第10話:ヒーロー達の実戦演習
目を覚ますと、そこは見知らぬ天井だった。
――という訳ではなく、普通に体育館の天井であった。
俺は寝かされていた。地面にそのまま寝ていたので、身体のあちこちが痛い。変身はすでに解けているようだ。
身体を起こし、判然としない頭を働かせて、周りを見渡す。
右側の端の方で、Dクラスの生徒達の整列している姿が視界に入った。
「――目が覚めたようですね」
声のする方を向くと、ジャージ姿の紅先生がそこにはいた。変身は解除したらしく、不良の暴走族みたいな格好はもうしていない。
「これで全員揃いました、授業が再開できます」
じゅ、授業……?
そうか、そういえば俺は、授業の一環として、怪獣と戦っていたんだっけか。
完全に忘れていた。俺は怪獣と戦い――そして敗北して、気絶した。
「……そ、そうだっ! 怪獣は? 葉山は!?」
徐々に頭が回復してきた。
これまでの経緯を思い出してきた俺は、先生に飛びつくように質問する。
急かす俺に、紅先生は冷静に返す。
「全員無事ですので、安心してください。そういう仕様にしましたので」
「し、仕様……?」
「はい、仕様です」
なんだそれは。
不思議な気持ちを抱きながらも、俺は視界の端で、あゆが大きく手を振っているのを確認した。隣には、葉山の姿も、ハヤブサ君の姿も見える。
――よかった、無事か。
俺は手を振り返す。
授業だから当たり前か、と落ち着いて考えられたのは、後になってからであった。
今はともかく安心していた。俺は戦いの世界から帰還したのだった。
俺はDクラスの生徒の列に合流した。
皆、最後まで奮闘した俺を讃えてくれた。ハヤブサくんとハイタッチを交わし、葉山と拳を合わせる。
時計を確認すると、俺が気絶してから20分程度しか経過していなかった。
個人的にはスゴイ長い時間を眠っていたように感じたが、時間の流れとは不思議なものである。
「フフッ……おそらく、僕たちが気絶することも“授業の予定”に含まれていたんだろうね。どれくらいの時間、気絶するか先生にはわかっていたんだろうさ」
目覚めてすぐに葉山はそう言ってきた。
ヒーロー実戦演習の時間は、2コマ連続の授業である。
本来だったら途中に休み時間を10分間挟む。
先生の策略がどうかは知らないが、どうやら俺たちは、1コマ目の残り時間と休み時間の両方を、気絶することで器用に消費したようであった。
「あんな見た目をしている割に、案外食えない先生だよ……フフフ」
ちなみに、葉山もあの時、怪獣の攻撃を受けて気絶してしまったようであった。
怪我をしている様子も見受けられない。
「フフッ、悔しいけどね。……悪くはなかったと、自分では思ってるよ」
そう微笑してきた。
先生は全員揃ったのを確認すると、「コホン」と軽く咳払いをして、口を開いた。
「――皆さんお疲れ様でした。それでは授業の続きを行いましょう。
授業ステップ2:怪獣と戦って反省をしようの時間です」
「まず初めに、今回の『授業の意図』についてお話します」
紅先生は体育館の隅から、ホワイトボードを取り出して説明を開始した。必要に応じて、そこに板書するつもりなのだろう。
……まあ、俺たちはノートとか持ってないんだけどな。
一方の俺たちは、紅先生を取り囲むようにして座っていた。
「授業の意図、ってどういう意味ですか?」
あゆが素直に質問してきた。
授業中、わかりにくい点があると、あゆはすぐに手を挙げる。座学だと特にその傾向が強い。
あまり度が過ぎるとウザったいが、先生の説明がわかりにくい時は重宝する存在だ。
紅先生はその質問を気に入ったのか、楽しげに返す。
「授業の意図――簡単に言いますと、変身したばかりの皆さんを、どうして怪獣と戦わせたのか? というお話をします」
先生の言葉に俺たちは一様に納得する。
確かにそれは疑問であった。
まだ変身したばかりで、説明すらまともに受けてない俺たちである。
そもそも怪獣とちゃんと戦えるはずはない。それは生徒だけでなく、先生にとっても当然こと、自明の理ではずだった。
ならば、何故、俺たちを怪獣と戦わせたのか?
