第7話:ヒーロー達のお食事会(後編)
気を取り直して、最後に狗山さんの自己紹介となった。
――え? 何かとんでもないことが起きなかったかって? 気のせい気のせい。
ほら、あゆが注文してくれた食事も届いたし、食べながら話を進めよう。
顔が殴られすぎて蜂の巣のように腫れていたりだとか、タバスコを無理やり口の中に突っ込まれて前後不覚だとか、そんなことは起きていない。起きていないったら、起きてないんだ。
それよりも狗山さんだ。
――狗山涼子。伝説のヒーローであり、大平和ヒーロー学園の理事長でもある狗山隼人の愛娘だ。幼い頃から英才教育を受け、将来を有望視されているヒーローの一人。その話だけ聞いていると、俺らと一緒にこんな風に昼食をとってていいのか不安になってくる存在である。
「狗山涼子、1年Sクラス1番、今回はこのような場に招いていただき感謝する」
風格のある少女であった。
洗練された肉体には洗練された精神が宿るというものなのだろうか。
時代が戦国ならば優秀な侍として名を馳せたであろう。中世ヨーロッパに生まれならば騎士として高名を轟かせたことだろう。そんな雰囲気を漂わせている。
「――新島宗太くん」
俺は思わず名前を呼ばれてドキッとした。
「川岸あゆさん、葉山樹木くん、そして美月瑞樹さん」
狗山さんは全員を見回している。美月を見た時だけ頬が赤くなった。
「――私は美月さん以外の方とは初対面だ。これから長い学生生活を送るにあたって、私も早くこの学校に慣れて、ヒーローとして一人前になりたいと考えている」
狗山さんは言葉を続ける。
「大袈裟かもしれないが、こうして初日から、多くの人と食事を共にできることを、私はとても感謝している。感謝、いや――」
狗山さんは正しい表現を探すように逡巡する。
「感謝、幸運、嬉しい――うむ、嬉しい。私はこうして皆に会えたのがとても嬉しい。できたなら、これから仲良くして欲しい。――どうか、よろしくお願いします」
そう言って、最後にはペコリと頭を下げた。
そして、歳相応の少女が見せる可愛らしい笑顔を浮かべていた。
俺たちは、そのギャップに、思わず見蕩れてしまった。
「か、カッコイイ可愛い……まさしく、隼人様の娘さんだ」
実際にあゆはその笑顔に飲み込まれていた。
「…………これは確かに惚れちゃうよ。間違いない」
「ほ、本当かっ! 美月さんっ!」
美月がポツリと呟いたのを、狗山さんが飛びつくように反応してきた。
「ふぇっ!? え、ええ~と」
まさか言葉を返されるとは思ってなかった美月がテンパっていると、隣のあゆが手を挙げてきた。
「質問いいですか~!」
「……おお、川岸さん。なんでも聞いてくれ」
美月に迫ろうとしていた狗山さんが、振り向いた。
「狗山さんの中学って、もしかして女子校だったりした?」
思ったよりどうでも良い質問だった。
「あぁ……小学校も中学校もどちらも全寮制の女子校に通っていた。父は忙しい方だからな信頼のおけるところに預けられている機会が多かった」
「うお~ガチお嬢様かぁ。何となく気品とか立ち振舞いとかそれっぽいオーラを感じたよ」
確かに女子校にいればモテそうな雰囲気だ。
「そうか……私としては世間知らずになっているのではないかと不安だったのだが」
「ううんっ! むしろ私って田舎出身で男の子ばっかのところで育ってきたから、そういうきらびやかな生活って憧れちゃうよっ!」
そう言ってあゆは狗山さんの両手を握りしませた。
「お、おお……!」
一方の狗山さんは困ったような嬉しいような様子でよろめいている。
凛としているかと思ったら、可愛らしく笑うし、
しっかりしていると思ったら、平気で戸惑うし、
ギャップの激しい娘さんだった。しかし、それが全て好印象に繋げられているのが凄い。ギャップ萌えか。これがギャップ萌えなのか。
あゆはその後も狗山さんに対して、ガンガン質問をぶつけていた。
彼女がこの場にいてくれて助かった。もしも俺や美月だけでは気後れしてしまって、彼女のこういう一面を引き出せなかっただろう。
