第13話:ヒーロー達のリベンジマッチ(後編)

「BRRRRRRRRRRRッ――!」


 怪獣ベヒモスの迫力は相変わらずだった。

 鈍い動きからは予想もつかない破壊力、初見殺しといえば確かにそうだろう。

「いくぞ、新島くん。よく見ていろ」

 狗山さんは背を低くして、ベヒモスに向かっていく。

(――速い!)

 疾風のようなスピードで、あっという間に、怪獣ベヒモスに肉薄する。


「とおッ!」


 斬撃! 巨大な剣を軽々と振り切った、斜めからの完璧な一撃であった。


 ――――しかし、


「BRRRRRRRRRRッッ!」

 怪獣ベヒモスは平然とした様子でしっぽを振り回す。

 狗山さんはその攻撃を予想したように、身体をぐるりと、空中で一回転して避ける。

 そのままバックステップで、俺のところまで戻ってくる。


「――効いてない」


 俺は衝撃を受けていた。狗山さんの攻撃は完璧であった。おそらく無駄は一切なかっただろう。だというのに、怪獣ベヒモスは平然としていた。

(どんだけ、硬いんだよ、こいつ……)

 絶望的な気持ちが心のなかで渦巻いていた。


 狗山さんは幾度となく斬撃を繰り返した。

 素早く、無駄なく、最適な動きで、ベヒモスを捕縛していた。

 しかし、そのどれも致命打には至っていないようで、嘲るような咆哮を繰り返していた。


「どうだ、効いてないだろう」

 狗山さんは俺に話しかけてきた。

 呼吸は一切乱れていない、まだまだ余裕そうである。そこには絶望の気配は微塵もない、まるで自分の攻撃が効かないのを予め知っていたような口調だ。


(…………ん、効かないことを知っていた?)


 俺は違和感を覚えた。

 その疑問に答えるように狗山さんが語りかける。


「フフッ、気づかないか新島くん」

「気づく?」

「こいつの特殊能力に、だ」

 怪獣ベヒモスが地響きを起こしながら岩を飛ばしてきた。

 俺と狗山さんはその攻撃を避ける。


「怪獣ベヒモス、ヒーロー学園で最初に戦うべき存在、人工的に作られた怪獣、その目的は『変身ヒーローは万能ではない』ということを生徒達に伝えるためだ――」


 狗山さんは華麗に回避する。

 高速の岩石を軽々と避ける、避ける、避ける。


 俺は怪獣ベヒモスの気を引きながら、彼女を言葉を咀嚼するように考える。


 ――特殊能力だって? そういえば前も似たような発言をしていた。

 ――狗山さんは何を言いたい? 気づくとは、どういうことだ?


「――えっと、怪獣ベヒモスは、授業のために特別に作られた怪獣だ、それなら、もちろん授業の目的に適した特徴をしているわけで、この場合は……」

 えーっと、どうなるんだ?

 特殊能力?

 授業目的は、ヒーローの力は絶対じゃないって伝えるんだから……。


「この怪獣はヒーローの天敵となるような特殊能力を備えている……?」


「そうだ新島くん。この怪獣は《ヒーロー無効化》の特殊能力を持つ」


「無効化?」


「――つまり怪獣ベヒモスには、あらゆるヒーローの攻撃は一切通らない」


「攻撃が通らない――!?」


 狗山さんの眼前に岩石が迫る、回避が間に合わない。

 しかし、彼女は焦ることなく、巨剣を縦に構え、一刀両断する。

 岩石が真っ二つに綺麗に割れる。


(岩石を、野菜みたいに切りやがった……)


 いや、それ驚くことだが、攻撃が通らないってどういうことだ? 

 ダメージゼロってことか。

 Dクラスの生徒達の猛攻、

 葉山の連続攻撃、

 どれも平然としていなしてしまう怪獣ベヒモス。


 ――もしも、身体が頑丈なのではなく、そもそも攻撃を無効化されていたとしたら。

 ――現実には、HP(ヒットポイント)メーターは存在しない。

 ――怪獣を攻撃したところで、本当にダメージが通っているかどうかは、視認しただけではわからないのだ。


「いや、でも……」


 でも、確か攻撃が通っていたことがあったぞ? 

