第2章 学園奔走編
第8話:ヒーロー達の初めての変身
走りこみをするならば、食前の方がいい。
脂肪を燃焼しやすいだとか。その後の食事での吸収率がいいだとか。
そんな話をテレビだかネットで見た覚えがあったので、俺の早朝ランニングは、朝飯前に済ませておくことが日課となった。
春先だというのに走れば暑くなるし、汗もかく。三十分程度の軽いジョギングから戻った俺は、汗を拭くこともなく、そのまま運動着も下着もひょいひょいと洗濯機に入れて、シャワーを浴びる。
これも俺の日課となっていた。
既に、4月中旬である。
ヒーロー学園に入学してから、一週間近くが経過しようとしていた。
「お~い、美月。飯だぞ~」
俺は灰色の扉の前で、「ピンポーン」とチャイムを押した。
俺たちの暮らしているところは、二階建てのレトロな趣きの残るアパートであった。
大平和ヒーロー学園は、東京都のはずれに構えており、全国から集った生徒の多くが、親元を離れて一人暮らしをすることとなる。
そのため、専用の学生寮や、大家側との取り決めによって比較的安く入居することのできる住処が多数存在していた。
俺や美月が住んでいるところも、そうした契約を結んでいるアパートであった。学校からの距離は歩いて十分もかからない。
「美月~! ……寝てるのか、あいつは」
俺は自分の部屋に戻り、美月の部屋の合鍵を持ってくる。入学した初日に「これ、あげるー」とナチュラルに手渡されたものであった。
さて、鍵は手にしたけれど、どうしたものか。
俺の脳内に選択肢が発生する。
1.部屋に勝手に入る
2.美月が起きてくるのを待つ
「……女の子の部屋に勝手に入るのは、人としてあんまり良くないよな……」
そういいつつ、俺は容赦なく『1』を選んで、部屋の鍵を開けた。
ドシン、ドシン、と遠慮なく中に入る。
部屋のレイアウトは俺の部屋とほとんど同じであった。女の子っぽい絨毯や小物、育てている観葉植物とか、水槽で飼ってる熱帯魚がいるのにはいたが、それ以外は何ら変わらない、普通の部屋であった。
奥まで進むと、パジャマ姿で眠っている美月の姿があった。
寝相が悪いのか、きちんとかけて寝ていたであろう布団は遠くに飛ばされており、枕を抱きしめるようにして丸くなっていた。
気持ちよさそうな寝顔をしており、口元は半開きになっている。
さて、どうしたものか。
俺の脳内に再び選択肢が浮上する。
1.無理やり起こす
2.美月が起きてくるのを待つ
「……女の子を無理やり起こすってのは、人としてあんまり良くないよな……」
そういいつつ、俺は容赦なく『1』を選んで、美月を蹴りつけた。
「――ぎゃ!」
エイッ、エイッ、と遠慮なく蹴りつける。
「……ぎゃっ! ……ちょ! え、な、何っ!?」
丸っこい肉体を転がしてこじ開けるように、俺は衝撃を加えた。
美月をまどろむ余裕さえ与えず、起こした。彼女の目が開いて、こちらを見た。
「おはよう、美月」
「………………」
「今日の朝食当番は俺だったからな。もうできてるぞ」
「………………」
美月は無言で睨んできた。
寝ぼけた視線と言うよりも、ジト目に近かった。「なんて起こし方だ」と糾弾しているのかもしれない。
「早く食べてしまおう。時間はまだあるが、今日は余裕を持って学校に行きたいんだ」
「………………そーちゃんの、えっち」
「お腹のところ、めくれてるぞ」
「うわっ! うわわっ!」
美月は必死になってパジャマを整えはじめる。実際、ヘソのところが見え隠れしていた。ピンク色の下着も少しだけ見える。
うむ、チラリズム。
「…………変態、変態、ド変態」
「ほら、面倒だったら、こっちまで飯持ってくるから。さっさと食おうぜ」