「……面白い子だね。川岸さんって」
美月が俺の服を突っついてそう言った。
「モノ応じしないタイプだからな。相手の懐にドンドン入り込んでいく」
「羨ましいなぁ……私もあれくらいのコミュ力があれば……」
「コミュ力いうなし」
あと手持ちぶたさに俺の腰を突っつくな。
「……コミュ力が欲しいのかい……フフフ」
そういって、葉山が俺たちの会話に割り込んできた。
「――お前も何だかんだいって周りを気にしない人間だよな」
「フフ……それは褒め言葉だと受け取っておくよ……それで美月さん」
「は、はいっ!」
美月は葉山の持つ幽霊オーラにたじろいでいるようであった。普通はこうなるよなこう。
「僕も無口で、友達がいない畑の人間だからわかるよ……君も友達少ないでしょ……」
「おい、俺より饒舌な上に、この学校の生徒全員と友達になる男」
あと美月に謝れ。
葉山は俺の突っ込みを無視して、美月に話しかけてきた。
「……どうだろう僕と友達にならないだろうか……」
「……ふぇ!?」
「僕も有意義な学生生活を送りたいからね……フフフ、どうだい……?」
「えっ、えっと……」
困ったように、美月は俺を見てきた。……仕方ない。「いいんじゃないか」と俺は目で合図を送る。
「――――?」
美月が怪訝そうな顔をしてきた。
……アイコンタクトが通じるほど、俺たちの仲は深くないらしい。
「いいんじゃないか。つか、わざわざ許可をとるのな、葉山」
前に「5分間以上~云々」って言ってなかった。
「フフフ……僕は友達といっても、相手によって対応を変えるからね」
「ナチュラルにクズいなお前」
「フフフ、僕は距離感にかけては一流の人間だからね……ATフィールドの化身といえば僕のことさ」
「うるせぇ、常に人の防御障壁を突き破ってるくせに」
大嘘つきが。
「そ、それじゃあ……よろしくお願いします」
美月がペコリと頭を下げる。葉山はその様子に「フフフッ……」と笑う。不気味だ。
「こちらこそ、よろしくね美月さん。フフッ、僕の学園友達計画着々と進行中……」
葉山の怪しい笑みはともかくとして、美月の交友関係が広がるのは喜ばしいことであった。
俺も負けてられないな。
狗山さんと交友を深めるために話にいかなければ。
美月は葉山とアドレス交換をはじめた。美月は機械に疎いので(あと友達もいないので)大分手間取ってる。赤外線通信という概念を知らないらしい。
その隙に談笑をしているあゆと狗山さんの輪の中に入っていった。
「ところで狗山さんっ! あの《英雄戦士チーム》ってどういうのなのっ?」
おお、あゆが良いタイミングで良い質問を飛ばしてくれる。
「あ、俺も聞きたい、それ――」
「……ガルルルル」
そう言って近づくと、あゆが猛獣のように唸ってきた。
「な、何だぁ?」
「……ガルルル……女の敵ぃ」
「ま、まだ根に持ってたこいつ!」
自分のことじゃないのに。いや、むしろ他人のことだから怒ってるのか。
美月は許してくれていたから、完全に油断してたぜ。(※美月も許してくれていません)
「ガルルルル……グルルルル……許さん」
ま、マズイぞ……。
具体的にどうマズイのかというと、俺にもうまく説明できないけど、とにかくあゆの社会性はマズイことになりそうだ。あゆの獣化が完了する前に、どうにか怒りを沈めないと。
どうしたものか、ポケットを中を探ると、なぜだかわからんが飴玉が出てきた。
「ほ、ほら~、あゆ~、あ、飴玉だぞ……」
思わずあゆの目の前にまで飴玉を持ってくる。
(バッ!)
(パクッ!)
(コロコロ……)
するとあゆは飴玉を素早く奪い取り、口に入れて転がし始めた。
あゆの表情は草食動物のように優しいものに変わり、つり上がったまゆ毛は段々と緩んでいった。
「ムー! モラライラァ、ムーラムンマッ!」(訳:もー! 仕方ないなぁ、ソウタ君はッ!)
「お、おぅ……」
「ムレムララ、ムレララレッ!」(訳:これからは、ダメだからねッ!)
