【終章 雨は敗者にも優しく降る】
勝者の責任
俺は窓の
突然、俺の全身が何かに引っ掛かった。網だ。目の細かい網が俺と凪良さんを受けたんだ。網は大きく沈んで、俺たちの落下の衝撃を完全に吸収した。
「お疲れさま」
アニメっぽい声で呼び掛けられる。ツインテールの少女がビルの側面に垂直に立っていた。
「助かったよ、『百地さん』」
「もう、その設定は終わり」
演技の声をやめた優弧が笑いながら言い、ゴムの髪留めを外してツインテールを解いた。伊達メガネも外す。網は優弧が張ってくれたのか。俺は網に足を掛けて、凪良さんを抱きかかえて立ち上がった。優弧は網を支えている杭の上に、網の外側に両脚を投げ出す形で腰掛け、腰を捻ってこちらを向いた。
「莉乃ちゃんには『兄さんが凪良さんを止めに行った』と言って、家に返したわ」
「そっか。水南枝のことは気になっていたんだ。ありがとう優弧。そう言えば、さっきガラスが落ちてきたはずだけど大丈夫か?」
「はあ?」
優弧は眼が点になった。そしてもう一度、トーンを下げて「はあ」と言った。二回目の「はあ」は溜め息だ。
「兄さん、誰でも簡単に想定できる事態に対処できないって、どうなのよ?」
「そ、そですねスイマセン」
「それで? そういう時は?」
「頭上に強化ビニールの透明シートを張る!」
「ふ〜ん。兄さん、聞かれたら答えられるんだ。でも聞いてくれないと駄目なのね」
「……反省してます」
〈以前からの疑問ですが、どうして茅汎様は優弧様に対して卑屈なのですか?〉
〈グアリム、『優しさ』って分かる? もう少し俺に気を遣って欲しいんだけど〉
〈気配りをするのですね? 分かりました! わたくしは茅汎様に気遣いを致します。あっ、話が
〈だ〜かぁ〜ら! そういうことを聞かないで欲しいの! 空気を読んでくれよ頼むから〉
〈すみません。空気を読むように致します。茅汎様が優弧様に腰が低いこと、卑屈なことは訊ねてはいけないのですね。了解しました!〉
〈いちいち声(?)に出さなくても、……もういいよ〉
兄として情けない、という件は、そっとしておいて欲しい。
ビル内で激しい戦闘。確かにガラスくらいは落ちてくるよな。その時、建物の外にいる人はどうするか? 見上げて確認するのは危ない。特に夜間、雨、透明なガラス。視認が難しい。だから透明シートで防ぐ。ガラス以外の落下物は臨機応変に判断。訓練で習ったのに咄嗟に出てこなかった。
「ガラスが落ちてきた後で網は新品に張り替えたから、その網にはガラスの破片はないわ」
「ありがとう」
ポツンと、頭に
ぽつぽつ。
雨がまた強くなってきた。目を閉じている凪良さんの顔にも雨粒が落ちる。優弧が凪良さんの口元に顔を近付け、続けて胸に手を置いた。
「呼吸も鼓動も正常。気絶だけみたいね」
そっか。凪良さんは『願命』の性質上、常に苦痛を感じ続けていたはずだ。それに加え意に添わない数々の悪行。日々が心身ともに苦しかっただろう。そして命懸けの
凪良さんに悪行を辞めさせた責任は俺が取る。ヤクザと借金の問題は、必ず何とかするよ。
街は、あちこちでサイレンが鳴り響いていた。消防車が何台も走り去って行く。
「さっきの地震、大きかったね」
「なんだって、地震?」
「あれっ、兄さん気付かなかったの? 今、あちこちで火事になっているみたい」
「あっ、いや、ええと、確かに揺れたけど」
あれは俺の『
〈
〈その分、小回りが利かないんだな。カルロスに勝てたのも運だし、戦闘向きじゃないな〉
〈個人戦闘よりは、むしろ戦争向きだと言えるでしょう〉
恐ろしいことを聞いてしまった。嬉しくない。
「兄さん、そろそろ帰ろう」
優弧が地上を指差す。教団ビルの横に黒塗りのメガクルーザーが停まっている。母さんが待っているんだ。
「そうだな」
俺は頷いた。
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