第3話:ヒーロー達の総合クラス

「――皆さん、おはようございます。僕がこの総合クラスの担任の雷山カミナリヤマ一極イッキと言います。上の生徒からは電極先生って呼ばれているので気楽に呼んでくださいね」


 担任の先生はメガネをかけた30歳手前くらいの男性であった。

 新調した綺麗なスーツを着ているが、アゴから剃り残した髭をのぞかせている。

 体裁は整えているが、私生活はだらけている方なんだろう。


「このDクラスは主に専門性に特化したヒーローではなく、あらゆる事態に対応することのできる『総合力の高いヒーロー』の育成を目的として設立されました。謂わば『ヒーローの何でも屋さん』といったところです」


 俺は先生の話を聞きながら、後ろの席を意識してしまう。

 先生が説明しているDクラスの概要は、その大部分が、葉山が話してくれた内容と重なっていた。


「もともと1984年直後に生まれ、ヒーローとしての現在を切り開いた先人達は、現在のように専門性に特化したヒーローではありませんでした。《第一世代》と呼ばれる人達のことですね。当時、変身ヒーローの存在は稀少でしたし、その有用性を社会に対して証明する必要がありました」


「――そのため《第一世代》の方々には、まさに万能にも近い『総合力』がヒーローとして要求されたのです。自分たちで作戦を立て、必要とあらば個人で戦い、チームで協力しながら戦ったのです。将来の君たちには、そういった『初代ヒーローの意志』を継ぐような働きを期待しています」


 先生の説明を素直に受け入れると、俺はなんて素晴らしいクラスに入れたんだと思えてくる。


 初代ヒーローの意志――魅力的な言葉である。

 万能にも近い総合力――感動すら覚える言葉である。


 強い言葉には、それだけで人間を惹き込む、魔性の力が宿っている。

 俺は意識せずとも、葉山の語ってくれた「総合クラスの負の側面」のことを忘れてしまいそうであった。

 実際に、あゆは両手を握りしめて、その瞳をキラキラと輝かせている。先生の話に完全に聞き入っていた。


「す、すっごいよ、ソウタ君! 第一世代だよっ、第一世代! ヒーロー達の夢の時代だよ! 私たちが生まれるちょっと前の、伝説の黄金時代だよっ!」


「……そ、そうだな」


 ここまで爛々と輝いている両目を前にすると、さっき葉山も似たようなことを言ってただろ、と突っ込むのは無粋な気がしてきた。


「センセー! 先生も昔はヒーローだったりしたんですかっー!」


 真横のあゆがシュビっと勢い良く挙手をして、先生に質問を飛ばしてきた。

 うおおーい。

 あれだ。授業中に急に教師にムチャぶりをする、空気の読めない生徒がいるだろう、あれが俺の友達第一号だ。


「私、気になりますっ!」


 気になりますじゃねぇよ。


「僕ですか? 僕は今も現役のヒーローですよ。

 今年でちょうど27歳になるから《第一世代》にはギリギリ入らないんですけどね」


 その言葉に生徒の一部がどよめいた。俺も思わず目を見開いた。目の前の冴えなそうな教師が現役のヒーローであることに驚いているのだ。

 つか、27歳か。思ったよりも若い。ヒーローの最年長は34歳なんだから当然といえば当然だが。


「この学校の教員の約半分は、過去にヒーロー経験を積んできた人です。その8割近くが、今も現役でヒーローを続けています。とは言っても、私を含めてみなさん、出動回数は極端に落としていますけどね」


 初めて近くで見ることになった現役のヒーローが、担任の教師だというのは、どこか奇妙な気分であった。


 しかし同時に、本当にヒーローになるための学校に入学したんだという実感が俺の中で芽生えてきた。葉山語った内容は『ある意味で正しい』が、それは負の側面のみを照射した場合の話だ。今の状況をポジティブに捉え、俺はこのクラスで頑張っていこうと思えた。





