第4話:ヒーロー達の壇上挨拶

「――――それ故に君たちには、この学園で、よく学び、よく鍛え、仲間と共に切磋琢磨していって欲しいと願っています。そして、一流のヒーローとしてだけでなく、一流の人間として成長してくれることを期待しています。それでは、若きヒーローたちの記念すべき門出を祝して、私の挨拶は以上とさせていただきます」


 壇上の前では、大平和ヒーロー学園理事長の狗山隼人イヌヤマ ハヤトが、新入生への挨拶を述べていた。


 俺たちはその言葉を、厳かな雰囲気に包まれながら、静かに受けて取っていた。

 感嘆にも似た声が、生徒たちの列から漏れてくる。

 俺自身もそうだ。心の奥底が熱くなってくるのを感じる。


 狗山隼人は、ただの学園の理事長ではない。

 彼は――初代ヒーローと呼ばれる伝説の存在であった。


 1999年当時、わずか15歳の狗山隼人は、実験段階であったヒーローシステムを起動させ、世界で初めてヒーローとして、個人の力で怪獣を撃退に成功した。

 同年、狗山は《第一世代》と呼ばれる初期ヒーロー集団の中心的人物として、仲間とともに《終末の魔王》と呼ばれる巨大怪獣を打ち破ったと記録されている。


 ヒーローの“有用性”を全世界に示し、現在のヒーロー社会を作り上げた“立役者”であった。


 全てのヒーローの祖、現代に生きる伝説、俺やあゆにとって崇拝すべき対象なのだ。

「ああっ……隼人様かっこいい。まだまだ若々しい……はぁぁぁ」

 予想通り、あゆは恍惚とした表情で壇上を見つめていた。


 2018年現在、狗山隼人は34歳のはずだ。若さと成熟さをあわせ持った年齢である。

 立派な顎髭を生やし、快活そうな笑顔を覗かせる様子からは、『熟達した大人の風格』と『自由な子供の無邪気さ』を、同時に兼ね備えている印象を受けた。

 ザ・格好良い大人である。


「あぁ~、かっこいよねぇ……むふふ」


 あゆは、両手を頬にあてて、にへら、にへら、と笑っている。

 緩んだ口元からは、よだれが垂れかかっている。


「……おい、あゆ。よだれが垂れてるぞ、よだれ」


 俺が指摘してやると、あゆは驚いた顔をして、慌てて自分の口元を制服の裾で拭った。


「おおっと、ごめんね、恋する乙女パワーが漏れてしまった……」

「嫌なパワーだな」

「いやぁ、ゴメン、ゴメンっ、ソウタ君ありがとう!」


 あゆは素直に感謝してきた。狗山隼人を見て感動する気持ちは共感できるので、俺は強くは言い返せなかった。


「いや、いいんだけどな、俺もあゆと同じような気持ちだしな」


「――えっ!? ……そ、ソウタ君も、隼人様に抱きしめられて『×××なこと』や『△△△なこと』をしたいって思ってたの……?」


「それは思ってねえ」


 やめろ、想像したくない。

 そういった仕方での尊敬はしていない、断じて違う。


 しかし、まあ……感激していることには違いなかった。

 テレビで何度もその姿を見たことはあっても、実際の人物を生で見るのは当然、初めての経験である。

 周りを見渡すと、あゆ同様に、感動で震えている生徒が何人も見受けられた。


「フフフ……狗山理事長が現れてくれるとはね。さすが入学式ということだけあるね……」


 葉山からも喜びの声が漏れる。

 入学式前までは呪詛のような言葉を吐いていたが、葉山もそれなりに入学式を楽しんでいるようであった。




 理事長の挨拶が終わると、来賓からの挨拶として、行政の偉い方や、教育委員会の会長さん、ヒーロー連合の局長さんなど、様々な人からお言葉をもらうこととなった。

 よく見ると、後ろの方ではカメラを回している人達がいる。もしかして今日の入学式の様子をテレビで放送するのだろうか。入学式だけでニュースになるとか、恐ろしい学園に入ってしまったなと、俺は今ごろになって思った。


