第11話:ヒーロー達の特訓広場

 強くなりたい。

 怪獣ベヒモスに倒されて以来、俺はそう願うようになった。

 俺は心のどこかで、『変身ヒーローになることができれば、強くなれる』と考えていたんだと思う。

 甘えだった。慢心だった。

 確かに、ヒーローに変身すれば、強靱な肉体を得て戦うことができる。

 だが、それは『戦える条件を満たした』に過ぎないのである。

 強くなることとは別問題なのだ。

 ましてや怪獣を撃退できるわけではない。

 今回の一件で、そのことがよくわかった。

「俺は強くならなければいけない。今以上に、もっと、もっと……」

 挫ける訳にはいかなかった。

 躓く訳にはいかなかった。

 ヒーロー実戦演習を終えた翌日、その放課後、

 俺は大平和ヒーロー学園に存在するという、トレーニング広場にやってきた。



「こんにちは~、一年生の方ですね~」

 入り口には大きなプラカードも持った、ウサ耳の子供がいた。

 ……何だこの娘。

 素でそう思ってしまったが、女の子は間延びした口調で話しかけてきた。


「こちらは、大平和ヒーロー学園において、自由に変身ができるエリア『トレーニング広場』でございます~。その広さは縦横共に500mほど~、とっても広い敷地の中には、様々な仕掛けがありまして、怪獣を出現させて、自由に特訓をすることもできます~」


 女の子はプラカードを持っていない方の腕を大きく広げる。

 彼女の後方には、広大な敷地が広がっていた。中学校時代のグラウンドと比べても遥かに大きい。地面は固い砂地ではなく、芝生でできており、寝っ転がると気持ちよさそうだ。


「トレーニング広場では、学生証を見せていただくことで、変身装置の貸し出しを行なっています~。時間は無制限~、料金は無料~、変身装置のチェンジはできないのでお気をつけて~」


 何だか、深夜の客寄せみたいな言い回しである。新宿とかでビラ配ってそうな感じの……。

 ちなみに、彼女の格好は、小学生がよく着ていそうな体操服姿であった。

 白い上着に、青い短パンの、“アレ”である。

 加えて頭にウサ耳だ。

 もしも、こんな子供が繁華街で宣伝したら、経営者は即座に児童ポ○ノ法違反で捕まってしまいそうである。


「なお、私はこのトレーニング広場の管理人をしています、2年Bクラスの月見酒つきみざけシロと申します~お見知りおきを~」


「せ、先輩ですかっ!?」

 うわーお、驚きだ。

 俺は咄嗟に敬語に切り替える。

 この場所の管理人をしてるというのだから、俺より年上なのは冷静に考えればあたりまえなのだが、しかし驚いた。あゆよりも幼そうなこの女の子が、先輩であるというのは信じられなかった。

「違いますよ~先輩じゃありませんよ~」

「えっ?」

 先輩じゃない、どういうことだ。

 実は新設の中等部とかの生徒ってオチか、または頼まれて店番をしているだけとか。

 それとも今の発言は冗談だってことか。


「私は~2年Bクラスの『担任』月見酒シロです~変身名《夢見心地ハッピーライフ》の無敵の鉄壁先生です~」


「えっ! ……ええええええええええっ!?」

 生徒じゃなくて、先生の方かよっ!

 そう言って、あはは~、と無邪気そうに彼女は笑った。



 月見酒先生に説明を受けて、俺は自分の使用する変身装置を選択することになった。

 案内された倉庫には、多様な種類の変身装置が置かれている。

 ベルトに腕輪にペンダント、頭に被るものや、刀剣の形をした変身装置も存在していた。

 俺は選ぶのに迷ったが、結局は授業で使用したシンプルな変身ベルトを選択した。


「それじゃあ~1名様ご案内~」


 キャバクラに入店する人みたいな見送られ方をしながら、俺はトレーニング広場へと入っていった。

 放課後すぐに訪れたというのに、生徒の姿が比較的たくさん見える。

 ここに来るのを日課としている先輩も大勢いるのだろう。

 または俺と同じように、実戦演習で悔しい思いをした一年生が来ているのだろう。

 つまりは、ここにいる皆が俺のライバルというわけだ。

(俺も負けてられないな……)

