第2話:ヒーロー達の友達作り

「おー見た目は普通の教室だな」

「そ、そうだね」


 俺と美月はSクラスの教室前に立っていた。

 校舎の横合いの昇降口を抜けて、すぐ近くにある階段を登り、二階に到着を果たす。


 そこに一年生の教室は存在していた。

 入り口側から、Sクラス、Aクラス、Bクラス、Cクラス、そしてDクラスと、プレートがかけられていた。なんだか奥に進むたび、ほの暗い闇が見えるように感じるが、たぶん気のせいだろう……。


「それじゃあ。俺も自分の教室に向かうから元気でやれよ」

「う、うん……」


 美月は緊張ぎみに頷く。声色はすこしこわばっていた。

 もともと美月は人付き合いが得意なタイプではない。うまく友だちが作れずに苦労した時期もあった。それに加えて、今回は、エリートクラスである『Sクラス』に選出されてしまったのだ。プレッシャーを感じていても仕方ないだろう。


「元気だしな。今日は午前中で終了の予定だし、帰ったら昼飯でも一緒に食おうぜ」

「う、うん…………ありがとう、そーちゃん」


 殊勝にお礼を返してくる。コイツらしくもない。よほど参っているのだろうか。

 だが、その表情からは――わずかに笑顔を見ることができた。俺は少しだけ安堵する。

 多少、不器用なところがあったとしても、笑顔さえ作れれば第一段階はクリアだ。


 笑顔は人との距離を縮めてくれる。それが歪いびつであっても、作り物であっても。


(苦労は多いだろうが、初めてのクラスでもどうにかやっていけるだろう……)


 と、俺が心配しているのを察したのかもしれない。 

 美月はニヤリと、強がるように唇をつり上げてこう付け加えた。


「そうだね……そーちゃんと違って、Sクラスに入れた私はマジで勝ち組だもんね」


 俺はその台詞に一度、目を見開いてから。


「――言いやがったなこの馬鹿」


 コツン、と美月の頭を優しく小突いた。

 美月は苦笑いを浮かべながら、いたずらっ子のように舌を軽く出していた。


「それじゃあ不肖美月瑞樹、行って……まいります」

「おう、行ってこい」


 背中を叩き、俺は美月を送り出した。ちょっとだけ心に寂しさが残ったが、これも試練なんだろう。

 ――さてと、俺も自分の教室へと向かわなくてはいけない。

 俺は依然として学ぶことになるDクラスが、どのような存在であるのか知らない。

 不安な気持ちを抱きながら、一番奥にあるという自分のクラスへと進んでいった。




(よかった。見た目はまともな教室みたいだぞ)


 俺は自分の教室の前に到着した。

 Sクラスの教室もそうだが、見た目がひじょ~に綺麗であった。まだ開校して数年ということもあるのだろう。内部構造そのものは一般的な学校と変わりなかったが、外見の美しさはピカイチであった。


(やっぱ、お金がかってるのかなぁ……)


 と、変に邪推までしてしまった。

 ちなみに入学金はドン引きするくらい高かった。俺は親に土下座をして足りない分はアルバイトでもして返すと既に宣言している。


「よし、中に入るか」


 あえて声に出し、俺は緊張の面持ちでドアを開けた。


(中も、まともだな……よかった)


 俺は少しだけ安堵していた。

 Dクラスという得体のしれないクラスということもあって、もしかしたらとんでもない教室なのではないかと身構えていたのだが……どうやら思い過ごしだったらしい。


 例えば、いきなり不良の集団が教室を占拠しているだとか、

 例えば、ボロボロのチャブ台と座布団だけで勉強する必要があるだとか、

 そういったことはなさそうである。


 裏を返せば、ヒーロー学園といっても別段変わっているところがあるわけでもなかった。教室が司令室みたいな内装をしているとか、謎のロボットが出迎えてくれるとか、そういった特異性もなく、一般的な高等学校と違いなかった。

 その点に関してはちょっとガッカリだ。


(あ、でも黒板が電子黒板になってる)


 地味にすげぇ。最低限の近代化は済ませているって感じなのか。

 俺は黒板に掲示された紙(電子黒板の意味ないなぁ)を基準に、自分の席を探す。


 クラスの人数は20人弱といったところだろうか。

 俺の席は、窓側の席から一つ右隣、後ろから二番目の場所であった。口答で説明してもわかりにくいが、とにかく窓側に近い場所だ。


 美月を見送っていたこともあって入室が遅れたのだろう。教室に入った時には、半分以上の生徒たちがすでに自分の席へと座っていた。


 周囲を見渡すと、ガイダンスの用紙を読んでいる人、手持ちぶたさな人、隣の人と会話を試みている人、様々であった。

 しかし、教室の雰囲気がどことなくぎこちなく、みんな落ち着きなく緊張していることは察せられた。会話をしている人達も、お互いに距離感をはかったように牽制しあっている。


