第1.5章 ヒーロー達のお食事会
第6話:ヒーロー達のお食事会(前編)
「……どうして、こんなことになったのだろう」
俺は目の前の光景を眺めて、一人ぽつりと呟いた。
「――スゴイスゴイッ! 見てよ見てよ見てよソウタ君! ここのメニュー超安いよ! 私の地元じゃあ考えられないよ! これが都会の力、東京すげーっ!」
「フフフ、まさか初日にて友達がこんなに……フフフ、素晴らしい」
「私はこういった店に入るのは初めてなのだが、注文はどうすればいいのだ」
(わ、わ、わ、放課後に食事……なんというリア充、私スゴイ、スゴイよ……)
「見てみて、お子様セットを注文するとヒーローのカードセットがついてくるってあるよ! 私じゃんじゃん頼んじゃうよ!」
(ど、どうしようっ! とりあえず人って文字を飲んで、飲んで……あれ、人ってどう書くんだっけ?)
「フフ……友達が一人、二人、三人……フフフ、バカなまだ上昇するだって……!」
「確かこのボタンを押すことで注文ができるのか……うむ、だいたいわかったぞ。このボタンを押せば、レーンをつたって、食事が自動的に流れてくるんだよな」
…………狗山さん、それは回転寿司のお話だ。
(騒がしすぎて誰が何言ってるか、ほとんどわからねぇ……)
俺の眼前には、四人の人物がいた。
川岸あゆ、葉山樹木、美月瑞樹、そして――狗山涼子。
どうして、俺が入学式直後にこうして彼女らと顔を合わせ、しかも仲良く昼食までをとっているのかと言うと、話は一時間ほど前に遡る。
入学式での壮絶な体験の後、俺たちは教室に戻り、電極先生から今後の予定に関する簡単なHRを受けた。
例えば、明日から早くも授業が開始されること。
例えば、ヒーローに変身をする実習は来週から行われること。
例えば、英雄戦士チームについての詳細は、後日プリントを配布するとのこと。
後は定型的な帰りの挨拶を聞いて、本日の予定はすべて終了となった。
HRが終わったあとも、俺は先ほどまでの“熱”が冷めきらずにいた。
入学式でのパフォーマンスや、英雄戦士チームの発足の話を思い出すと、心が熱く燃えてくる。
まるで、ここ数時間の出来事が嘘のようであった。
俺一人、別世界にでも行ったのではないかと思える、時間の濃密さを感じた。
荷物を持ち、携帯を確認すると、美月からメールがきているのに気がついた。
FROM:ミツキ的なナニカ
TO:そーちゃん
題名:ゴメンゴメンゴメン!!
内容:ゴメン、そーちゃん! 昼食を一緒に食べるって話なんだけど、私のリア充力が高すぎたせいか、友達が一緒についてきたいって言っちゃった。さっき廊下で会った子なんだけど、大丈夫かな?
「おぉ……」
これには少しだけ驚いた。
入学初日にも関わらず、早くも食事についてくる仲になったのか。
先ほど廊下であった娘というと、おそらく狗山涼子のことだろう。
あとリア充力って表現はむかついたが、喜ばしいことである。
俺は了承と確認のためにメールを返す。
FROM:新島宗太
TO:美月瑞樹
題名:Re:ゴメンゴメンゴメン!!
内容:別に構わないぞ。友達って壇上で挨拶していた狗山涼子のことか?
