終章 湿った頭
「お疲れ様、せりかちゃん」
「あそこで、あそこで……うがあぁぁっ」
2位でゴールしたせりかちゃんは、戻ってくるなりヒステリックに叫んだ。
「ま、まあいいじゃないか。それよりも見事だったよ」
花蓮ちゃんはあそこでわざと減速をした。初心者相手にやるようなことじゃない。
だけどそこまでしなくては勝てなかった、ということになる。それはつまり、せりかちゃんを戦う相手と見なしたということだ。
「花蓮ちゃんもお疲れさん。それで……」
僕が何を言いたいかは花蓮ちゃんが一番わかっているはずだ。
下唇を噛みしめ、とてもくやしそうな表情をしている。勝った人間の顔じゃない。
反則スレスレの、どうでもいいような相手にやることではない行為。あんな真似をしなくては勝てないというほど切羽詰った状況だったということだ。
ハンデなんて言い訳にならない。それを決断したのは本人であり、そのせいで負けたなんて言ったら笑われるだけだ。
「……違うから。私のホームはツインサーキットよ。私に本気で勝ちたかったら来るといいわ。そこで本当の走りを見せてあげるから」
僕に顔を向けることなく花蓮ちゃんはせりかちゃんにそう言い捨て、日進君のところへ歩いて行った。
「なにさ! じゃあ私もそこに行く! 首洗って待ってろぉ!」
花蓮ちゃんの背後に向かいせりかちゃんが叫ぶ。
「よかったね、せりかちゃん」
「負けたのによかったはないですよ!」
「花蓮ちゃん、せりかちゃんのことをライバルと認めたってことだよ」
「なぁにがライバルだよ! 私は──え?」
苛立つような表情から一転、きょとんとした顔になった。
「自分の得意コースで勝負したいって言うのは、ここでは負けたと思っているってことだよ。やったじゃないか」
「わ、私、あいつにぎゃふんと言わせられたんですか!」
「んー、まあそれに近いことをしたってことかな」
「そっか、私やったんだ! やれたんだ!」
うれしそうにバタバタと足踏みをする。だけど…………。
「それでせりかちゃん」
「はいっ! なんですか!」
「満足した?」
せりかちゃんがカートを始めたきっかけ。それは花蓮ちゃんをギャフンと言わせることだった。このレースでほぼ目的を達成したわけだ。
そして心の奥にあったくすぶり────大人の男に大差をつけ勝つこともできた。
目標が無くなった時、大抵の人は新たな目標を見つける。だがせりかちゃんのそれはカートとは別のことかもしれない。
「するわけないじゃないですか! こんなにも面白いこと、もっとやらないと!」
「そっか」
せりかちゃんの頭に軽く手を乗せると、彼女は僕の顔を見上げ、最高の笑顔を見せてくれた。
いつまで続くかわからない。だけど今はまだやる気満々だ。
やっぱりこうじゃないとな、走る人間というやつは。
表彰台に立ったせりかちゃん。うれしそうにシャンパンファイトをやっている。もう花蓮ちゃんに対して睨みつけることはない。
僕も来年から本格的に走る。そのための力をこの少女からたくさんもらえた気がする。
無垢な少女と男の群れ 狐付き @kitsunetsuki
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