 間違いなく、怪獣ベヒモスは苦しんでいた。痛みを受けていた。

 そもそも攻撃を受けないなら、Sクラスの生徒が勝ったというのはおかしい。


 何かある、こいつにも弱点があるはずだ。

 そして、俺はもうそのヒントを持っている。

 それはいつだ? いつ苦しんだ? 思いだせ、それは確か攻撃の中盤だ。作戦の真っ最中だ。俺が囮になって、葉山が攻撃をして、その時に――。


「だから、怪獣ベヒモスの攻略は単純だ。ヒーローの力『ではなく』攻撃すれば良い」


「わかるか、新島くん?」


 何だ、どうやった。

 思いだせ、思い出すんだ。

 俺は思考の奔流に手を伸ばし、戦いの記憶を探る。


 ――あらら……僕が殴るよりも効いてるよ……ちょっと悔しい。

 ――あの時は確か、葉山の攻撃のラッシュを終えていた。ベヒモスの攻撃を避けるために、一度後ろに下がって、岩を破壊させて、そして――


 ――そして、こいつを砕いて飛ばすと――


「…………怪獣ベヒモスの吐き出す岩石をぶつけた」


「――正解!」


 狗山さんは、怪獣ベヒモスと直線上の位置に、身体を移動させる。


「そうだ、新島くんっ! ――岩石だっ! つまり、攻略法は単純明快ッ!」


 狗山さんは、巨大な剣の柄を器用に回転させる。峰を表側に向ける。

 そのまま右半身に近づける。腰を落とす。前方を睨みつける。


 その堂々とした構えはまるで、野球の四番バッターのような――。


「怪獣ベヒモスが噴出しきた岩石を、思いっっきり、打ち返せばいいッ――!!」


「BRRRRRRRRRRRRッッ――!!」


 ベヒモスが岩石を発射する。重く、早く、砲弾のような一撃。

 しかし狗山さんは怯まない。

 その弾丸の軌道を捉える。適切に、精密に、勇気と気合と根性を持って、巨大な剣にて打ち付ける。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 そして、迫りくる岩石を、強打者スラッガーのように強く強く振り切り――――


「――――――――とおッ!」


 ――――打ち返すッ!


「………………BRRRRRRRRRRRRッッッ!?」

「…………BRRRRRRRRRRッッ!?」

「……BRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRッッッッ!?」


 怪獣ベヒモスが悲鳴を上げる。

 今までにない現象だ。苦しみ喘ぎ、悶え苦しんでいた。

 狗山さんはその隙に重たい岩石を持ち上げて、第二撃を加える。


「さあっ! これが伝説の力だッ――――!」


 勝負合ったな。

 俺はそう強く実感しながら、ベヒモスが倒される光景を眺めていた。





 帰る時には、陽は完全に沈んでいた。

 月見酒先生に「ばいば~い」と手と振って見送られ、俺たちは帰宅することとなった。


「しかし、これで新島くんもベヒモスを倒すのに成功したな」

「……ああ、ほとんど狗山さんのおかげだけどな」


 狗山さんが怪獣ベヒモスを撃破した後、俺たちは再びヤツを召喚しなおした。

 そして、今度は俺が怪獣ベヒモスと、直接対決をすることとなったのである。


 弱点がわかったら楽勝だと思ったが、そんなことはなかった。


 超高速で飛ばしてくる岩を打ち返すのは、ものすごい度胸とタイミングが要求された。要は大砲の弾を、一発で打ち返してピッチャーにぶつけろっていうんだ。メジャーリーガーにだって不可能だ。