 変身用ベルトを撫でながら、変身するイメージを描く。

 特訓する上でのコツとは、かけるべき負荷の『質』と『量』を一番良い状態で保つことだ。

 最高の特訓とは、経験の蓄積とその指向性によって成立している。

 きちんと目的を見据えて、限界を見極めつつ、精進していくことが重要となるのだ。

(今日、俺が望むのは、俺自身の力の確認だ。そして、怪獣を倒すために何が最善か見極めることだ)

 俺は学生証を手にして、ベルトへと素早くスライディングさせる。

「変、身、ッ――!」

 周囲を光が覆う。

 光が覆う、眩い光だ。

 やがて光が消えて、俺は再びヒーローへと生まれ変わる。


「……さぁ~て、まずは力の確認だな」


 片手を軽く振り回しながら強く意気込んだ。

 ――まずはジャンプ力の確認から。

 軽く足に力を入れて飛ぶ。

 すると周りの景色が一瞬で変わるくらい、高く飛翔する。

「やっぱ、高いな……」

 俺は落下する。足に痛みなどは感じない。身体は丈夫にできてるようだ。

 これが64のマ○オやリ○クだったら、ダメージを受けていたことだろう。

 ――次は力いっぱいで飛んでみよう。

 今度は足元を意識して、脚力をめいいっぱい使ってジャンプする。

 軽い力であれほど飛んだのだ。全力だったら、どこまで俺は飛べるのだろう。

 強く足に力を入れて飛ぶ。


「――あれ?」


 意外なことに、高さはほとんど変化しなかった。

 心持ち、数メートル高くなっただろうか? いや、変わった様子はない。

(ぶっちゃけ、微妙……)

 俺は落下して、今の現象について考えてみた。


「力の入れ具合によって、ジャンプ力そのものは変わらないのか?」


 考察することは多い、俺はひとまず保留にして次のテストに移る。

(……逆に、小さくジャンプはできないのだろうか?)

 「小さくジャンプだ」と意識して俺は飛んでみる。

 人一人分くらいだろうか? それなりの高さを飛ぶことに成功する。


「おお、若干小さい気がする……まだ常人よりも遥かに高いが」

 トランポリンで飛び跳ねた時くらいだろうか。

 その後も俺は試行錯誤を重ねて見ることにした。結果、二点ほどの発見したことがあった。


 まず一点目、力の有無に関係なく、ジャンプ力は決定するようだ。

 つまり、フルパワーで飛んだ時も、ヘナチョコな力で飛んだ時も、その高度は一定であり変わらなかった。


 続いて二点目、それならばジャンプ力は何で決定するのか。それは、『俺の意識』によるのではないかと推測できた。例えば俺が「人間一人分の高さが飛びたい」と意識する。そうしてジャンプすると、俺の身体は「人間一人分の高さまで」跳躍してくれる。


「つまり、具体的なイメージを描ければ描けるほど、俺の身体がより効果的に動かせるようになるってことか?」

 何だか面倒な話だな。

 おそらく、今まで俺が何も考えずジャンプしていた際は、『俺の無意識』がイメージするヒーローのジャンプ力を反映させて飛んでいたのだろう。

 機械の自動制御みたいなものだ。

「まあ裏を返せば、人間の肉体なんて、すべて大脳によって自動制御されてんだけど……」

 小難しい話はどうでも良い。

 俺の無意識か、または変身ベルトが、俺の身体の動きを自動的に判断してくれたんだろう。


「つまり、普通に動く分には、それで構わないけど、より“効果的”かつ“精密”な動きを求めるには、相応の想像力を働かせる必要があると」

 俺は一人で納得する。

 こうした傾向は、他の能力にも反映されているのだろうか。

 例えば、パンチ力だとか、走力だとか……。

「一通り、試してみるか」

 俺は気合を入れて、特訓を開始した。



「……ふぅ、疲れた」

 広場近くのベンチにて、俺は休憩することにした。

 自動販売機で缶ジュースを購入し、口に入れて、一息つく。

 空も段々と茜色に染まってきた。時計を見ると、17時ちょっと過ぎを示している。

 先ほどまで一時間ほど、自分の能力の確認を行なっていた。

 最初にジャンプ力、次に走力、岩を発生させる装置があったので攻撃力も確認した。パンチ力、キック力、ついでに防御力も。側転やバック宙ができないかも試した。逆立ちをしてみて腕の力やバランス感覚も確認してみた。

