第5話:ヒーロー達の英雄戦士

 生徒会長の戦いは圧巻、であった。

 まるでハリウッド映画を見ているかのような光景であった。

 ヒーロー変身名《主人公属性ヒューマンスキル》を纏った生徒会長は、怪獣の猛攻をまるで鬼ごっこでもしているように愉快に避けていた。

「――ははッ! やはり砂属性の怪獣は遅いね。私ですら軽々と避けることができる」

 しかし、俺には怪獣の攻撃が遅いとは感じられなかった。

 怪獣は生徒会長の死角を狙って、散弾銃のような砂の礫を飛ばしてきたが、会長は意を介すことなく、後ろに目でもついているかのごとく華麗に避けていた。

 避ける。

 避ける。

 そして大振りの攻撃を怪獣が見せると、すかさず攻撃を叩きこむ。

 無駄のない戦い方であった。


「さて――そろそろ、敵さんも痺れを切らしてくる頃かな……」


 怪獣が巨大な咆哮をあげる。生徒会長は「いまからお前を倒す」と言いたげに、キザったらしく怪獣を指さしていた。その様子に、新入生は大きな歓声をあげる。


 生徒会長は完璧な演出家であった。

 おそらく、この程度の怪獣ならば即座に倒すことができるのだろう。

 しかし、彼は新入生を盛り上げることを目的として、威勢良く、格好良く、怪獣に立ち向かっていた。

 怪獣が咆哮を止めると、口元から青白い光が見えた。

(何か口元から発射するっ――!)

 俺は直感的にそう捉えた。このままでは生徒会長が危ないとも思った。


「危ないっ!」

 俺は反射的に叫んだ。

 すると、会長はこちらの声が聞こえたのか、軽くウインクをしてきた。


 ――俺が気づいたことに、会長が気づいていないはずがなかった。


 怪獣の口から青白い炎が飛び出してきた。ステージ上全体が燃え盛る炎で覆われてしまう。

「広域攻撃だッ! あれじゃ避けられないッ!」

 新入生の誰かが叫んだ。

 会長の言った通り、特殊な電磁波で守られているおかげか、青白い炎は、観客の方にまで向かうことはなかった。

 しかし、そうした障壁が仇となった。

 閉鎖空間となった弊害として、行き場をなくした炎は逆流を起こし、自然の法則に従ってステージ全域を燃やし尽くしてしまっている。熱で空気がぐにゃりと歪む。

 新入生の何人かからは悲鳴が漏れる。

 俺もマズイとは思った。

 しかし、それもまた杞憂であった。

「見ろッ! 空中を!」

 俺はその声につられて顔をあげる。


 ――生徒会長は空を飛んでいた。


 しかも怪獣の死角となる後ろを陣取っていた。怪獣が気づいたところでもう遅い。会長の準備は既に終わっている。

 生徒会長は両腕を硬く握りしめる。

 怪獣めがけて、真上から巨大な一撃を――叩き込むッ!


 ステージ全体を大きく揺れる。同時に巨大な砂埃が舞う。怪獣がダメージを受けているのだ。

 砂埃が消え始めて、俺たちがステージ内を見ることが可能になると、青白い炎が、今の砂煙で全てかき消されているのがわかった。会長の姿はない。


(会長は何処に消えたッ!?)


 すると声が聞こえた。


「――行くぞ、Cクラス手製の新兵器の一つ」


 会長は怪獣の真下にいた。

 怪獣の懐に潜り込んでいた。

 身体を深く沈み込ませ、左腕を強く握りしめ、いつでも殴りにいける体勢を整えている。


「――エクスプロージョンモード、サンダーモード、セットオン」

 会長がつぶやくと同時に左腕から電子音声が響く。


《OK!》

《OK!》

《EXPLOSION MODE SET ON!》

《THUNDER MODE SET ON!》


 その言葉に合わせて、会長は左のアッパーカットを全力で振り上げる。

 人間の数十倍はありそうな怪獣を、思いっきり、ぶん殴るっ!

 同時に不思議な事が起きた。

 怪獣の身体が急に爆発し、空中へと一気に浮かび上がったのだ。

 そして吹き飛んだ身体は、まるで電撃を浴びたかのように空中で硬化して身動きが取れなくなる。


「――さて、これで決まりだ」

 そう言って、今度は右腕を強く握り締める。


「チャージモード、セットオン」

 すると右腕が激しい勢いで輝きはじめる。

 腰を落とし、足を広げてバランスをとり、上空にいる怪獣に焦点を合わせる。

 右腕がさらに輝きを増す。電子音声が響く。


《OK!》

《CHARGE MODE SET ON!》


「チャージ完了――ぶち抜くぞ」

 会長は寸断の狂いなく右腕を振り抜いた。

 瞬間、強力なエネルギーを内含した輝きが、会長の右腕から怪獣へと一直線に伸びていった。輝きは速度をあげる。怪獣は空中に浮かんでいる上に、電撃を浴びて身動きが取れない。輝きが怪獣に直撃する。


 ――轟音!