帰りの支度をしていると、メールが返ってきた。
文面を読むと「そうだよ~」とのこと。
「そうか狗山涼子とお近づきか……」
先ほど、彼女の父親である狗山隼人の演説に心を揺さぶられたばかりであった。
それに英雄戦士チームのこともある。もしかしたら有益な情報が得られるかもしれない。
「な~にやってるのソウタ君っ!」
後ろから、誰かが思いっきり飛びかかってきた。
あゆだ。携帯の中を見ようとしてくる。
「おいっ、やめろ、見るな見るな」
「何だ怪しいな~!」
体重をかけられる。
おいおい、そんなに抱きついてきたら、背中に柔らかい感触が…………ない。
あゆからは女性として大切な何かが欠けていた。
「――なんかスゲー馬鹿にされた気がするんだけど」
アホの子のわりには鋭かった。
「フフフ……これから狗山涼子さんと会うんだって……?」
葉山がヌッと目の間に現れた。
「――いつから、そこにいたんだ?」
「ずっとだよ」
怖いわ。
「フフッ……僕は固有スキル《気配遮断》が使えるからね。人知れず近づくことができる。ステルス葉山だよ」
「本当に幽霊みたいなやつだな」
ネタだとしても、存在感を自在に操れるとか厄介すぎる。
「おかげで人通りの多いところだと、僕だけ皆に忘れて置いていかれたりする」
「なんで俺の周りには、苦い経験を持った奴がたくさんいるんだよ……」
葉山は突っ込みを無視して、俺の手から携帯を軽々と抜き取る。
「おい、プライバシー、プライバシー」
「別に中身を見たりしないよ。君が、狗山涼子さんと会うことはすでに知っているし……」
「どうして、それを……!」
俺は衝撃を受けていた。この幽霊男は人の心まで読めるのだろうか。
「さっき自分で声に出してたよ~」
「え?」
後方からあゆが言ってきた。そういえば言葉に出していたような、いないような……。
主に十数行前くらいに――。
俺が思い出そうと頭を捻ってると、葉山の不気味な瞳と目があってしまった。
後ろからは、あゆの忍び笑いが聞こえる。
「フフフ……新島君、携帯から怪しいサイトに空メールを送ると、どうなるか知ってるかな」「知ってるかなっ!」
「……何が言いたい」
俺はとてつもなく嫌な予感がしていた。
「「ねぇ……新島君(ソウタ君)、お願いがあるんだけど――」」
そして、俺と他四名の奇妙な食事会は始まった。
本来は、俺と美月だけのささやかな入学祝いだったはずなのだが、どうしてこんなに大所帯になってしまったのだろう。
昼食の場所は、正門を出てからすぐ近くのファミリーレストランに決定した。
比較的、値段が安く、仕送りで生活している学生にとっては助かる存在であった。
俺は店に入る前に美月に謝罪した。
「悪いな美月こんなにたくさん人を連れてきてしまって……」
「う、ううん……大丈夫だよ。そーちゃん、高校デビューを目論んでいる私にとって、むしろこれは好機だよ……」
そういって幼馴染の握りしめた拳はぷるぷると震えていた。
「あんまり無理すんなよ。もしマズかったら、俺たちだけで先に抜けるから」
「と、とぉっ!」
美月はチョップをかましてきた。しかし、その力も心なし弱い。
「わ、私は有意義な青春を過ごすのです。よ、余計な気遣いは無用ですぞ兄者」
「いや、兄者じゃねぇし。それにお前のSAN値も限界にきてるし」
ちなみに美月にとってのSAN値とは、
S(初対面の人)A(あんまり)N(馴れ合えない)値のことで、
これが限界まで下がると、美月瑞樹は周りが談笑してる空気の中で、携帯をいじったり、一人で寝たフリを始める。
「大丈夫だよ。私も狗山さんを連れてきたんだしお互い様だよ、お互い様」
「美月」
「それに、いざとなったら、そーちゃんが守ってくれるから。だから、私は戦える」
「……美月」
「もし私が気持ち悪くて吐きそうになったら、小粋なギャグで誤魔化してね♪」
「お前どんだけピンチなんだよ」
さすがに後半の会話は冗談であった。
食事会がはじまってハイテンション会話が続いていたが、美月は案外耐えられているようだった。あゆや葉山など周りが比較的空気を読まない連中だから、むしろ気兼ねなくいられるのかもしれない。
「――食事の注文も終えたことだし、自己紹介を軽くしないっ?」
注文を終え、あゆがそう言い出した。
「うむ、そうだな。正直、私たちはお互いのことをよく知らない」
狗山さんが頷きながら肯定する。
確かに俺たちは、まだ知り合って間もないし、お互いの関係も『友達の友だち』みたいなものであった。
例えば俺は、葉山や美月を知ってるが、狗山さんのことをよく知らない。
逆に美月は、狗山さんや俺なら知ってるが、葉山たちとは初対面だ。
まずはお互いの名前を確認する必要がある。良いのではないだろうか。
「いいんじゃないか。誰からやるか?」
俺は肯定して、周りを見渡す。
こういう挨拶は、トップバッターになるのが難しい。なんとなく遠慮してしまい、無意識に周りと牽制しあってしまうところだが――――、
「オッケー、よしよし、じゃあ私からねっ!」
あゆが堂々と立ち上がった。
テンションたかーい。
彼女のような切込隊長がいてくれると場が助かる。
「――1年Dクラス出席番号22番ッ! 川岸あゆですッ! 出身は新潟ッ! 血液型はB型ッ! 好きなモノは特撮ヒーロー全般ッ! 好きな人は倉田て○をッ!」
実名を伏せなきゃいけないくらいあゆはノリノリの口調でしゃべっていた。
「――以上ッ! よろしくお願いしますッッッッ!」
こいつはなんだろう。バキの世界にでも行きたいのだろうか。
俺はとりあえず拍手をしておいた。美月や他の人もそれに合わせて手を叩く。
あゆの周りを拍手が取り囲む。
「えへへ~」
あゆは満足気にペコペコと頭を下げる。
「えへへへ~」
俺は何だかむかついたので、その頭にデコピンをする。
――バシッ!