 結論から言うと、ヒーローの力は『俺の想像力』にかかっている。

 俺のイメージする力が強いほど、俺の力はコントロールが可能となる。

 常時フルパワーでも構わないなら無心で良いだろうが、最適な動きを追求するならば、イメージの強化は必須条件だ。


「しかし、それがわかれば十分だ……次に『何をすれば良いか』が見えてくる」


 俺は、俺の力を制御する方法を学びつつあった。

(休憩が終わったら、固有能力の確認だけして帰るかな……)

 特訓をしていく中で、もう一つ発見があった。

 それは俺の持つ独自の性能、固有能力のことだ。


 まず一点目は、俺の背中についたブーストのことである。

 これは前回の対怪獣ベヒモス戦でも使用したものである。

 俺は『飛ぶイメージ』を強くすることで、背中からジェットエンジンを噴射して飛ぶことができる。空中だろうと、地上だろうと、場所は問わない。

 その制限時間は、約30秒~約300秒ほど。

 速度によって飛行時間は左右される。

 自由に空を飛ぶ、のとは違うかもしれない。限定的な空中浮遊だ。

 しかし、一度地面について、10秒ほど待つと再び飛べるようになるので、それほど苦労はしなかった。


 二点目は、俺の身体についた黄色いランプのようなパーツのことだ。

 俺の、右腕、左腕、右膝、左膝には不思議な形をしたランプが灯っていた。

 怪獣ベヒモスと戦う前に発見していたものだ。

 これが何を表しているのか、実戦演習の時から気になっていた。

 特訓の最中、俺は試しに右腕のランプに触れてみた。


 すると、黄色のランプが青色に変化して、俺の中の“右腕の力”が増していった。


 『力が湧き出ている』とでも表現できるだろうか、とにかく違和感に近い何かが、俺の右腕から噴出しているのが実感できた。そして、10秒ほど経過すると、次第に力が弱まっていった。ランプの色も青から黄色に戻っていった。