俺は美月を手招きする。
その様子に彼女は怪訝そうな顔を浮かべる。
「……なんだか、今日はやけに元気だね」
「そりゃあな。美月、今日が何の日だか知らないのか?」
「知らない」
にべにもなかった。
俺は意を返さず、こう告げる。
「今日は初めての実戦演習――つまり、今日、俺は初めてヒーローに変身するんだ!」
「――それでは、各自ベルトは行き渡りましたでしょうか? もし学生証を忘れた生徒がいましたら今のうちに申し出てください」
総合体育館では、ジャージ姿の若い女の先生が、俺たちDクラスに対して指示を送っていた。竹刀を片手に持ち、まるで学園ドラマに出てくる教師みたいである。
彼女の名前は
俺たちが今から受講することになる『ヒーロー実戦演習』の授業の担当教師であった。年齢は俺らの担任である電極先生よりも若いらしく、彼女も現役のヒーローとして活躍している。
ちなみに電極先生(現在、独身&彼女なし)からアプローチを受け続けているらしいが、紅先生当人は気にしない様子でスルーして独身生活をエンジョイしているらしい。ガンバレ俺らの担任よ。
「現代の私たちの肉体には、平等に特殊なエネルギーが内在されています。入学式で生徒会長さんが説明してくれたような『ヒーローエネルギー』と呼称される力です。そのベルトは、皆さんの持つエネルギーを活性化させる簡易的な装置となります」
紅先生の綺麗な声が、体育館内に響く。
話してくれた内容は、俺たちが《変身するための
【ルールその1】
1984年以降に生まれた人類には、『ヒーローエネルギー』と呼称される力がある。
【ルールその2】
学園側から提供される変身装置を用いることで、俺たちは『ヒーローエネルギー』を活性化させて変身することができる。
(裏を返せば、装置を使わないかぎり普通の人間は変身をすることができない)
【ルールその3】
変身後の姿形や性質は、個人によって千差万別である。その人の持つ『潜在意識』によって左右されるらしい。なお、変身後には、《固有能力》と呼ばれるような、特殊な力を使用できるようになるらしい。
【ルールその4】
こうしたヒーローの持つ独自性を総称して《変身名》と呼んでいる。
細かい仕組みは、いろいろあるが、追々覚えていけば良いと言って、紅先生は説明を切り上げた。
「ついに……変身か」
俺は高まる動悸を抑えることができずにいた。
昨日の夜は興奮しすぎて、うまく寝ることができなかった。
学校に来るまで、美月に「む~」っと睨みつけられ続けたけど、全然気にならなかった。
それほどまでに、今日という日を待ちわびていたのである。
隣を見ると、あゆがワクワクといった表情で先生の話を聞いている。彼女も待ち遠しくて仕方がないのだろう。
「……ワクワク」
ほら、実際に言葉に出すくらいワクワクしてる。それくらい本日の授業は重要なのだ。 …………何でこいつ口に出してるんだ、馬鹿なのか?
「――それでは説明は以上で終わります。皆さん準備はよろしいでしょうか?」
紅先生が注意深く俺たちを見渡す。
いいぞ先生、どんな課題だろうとこなしてみせるぜ。
中学時代までの俺は、勉強に対して、それほど真面目ではなかった。面倒くさい授業があると「うわ~マジか~」と嫌がったことだろう。
しかし、今の俺は違うのだ。一日一日を大切にして、学んで成長していこうと心に誓ったのだ。
「――よろしいですね、皆さん。それじゃあ変身して、さっそく『怪獣と』戦ってみましょう」
「えっ?」
「変身が終わりましたら、私が呼び出しますので、頑張って奮闘してください」
(う、うっわ、ま、マジか~!?)
