第12話:ヒーロー達のリベンジマッチ(前編)
俺たちはトレーニング広場に到着した。
夕陽はすでに暮かかっており、東の空は濃い紫色で染まっている。太陽の代わりに大きな照明が灯火されて、広場を明るく照らしていた。
「それじゃあ、さっそく変身して戦おうではないか、新島くん」
「お、おう……」
狗山さんの言葉にぎこちなく返答する、まるで機械人形みたいだ。
傍から見たら、不自然に思われてることだろう。
正直なところ、俺は戸惑いを隠せずにいた。
――あのね~涼子ちゃんはね~
――涼子ちゃんはね~
――女の子が、大好きでたまらない、女の子なんだよ~
――女の子なんだよ~
――なんだよ~
――だよ~(セルフエコー)
頭の中では、月見酒先生が言っていた言葉がグルグルと渦巻いていた。
ま、まじかよ、いや構わないけどさ。
俺だってもう子供じゃない。高校生にもなればいろんな種類の人間に会うだろう。
変わった価値観を持った人間、変わった境遇を過ごしてきた人間、変わった信仰をしている人間、それくらいは覚悟していた。ならば当然、変わった性癖を持つ人間に会う可能性だって――――あ、あるだろうさ。
「最近、流行りの百合とかっていう……」
「どうかしたか? 新島くん」
「うわわっ!」
狗山さんが目の前まで、顔を近づけてくる。俺とそれほど身長が変わらないこともあって、ちょうど視線と視線が重なる形になる。透明な肌や桃色の唇がすぐ近くに見える。
――うわっ、ヤバイヤバイ、何だか恥ずかしくなってくる。
「…………う」
「緊張しているのか? フフッ……私がついているから安心しろ、いざとなったら守ってやるさ」
何だこのかっこいいセリフ、俺が女の子だったら惚れてるぞ。(ああ、だから女子にモテるし、必然的に女の子好きになっていったのか)
「ん?」
俺はどうにか狗山さんを見つめ返して、理性を働かせる。
冷静になれ、素数を数えるんだ。
俺は女子校に行ったことがないが、おそらく彼女のような種類の人間は珍しいことではないのだろう。
可愛らしい女子しかいない空間、そんな場所で温室育ちを続けていれば、同性である女の子が好きになってしまっても仕方のないことだろう。必然的と言い換えても良い。故に、狗山さんのような類の人間の誕生は自然なことなのだ。
朱に染まれば赤くなるように、水が上から下へ流れるように、女子校に行けば同性愛が育まれるのだ。
た、多分そうなのだ……。
ほら、どこぞのジャッジメントさんとか、男に触れればジンマシンが出る女子とか、そういう例を考えれば彼女のことも自然と受け入れられる。
「ん、どうした、赤くなる必要はないぞ。私は女の子しか愛せない人間だからな」
「なんか自白してきたっ!?」
しかも軽いっ!? 俺が悩んでいたのが馬鹿みたいになってくるよ!?
「シロちゃん先生から聞いたのだろう?」
「あ、ああ……そうだけど」
まさかナチュラルに話してくるとは思わなかった。
何だテンパってたけど、杞憂だったのか。普通に他人に言いまわっていることなのか。
「変身中のシロちゃん先生の判断は確かだからな。彼女が認めた人間ならば、私も安心して話せる」
「そ、そうなのか……?」
「うむ、そうだ」
狗山さんは自信満々に頷く。
そんな勝手に安心されても困るし、そもそも告白されても困るんだが。
「シロちゃん先生は感知系ヒーローの
「ほ、本質を見抜く……?」
な、なんだそりゃ……。
俺の疑問に対して、狗山さんが言葉を選びながら答える。
「その人の資質とか才能がわかると言い換えればよいのかな。
善人だとか悪人だとか、ゲーム風に例えるならば『ステータス分析』ができるのだよ彼女は。何が得意で、何が苦手なのか、その人が知らない情報までも読み取れる」
「へ、へぇ……そりゃあ便利そうだ」
Bクラスの担任をしているのもそのためかな。
集団ヒーローであるBクラスには、チームプレイを活かすために『より高い専門性』が求められると聞く。
月見酒先生の能力ならば、その采配をするのに適任であるだろう。
「ついでに言うならば、シロちゃん先生は、定められた範囲内ならば、他人の会話や行動をすべて把握することができる。本気を出せば、他人の思考までも知ることができるそうだ」
「あ、ああ……やっぱ凄い人だったんだ、あの人……」
ただのちびっ子じゃなかったのか。
当たり前といえば、まあ当たり前なんだが。
「私の父と同じで、第一世代ヒーローの生き残りだからな。
ちなみに、トレーニング広場全域はシロちゃん先生のフィールドだ。この会話もすべて傍受されてるし、危険が起きたらすぐに分かる」
「…………マジで?」
俺は周りの広大な空間を見渡す。あまりに広くて遠くの人がよく見えないくらいだ。
この縦横……えーっと、何百メートルかの領域が、全部か?
