第二章 平穏、緩やかに壊れ
ハイルブロン市内、そのホテルの中にあるカジノのプライベートルームに仮面を被った男と若い男女、そして初老の男がワインを片手に話し合っていた。
「ハイルブロンさんよぉ。あの鉄腕殺しに我々、雨兄妹が呼ばれたのは分かる。だが、このオッサンは何だ?」
美しい顔の青年が初老の男を見て言った。
「
綺麗な顔を歪めてランは言った。
「だから、このオッサンはそんなに強いのかって聞いてるんだよ?」
「兄様……」
「
兄に一括されて下を向くリーヅ、そこに割って入ったのはワーゲンと呼ばれた初老の男だった。
「よく噂に聞いているよ。雨兄妹、私自身は戦いなんて出来ないよ。ただね? 私は神を作る実験をしていてね」
その時、プライベートルームの扉をノックする音が聞こえた。
「来たようだね」
ワーゲンがそう言うと、長い茶色の髪を靡かせた、美しい女性が入室した。
「博士、ただいま到着致しました。そして、ハイルブロン卿、お初にお目にかかります。人造兵器、ワルキューレの長、ブリュンヒルデです。私以外に、あと二人いるのですが、恥ずかしいながら、何処かで遊んでいるようです。ただ、鉄腕とそれを倒したメイド風情、私一人で殲滅して見せましょう」
存在を無視されたランは怒り、ブリュンヒルデに暗器を放った。
「貴様ぁ! 我ら兄妹を愚弄するかぁ!」
黒い鏃のような物を投げつけたランだったが、ブリュンヒルデは動くことなくそれを掴んだ。
「人間にしては良い反応です。ですが、神に近いワルキューレに楯突くものではありません。死にますよ?」
瞬間、ブリュンヒルデは消えたように移動し、ランの妹リーヅの背後に立った。
「大事なものは、案外簡単に無くなります」
リーズの首元に先ほどランが投げた鏃を突き立てる。リーヅは無表情でブリュンヒルデの手を掴むと、捻り投げた。
地面に手をつき、その反動で立ち上がり、ブリュンヒルデは笑った。
「中々やりますね。無礼は謝ります。ただ、次にワルキューレに牙を向いた時は、殺します」
「ブリュンヒルデと言ったな。俺は」
「兄様、私は大丈夫です。ここで争うは無意味な事です」
兄を諫めると、リーヅは深くお辞儀をした。
「とても物わかりの良い妹さんがいて良かったですわね」
ハイルブロンは両手を挙げると言った。
「ラン君、君に不快な思いをさせた事は、私が謝罪しよう。しかし、私は君達とワルキューレの力を持ってして、なんとしても、あの家の人間に復讐をしたい。もう、これ以上の失敗は出来ない。金ならいくらでも出そう。世界最高峰の殺し屋と、ワーゲン博士の傑作、人造兵器を持ってして二匹の犬を狩る。そして、シンゲンの娘をここに連れてきて欲しい」
★
イマリ・シンゲンの葬儀は街の教会で行われた。
明るく、人あたりの良いシンゲンに、街の人々は誰が言うわけでもなく集まり、涙した。
そんな中ゼッハは何故か涙が出なかった。
よく知る近所の人々に業務的に頭を下げる。
葬儀を前にすると父の死をやはり認めたくなかった。
叔父とリリト達が何か難しい話をしているのが嫌でも聞こえてくる。
「リリトさん、ゼッハの事ですが、私は引き取りたく思っております。もちろん、ゼッハの気持ちの整理もあると思います。貴女達も同様、私の屋敷で雇いたい。ダメでしょうか?」
リリトはアーベルの言葉に偽りはないと感じたが、まだ、この男を完全に信用できないでいた。
「シンゲン様との約束は、いかなる者からもゼッハを守る事です。もう少し、そのお話、考えさせて頂けませんか?」
少し不満そうではあったが、アーベルは頷いた。
「分かりました」
リリトとブリジットは、参拝者全員に挨拶回りをして、教会の片付けを行った。
そして、家に帰宅すると、街で買ったサンドイッチを夕食にゼッハに話しを始めた。