「お、オーケー……」
なんとか宥められたようであった。
ふと、横を向くと狗山さんが、思案顔でこちらを眺めていた。
今の様子を見せたのはさすがにマズかったか。こんな子供をあやすような方法で誤魔化しているのを発見されたら、怪訝な気持ちになってしまうよな。
「新島くんとやら、私にも飴玉をくれないだろうか」
「え、あ、はい……」
俺はポケットに余っていた飴玉を差し出した。
(ヒョイ)
(パクッ)
(コロコロ、コロコロ……)
「うむ、これは…………飴だな」
「そうですね、飴ですね」
「美味いな」
「そ、そうっスね」
なんだこの娘、飴食いたいから見つめていたのか。動物か。
「それで、さっきの話なんだけど、《英雄戦士チーム》について、俺も知りたいです」
「私も聞きたいッ! 聞きたいッ! 教えて涼子ちゃん」
俺は話を本題に戻す。あゆもノリノリで俺の肩に寄りかかってくる。
「あれ、あゆ。お前、さっきの飴玉は?」
「もう噛み砕いて食ったった!」
馬鹿みたいに明るい顔で笑ってきた。何だコイツ最強か?
あと、いつの間にか『涼子ちゃん』って呼んでるし。
「英雄戦士チームについてか。クラスの人にも同じような質問をされたのだが、……実はあの話を聞かされたのは、私も今日がはじめてなんだ」
「ええっ! そうなのっ!?」
あゆは驚いた。俺も同様だ。
てっきり、娘である狗山さんには既に告知済みだと思っていた。それほど非公開の内容だったのだろうか。というか、むしろ『狗山さんが入学した』からこそ、設立された制度なのではと邪推していた程だ。
狗山理事長の娘の入学と合わせた、超特別選抜制度の実施。
本人に直接聞くのは気がひけるが、娘に英才教育を施すために学校の制度を付け加えたというのは、考えられない話でもなかった。
まあ、流石にこの質問をするのは失礼だろうからよしておこう。ここで狗山さんの気を損ねても仕方がない。
「なーんだ。てっきり、狗山さんが入学したから、作られた制度なのかなって思ったよー」
俺はあゆの頭にデコピンをした。
本日二回目だった。
あゆが「ムキーッ」と怒ったが、ポケットにあったチョコを上げたらおとなしくなった。
気を悪くしたか心配したが、あゆがあまりに素直なので、狗山さんは少しだけ苦笑している。
「確かにクラスの中にはそう穿っている人も大勢いるみたいだ。英雄戦士チームは狗山涼子のために作られた。一年生の座るべき席は、既に一つ埋まっているんじゃないかってね」
その表情は驚くほどすっきりしていた。おそらくやっかみや妬みは慣れたものなのだろう。
「しかし、そうじゃないと?」
「私も父の考えることは判らない。昔から何を考えているのか判らない御人だからな。もしかしたら本当に私のことを思ってのことかもしれないが――」
そこで狗山さんは思い馳せるような目をしてから、言葉を続けた。
「もし父が、私を英雄戦士チームに入れたいのだとしても、私は正式な審査を受けて、その上で入隊を果たすつもりだ。血筋も何も関係ない。私は実力で合格してみせる。正々堂々と道を切り開けないものにヒーローとして皆を守れる資格はないからな」
そう言い切った狗山さんの表情は凛として揺るぎなく、
見栄も、虚栄も、気取りも、恐れも、何一つとしてなく、純粋な気持ちから発せられたものだと強く感じられた。
「おお……」
あゆが尊敬の眼差して狗山さんを見つめている。
俺も同じ気持ちであった。
「――やはり、狗山さんはヒーローだな」
意識もせずに、そうした言葉が飛び出てきてしまう。
あまりに狗山さんが眩しすぎたせいだろうか。少しだけ劣等感を感じてしまったのかもしれない。
すると、狗山さんが不思議そうな顔をしてこちらを見てくる。
「何を言っておるのだ。新島くん、君もヒーローなのだ」
「俺も?」
「そうだぞ、この学校に来ようと行動を起こした時点で、君はヒーローへの一歩を既に踏み出しているのだ。大切なのは常に行動しようとする“意志”だ。その意志がある限り、私たちはヒーローであり続ける。それを忘れちゃいけないぞ」
「…………そうだな、よろしく狗山さん」
「よろしくなっ!」
あまりにも眩しい。
あまりにも輝かしい光だったが、俺は目をそらすことなくその手を握ることができた。少なくともこの時の気持ちを忘れないでいようと思う。
「――フフフ、そして同時に僕たちはライバルでもあるんだね……」
葉山が握手をしている両手を間から、ヌッと現れる。
うわっ、ビックリした。
お前はいつも突然登場するな。
「――ライバル? あー確かに英雄戦士チームを目指すなら定員は3名までだもんねっ! ここには5名いるから既にみんなライバルだねっ!」
あゆが納得した顔でとんでもないことを言ってくる。
バチバチッ――!!