「どうしてですか?」
「どうしてだと思いますか?」
質問に質問で返されてしまった。
あゆは「う~ん」を腕を組みながら、自分なりの考えを絞り出す。
「えーっと……私たちに早く強くなって貰いたかったから? 習うより慣れよっていうか、実戦の中で成長して貰いたかったから……かな?」
葉山も似たようなことを言っていたのを思い出す。
ゆとりヒーローはお断り、とかなんとか。
「半分、正解です」
紅先生が頷く、そして言葉を続ける。
「あなた方も将来は、ヒーローとして前線で活躍していただきたいと思っています。
そのため、指導するにあたって、より実戦的な方法で、学んでいって欲しいという気持ちはありました。場数を踏む意味を込めて、怪獣との戦いを用意したのです」
「おお……やっぱり」と、喜んでいるあゆに対して、紅先生は「しかし」と付け加える。
「しかし、“目的”はそれだけではありません……誰か気がついた人はいますか?」
先生は俺たちを見回してきた。唐突に質問を向けられて、俺たちは少し戸惑う。
――目的、何だそれは?
多くの生徒達が沈黙して頭を悩ませている中、ゆっくりと手が挙げられる。
「えっと、君は――葉山くんでしたね。最後まで残った一人の。何かわかりましたか?」
挙手をしたのは葉山だった。煙が空へ昇るように自然に、ゆったりと、立ち上がる。
「……フフフ、僕たちが授業初日から怪獣と戦った理由ですよね、大まかですが推測はできます」
教師が相手であろうと、葉山の喋り方は変わらなかった。
瞳を黒々と輝かせながら、葉山は自信ありげに答えてくる。
「……おそらくですが先生は、変身した僕たちに、“敗北”を理解させたかったのではないですか?」
「……ほぉ」
先生が感心したような息を漏らす。
――敗北を理解させる。
俺たちをわざと負けさせるってことか?
圧倒的に強い怪獣との対決――まるで敗北が確実のような戦い。
(ああ……なるほど)
俺は心のどこかで納得しながら、葉山の次の言葉を待った。
「フフッ、正確には、『自分たちの実力を理解せよ』ってところだと思います。変身した直後の僕たちは、正直に申し上げまして、――とても自信過剰になっていました。まるで無限の力が与えられたような……そんな気分になってました。輝かしいヒーロー達の伝説を寝物語にして育った僕たちです。ヒーローに変身したことで、誤った全能感を抱いてしまう可能性は非常に高いでしょう」
俺は同意する。
確かに変身したばかりの俺たちは『何でもできる』と思い込んでしまった。
夢にまで見た、変身ヒーローになれたのだ。
興奮の渦の中で、自信過剰になっていた。
慢心していた。
Dクラスの生徒の大半が、調子に乗って怪獣に突撃していったのが、良い例である。
「――しかし、そんなうまい話があるわけない。変身しただけで最強になれるなら、怪獣は今ごろ全滅しますよ」
そうだ。俺たちは『変身したい』という気持ちばかりが先行していた。
実際に変身をして、ヒーローになれたと、無敵になったと、
そう、勘違いしてしまった。
自分は天才なんじゃないかと、特別なんじゃないかと、錯覚してしまった。
「――だからこそ、そうした“無限の力”や“全能感”は、嘘っぱちなんだって思い知らせる必要があった」
長々と語ってきた葉山の言葉も佳境に入っていた。
――俺たちは、俺たちの実力を、自覚する必要があった。
どうやって? そんなことは決まっている。
「フフフッ……そのための怪獣対決でしょう。僕たちは決して無敵なんかじゃない。変身したところで、すぐに怪獣にはダメージを与えられないし、攻撃ですぐに気絶してしまう。――僕たちは僕たちの『弱さ』を理解する必要がある。……フフ、この授業の意図はこのようなところでしょうか?」
そうして葉山は満足気に口を閉じる。
俺たちは(いつの間にか俺以外の生徒も同じような反応をしていた)、葉山の言葉が終わるのに合わせて、先生の方を向く。