「――続きまして、新入生代表による宣誓。新入生代表Sクラス狗山涼子イヌヤマ リョウコさんお願いします」

「はいッ!」


 爽やかな声とともに、Sクラスの列の中から現れたのは――先ほど美月と一緒に歩いていた『同級生の女の子』であった。


「彼女は、さっきの……」


 “清純さ”を身に纏ったような少女であった。スポーツが得意そうで、女子高にでも行けばモテモテになりそうな、そうした見た目をしている。

 背が高く、洗練された身体からは、一切の無駄がなくスマートな印象を受ける。ミディアムロングの黒髪を後ろで軽く縛り、凛々しい顔を壇上から覗かせている。


「――ああっ、そうか……!」

 葉山が声をあげた。こいつが大きな声を出すのは初めて聞いた。


「どうしたんだ?」

「彼女は先ほどの女の子だよね」

「ああ、そうだが……」

「どうりで見たことがあると思ったよ……狗山涼子――狗山隼人理事長のご息女じゃないか彼女は」


 壇上の前では、狗山涼子が宣誓を述べていた。緊張した様子を見せることもなく、堂々としている。まるで同い年の人間とは思えなかった。


「狗山涼子15歳、狗山理事長の愛娘だよ。そういえば今年ついにヒーロー学園に入学を果たすことになるって雑誌のニュース記事に載っていた。幼少時代から父親から直接の指導を受け、将来を渇望されているヒーローの一人であるって」


 後ろにあったカメラが狗山さんを写していた。あのテレビは彼女を目的としたものであったのか。


「……美月も、とんでもない奴と知り合いになってしまったな」


 ふと、Sクラスの方へ目を向けると、美月がポカーンと口を開けて、狗山の方を見ているのが見えた。

 驚天動地――といった様子である。

 いや、お前は狗山って名乗られた時点で気づけよ。せめて勘付けよ。


「――隼人様の娘さん!」


 ここにもビックリしている女子が一名いた。


「ねぇねぇ! 今、挨拶している娘って、さっき合った娘だよね。そうだよねっ!?」


 あゆが俺の服を引っ張ってきた。どうやら彼女も、先ほどの女の子と同一人物であると気づいたようだ。


「みたいなだな」

「ねえ、彼女と話してたけど、どういう関係なの!?」


 あゆから当然の質問が飛んできた。葉山も興味湧いたようで、俺の方へ顔を向けている。

 仕方ないから、誤解のない程度に説明をしておく。


「実は俺の幼馴染がSクラスに入学を決めたんだが、そこで知り合いになったみたいなんだ。だから俺はよく知らないんだが……」


「Sクラスか……フフッ、才能の溜まり場か……羨ましい限りだね」

「うわっ! すごいっ! Sクラス!」


 葉山は嫉妬全開で、あゆは好奇心全開で、両極端な反応を示してきた。


「ねぇ、ねぇ! ソウタ君! できたら、私にも紹介して欲しいっ! てか、紹介してください!」


 あゆは俺に身体を密着させるように接近してきた。

 テンション上がりまくりだなこの同級生、入学式中なんだから、そんなにはしゃぐと怒られるぞ。

 俺は、担任の雷山先生と目が合うが、ニッコリと微笑んで誤魔化す。


「……紹介できるとは確約できないが、そのうち話す機会くらいは作れるんじゃないのか? 美月――俺の幼馴染の交友能力にかかっているが……」


 不安だな~美月の交友能力とか。中学時代、友達がいなさすぎて蟻やバッタを友達にカウントしてたような女だぞ。


「わかった! ありがとうっ! 彼女とお近づきになれば、必然的に隼人様と直接お話する機会が……」


 ニヒヒッ、とあゆは、陰謀を計画する悪の幹部みたいな笑みを浮かべていた。

 煩悩丸出しだな、こいつは。

 あゆが思惑を巡らせている間に、狗山さんの挨拶は終了を向かえた。

 次は在校生代表の挨拶が行われるらしい。



「――続きまして、在校生代表による挨拶。在校生代表、和泉イツキ生徒会長お願いします」

「――はい」


 中性的な声とともに壇上の前へ、生徒会長さんとやらが姿を現した。


「皆さん、ご入学おめでとうございます。私がこの学校の生徒会長を務めています、和泉イツキと申します」


 最初、男なのか女なのか、はっきりとしなかった。

 服装からして男性だというのはわかったが、顔立ちも女性なのか男性なのか判然とせず、言葉にできない奇妙さだけが残った。身体も、髪型も特に目立った点がある様子ではなく、まるであらゆる特徴を削ぎ落したかのような容貌をしていた。