 しかし、狗山さんはそれを成し遂げてしまった。信じられない話だ。


「しかし、背中のジェットで、岩を空中から投げ飛ばす作戦に出たのは賢かったぞ。あれなら打ち返す必要もないし、敵も狙いを定めにくくなる」


「いやぁ……それも狗山さんが敵を引き付けてくれたおかげだよ」


 仕方がないので、俺は空中から岩石を投げる戦法に出た。

 本来、落ちている岩を拾おうとすると、その隙に攻撃させて気絶するのがオチだが、狗山さんがベヒモスの注意を逸らしてくれたおかげでその問題は解決された。


 俺が葉山やハヤブサくんと一緒に立てた作戦の応用版だ。

 あの時は、俺と葉山の二人ががりでベヒモスを引き付けたが、

 狗山さんの力が強大なおかげで、囮役が一人で済んでしまった。複雑な気持ちである。



 時計を見ると、もう6時をまわっていた。

 学園内の生徒の姿もさすがにまばらになっている。


「しかし、新島くんの変身姿は、美月さんに似ているな」

「美月に?」

「ああ、見た目もそうだが、何というか雰囲気が似ていた……」


 そうなんだ、そういやアイツの変身後をまだ見てないな。

 生活環境が同じだと、変身姿も似たような感じになるのだろうか、まあ知らんが。

 どうせ、そのうち見ることになるだろう。


「おかげで、普段の1.5倍の動力で動けた気がする……」

 狗山さんはグッと拳を強く握り締める。

 いい笑顔で笑う。

 またナチュラルにそういう事言うよな、このお嬢さんは。


「…………もう隠す気もなさそうだから突っ込むけど、狗山さんって、美月のこと好きだろ?」


 すると狗山さんは驚いたように目を丸くさせてから、

 フッと軽く微笑んで言葉を口にする。


「ああ、そうだ愛している」

「逆に清々しいっ!?」

 ビックリだわ、というかドン引きだわ。


「言っておくが、ライクじゃなくて、ラブの方だぞ。もともとは用事があって美月さんに話しかけたのだが、あまりに可愛すぎて惚れてしまったのだ。一目惚れだった」

「ま、マジか……。あいつに惚れるとは珍しい」

「何、可愛いじゃないか、よく甘えてくるし、強がる割には臆病だし、私が悩んでいると知的に返してくれるし、優しくていつでも助けようとしてくれるし、それでいて直ぐに私を頼ってきてくれるし、それに強いし、青春を謳歌しようと頑張っているし、柔らかそうで抱きしめたくなるし、頬ずりしたいし、あの桃色の唇に引きこまれて口づけしてみたくなるし……」