 そして、激しい光がステージ上を包み込む。

 新入生たちは完全にその光景に見入ってしまっていた。

 俺も呆然と光景を眺めている観客の一人にすぎなかった。

 光が徐々に薄まっていくと、ステージから一人の男が姿を現した。


 大平和ヒーロー学園生徒会長和泉イツキ、その人であった。


 彼はゆっくりと歩いて立ち止まると、深く深く一礼をした。

 同時に、嵐のような拍手が体育館中を埋め尽くしていた。

 万雷の拍手であった。




「――以上で、入学式を終了いたします。最後に何かご連絡のある方はいらっしゃいませんか?」


「ぉぉ……」

 俺は完璧完全に見蕩れていた。

 か、格好良い、格好良すぎた……。

 まるで別世界に行ったかのような体験であった。隣を見ると、あゆもご満悦といった様子でふわぁ~っと大きく息を漏らしている。


「あぁ……すごいねぇ……これはスゴイねぇ……悶死するねぇ……私もう死ぬじゃないかなぁ、いやもうこれは天に召されちゃうね……」


 だんだんと冷静になりたい時は、あゆを観察すればいいんじゃないかと思えてきた。

 理由は単純明快で、俺よりも数倍のリアクションをしているため、自分を客観的に分析することができるからだ。

「葉山はどうだった?」

 俺は感激している葉山の姿が見てみたくて尋ねてみた。

「……フフフ、やはり和泉生徒会長はすごかったね。僕らもあんな風なヒーローを目指さなくてはいけないよ」

 冷静に返されてしまった。

 俺は葉山を見ると、先ほどと変わらないような表情を浮かべている。

 あんまり驚いていないなあ。やたらと学園のことにも詳しいし、こいつ結構ヒーローの戦いを何度も見たことがあるのかな。


「最後に一つだけ報告があります」


 と、俺たちは壇上から発せられたその台詞に振り向いた。

 そこには、先ほど戦いを見せてくれた和泉生徒会長と狗山理事長がいた。

 狗山理事長は、マイクを握り、入学生の視線がこちらを向いたことを確認すると、ゆっくりと言葉を確かめるように話しはじめた。

 同時に、先ほどから後ろに待機していたテレビスタッフがガヤガヤと機材を動かしている。


「……先程は、和泉くんに素晴らしい戦いを見せていただきました。ありがとうございます。彼の戦いを見てもらってわかるように、現在のヒーローの発展はめざましいものがあります。

 強く、気高く、そして、格好良い。

 間違いなく私たちの時代よりも、優れたヒーローが生まれつつあります。

 次世代ヒーローの育成に関わってきた一人として、これ以上の喜びはありません」


 再び、和泉生徒会長に向けて拍手が送られる。理事長の台詞に応じて、生徒会長は会釈をする。


「現在、怪獣の侵攻は多くの優秀なヒーローによって食い止められています。

 昨年度の怪獣発生における死亡率は、地震や台風といった他の災害と変わらない水準にまで抑制されました。これは2000年以前ではあり得なかった数字でしょう」



「怪獣の脅威に怯えることなく安心で平和な社会を支えていくこと。これが私たちのヒーローの戦う理由であり、唯一無二の望みです。私は現状に満足することなく、ヒーローによる怪獣被害の完全撲滅を目指したいと考えています」


 今のところはニュースでも聞いたことのある内容だ。

 ヒーローの誕生により、怪獣による事故死亡率は確実に減ってきている。これは事実だ。


「近い将来、私を含めてヒーローの高齢化が今後の課題となってくると思います。

 いわゆる、初代ヒーローと呼ばれた世代の引退問題です。私も三十を過ぎたオジサンです。そろそろ世代交代の時期が迫っています。

 そして、こうした問題に対応するためにも、

 私たちは“より優秀な若きヒーロー”の『発掘』と『育成』を今まで以上に行なっていく必要があります」



 ――理事長は何を言うつもりなんだろうか? 俺は思わず身構えた。

 気がつけば――。

 生徒全員が固唾を飲んで理事長を見つめている。

 報道スタッフがシャッターを切るタイミングを伺っている。


 狗山理事長は、新入生を一同を眺め、堂々とこの場にて宣言した。 



「私は今年度より、最強のヒーロー集団を目指した特別編成チームとして、

 ――《英雄戦士チーム》を発足しますッ!」




「……えっ!」

「……英雄戦士チームだとっ!」

 この場にいる皆の者がすべて騒然と――しなかった。


「な、何だ――それは?」

 俺はあまりにも無知だった。

 あゆを見たが、ぶんぶんっと顔を横に振ってきた。知っていそうな葉山の方を向いても同様の反応を示してきた。


「――ご存じないのが当然だと思います。今日はじめて公開した情報です」


 と、いつの間にか、和泉イツキ生徒会長がマイクを握っていた。


「簡単に説明しますと、《英雄戦士チーム》とは、大平和ヒーロー学園を代表として、世界に通用するヒーローを育成しようという試みです」


 会長は朗々と言葉を紡ぐ。細かい説明は彼が請け負っているようだった。


「具体的には、《英雄戦士チーム》への入隊を果たした生徒には、狗山理事長を含めた国内の全ヒーロー機関から惜しみない支援が約束されます。

 学生ヒーローの代表として早期の現場投入、最新鋭の機器を用いた変身能力の強化、学費の全額免除、加えて健康管理からお悩み相談まで、ありとあらゆるサポートが行われ、将来は世界を守れるヒーローとしての将来は確約されたも同然となります」