「……フフ、このクラスは、総合ヒーロークラスなんだよ、お二方。わかるかい? この僕の悲しみが……」


 担任の先生が教室に入ってくる前、俺の後ろの席に座っていた少年はそう語ってきた。

 やせ細った彼の名前は、葉山ハヤマ樹木ジュモクと言った。

 肌が青白く、まるで幽霊のような印象を受ける。夜中に会ったら悲鳴をあげてしまうことだろう。


「どうして総合ヒーロークラスじゃ駄目なの? っていうか総合って何?」


 あゆが首をかしげながら尋ねてきた。

 俺も同じ気持ちなので、頷く。すると葉山は暗そうな顔をしながら答えてきた。


「……フフッ、1984年生まれのヒーローたちが活躍した、2000年前後のヒーローのことを『総合ヒーロー』って呼ぶのさ。

 今の時代とは異なり、僕らと同い年くらいの子供たちが、世界の命運をかけて戦う必要がある時代だった」


「子供たちが世界の命運をかけて戦う時代……」


 俺たちが生まれる少し前の出来事だ。そんな荒唐無稽な事実が存在していただなんて、今の俺には実感できなかった。

 戦争の話を聞かされる子供みたいな心境だ。


「……だからだろうね。何でもできるヒーローでなければいけなかった。

 ヒーローに対する要求度が異常に高かったんだ。一人ひとりのヒーロー達が、世界と立ち向かうために、高度な戦闘技術とマルチな技能が同時に求められた」


 僅かな変身ヒーロー、強大な力を持つ戦士たち、英雄と呼ばれる存在たち、

 怪獣と死闘を繰り広げてきた人類にとって、ヒーローの誕生はまさしく人類救世の希望の光であった。その期待値は、現代の比にならないくらい高いものだったのだろう。


 同時に、社会的にヒーローの存在を認めさせる必要があったはずだ。

 who will watch the watchmen?――監視者の監視は誰がする? だ。

 現代のようにヒーローが当たり前の世の中を作るために、彼らはどれほど腐心したことだろう。


「――それ故に、現代では彼らのことを総称して《総合ヒーロー》と呼んでいる。

 まさによろず屋ヒーローだよ。

 そして、僕達が学ぶのは、彼らを目標とした、そうした“総合的”な力さ」


 そう言い終えて、葉山は怪しげに微笑む。

 しかし、俺は想像していたような恐怖は感じなかった。


「……今の話を聞く限りだと、そんなに悪そうなクラスじゃないように感じるが」


 むしろ凄そうだ。俺たちが期待されているのが充分に感じられる。


「……フフフ、そりゃあ表面的に見ればね。『何でもできるヒーローの育成する』という言葉は確かに理想的さ。いい台詞だな、感動的だよ。――だが理想的すぎる、現実的じゃない。そもそも理想的な存在というのは、学校で量産できるようなものじゃない」


 葉山は皮肉ったような笑みで続ける。


「……フフッ、天才は人工的に作れないから天才なのだよ。理想は立てるのは簡単だけど、実現するとなったら困難がつきまとう。このクラスの生徒何人が理想のヒーローになれるかわかったものじゃない」


 理想と現実。

 理想で飯は食えないというけれど、確かに理想だけでは人間は育たないだろう。

 葉山の言いたいことはなんとなく理解できた。


「……それに、現代は専門性に特化したヒーローが主流だろ。ヒーローの数が少なかった当時ならともかく、今は総合ヒーローなんて時代遅れなのさ。フフッ、過去の遺物だよ、過去の遺物。実際に、総合クラスなんて不必要だって、上の学年では囁かれている。行き場のなかった連中の集う最弱クラスだって言われてる。僕は、過去に総合クラスだった先輩がいるから知っているんだ」


 なるほど、役立たずの集まりクラスか。

 ネガティブな考え方ではあるが一理あると思った。

 しかし、俺にはまだ反論するだけの材料が残っていた。


「……確かに良くない側面もあるだろが、裏を返せばこのクラスでうまく成長すれば、天才的なヒーローになれる可能性もあるんじゃないのか」


 俺の考え方は間違っていないはずである。

 すると葉山は少しだけ悲しそうな目をしてきた。


「……フフッ、確かにね。僕の先輩もその信念を通して、必死に勉強してこの学園で栄誉ある立場に就いたよ。しかし、そんなことは滅多に起きやしない。大抵のDクラスの生徒は、自分たちより『総合力の高い彼ら』との力の差を知って愕然とする……」