(皆、初めて会った人っぽいなぁ……)


 大平和ヒーロ学園は日本で唯一のヒーロー教育機関である。そのため、入学希望者の多くは全国各地から集まってきている。要するにお互いに初対面が基本なのだ。

 緊張してぎこちなくなってしまうのも当然であるだろう。

 俺と美月のように知り合いがいる方がレアなケースなのだ。


(……俺も誰かに話しかけるか)


 自分の席を発見した俺は、周りの例に漏れず、後ろのやつに声をかけることを決めた。少しだけ緊張して心臓が高鳴っているが、美月の勇気を見習って、俺も頑張ることにしよう。こういうのは最初が肝心だ。舐められることなく、カッコつけすぎて後悔することなく、明るく元気にあいさつをしよう。


「こんにちは! 俺の名前は新島宗太っていうんだけど、君の名前は――」


「……ぁぁああ……ぁぁあああ……どうしてこの僕が……ぁああああ!」



 俺は振り向くのをやめた。ふう、と澄んだ目で教室を見つめる。


 おもむろに窓の向こうにある青空を眺める。


(うわー、今日もいい天気だなぁ……あ、飛行機雲だー)


 なんだか少年時代を思い出したようなほんわかした気持ちになれた。


「……ぁぁあああああ、なんで、ぁああああ……」」


 後方から呪詛を吐き出している亡霊みたいな「何か」がいたような気がするが、つーか現在進行形で聞こえてくる気がするが、……まあ気のせいだろう。ほら、今日も空はこんなに青いんだぜ……。あの西の空に明けの明星が輝くころ、俺も一人前のヒーローになってるだろうさ……。


(さて、仕切り直しだ)


 俺は切り替えのはやい男であった。

 気を取り直して、今度はとなりに座っている人に声をかけることにする。


「こ、こんにちは……?」

 直前のトラウマが引きずったせいで、俺の挨拶はなんだか不自然なものになってしまった。


「――こんにちは。ここはDクラスの教室です」

「なんかゲームのキャラみたいに返されたッ!?」


 何だこのクラス怖っ!

 俺が思わず突っ込むと、NPCっぽい喋り方をしてきた子は、ぷっと噴き出してきた。


「あははははっ! ごめんごめん、ついこういう言い方してみたくて! こんにちは! 何だか教室の中も人でいっぱいになってきたねっ!」


 よ、よかった、まともだ……? いや、まともじゃねぇけど……。

 となりの席の変わったやつは、馬鹿みたいに明るい笑顔をした女の子であった。




(何だ、この娘……?)

 元気いっぱいで仕方ない、というオーラを背後からガンガンに輝かせている。

 短く切り揃えられた黒髪に、高校生っぽくない童顔、口元を大きく広げて太陽みたいに満面の笑みを浮べている。

 そんな特徴の女の子であった。

 なんとなく小動物を連想させる。ただし、ウサギのような庇護欲を刺激する動物よりは、かごの中を走り回っているハムスターに似た印象を受けた。


「そうだな。電子黒板の予定を見ると、あと少しすれば先生が来るっぽいしな」

「みたいだねー、アレってカッコイイよねー、近未来っぽいオーラがする!」


 女の子は黒板を指さしながらそう言った。

 新調した制服のサイズがあってないのか、それとももともと小柄なのか、腕を伸ばすと手がチョコンと隠れてしまっている。


「確かに普通の学校にはないよな。さすが最新鋭の教育機関だけあるのか」

「他にもあるのかな? ああいうカッコイイ仕掛けって? 壁がぐるっと回転して、モニターがジュバっと現れたりだとか。掃除用ロッカーに入ると、そのままコックピットへ一直線に移動できるダストシュートがあったりだとかー!?」