 ――印象の薄さが、かえって印象を色濃くしているようであった。


「みなさんもこの学園に入学して初日ということもあり、あらゆる希望と、あらゆる夢に、あふれていることでしょう。これからの活躍を私たち在校生一同も期待しています」


 挨拶も凡庸なものに終始しており、淡々と続けられていった。生徒の中には、何だか眠たそうに欠伸をかいているものもいる。

 しかし、最後の一言は生徒たちの目を覚まさせるものとなった。


「――それでは最後に、私の方から皆さんに一つ、最高のパフォーマンスをお見せすることにしましょう」


 そう言って、生徒会長は恭しく一礼した後、軽く目配せをするような動作をしてから、

 パチィッン!

 と指を大きく弾いた。


 ゴゴゴゴゴゴ、ゴゴゴゴゴゴッ――――!


「な、なんだ……!」

 建物がいきなり震えだした。


「これは私の想像ですが――入学を果たし、学園での生活の一端に触れることで――皆さんは、いささか『ヒーロー学園に来た』という認識が、弱まりつつあるのではないでしょうか? 普通の高校に入学した――といった感覚に陥っているのではないでしょうか?」


 体育館の内部が変化を開始した。

建物が大きく揺れ、広がり、広がり、まるで真っ二つに分裂するように、分かれだしたのだ。


「…………え、ええっ、ええ!」


 生徒会長の話をちゃんと聞いてなかったのか、あゆは突然動き出した地面にあたふたと戸惑いはじめる。


「そこで私は――在校生を代表として――この学園は、ヒーローを育成する場所なのだということを『再認識』させようと思います」


 建物は大きく二つに分断され、俺たちは自動的に建物の端へと寄せられていた。

 そして、二つに割れた地面から――円形の巨大な闘技場のようなものが出現する。


「本来、このようなステージリングは、特別な行事でしか用いられません。それは今日のパフォーマンスの重要度の高さを表しています」


 マイクを通して、生徒会長の説明が発せられる。

 中央の闘技場の中には、生徒会長がいつの間にか一人で立っている。


「うっわ~すご~い! すっご~いッ! ディバイディング・ドライバーだよ! ディバイディング・ドライバー! 建物の中に無理やり戦闘ステージを作っちゃった」


 あゆが、騒ぎ出した。


「確かにイメージとしては似てるかもな。こんなところに闘技場なんて……」

「ディバイディィィィング・ドライバァァァァァァァァァァァッ!」

「うるさい、バカ」


 あゆがハイテンションで叫んでいる。


 ちなみにディバイディング・ドライバーとは、某ロボット作品において、近隣の町に被害を出さないために、空間を湾曲させてバトルフィールドを作る技術のことである。


 ぶっちゃけ、今回の建物と移動とは、何も関係がなかった。しかし、室内にバトルフィールドを出現させるとは、凄まじい技術に違いない。


 巨大な建物を、まるでパズルのように動かし、多くの人を収納した状態で、安全に変形させたのだ。

 小学生向けのアニメかよ、まったく。

 何だこの謎技術、もしかして教室も本当に変形するんじゃねえのか。

 生徒会長は、周りを見渡して聴衆の様子を確認すると、自信たっぷりの雰囲気で口を開いた。


「それでは新入生の歓迎を祝して――ヒーローを強さを体感していただきましょう」


 そういうと、ステージ上が激しく揺れ始め、怪しげな影が出現した。

 立体映像か何かか……?

 ――ゾクリッ!

 俺は“身の毛がよだつ”感覚がした。これはステージからだ。ステージ上の怪しげな影からだ。

 怪しげな影は、だんだんと実体を持つようになり、具現化し、カタチを保ち、そして――――。


「――GRRRRRRRRRRRRッ! GRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRッッ!!」


 現実のものとは思えない異形の姿を、この世に顕現させた。

 砂と泥を固めてできたような容姿、爛れたような黒い眼球――前に見た物とは違うが、発せられる威圧感は何一つ変わらない。


「こ、こいつはっ……」


 ――怪獣。間違いなく本物の怪獣であった。


「ご安心ください――精工に再現された怪獣の偽物です。無論、攻撃を受ければ危険ですが」


 偽物かよっ!