「彼ら?」


「――――Sクラスの連中さ……高度な戦闘技術とマルチな技能。入学前からその天才性を認められた理想的な存在。特別選抜クラス。まさしく僕たちの完全なる上位互換じゃないか」




 入学式が始まるため、教室を出て移動となった。

 俺はあゆと葉山と共に、生徒の流れに沿って、入学式の会場となる総合体育館へと歩いていた。


「……何であんたまでついてきてるんだ」


 葉山は、廊下に出てから俺とあゆの後方にぴったりとくっついてきた。何だか背後霊にとり憑かれたみたいで落ち着かない。


「いいじゃないか……友達だろぉ」

「と、友達なのか?」

 俺はビックリしたが、葉山は不気味にフフフと笑う。


「僕は五分以上話した人とは、友達になったと認識するのさ……」

「それは、また……恐ろしい認識の仕方だな」


 そんな基準で友達を作っていたら、こいつはすぐにクラス全員が友達になりそうだ。


「三日も連続で会話をすれば、もう僕の中では親友さ。一週間で心の友。どんな悩みでも共有できる」


 一方通行の友情すぎる。


「……フフフ、僕はこの学校の生徒全員と友達になる男だ……よく覚えておくといい」

「ポジティブな台詞と邪悪な笑みがまるで噛み合ってねぇよ」


 怖いわ。多分、夢に出てきてもおかしくない。


「ねぇねぇ私とは?」


 そう言ってあゆが聞いてきた。

 葉山の様子にあゆはビビっていないようであった。


「もちろん、川岸さんとも友達だよ」

「そっかー。よろしくね、葉山くん。私のことは好きに呼んでいいから」


 俺はギョッとした気持ちになったが、あゆはお構いなしだった。


「フフフ……よろしく、これで二人目……」


 そう言って葉山とあゆは、拳を突き合わせながら握手を交わした。

 あゆの物怖じしなさに俺は震撼していた。こいつなら幽霊とだって友達になれそうだ。




 階段を降りて、渡り廊下に差し掛かると、徐々に他のクラスの生徒たちも姿を見せるようになってきた。おかげで通路もちょっとだけ狭く感じる。

「あ、美月だ」

 俺は前方で人混みにもまれている美月を発見した。あゆたちに少しだけ先に行くとの合図を出して、小走りで美月の後をつける。声をかけようと肩に手をおいた。


「――よう、美月、クラスはどんな感じだ?」

「ひ、ひゃうっ!」


 美月は敵から電撃でも受けたように大きく跳ねた。

 後ろから声をかけたのがいけなかったのだろうか。ビックリさせてしまった。


「お、おう……! 驚かせてすまなった」

「な、なんだ……そーちゃんか。…………痴漢かと思った」


 美月はぎごちない顔をしながらこちらを振り向いた。

 お尻を撫でながらそんなことを言ってくる、失礼な。

 先ほど見送った時の緊張はまだ抜けきっていないようだ。それでも頑張って笑顔をつくっている。


「そりゃ、また失礼な間違われ方だな。入学式初日に痴漢はさすがにそれはないよ」

「いやいや、分からぬよ。男子校出身のせいで、あたり一面に広がる女子高生の群れに欲情した殿方がいるやも……」


 美月が変態みたいな目付きをして笑う。

 すると、美月の近くにいた爽やか系女子が声をかけてきた。


「――どうかしたのか、美月さん?」

「お、おひょうっ!」


 美月は敵から攻撃を受けたように今度は大きくのけぞった。

 ……何だこのテンパりまくりの生き物は。


「お、おお……驚かさせてしまったか。すまない」


 女子は申し訳なさそうな顔をして頭を下げていた。

 ――おお、早くも友達ができたのか。やるなあ幼馴染。

 しかし、当人の美月はネジの緩んだ人形みたいな不自然さで返答していた。


「い、狗山さん――う、ううん、ダイジョ~ブ、ダイジョ~ブ、ヘーキヘーキ、ワッハハハ……」


 そうして、何だが頭の狂った外人みたいな口調で肩をすくめて「HAHAHA」と笑った。

 明らかに挙動不審で怪しかった。俺なら友達になりたくない人間であった。

(……アホ美月)