俺の心の誓いは早くも崩れそうであった。
「この授業の名前は“実戦演習”ですからね。どんどん実戦していきましょう」
実戦的すぎる。
そんな「走りこみが終わったら、ちょっと道具に触れてみましょう」感覚で、怪獣と戦わされるとは思わなかった。
さすが、ヒーロー学園……侮りがたし。
「あ、あの先生っ……! さすがに怪獣と戦うのは早すぎやしませんか……」
すると、俺の心の突っ込みを代弁してくれるように、生徒の一人が手を挙げた。
彼は――清水隼人君と言ったはずだ。
あゆが「狗山隼人」と同じ名前だからといって、話しかけていた覚えがある。
丸いメガネに優等生風のオーラ。頭の良さそうな、の○太と言った感じだ。クラスでのあだ名は「ハヤブサ君」である。
「せめて、変身の方法を教えていただきたいのですが……」
ハヤブサ君の不安は最もであった。俺たちは初めて変身するのだ。どうすれば良いのかも分からないし、うまくいくかも自信がない。
「方法ですか? ならば、簡単です。学生証を使って、装着したベルトに触れるだけで、私たちの『ヒーローエネルギー』は活性化して変身することができます」
「でも、もし失敗したら……」
「安心してください。この世界に生まれたかぎり、必ず“変身”はできます。勇気を持ちましょう」
先生は断言していた。
そして、おもむろに懐からカードを取り出し、自らのベルトに触れる。
瞬間っ! 先生の身体を光が包み込んだ。
それは、四年前、そして入学式の時に生徒会長のパフォーマンス以来の光景であった。
光が消え去ると、ジャージ姿の女先生の姿は消滅し、同時に『巨大な学ランを羽織った女番長』の姿をした“何か”がそこには現れた。
――変身名《
「せ、先生……」
ハヤブサ君は思わず言葉を漏らした。
「――ほら、このように現代では簡単に変身をすることができます。他に何か質問がある人はいますか?」
「へ、変身した姿、だ、ダサいっすね……」
ブンッ――――ドカッ!
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
気づいた時にはハヤブサ君がばったりと床に倒れ伏していた。
「竹刀を投げたんだ……ブーメランみたいに」
あゆがポツリと言葉を漏らした。
確かに紅先生の持っている竹刀の持ち手が変わっている、だが、あの一瞬で……?
倒れているハヤブサ君を見ると、後頭部にたんこぶができたように綺麗に腫れていた。
ま、マジか……俺も怒らせないように気をつけよう。
「……見た目は若気の至りです。気にしないでください」
紅先生は恥ずかしそうに顔を赤める。盗んだバイクで走り出しそうな見た目をしているわりには口調が丁寧なのがシュールだった。
ともかく、俺たちは先生の言葉に従って、変身をはじめることになった。
緊張の一瞬、である。
初めて自転車に乗った時や、初めて海で泳いだ時に似た、原初的な新鮮さだ。
(大切なのは、第一歩を踏み出す勇気だ)
(新しいことに挑戦する心だ)
俺は、恐る恐ると、手にした学生証で、ベルトに触れる。
キュィーン!
――――カチリ。
機械が反応し、“何か”が認証された感覚がした。
同時に自分の周りに光が輝き出した。
特別、エネルギーを感じるだとか、力を抜き取られる感覚はない。ただ自分の周りを「おお、光があふれてるな」と認識できるだけである。
しかし、違いもあった。外側から光を見ていた時は、中の様子が確認できなかったが、内側から見た場合は、外の様子がクリアにはっきりと見ることができた。
――マジックミラーとでも表現すれば良いだろうか。
内側からは視認できるが、外側からは判別できない。
この光は、そうした仕組みが施されているようであった。
そして、光が徐々に薄れていき、弱まり、認識できなくなり、完全に消滅した。
「それでは皆さん変身を終えたようですね」
「えっ!」
俺は驚いた声をあげて、自分の両手を見ると、真っ白で金属質なものへと変化していた。顔に触れると、鉄のように冷たく体温を感じない。
周りを見渡すと、そこは異世界から現れたような人物たちが至るところにいた。
「うぉおおおお!」「なんだこれ、すげぇ!」「羽生えてるぞ、羽!」「すごいこれっ! バズーカだ!」「フフフ……これが僕の力か」「うわー何だこれ! 何だこれ!? どう使えばいいんだ、これ!?」
興奮で渦巻いていた。
俺は再び、自分の身体を確認する。
鼓動の高鳴りを強く感じる。
白を基調にしたデザインのようであった。体格そのものは変化していない。質感はなめらかな金属のようなものであり、叩くと硬い音がする。
首を見ると、黄色いマフラーのようなものがかかっている。右腕と左腕、右膝と左膝に、奇妙な“黄色いランプ”が灯っていた。
(う~む、実感がわかない)
俺はとりあえず試しに飛び跳ねてみた。つま先をつかって、ピョンってするイメージだ。
(ピョ―――うおおっ!?)