「お、オーケー、オーケー、だいたいわかった。それぐらいでいいよ」

 俺はノロケ話が無限に続きそうだったので、そこでストップをかけることにした。


「む……そうか? 残念だ」

「特に後半はあまり聞きたくない情報だった……というか正直すぎる」

 堂々としすぎて、裏表がないっていうか、もう表しかないみたいだ。

 前に飯を食った時は、もう少し奥ゆかしい面もあったはずなんだけどなぁ……今日はいろいろぶっちゃけすぎじゃないのか、狗山さん。


「一度、共に剣を交えた者だからな、謂わば私たちは戦友だ。戦友に隠し事はしない」

「べつに剣は交えてないし、一緒にトレーニングしただけだけどな……」

 この娘はなんだろう。

 一度倒したら、その後の物語で仲間になってくれる、敵キャラみたいな思考をしているのだろうか。友情、努力、勝利、の世界で生きているのだろうか。

「一緒にトレーニングしたとは、何だかいやらしいな、新島くんは」

「誤解すぎるぞ、それはっ!」

 ひどい解釈だ、曲解だ。


「それで戦友として、新島くんにお願いがあるのだが」

「何だ?」

 俺はバリバリ嫌な予感をしていたが、返答することにした。

「新島くんは、美月さんと同じアパートに住んでいるのだよな」

「……ああ、確かに隣の部屋は美月のとこになっているぞ」

 部屋を借りる時に、近いほうが何かと便利だと言われたのだ。

 俺の親としても、美月の親御さんにしたって、その方が安心だろうしな。俺たちも都合が良いからと了承した。


「ふむ、隣の部屋が美月さんか、何だがいやらしいな、新島くんは」

「さすがにあてつけだろっ! それはっ!」

 ヒデェ、言いがかりだ。

「まあ、それは冗談としてだ」

「戦場のジョークとしても許しがたいぞ、それは……」

 俺も気を許してきたこともあって、突っ込みに容赦がなくなってきた。

「すまなかった、それで改めてお願いなんだが」

「何だよ?」 


「今夜、一晩だけ、泊めて欲しいのだが構わないだろうか……?」


「えっ……!?」

 思わずドキッとしてしまった。

 日も沈んだ帰り道、二人っきりのシチュエーション、隣には可愛らしい女の子……。

「――美月さんの部屋に」

「絶対に断る」

 俺の返答は早かった。超スピードとか縮地法とかそんなチャチなものじゃなかった。


「そこをどうか……」

「断固断る。この俺、新島宗太の一番好きなことは、美月を好きだと思ってるやつに、『NO!』と言ってやることでね」

「ただの頑固なお父さんじゃないか……」

 確かにそうだった。


「つか、美月に直接お願いすればいいだろ、そんなの」

 アイツなら大喜びでオーケーしそうだけどな。

 小学生以来、友達が家に遊びにくるなんて状況はほぼ未体験のはずだ。きっと歓迎して出迎えてくれるだろう。


 すると、狗山さんは顔を逸らしてきた。頬が赤くなっているのが見える。


「いやあ……新島くん、それは、何だか…………恥ずかしいだろ?」


「ヘタレか!?」


 何だこの娘は、堂々と思ったらヘタれるし、変態かと思ったら純情だし、よくわからん。ギャップ萌えか、これがギャップ萌えなのか?

 ……なんか食事会の時も似た感想を抱いた覚えがあるぞ。

 ある意味、一貫してんじゃねえか、ある意味で。


「とにかくお願いだ、新島くん。もう最悪、新島くんの部屋でも構わない」

「最悪って言われるのも心外だし、俺の部屋に泊まっても意味ないからなっ!」

 混乱しすぎた。

 恋は盲目とはよく言うが、盲目どころか前後不覚だ。

 知能指数が低下している。


「…………そうだな、私が悪かった。堂々としないのは、私らしくなかったな」

「いや、もう今の狗山さんを見ていると、堂々としてるのが本当の狗山さんなのかはっきりとしないんだけど……」

「潔く、格好良く、生きていくのが私の忍道だったな」

「いや、よく知らねえけどお前は忍者じゃないだろ?」

 何というか、もう、いろいろと頭が悪い。

 いつの間にか、学園も抜け出たことだし(俺が「絶対に断る」って言った頃には校門に到着していた)、そろそろお別れの時間だ。

 というかお別れにしよう。

 狗山さんの家はどこなのだろう。

 泊まるのはダメと言ったが俺であったが、狗山さんを家まで見送る必要はあるだろう。なんとなく、男子的に考えて。


「そういえば、狗山さんの家ってどこなんだ? 近くの寮か、アパート?」

「うむ、私の家か、ここから歩いて数分の女子寮だ」

「ふーん、じゃあ俺の家も近いから、そこまで送っていくよ」

「ああ、すまない。新島くんは優しいな」

 狗山さんはニッコリと笑いかけてきた。こう笑顔だけ見ると、普通の可愛らしい女の子なんだけどなぁ……。

 戦いになると、あれほど精悍になるし、

 美月のことになると、あれほど馬鹿になってしまう。

 いろんな側面を持っている。それでいて嫌いになれない。


 人を惹きつける才能と呼ぶべきものが備わっている、そんな印象を受けた。


「ふふ、今日はありがとう、新島くん、楽しかったぞ」

「いや、こちらこそ、トレーニングにまで付き合ってくれて助かったよ」

「このお礼は近いうちにさせてもらう。よろしくな」

 俺はそうやって、狗山さんを女子寮の前まで送り届け、爽やかに別れを告げた。

 ウサ耳だとか、百合だとか、滅茶苦茶だったけれど、

 何だかんだいって、最後は綺麗にさよならできたんじゃないだろうか。

 俺自身、安心して、自宅に帰ることとなった。


 だから、狗山さんが最後に発していた『お礼をする』という言葉の意味を深く考えていなかった。




 それから、翌日の夕方、俺は郵便ポストに見慣れない便箋が挟みこんであるのに気がついた。

 封を開けて、中を見ると、以下のようなことが書かれた手紙が入っていた。



 ――――お泊り会のお誘い――――

 出席者:狗山涼子 参加・不参加

 出席者:美月瑞樹 参加・不参加

 出席者:新島宗太 参加・不参加


 日時:2018年04月18日土曜日 PM:18:00~

 会場:大平和ヒーロー学園△△△女子寮 2F 205号室

 ※備考:お友達を連れての参加も歓迎します

 主催者:狗山涼子



 お、おう……。

 押してダメなら、引いてみなってことか。

「ぎゃ、逆転の発想……」

 そんなわけで俺の週末は、美月の貞操を守り通す戦いになりそうであった。

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