 左腕や、両膝で試した時も同様であった。

 こうした反応から考えるに、ランプと呼ぶよりも、ボタンと表現した方が適切かもしれない。


 俺はこうした現象が何を意味するのか、ピーンときた。


 さっそく、攻撃用の大岩を発生させて、右腕のボタンに触れて“力”を噴出させながら殴りつけてみた。

 拳を振り切った瞬間、右腕が常識的に『あり得ない』推力と速度を得て大岩へとぶつかっていった。

 そのまま俺の拳は加速し、衝撃波を発生させ、強大なエネルギーの余波を感じさせ――俺が気づいたときには、岩は見る影もなく粉々に崩れ去っていた。



「つまりだ。――俺は身体のボタンに触れることで、肉体の一部を強化することができる」


 右腕のボタンを押せば、右腕が強化される。

 左腕のボタンを押せば、左腕が強化される。

 右膝のボタンを押せば右脚が、左膝のボタンを押せば左脚が、強化されるのだ。


 俺は飲み干した缶ジュースを、強く握り締める。

 変身はもう解除されているため、スチール缶はビクともしない。


「しかし変身すれば、この缶はペチャンコになるだろう。――さらにボタンを押して握り締めたら、『手のひらサイズ』まで丸く圧縮することが可能だろう」


 わかりやすい“力のカタチ”であった。

 まさにヒーローが持つに相応しい力だ。

 少なくとも、俺はそう思う。

 紅先生は、その人の持つ『潜在意識』がヒーローの姿形や性質に反映されると言っていた。

 俺の力は、おそらく俺が最も使いやすいように、反映されたものなのだろう。


「背中のブーストと肉体強化のこの“力”があれば、ベヒモスを打倒できる作戦が考えられるかもしれない……」

 俺は自然と拳を握りこむ。

 可能性が見えてきた。わずかだが希望の光だ。

 だが、唐突に後方から聞こえてきた声に、俺の思いは打ち砕かれた。


「残念だが、怪獣ベヒモスは力では倒せないぞ」

「――っ!」

 俺は驚いて後ろを振り向く、するとそこには凛とした表情の少女がいた。

「……狗山さん」

「うむ」

 Sクラスの狗山涼子さんが立っていた。



「隣いいか?」

「あ、はい……」

 何だか雰囲気に飲まれて緊張してしまう。

 彼女とは入学式の初日に共に昼食をとって以来、ちょくちょく美月経由で顔を合わせていた。しかし、まだまだ仲良しには程遠く、単純に友達として、お近づきになりたい存在であった。

 有り体に言えば、仲良くなりたい。


 狗山さんはベンチに腰掛けて、軽く息を吐く。彼女もトレーニング後なのか少しだけ汗をかいている。

「狗山さんも運動後な感じ?」

「うむ、軽くロードワークのようなものをな、どうしてわかったのだ?」

「なんとなく汗の香りがしたからかな」

「ああ、君は変態だったな」

 好感度上げていくつもりが変態扱いされてしまった。

 アカン、何を間違えたんだ、俺は。

 焦るわ。


「美月さんから君のお話はよく伺っているのでな、着替えを覗かれただとか、お風呂を覗かれただとか、洗濯物を盗まれただとか」

「捏造すぎる!?」

 あのバカ何勝手な嘘を喋ってるんだ。

 冤罪にも程がある。

 そりゃ変態扱いもされるわ。

「無理やり叩き起こされて下着を見られただとか……」

「あ、あ~、……えーっと、冤罪っすよ。冤罪、ハハハ……」

 俺は無感情に笑った。い、いやあ、そういう奴って許せないですよね、ハハハ……。

「――まったく羨ましいものだ」

「え?」

「む?」

 俺は狗山さんを見つめ返したが、彼女は無表情のままだった。

 ……なんか今とんでもないこと言ってた気がするが、気のせいか。


「そういえば狗山さん、怪獣ベヒモスには力では勝てないって?」

 俺は話題を変える意味でも、狗山さんに質問した。

 実際、今の俺としては死活問題だ。

 アドバイスが貰えるならば貰いたい。

「うむ、あの怪獣は変わった特徴のせいで、初見殺しの怪獣の一種と呼ばれていてな……」

「初見殺し? 確かに岩を飛ばしてくるのは意外だったけど……」

「いや、そういった点ではなくてな……ヤツ固有の力があってな」

 どういうことだろう。俺が気づいていないことが何かありそうであった。


「よければ、教えてくれないか? 狗山さん」

「……うむ、おそらく次の授業で説明があるだろうから、私が話してしまっても問題ないだろう」

 そう言って、狗山さんは立ち上がる。

「――ならば、実際に戦ってみた方が良いだろう。新島くん、もし時間があるならば、ちょっとついてきて欲しい」

 俺の手を取り、トレーニング広場へと入っていった。



「涼子ちゃんいらっしゃい~」

 月見酒先生は、狗山さんを見かけた途端、抱きついていった。

 むぎゅっと、狗山さんのお腹辺りにうずくまる。


「う、うわっ、は、恥ずかしいぞ……シロちゃん先生」


 どちらかと言うと、抱きついてる月見酒先生の方が恥ずかしそうだったが、狗山さんは顔を真っ赤にしていた。

 なんだか、担任と生徒という構図には見えなかった。

 狗山さんの身長が高いせいか余計にそう感じてしまう。

 まるで、妹と姉みたいな感じである。

「あはは~変わらないようね涼子ちゃんは、男の子と一緒だから驚いたけど~」

「あ、ああ……彼は、私の友達でな。新島宗太くんだ」

「知ってるよ~さっき名前を覚えたから~」

 そう言って、月見酒先生は俺にも抱きついてくる。


「え、えっ!?」


 おいおいおい、何だこの先生はっ!