ジャンプした瞬間、俺の身体は自分でも理解不能な出力で、空中に舞い上がった。
「うわっ! うわっ!? 何だ、何だこれ!?」
俺はいきなりの事態に混乱した。
景色が一気に変わる。変わる。変わる。
俺は空中にいた。
俺は何メートルくらい飛んだんだ? 少なくとも自分の身長より余裕で高くジャンプしていることには違いなかった。地上が小さく見える。
(やばい!? お、落ちる――!?)
俺は重力を感じた。ヒーローでも重力は感じるのだ。
俺はとっさに全身を使ってもがいた。後になってみれば、ヒーローに変身しているのだからダメージは受けないだろう、と考えるのが普通であったが、突然の事態に俺は混乱していた。
すると、次の瞬間――俺の背中で光る感覚があった。
“光る感覚”という表現も妙なものであったが、とにかく背中から何か湧き上がるような力が溢れてきたのだ。
「おぉ、おおー!」
俺の身体は再び空中に浮いた。
より正確に言えば、俺は、飛んでいた。
仕組みはわからないが、背中からジェットエンジンのようなものが放出されているようだ。必死に首を回して、後ろを見ると、何だかキラキラと光の粒子が見て取れた。
「おー、すげー、すげーぞ、俺の思った通りに動く」
俺は感覚的ではあるが、操作方法を理解してきた。
驚異的な“慣れの早さ”であった。
俺って、ひょっとして天才なんじゃないだろうか? そう思えてきた。
「すげーすげー」「おい、見ろよ、ありえない速度で走れるぞ」「俺だってそうだよ」「おお、炎だ。俺の口から炎がっ!」「こっちは氷だぞ。しかも自在に形を作れる」「何だか右手が光ってるぞ、俺の右手があああ!」
気づいたら、俺も興奮の坩堝の一員になっていた。
そりゃ、テンションも上がるさ。
ヒーロー云々もそうだが、こんな人間を超えた力をいきなり手に入れたんだ。使ってみたくなるに決まってる。
アニメや漫画に出てくる、異能の力を持った人が、どうして一般人に自分の力を誇示したがるのか少し判った気がする。
これだけの力を持てば人間、自慢したくなるし、試したくなるんだ。
しかし、興奮の中、俺たちは忘れていた。
これは、『ヒーロー実戦演習』という授業なのである。
「――皆さん、自分の力は確認しましたね。それでは実戦に入りましょう」
しかし、俺たちは先生の言葉は耳に入っていなかった。
自分たちの能力を使いまくることに夢中だったのである。
――暴走、といっても差し支えなかった。
俺も暴走していたので、その時は知らなかったのだが、後に『ある生徒』は、その時の先生の挙動についてこう語っていた。
紅先生は、その様子を平然と眺めていた。そして、自分の言葉に耳を貸さない生徒達を見て、困ることもなく、嘆息することもなく――ただ軽く微笑した。
彼女は教師なのだ。こうした“力の濫用”をした光景は日常茶飯事である。毎年のように、例年のように、見慣れたものであった。
そして、当然。その対処法についても、である。
「――それでは、授業ステップその1:怪獣と戦い己の実力を知ろう――――皆さん力を合わせて、頑張ってくださいね」
「――BRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRッ!」
轟音ッ!
果てしなく、でかい音、としか表現のしようのない衝撃音が俺たちを包み込む。
その音と叫び声と地響きに、俺たちは振り向く。
「神話をイメージして作られた人工怪獣ベヒモス――属性は土、脅威度はLv.6、さて現状の力を活かした善戦を期待しています」
カバに似た、巨大な怪獣が目の前に存在していた。
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