「きっちり、縦横500メートル、シロちゃん先生が会話や思考も含めて、完璧に対応できる領域の範囲だ。このトレーニング広場は、シロちゃん先生の感応範囲に対応して作られている。条件を狭めれば、もっと広範囲を感知できるらしいがな」
怪獣から街を守るためには、出現した瞬間に撃退する必要がある。
今は専門のレーダーが街中に立っていて見張っているが、怪獣の正確な情報を割り出すために感知系ヒーローのなすべき役割は大きい。
……つか、そんな大事なヒーローが学校で先生やってていいのかよ。
「というか、変身後の姿だったんだな、アレ……さすがにおかしいと思ったよ」
先生であんな外見なのも、これで納得がいく。
変身しているからこそ、客引きみたいな変な格好をして、身体も小さかったんだな。
なまじ、人間の見た目をしているから騙されてしまったよ。
「いや? シロちゃん先生の変身装具は、体操着だけだぞ。あの姿は普段通りだ」
「普段からあの見た目なのかよっ!?」
「ああ、そうだ。ちなみにウサ耳は趣味らしい」
信じらんねぇ、世界広すぎだろ……。
つか、変身後が体操着って、どんだけ業の深い変身ヒーローだよ。ナースウィッチ小○ちゃんかよ。
《こら~私の話はそろそろやめてください~》
唐突に、俺の脳内に月見酒先生の声が響いてきた。
周りを振り返っても先生の姿はいない。なのに声が聞こえてくる。
――ってことは……。
「すげぇテレパシーだ、テレパシー!」
まず実在するんだテレパシーって!
つかこんな感じなんだっ!
「あれだ……初めてカナル型イヤホンをつけて音楽を聞いたときのような……」
《例え方ひどくない~》
確かに俗っぽかった。
狗山さんの方にも声は聞こえているようで、耳に手を当てていた。やっぱイヤホンみたいじゃん。
「ともあれ、話がズレてしまったが、シロちゃん先生が認めた新島くんならば、私も安心して告白できたというわけだ」
「な、なるほど……俺としては妙な気持ちだけどな」
「それに君には、私と同じような趣味嗜好を感じたのでな」
「それは普通に失敬だ」
俺ホモってことになるからそれ。
しかし、客観的に俺の良さが証明されたっていうのは、奇妙な感覚である。
心のなかを覗かれたというか、
そりゃあ嬉しいけど、違和感の方が先行してしまう。
「もし、気を悪くしたなら、謝罪する。君ならば受け入れてくれると思ったのでな」
そう言って、狗山さんが頭を下げる。
素直にそんなことを言われちゃあ、俺としても無碍に扱うことはできない。
「べつに構わないよ。そりゃあ、ビックリしたけどさ。まあ、それだけだ」
「そうか、ありがとう。助かるよ」
俺の心はもう落ち着いていた。
シロちゃん先生のインパクトがでかかった影響もあるだろう。
狗山さんの百合属性に関しては、それほど混乱していなかった。
ベタな考え方ではあるが、どんな秘密があったとしても、狗山さんが狗山さんであることには変わりないのであった。
人間とは他人を好き勝手に解釈する生き物だ。
時にはその解釈を他人に押し付けてしまう。お前は××な人間だろう?っていう風にだ。場合によってはその予想が外れて「裏切られた」だなんて思ってしまう。
相手はからすればたまったものじゃない。
だから俺は、今までどおり、彼女をありのままで受け入れれば良いのだ。
まあ、葉山が実はホモだったとか言われるよりは数百倍マシだ。そうだろう?
「それでは、改めて、――準備はいいか? 新島くん」
「オーケー、怪獣ベヒモスとの再対決か、腕がなるよ」
俺は気合を入れなおす。
怪獣ベヒモスとのリベンジマッチだ。
狗山さんがメインで戦ってくれるから、俺はサポートだけすれば良いのだろうが、もしもという場合もある。
いざという時のために、俺が戦うことも覚悟しておかなければならない。
「それじゃあ、いくぞっ、変身だ!」
「了解っ!」
「「変、身ッ――!」」
俺たち二人は学生証を取り出し、変身する。
俺はベルトへ、狗山さんは……首輪かあれは。
光が周囲を包み込み、やがて溶けて消えていく。
段々と変身にも慣れてきた。生徒会長が自然と変身していたのも今なら納得できる。
「――いくぞ、新島くん」
声をかけてきた狗山さんを見て、俺は思わず息を呑む。
一点の曇りもない真紅のボディ、銀色に輝くゴーグル、左手に据えた巨大な剣。
頭に生えた二つの小さなツノ、首元の青いチョーカー、戦場に颯爽と現れた戦士のような勇敢な雰囲気。
「1年Sクラス狗山涼子、変身名《
「――絶対に斬れる前肢、絶対に駆ける後肢、絶対に狩れる牙、これらをもって世界を喰らおう」
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