 女の子は表情を二転三転させながら、尋ねてきた。


「教室が司令室になったりだとか?」


 俺はさっき思ったことを告げた。


「そうそう! プールが割れて中からロボットが発進したりだとか、自動販売機にお金を入れるとバイクに変形したりだとか、そういうのっ!」


 女の子は両腕をブンブン振りながら、楽しそうに語ってきた。どうやら表情を作っているというよりも、そうした様子が“地”なんだろう。なんにしても面白そうなやつだ。


「そうだ。名乗り忘れてたけど、俺の名前は新島宗太。よろしくな」

「私は川岸あゆ! こちらこそ、よろしくっ!」


 そう言って俺たちは握手を交わした。




「川岸は、やっぱ将来ヒーローになりたくてここに入ったのか?」

「当然っ! もう入学できただけで夢のようだよ! 嬉しくて仕方ない!」


 川岸は、「本当に嬉しくて仕方ない」といった表情を浮かべている。

 その素直な笑顔を見ていると、何だかこっちまで嬉しい気持ちにさせられてしまう。

 幼馴染が作っていたガチガチの笑みとは真逆のものだ。


「おお、気が合うな。俺もここに入学できるだなんて今でも信じられないぜ」

「勉強大変だったよ。私あんまり頭が良くなかったから、もう必死に必死に勉強したよ~!」


 どうやら川岸もあまり勉強ができなかったようで、おかげで話がよく弾んだ。

 大平和ヒーロー学園は都内近郊に設立された学園である。川岸は東北の方から上京してきたらしい。こちらには、俺たちと同じように一人暮らしとのことだ。


「面接も大変だったよねー。面接官が五人に、私一人だけとか、もう死んじゃうって思ったよ。参考書に載ってないような難しい質問がどんどん飛んでくるし、話す内容をど忘れしちゃうし、最終的に『なんでもするんで、入れてくださいっ!』って土下座ギリギリまで頭を下げちゃったよ」


 そういって川岸は実際に頭を下げてみせる。いちいち動きがコミカルで飽きることがなかった。ハムスターとかを飼うとこんな気持になるのだろうか。


「俺の場合、面接は堂々とできた気がするな。どんなヒーローでもパーフェクトにこなしてみますッ! と豪語したからな。そこそこ自信はあったと思う。Sクラスに入れなかったのが悔やまれるぜ」


「………………だからなのか」


 ぼそっと、俺は後ろの席から声が聞こえた気がした。

 小さい声であったし、川岸は気づかなかったようで、会話はそのまま「どんなヒーローが理想的か」というヒーロー学園の生徒らしい雑談に興じることとなった。


「ところで川岸……お前って、このクラスがどういうクラスなのか知ってるか?」

 頃合いを見計るようにして、俺は川岸に質問した。


 今だに俺は、自分のクラスが『何を目的としたクラス』なのか、その正体を把握できずにいた。どうせ先生がきたら説明をしてくれるだろうが、早く知れることに越したことはなかった。つーか知りたい。川岸が知っているならば、ご教授願いたいところだ。


「ん? どういうクラスってどういうこと、新島くん。

 あ、あとあゆでいいよ。中学の時の仲いい子は皆そう呼んでたし」


 仲いい子ってのは嬉しい言葉だ。

 なんだか恥ずかしい。


「それは重畳」

「いやいや、どーも」


 俺たちはお互いに頭を下げ合う。


「俺のことは好きに呼んでいいよ。苗字でも名前でも。それでクラスっていうのは、Dクラスって何のクラスなんだろうな、って思ってさ。Aが個人ヒーロー専門で、Bが団体ヒーロー専門だろ。Dクラスにも、何か意味があるなら教えて欲しいんだ」


 その言葉に、あゆは、記憶を呼び覚ますように、う~んと頭を抱えはじめた。


「えーっと何だっけなぁ……Dクラス? D? デンジャラス? いや綴りは関係ないね」

「知らないんならいいんだ。先生が来たら説明してくれるだろうし」


「D……D……Dボウイ? 制限時間付きのヒーロー希望とか……?」

「いや嫌だよ。どうして命懸けで戦うのに、縛りプレイをしなきゃいけないんだよ」

「D……モンキー・D・ル――」

「少なくとも、ひとつなぎの大秘宝は、関係ないからな」

「D……D……D-HERO?」

「お前、俺が何でも伝わると思ったら大間違いだからな」


 つい、美月に対するノリで厳しく突っ込んでしまったが、あゆは気にしていないようだった。

 とりあえず、“D”という文字から離れよう。

 A、B、C、の流れできただけに過ぎないんだから。


「う~ん、なんだろう~わかんないな~」


 二人して難しそうな顔で思案していると、見かねたように、後ろから声が聞こえてきた。


「――総合ヒーロークラスだよ……そこの二人……」


 俺とあゆは、同時に、声のする方へと顔を向けた。

 先ほど俺が挨拶をしかけて、やめてしまった席だった。また、呪詛のようなつぶやきが聞こえた席でもあった。

 その席には、長髪で線の細い、青白い幽霊のような少年がいた。


「またの名を、闇鍋クラス……どのヒーローの適性も足りはしない。中途半端な残骸のような集まりさ」


 そう言って少年は一人フフフッと笑っていた。

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