 俺は信じられなかった。眼前の存在から感じられる威圧感は、本物そのものであった。

「しかし、特殊な磁場で守られているため、このステージの外側に行くことは決してありません。逆にステージ外からこの怪獣に攻撃することもできません」


 先ほどと変わらない調子で生徒会長は話していた。壇上でしゃべっていた時とまるで違わない。

 淡々として。

 恐怖というものを一切感じていない。

 俺はそのことに衝撃を受けていた。


「これはASと呼ばれる怪獣の中でも中級の部類に入ります。性質は砂、脅威度はLv.34ほど、日本でもたまに出現しますが、土地柄なのか中東の方によく顕現するそうですね」


 怪獣と一緒に閉じ込められているとは思えないくらいの冷静さであった。

 生徒会長は、左ポケットから、手帳のようなものを取り出し、周りに見えるように軽く振る。


「この中には私の学生証が入っています。学生証の中に書き出された認証キーを媒介として、私たちの体内に秘められた“ヒーローエネルギー”を活性化させます。私たちは学園の中が限定となりますが、ヒーローとして変身できるのです」


 同時に、軽く握った左腕を怪獣へと向けながら、言葉を続ける。


「そして、私の左腕に銀色の腕輪のようなものが、はめられているのが解るでしょうか? これと学生証を合わせることによって――」


「GRRRRRRRRRRR!!」


 怪獣が痺れを切らしたのか、会長に襲いかかってきた。

 ギリギリ視認できるかどうかの速度である。

 まるで会長はそのことがわかっていたかのように軽くステップを踏んで攻撃を避ける。

「おおっ」と生徒たちの中から声が響く。


(すごい、まだ変身すらしていないのに……)


 地面が砕けて瓦礫が吹き飛ぶが、会長は気にしない。


「気の早い敵さんですね。見ての通り、怪獣は理性を持ち合わせていないことが殆どです。なので、基本的に変身を待ってくれません」


 会長は華麗に避けながら言葉を続ける。


「――テレビなどを見ていると怪獣が変身を待ってくれる時がありますが、あのような条件は実戦ではないものだと思ってください。当然ですね。――本来は、敵が出現する前に変身を済ませておいてください」


「――今回、私はこのように話す必要があったので、変身する前に避けましたが、みなさんは実戦では絶対にやらないようにしてくださいね」


 また副会長に怒られるんだろなぁ、と会長がぼやいていた。

 マイクが入ってたせいか、そのつぶやきがはっきりと聞こえ、生徒の中から笑い声が漏れる。

 会長もそれに合わせて苦笑いをする。



「やれやれ締まらないなあ。私がやるといつもこうだ。――――それでは、皆さんっ!」



 会長は両手を挙げる。先ほどまでの凡庸な雰囲気は消し飛んでいた。



「――――大平和ヒーロー学園生徒会代表、和泉イツキ! 変身名《主人公属性ヒューマンスキル》ッ! どうぞ存分にお楽しみくださいッッ――!」



 そう言って、生徒会長が左腕に、手帳を擦らせた。

 そうだ。まるで、電車に乗る際にカードをタッチするような自然さであった。

 同時に、会長の身体が眩く光り出した。

 光り出しながら、会長の右腕は仕事を果たしたかのように手帳を胸元へと戻す。

 まるで蒸気機関が激しい煙を吐き出すように、会長の身体は光に包まれた。


「これが、私たちにもたらされた力の使い方です――」


 怪獣が再び攻撃を行ってくる。

 迫る脅威に、会長はひらりと攻撃を避ける。

 美しい――。

 無駄のない動きであった。

 動作の一つ一つに言葉にできない華麗さがあった。会長が笑っているのが見えた。

 会長を包んでいた光が消え去ると、中から全身を銀色で覆ったアンドロイドのような存在が現れた。

 ――ヒーローだ。

 ――間違いなく、あの死の淵で見たヒーローと同じ存在であった。


「私は特徴がないのが特徴とよく言われましてね。この能面のようなフォルムもその影響を受けているとよく言われるんですよ」


 アンドロイドから会長の声が聞こえる。間違いなく、会長その人であった。


「それでは、新入生の皆さん、僭越ながら、どうか御覧ください! 全ての伝説は、ここからはじまるのです――!」

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