「あはは~承認完了~、これで完璧に覚えた~」

 ……何を覚えられているんだ俺は。

 ま、まあ、この程度の幼児体型に抱きつかれても、俺的には一切問題はない。

 俺は幼女趣味じゃないしな。

 どうせ、あゆと同じように、この先生に柔らかい感触なんて…………ある。

 ある、だとっ……!


「ば、バカなッ!? こんなに小さいのに……」

「小さいのに?」


 聞き返されてしまい、俺は思わず口を閉じる。


 俺は、月見酒先生の隣にいる、身長が高く『スマートな』狗山さんを見る。

 同時に小柄で『豊満な』先生を見比べる。


「……やっぱり、世の中って不思議な事であふれてますね」


「……何だかわからんが、凄いバカにされた気がするぞ」


 狗山さんも鋭かった。何だ、女子ってみんなニュータイプなのか。


「それで、シロちゃん先生、怪獣ベヒモスをを広場に召喚することってできるかな」

「ベヒモス~? ああ~あの最初に使う怪獣ね。置いてあるわよ~一応~」

 そう言って、先生は変身機器を貸し出してくれた倉庫に入り、スイッチボタンのようなものを持ってきた。

「ほいほい~『私の』トレーニング広場内だったら安全だから、使っちゃってオーケーよ~」

「うむ、ありがとう、変身装置も欲しいな。ちょっとだけ倉庫の中を見てもいいだろうか?」

「いいよ~いいよ~」

 そう言って、狗山さんは倉庫の中に入っていった。


「涼子ちゃんと仲いいの~?」

 狗山さんが倉庫に消えたのを見計らって、先生が尋ねてきた。

「え、はい……それなりに、ですかね」

 仲が良いと断言できないのが歯がゆかった。あくまで美月経由の仲だからな。クラスも違うのでなかなか話す機会も少ないというのは辛い。


「先生は狗山さんと知り合いなんですか?」

「うん~私も昔は理事長と一緒に戦っていたからね~涼子ちゃんとは小さい頃から仲良しだよ~」

 そう言って、月見酒先生はウサ耳をフリフリと揺らす。

 狗山理事長と共闘していたって、この人本当は何歳なんだ……。

 そうした疑問が渦巻いたが、俺はスルーすることにした。


「だから、あの娘が男の子と一緒にいて安心したよ~。ようやくマトモな趣味になったのかな~って」

「マトモな趣味?」

 なんだそりゃ。

 すると月見酒先生は、ウフフと笑って質問してくる。


「ねぇ、新島くん。――涼子ちゃんとお付き合いしてみたいとか思う?」


「えっ……!」

 いきなり何を言ってるんだこの人。


「いやぁ~涼子ちゃんの事が好きで接近してるんだったら、可哀想だと思ってね~」

「か、可哀想? どういうことですか、別に恋人になりたいとか思ってないんで、大丈夫ですが……」


 これは正直な気持ちであった。

 狗山さんは格好良くて尊敬できるが、恋仲になりたいかと問われれば、正直そんな気持ちはない。

 今後はどうか? と問われれば断言することもできないが、少なくとも今は恋仲になろうとは考えていなかった。


「そう? ならよかった~」

 ――よかった?

 何だその表現は、狗山さんとお付き合いすると問題でもあるのか。


 もしかして家庭の事情か何かで結婚相手が決まっているとか? または父親である理事長が実は凄い親バカで、彼氏になんてなった日には即刻退学させられてしまうとか?


「あのね~涼子ちゃんは、子供の頃からずっと女子校で大切に大切に育てられてきたせいで~」


「育てられてきたせいで?」


「――――女の子が、大好きでたまらない、女の子なんだよ~」


 後方から狗山さんが「おーい、お待たせー」と走ってくる。

 凛々し顔つき、爽やかそうな笑顔、女子校にいればモテモテになっていそうな……。


 ――ば、馬鹿な……美月さんに既にそのような方が……。

 ――ほ、本当かっ! 美月さんっ!

 ――お、おお……!

 ――まったく羨ましいものだ。


 お、おおう、過去のフラッシュバックが。


「ま、マジですか……」


 俺は思わず言葉に出してしまった。

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