 生徒の中から「おおっ……」といった感嘆の声が漏れる。


 想像したよりも、とてつもなく壮大な計画のようだ。ヒーローを夢見てこの学園に入学してきた人間としてはたまらない話である。

 理事長はマイクを受け取り、生徒会長を改めて紹介する形で口を開いた。


「この和泉イツキ君には、すでに《英雄戦士チーム》のカリキュラムを受講してもらっています。彼の実力は先ほど確認したとおりでしょう。

 少なくともこのチームへの入隊に成功すれば、彼と同じ実力、いや若い君たちならばそれ以上の実力が身につくに違いないと考えています。なお、和泉君には《英雄戦士チーム》のリーダーを務めてもらう予定です」


 そうだ。

 この生徒会長は間違いなく強かった。

 俺はヒーローの戦いを実際にほとんど見たことがなかったが、あれほどの実力を、ただ『三年間学校で学んだだけ』で得られるとは思えなかった。


(あの生徒会長に匹敵する強さ……いやそれ以上が……)


 俺は自分の中に湧き上がる“何か”を感じていた。


 ただ漫然と学園生活を送ってはいけない。

 俺はヒーローになるためにこの学園に来たのだ。

 そのためには、最善を尽くさなければいけない。あらゆる可能性を模索し、自らの行動と意志によって未来を掴み取らねばならない。

 俺はヒーローになりたい。ならば、俺は何を為すべきか。俺は何を求めるべきか。

 ――目指すべき目標が見つかったな。

 俺の心は太陽のように熱く燃え滾っていた。


「なお、《英雄戦士チーム》の規定人数は既に決定しています。一年生3名、二年生3名、三年生4名の計10名。具体的な選考は6月から開始する予定です。入学式のうちに発表しておきたかったのはこのためです」


 一年生は3名か。

 当然ながら狭き門だ。しかし、だからこそ選び抜かれたヒーロー集団として信頼がおけるのだろう。俺たちも安心して目指すことができるのだ。


 理事長は詳細は後日、担任の教師から配布されると言っていた。

 大量の拍手が鳴り響く中、颯爽と去っていった。


 入学式はそうして衝撃的な様相を見せながら、終了した。


 壇上を降りる前、理事長はサッとマイクを握りしめて、最後の挨拶をしてから去っていった。その言葉、その台詞の一つ一つが、俺の心のなかに最後まで残っていた。



「……おそらく一年生の君たちは、今の発表を聞いても、あまり実感ができなかったことだろうと思います。入学したばかりです。まだ変身もしたことがありません。当然です。当たり前です。わからないことだらけだと思います」



「――しかし、最後にこれだけは自信を持って伝えたいと思います」



「英雄戦士チームに入るということは、間違いなく“最強のヒーロー”の一員になるということです。皆さんは最強にはなりたくありませんか。憧れたりしませんか。私はなりたいです。三十四歳になりましたが、その気持だけは変わりません」


「皆さんが、この学園に入学をしたのは、様々な理由があるでしょう」


「――純粋にヒーローに憧れたもの、ヒーローに自分の生命を救われたもの、大切な誰かを守りたいと願ったもの、復讐したいもの、名誉を得たいもの、力が欲しいもの、自分の限界を試したいもの、世界の平和を目指すもの、様々だと思います」


「しかし、ヒーローを目指す人間は、多かれ少なかれ似たような側面を持っています」


「彼らは、他の誰よりも“高み”に向かいたいのだと思います。

 戦うために、守るために、満たされるために、人間を超えたいのだと思います」


「ヒーローを目指すものは、強く、格好良く、勇ましく、美しく、気高く、逞しく、誰にも負けず、誰にも屈せず、悪を倒し、正義を守る、そんな存在になりたいのだと、私は思います」



「私は、そんな野心と希望に満ちた人間の可能性を、信じ続けるものです。

 このチームに入隊した方には、そうした存在になるための支援を全力で行います!」



「学園を出た暁には、まさに英雄の中の英雄、戦士の中の戦士として、

 ――最強の英雄戦士ヒーローになることをこの私が約束します!」



 俺は痺れた。 

 誘い文句としては最高であった。

 心に闘志が湧き上がらないわけにはいかなかった。


(最強のヒーローか……)

 無意識に拳を握り締める。

 DクラスもSクラスも関係なかった。

 個人ヒーローも団体ヒーローも司令官も関係なかった。

 ただ最強のヒーローを目指す人間たちの集まりに他ならなかった。


 この学園で戦い抜こう。

 切に、そう誓った。






(第一章 ヒーロー達のプロローグ――END)

(――――次章に続く)

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