紅先生は、冷静な表情をしていたが、やがて、その表情を崩して苦笑した。
「――――パーフェクト、ほぼ満点ですよ、葉山くん。君の噂は聞いていましたが、よく気づきましたね」
「……フフッ、ひねくれものですから」
そう言って葉山はニヤニヤと笑った。気持ち悪い笑顔だ。
紅先生は楽しそうに葉山を座らせて、授業の再開をする。
「それでは、葉山くんの説明が素晴らしかったので、私からは補足だけさせていただきます。今回の授業の意図は、そう――変身とは万能ではない、ということです。ヒーローに初めて変身した者の多くが、自分の力を『過信』しすぎてしまいます」
紅先生は、ホワイトボードに、人型のイラストを描いた。身体中にオーラを纏っている。矢印で横に『自信過剰・慢心・敵への油断』と文字を加えた。
「こうした思想は、怪獣を撃退する時にとても危険です。作戦を無視した無茶な行いは、時としてヒーローの命を落とすことになります」
紅先生はイラストに大きくバッテンと描いた。
「それ故に、私たちは、自分の強さを知る前に、自分の弱さを自覚する必要があります。指導方法は先生によって異なりますが、指導方針は変わりません。――無知の知を知り、己の弱さを知る、この過程を経て、ヒーローは人間を超えた戦士になれる。これは変身授業の基本となっています」
俺は先生の話を聞きながら、
Dクラスの生徒全員が、先生の狙いに見事ハマっていたことに気がついた。
――変身による興奮。
――先生の指示の無視、微笑。
――怪獣への突撃、敗北。
すべて計算通りだった。
「最初、Dクラスの生徒の多くが、怪獣に突撃していって気絶することになったと思います。こうした行為の危険性を身をもって知ったことでしょう」
先生は「一方で」と付け足して、言葉を続ける。
「残って様子を見た生徒達は“正解”でした。特に――新島くん、葉山くん、清水くん、あなた方の行動は概ね適切でした。怪獣を観察し、作戦を立てる。――あのような意識を持つことは、怪獣と戦う上で大切なことです」
急に俺たちの名前が出てきて驚いた。皆が拍手してきてくれる。
皆の前で褒められると、こう恥ずかしい気持ちになるな。
照れる照れる。
確かに俺達は、ヒーローとして戦うだけでなく、人間として作戦を立てる道を選択した。だからこそ、多少なりとも怪獣ベヒモスを追い詰めることができたのだろう。
まあ、負けたけどな。
「まだまだ観察不足なところはありますがね。及第点、といったところです。ヒーローとしての能力、人間としての意志、その二つが合わさった時こそ怪獣を打開できるものなのです。――それでは、次はそうした意識を持った上で、試してみましょう」
同時に、紅先生はボタンを押す。
「――え?」
ええっ?
激しい地響き、もう何度目になるかわからない圧倒的な存在感、影が影が実体を現しはじめて――。
「……BRRRRRRRRRRRRRRRRRRRッッ!」
怪獣ベヒモスが姿を顕現させた。
俺たちは思わず戸惑う。
立ち上がる生徒もいる。
「神話をイメージして作られた人工怪獣ベヒモス――属性は土、脅威度はLv.6」
いや、その情報は知ってますから、紅先生。
「私や葉山くんの説明を聞き、いろいろ考えるところもあったと思います。今後の学園生活においても、こうした意識を忘れないで戦っていってください」
そういって、紅先生はカードを素早く取り出して、ベルトにあてる。光が輝き、変身を終える。
何だビックリした。先ほどまでの説明を前提とした上で、手本を見せてくれるのか。
そう俺たちが思っていると、紅先生は体育館の壁の方へ向かっていき、メガホンと笛を取り出す。
「――それでは、授業時間もたくさん余っていますので、第二回戦行ってみましょう。 ――皆さん、精一杯戦ってくださいね♪」
え、えええええええー!?