 ――早くも友達失くしそうだぞ、やばいなあ幼馴染。


「それなら、よいのだが……こちらの方は?」


 そう言って彼女は、俺の方へ視線を向けてきた。

 まさかもう友達ができているとも知らなかったので、悪いタイミングで声をかけてしまったかな、と少しだけ後悔した。


 この緊張しまくりの幼馴染はどのように俺を紹介してくれるのだろう。

 中学時代、初めてクラスで仲良くなった友達に対して、「そーちゃんは……私の奴隷です」と紹介されて、クラス初日から俺の立場がスーパーピンチクラッシャーになったことがあった。


 だが、俺はコイツのことをそれなりに信用していた。いくらかテンパッていようとも、美月なら楽々と俺のことを幼馴染だって紹介してくれるだろう。


「え、えーっと、えっと、そ、そーちゃんは、えと、わ、私の…………お、男です」


「なんかちょっと違くねぇか、それ!?」


 俺は即座に突っ込んだ。とても勘違いされそうな言い方であった。


「ば、馬鹿な……美月さんに既にそのような方が……」

 ほら、同級生さんもちょっと混乱してんじゃん! 

「え、えーっと違います。俺と美月は地元が同じでしてね……」

「こ、こ、子供の頃は一緒にお風呂とか入ってました」

「てめぇはちょっと黙ってろ!」

「な、なんだって!」

「いや、違うんですよ。いや、そうですけども」


 俺は美月の同級生の前ということもあってさすがに殴ることはできなかった。すると、後ろから友情の証を交わしていたあゆと葉山が追いついてきた。何が楽しいのか『友だち100人できるかな♪』の歌を合唱しながら近づいてきた。


「ひゃーく○ーんで」

「たーべた○なっ♪」

「小学生かお前らはっ!?」

「――ていうか、あれあれ? ソウタ君? どうしたのかな? 何かあったのかな? その女の子たちは誰かな?」

 あゆは目ざとく俺たちの光景を発見してきた。


「――おおっ! いきなり女の子が二人も! スゴイねっソウタ君は!」

 あゆはキラーン☆と瞳を輝かせてきた。

 隣では葉山がフフフと微笑む。

「……新島君は早くも新しい友達ゲットか、羨ましいなぁ、実に羨ましい……」

「いいね~いいね~青春だねっ! このままだと女の子いっぱいゲットだね~!」

「そ、そーちゃん、た、助け、私やっぱまだ無理……」

「フフフ、…………ん、彼女は、確か……?」

「あ、あの美月さんとは具体的にはどのようなご関係で」


 おいおいおいおい、

 何だか人がいっぱい集まってきて大変なことになってきたな。


 仕方がないので、俺は美月と同級生の子に挨拶だけして、この場を去ることにする。


「そ、それじゃあ、また後でな美月! いくぞ二人とも、このままズンズン進むぞ」

「おーレッツゴー!」

「フフフ……僕は良い友達を持ったようだ」


 取り残された美月と同級生さんはポカーンとしていたのが見えた。

 すげぇ申し訳ない、後で弁解することにしよう。美月と仲が良いのなら再び話す機会もあるはずであった。

 ……このまま友達別れしたりしないよな。したらマジ土下座ものなんだが。




「さっきの女の子……どこかで見たことあるな」

「え? 美月のことか」

 美月たちと離れてしばらくした後、葉山がポツリと呟いた。

「いや、そういう名前じゃなかったな……確か何か雑誌で」

 葉山は何かブツブツと考え始めた。俺はその様子が少しだけ気になったが、あゆの大声に俺の注意はかき消された。

「あっ! 見えてきたよ!」

 美月がそう指さすと、校舎の影から巨大なスタジアムのような建物が出現した。

 あれが俺たちの入学式が開かれる総合体育館であった。

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