「絶対嫌! 私はここを離れない」
「ゼッハ、聞き分けのない事を言ってはいけません。貴女の保護者として、アーベル様の……」
「嫌なの! 何で? リリトは何でそんな事言うの? そんなリリトは嫌いだ!」
リリトの瞳の瞳孔が開く、その様子を見たブリジットがすぐに、ゼッハを別の部屋に連れ出した。
「ねぇ、ブリジット、どうして? リリトはどうしてあんなひどい事言うの?」
ブリジットはゼッハの目線に膝を曲げて優しく話し出した。
さながら妹をあやす、姉のように。
「お嬢様、メイド長、いえ、リリトは貴女に意地悪をしようとしているわけじゃない事は分かりますよね?」
興奮がまだ冷めていないが、ブリジットの質問に頷くゼッハ。
「シンゲンさ……いえ、お父様がお亡くなり、貴女の肉親はもうアーベル様しかいないんです。貴女は大人になるまで、貴女の保護者という存在が必要なんです。それはリリトでも、私ブリジットでも、悔しいですが、出来ないんです……お分かり下さい」
悲しそうな顔で言うブリジットに、ゼッハは呟いた。
「私、知らなかった。なのに、リリトに酷い事言って、えっ、えっ、うあぁああ」
ブリジットにしがみつき、泣き出したゼッハを、ブリジットは優しく諫めた。
「一緒に謝りに行きましょう。大丈夫、貴女が好きなように、リリトも貴女を大好きですから」
「うん」
ブリジットと手を繋ぎ、ゼッハはキッチンのリリトの元に戻った。
その時のリリトは、怯えたような目で二人を見た。
「……あの、ゼッハ」
「リリトごめんなさい。私、何も知らなくて、リリトを困らせて」
「えっ、ゼッハ……私は」
気が動転しているリリトを見て、ブリジットはゼッハを部屋に戻らせた。
「メイド長、どうしたの? いくらなんでも取り乱しすぎですよ?」
水を渡すと、リリトはそれをゆっくり飲んだ。
「……すみません。でも、ゼッハが私の事を嫌いだって……」
「子供の嫌いは、本当に嫌いになったわけじゃないんだよ。その時の感情を抑えられずに出た言葉です。真に受けない下さい」
「そうなのですか? 私はゼッハに嫌われたらどうしたらいいか分からなくなりました。私は貴女達、人間程利口じゃないんです」
ブリジットは棚からワインのボトルを取り出すと、微笑んで見せた。
「人間が利口なわけじゃないんだよね。貴女達、犬程、素直じゃないだけですよ。どうです一杯? 人間は友とお酒を酌み交わすものですよ?」
リリトは顔をプイと向けると呟いた。
「私は貴女の友ではありません」
グラスをしまうとブリジットは言った。
「これはまたの機会にしましょう。二人ですか?」
「二人が近く、一人が遠くで、計三人です」
頭をかくとブリジットはまじかーと笑った。
「気配を読むのは得意なんですけどね。もう一人は全く分かりませんでしたよ。お嬢様を何処か安全な場所に、その間私が食い止めます」
リリトは自分の鞄から一丁の拳銃を取り出すと、ブリジットに渡した。
「わぉ! これは、モーゼル銃ですか? またアンティークなものを」
ブリジットは初めて触る銃を珍しそうに、まじまじと見つめた。
「護身用です。メイド見習い。貴女の銃は私が壊してしまいましたから、これが終われば、その……お酒を一緒に飲みましょう」
照れたリリトを見て、ブリジットは笑った。
「楽しみにしてますよ。メイド長」
リリトはゼッハの部屋に行く前に、ブリジットに、小さな金属を手渡した。
「あと、お守りです」
「これがあれば百人力ですよ」
リリトがいなくなるとブリジットは、すぐ近くから発せられている殺気に向かって叫んだ。
「二人がかりで構わない。来い!」
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