俺たちは悲鳴と怒号の溢れる中、怪獣ベヒモスとの戦闘を余儀なくされた。
「それで、今日のそーちゃんは、そんなにズタボロなんだ」
お昼休み、学食で美月はうどんを啜りながらそう言ってきた。
ちなみに俺はお弁当だ。美月からは「そーちゃんって意外と家庭的だよね~」とバカにされてるが、こっちの方が安上がりなんだ。
「ああ……二回戦になってからは、もっと酷かった。怪獣ベヒモスが岩石に飛び乗って、玉乗り感覚で俺たちを潰しに来たんだ。ゴロゴロ――って転がってさ」
俺は今でも思い出すと、ゾクリときてしまう。
怪獣ベヒモスの弱点は、動きが比較的遅いところにあった。
しかし、岩石に乗ったベヒモスの速度は尋常ではなく、俺たちは虫けらのように踏み潰されていった。なんだよ岩の玉乗りって、星のカー○ィかよ。少しは潰される方の気持ちも考えろよ。
「……前回活躍した葉山は、あゆを守ってすぐに死んでしまうし、ハヤブサくんは油断したところをまた岩の下敷きになった。
俺も最後の数人までには生き残ったけど、結局ベヒモスに吹き飛ばされて負けてしまったよ……」
結局、あの授業はそれにて終了となった。
次回、攻略法を教えると言われたが、来週もまたアイツと戦わせられるかと思うと憂鬱である。
「うわーそれは災難だったね」
美月は呆れ顔で言ってくる。
「ああ、酷い目にあったぜ……美月達はもう授業を受けたのか?」
「うん、一昨日にはもうね」
なるほど、美月達もあの苦労を経験済みであったか。
朝の時、美月のリアクションが薄かったのも頷ける話である。俺はようやく合点がいった。
あれだけ苦労すんのに、何喜んでいるんだって思われたことだろう。
「そうか、ちなみにどうだったんだ戦いは? どれくらいまで生き残れたんだ?」
敗北を通して、俺は美月に親近感を覚えた。
傷の舐め合い、といえばカッコ悪いが、苦労話として聞いておきたいところである。
「ん、私たち? 勝ったよ」
「俺の予想だと、お前は俺と同じでずる賢いから、結構生き残れそうな気はするが――――え?」
え? ええっ!?
な、何いってんだ、こいつ。
背筋に冷たいものが走る。
「勝ったよ。18人中5人はやられちゃったけどね。ベヒモスに勝って、次のに勝って、その次で……授業の時間が終わった感じかな」
美月は俺のお弁当からオカズを取り出しながらそう言った。
口に入れて、「おいしい~」とか言っている。
「え、だ、だってこの授業は、最初は負けるのが前提なんじゃ……」
「それは葉山くんの言葉を勝手に解釈しただけでしょ。
先生だって、『この授業の意図は、変身とは万能ではない』って明言してるし、
――負け試合なんて一言も言ってないよ」
――衝撃であった、度し難いほどの。
美月ははむはむと食事を続けている。
フリーズしてる俺を尻目に、ひょいひょいと俺の弁当からオカズを奪っていく。
その様子に気取ったところは見受けられない。怪獣に勝つのが当たり前だと美月は考えているんだ。
「そ、そ、そうか――そいつは、悔しいな。俺も頑張らなくては……」
俺は目の前にいる幼馴染が、遥か遠くの彼方にいるような錯覚に襲われた。
――Sクラス、これが特別選抜クラスだ。
――高度な戦闘技術とマルチな技能、入学前からその天才性を認められた理想的な存在、まさしく俺たちの完全なる上位互換。
――大抵のDクラスの生徒は、自分たちより『総合力の高い彼ら』との力の差を知って愕然とする……。
(確かに俺は、慄然として震えてるぜ、葉山……)
今更ながら俺は、入学式前に葉山が言った言葉が理解できた気がした。
「うんっ! そーちゃんも頑張って、私は応援してるから」
美月は無邪気に応援してくれている。
まるで、私にできたんだから大丈夫と言うように。
そう美月が笑う。余程の仲にならないと見れない表情だ。
「あ、ああ……」
俺は弱くなりそうな心をギリギリのところで踏みとどまらせる。
ギリギリで、どうにか、なんとか。
それはプライドだろうか、意地だろうか、判らない。ただ、守らなくてはいけない気がした。保たなければいけない気がした。
――そうだ、俺は負けないぞ。
幼馴染の顔を見ながら強く思う。
俺は絶望なんてしない。この程度で。
俺は俺自身を信じている。俺は俺自身の可能性を信じている。
「よーっし! 来週が今からでも待ち遠しいな。次こそベヒモスを倒してみせるぞ!」
俺は気合を入れ直す。
俺は可能性を閉じたりしない。
この程度で閉ざされてたまるか、他人にだって、自分にだってだ。
「そうだよっ! ファイト、だよっ」
「おーっ!」
美月が俺に合わせて、気合を入れてくれる。ありがたいことだ、さすが心の友。
「ちなみに授業が進むとベヒモスの数が増えていくみたいだから気をつけてね♪」
「お、おーっ……」
俺の気合は、みるみるうちに萎みそうになってしまった。
が、がんばろう……マジで。
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