瞬間、この場に電撃のようなものが流れた気がする。気のせいだろうか。
……簡単なアンケートでもとってみよう。俺は皆に質問する。
「ち、ちなみに英雄戦士チームへの入隊審査、これを受けようと思っている人は手を挙げて~」
「はい」
「ハイッ!」
「……はい」
「わ、私も……はい」
みんなライバルだったー。
「美月もちゃっかり手を挙げてるし」
「だって、そーちゃん、仕方ないじゃない」
何が仕方ないのか知らないが、この場にいる全員が入隊を希望していることには違いなかった。
「フフッ……Sクラスが相手か。実力差はそちらが上でも、負けるわけにはいかないよ……」
葉山が謎の挑発をかましてきた。ほらほら、またそういうこと言う。
「うむ、いいだろうっ! 正々堂々と勝負だ、私は自分の運命は自分の力で切り開く。逃げも隠れもしないし、負ける気もしないぞ」
「フフッ……格好良いね、まるで光の騎士 ホワイトナイトだ。隠された裏の顔はいつ出てくるのかな……」
「お前それすっげー遠まわしに皮肉ってるだろ」
「あ、わかる?」
ダークナイトにおけるハーヴェイ・デントの異名だろ。ぶっ飛ばすぞてめぇ。
「どちらにせよ……僕は負けるつもりはないけどね……Dクラスに落とされた程度じゃ僕は諦めない……」
「私だってヒーローになりたくて、ここまで来たんだから負けないよっ!」
あゆも元気いっぱいに宣言した。
「わ、私も入隊を果たすために頑張るんだからね」
美月の負けじと発言する。
「よし、いいだろう。みんなでまとめて対決だ!」
おいおい、何だか妙な流れになってきたな。
気がつけば俺以外の皆が既にノリノリで英雄戦士チームへの入隊を宣言している。
……何だか出遅れたみたいで悔しいな。
「そーちゃんは?」
美月が俺も見てくる。他の皆もだ。
俺に視線が集まる。なんだか緊張してしまう。さっきの美月はこんな気持ちだったのだろうか。
……あーわかったよ。俺も入隊したいに決まってるだろ。こいつらと戦うことになったとしても、なりたいに決まってるだろ。最強のヒーローとやらに。
俺は右手を振り上げて、高らかと宣言する。
「よーし、お前ら! 俺を本気にさせたことを後悔するなよ、俺が最強のヒーローになるんだからなっ! お前らには絶対に負けないか――――」
「――あ、ドリンク切れたからドリンクバー行くけど、他に注文ある人いる?」
しかし俺の宣言は華麗にスルーされた。
「ウーロン茶」
「オレンジジュース」
「コカコーラ、あとコーヒー用のミルク」
「なぜミルクも頼むのだ?」
「……フフッ、コーラにミルクを足すとコーラがいきなり固まり出すのさ」
「あ~! 聞いたことあるそれっ! 昔、友達がやってたそれ」
「フフッ……伊達に受験期をファミレスで過ごしてないからね」
「勉強をファミレスでしたのか? そんな方法があるのか?」
「案外、俗っぽいとこあるんだね、葉山くん。でも、図書館の方がやっぱり静かだし……………あれ? どうしたの、そーちゃん」
美月が、体育座りになって沈み込んでいる俺の存在にようやく気づいてくれた。
「み、美月、ありがとう。俺の存在に気づいてくれて……やっぱり、お前は心の友だ」
「それはともかくジュース何が飲みたいの?」
「……ジンジャエールで」
「そーちゃんには生姜をお願いします。生姜を」
すげぇ、まだるっこしい注文の仕方しやがって。
何はともあれ、俺たちはドリンクバーで二度目の乾杯を行った。
「どうして……こんなことになったのだろう」
俺は楽しげに呟く。
川岸あゆ、葉山樹木、美月瑞樹、そして――狗山涼子。
俺たちは英雄戦士への道へと全力で突き進むことを決めたのであった。
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