小気味いいい音が響く。
「――痛っ! む~何するんだよ~」
あゆがジト目で睨んできた。
「いや、すまねぇ……何だか(ウザ)可愛いなぁと思って」
「――えっ! そっかぁ、可愛いかぁ、いいね~」
許してくれた。頭をなでることにする。
「いえ~す」
目を細めて喜んでいる。思ったよりも可愛くて和んでしまった。
「フフ……次は僕だね、1年Dクラス出席番号16番……葉山樹木」
葉山のことは知ってるので俺は聞き流した。
「フフフ……酷いね」
続いて、俺が簡単に自己紹介を済ませ、美月の番となった。
「は、はい、美月瑞樹です。Sクラスの一年です」
緊張しているのがすぐに分かった。
視線が美月に集まる。
ゴクリ、と息を呑む音が聞こえる。
(が、頑張れ……)
俺は心のなかで応援してしまう。
「出身は埼玉で、そーちゃ……新島くんと同じ出身です。クラスはSクラスで、えっと番号は…………あ、血液型はO型で、えと趣味は………………」
そこで美月は石化してしまった。
「………………」
「………………」
「…………うう」
10秒ほど沈黙が生まれる。
おそらく、前もって準備してきたカッコイイ趣味を吐こうとしたところ(趣味はサイクリングと古書巡りです的な)、しかし話す直前になって「でも本当の自分を見せるべきなのでは……」という葛藤が生まれて言葉が続かなくなったんだろう。
一度沈黙が続いてしまうと、口火を切るのは難しい。
人前で話すのが苦手な人間ならば、なおさらだ。
何か話さなければ、話さなければ、と焦って、焦るたびに余計にしゃべりにくくなって、その結果として石化してしまったのだろう。
これでも付き合い長いからな。
似たようなことも前に合ったし、コイツの思考回路は大体読める。
多分、今ごろ脳内で「失敗した失敗した失敗した私は失敗した」とか残響のように繰り返しているのだろう。
俺は、硬直したまま動かずにいる美月を見た。
ぎこちない笑顔のままでフリーズしてた。マネキン人形みたいだ。
これはおそらく、「このまま、このファミレスに巨大隕石でも落ちてきてくれないかな~」って思ってる顔だ。
(…………仕方ないな)
俺は視点を下げて、美月のスカートを見た。
中学生みたいな長いスカートだった。今どきお堅い学級委員長でも、もう少し短くするだろう。長いスカートからは、そこそこの肉付きをしたお尻のラインが何となく見てとれた。
俺は、それをじっと眺める。
じーっと。
そして、一切の容赦なく、美月のお尻をいたずらっ子がやるように撫でた。
「――――てやっ」
「…………う、うわわわっ!」
美月は身体を大きく跳ねらせ、ガタンッ! と大きな音をたててテーブルを揺らした。転倒しかけてしまう。
「うわっ! 大丈夫っ!」「大丈夫か、美月さんっ」
あゆが心配そうに美月を見る。同じく狗山さんもだ。
美月はその様子に対し、「大丈夫です! 大丈夫です!」と全力で謝っている。そして、深呼吸をしなおして改めて挨拶をする。
「ご、ごめんなさいっ! えと、改めてまして、美月瑞樹です。そーちゃんこと新島くんとは出身地が同じで、昔からの友達です。Sクラスの16番。え、えと、趣味はお菓子作りとか家庭菜園とかゲームとかいろいろです。この学校で楽しんでやっていきたいと思いますのでどうかよろしくお願いしますっ!」
そこまで一気にしゃべりきると、ぺこりと一礼した。
多少早口だが、言葉はしっかりとしている。
