いながら逃走した。

「逃がすか!」

 銃を連射するが、カシャりと弾丸がない事を銃が伝えた。

 弾丸の切れた銃の音が響き、目が慣れてくる頃には、ランの死体と、散らかったキッチンだけだった。

 ブリジットは自分のマグカップを拾うと、何処も壊れていない事に安堵する。

「ブリジット、大丈夫ですか?」

 大きな穴がいくつも開いた服を着たリリトが、慌てて部屋に飛び込んだ。

「メイド長、一人は片付けました。もう一人には逃げられました。ここはもう危険ですよ?」

「そうですね。ブリジットは最小限の荷物を準備して下さい。私はゼッハを連れてきます。今日は何処かの宿を取りましょう」

 リリトは、地下室の隠し部屋に入ると、ゼッハが飛びついてきた。

「ゼッハ、すみません。こんな所に一人で、少し旅行に行きましょう」

「旅行?」

 家が危険になった事をリリトは説明し、出来るだけ明るく言った。

「何処でもいいですよ? ゼッハは行きたい所とかありますか?」

「う~ん、日本! 私日本に行きたい。お父さんの産まれた国を見てみたい」

 日本にあてがあるわけではなかったが、リリトは頷いた。

「分かりました。行きましょう」

 二人で地下室を出た先には、大きな旅行バックを持ったブリジットが待っていた。

「とりあえず。服とか適当に入れましたよ。まず、シャワーを浴びてみんな着替えましょうか?」

 ブリジットとリリトは血で、ゼッハは埃で汚れていた。

「そうですね。」

 リリトはそう言うと、ゼッハを連れて浴室に向かった。

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