今の一件で緊張はほぐれたようであった。
俺は力強く拍手を送った。
あゆや、狗山さん、そして葉山も拍手を送ってくれる。
注意深く周りを見渡したが、美月に対して“不信感”だとか“悪印象”を抱いている人はいなかった。
俺は安堵の息を漏らした。
どうやら、俺たちは『本当に良い奴ら』と仲間になれたようであった。
よかった、よかった。凍りついてしまった時は、どうなるかと心配したぜ。
俺は美月の方へ振り返る。今の頑張りを称えるためにだ。
「よく頑張ったな、美――」
すると美月が、俺に対して、悪魔的な表情を浮かべていた。拳を強く握りしめて、後方から怨嗟の如き炎を出している。燃え盛る炎、あふれる憤怒のオーラ、地獄を彷彿とさせる雰囲気、不動明王みたいだ。
「――え?」
――え、ええっ?
ちょ、ちょっと待て、待ってくれ。
「――――ッ!」
俺は似た雰囲気を周りから感じる。
気づいたら、あゆも、狗山さんも、俺に厳しい表情をしている。
周りを見渡すと、俺に対して“不信感”だとか“悪印象”を抱いている雰囲気が、『隠すことなく』全員から(特に女性陣)から見て取れた。
「あ、あれ……?」
お、おかしいぞ。さっきまで『良い仲間を持ったな』とか思ってたのに、どうしてそんなに敵意むき出しなんだ。お、おい、あゆ、どうして両腕の拳を握り締めている。それ、仮面ライダーBL○CKが怪人を撃退する時のポーズだろ。止めろよ。
俺はせめて救いを求めようと、葉山の方を見る。葉山は呆れたような顔をして「やれやれ」と肩をすくめていた。
「……新島君、さすがに昔なじみとはいってもボディタッチはまずかったね。公共の場でそんな行為にいたってしまった日には――君はしかるべき報いを受けなければならない」
「そ、そんな……助けてくれ、葉山」
お、俺はただ美月に幸せになって貰いたかっただけなのに……。
「フフッ……やり方がマズかったね。因果応報というやつだよ、新島くん。
君は僕の挨拶を聞き流してくれたよね。そのお礼に、僕も、今から君に起こる惨劇は“見流して”しまうことにするよ……」
俺はその台詞と同時に、再び美月の顔を見る。
”恐怖の権化”がそこにはいた。
顔は笑っている。しかし、背中から発するオーラは“憤怒”以外の何者でもなかった。
――笑うとは本来攻撃的な行為であり、獣が牙をむくことが原点とされる。
「み、美月……」
全身が震えてくる。冷房が効いてるはずなのに、汗が出てくる。
そこには、怪獣も凌駕する“脅威”が存在していた。
「そーちゃん……」
感情を殺した声であった。怖い、怖い、怖い、果てしなく怖かった。
怒りを凝縮させた爆弾みたいだ。失言を犯せば、一瞬で爆発しかねない。
(ど、どうするっ……!?)
俺は今の事態の打開をはかろうと頭を全力で働かせていた。架空のヒーロー達が僅かな奇跡にすがるようにだ。美月を落ち着かせるにはどうしたらいい。
「な、なぁ、美月っ!」
「……何?」
永久凍土のような冷たい声が聞こえてくれるが、俺はできるだけ明るい調子で弁解をする。
「お、お前、スタイルのこと気にしてたけど、悪くなかったぞっ! お、俺は嫌いじゃないぜ! ――お前、すげぇいい身体してるなっ!」
超加速の拳が飛んできて殺されかけた。
(――――後半に続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます