走る、廻る。まるで俺の心のように
「はあ、はあ」
もうフラフラで、今すぐにでもどこかに座り込んで休みたい。でも立ち止まるわけにはいかない、死にたくないなら。まだ、俺は動ける。多分、走れる。周りを観察する。
やっと八階か。エスカレータで上がって右に折れた先は廊下だ。まっすぐな通路が俺から見て左右、つまり南北に伸びて、右(北)に伸びる通路は五メートルくらい先で更に右に、左(南)に伸びる通路も一五メートルほど先で左に曲がっている。廊下は、エスカレータがある東側の壁には所々にドアが付いている。小部屋があるのだろう。反対側、西側の壁には窓があり、ビルの外、隣の郵便局の屋根越しに夜景が見えた。ビルに入った時は夕暮れだったのに、もう街はほとんど暗くなっている。ここを見ただけでも、事前に確認した図面とまったく違うのが分かる。上に行くエスカレータは一体どこだ?
迷う時間がない。まずは天井に付いている防犯カメラを撃って潰してから靴音を殺したまま、とりあえず当てずっぽうで廊下を左にダッシュ、左折すると通路は約三〇メートル先で更に左折していた。ジャンプして天井に罠を取り付け、監視カメラを潰しつつ更に進む。後ろから靴音が聞こえた。追っ手だ。しかも複数。
曲がった先は二〇メートルほどのまっすぐな通路。突き当たりで左折している。おそらく、通路はビルの外周に沿ってぐるっと一周しているのだろう。ただしその途中、一五メートルほど先で左に横道もある。直進か、あるいは左折か? 迷いながらもまずは走る。
前方、奥の突き当たりから男が現れた。グロッグ17を持っている。前後で挟み撃ちか! 俺は威嚇で一発撃ったが、男はすぐに廊下の向こうに隠れた。そして廊下の角からグロッグだけを出して撃ってきた。俺は横道に飛び込んだ。この横道の先は? 見ると二メートル先で突き当たり、そこから左に折れる。ちょうど七階から上がってきたエスカレータの反対側に位置する。九階への上りのエスカレータか? 罠を仕掛けてから進み、左折した。
それは七階に続く、下りのエスカレータだった。九階行きじゃない。どうする? 外周の通路は挟み撃ちだ。考える時間もないし、すぐに決めないと。このエスカレータで一旦降りるか? だけど八階に追っ手を集めてしまうと、再度上ってくるのも厳しい。迷っているとエスカレータの下に人が来た。威嚇で一発撃つ。相手は隠れたが、すぐに数人が顔を出した。俺は急いで外周の通路の手前まで戻った。角に隠れてハンドミラーを外周の通路に出す。
外周の通路の左側(北側)は人が二人いた。南側は三人だ。俺の後ろ、西側からも、下りのエスカレータを無理矢理登ってくるだろう。もうすぐ包囲されて袋のネズミだ。廊下の左右の連中は向こうの曲がり角に隠れてこちらをうかがっているが、幸いにも同士討ちを恐れて、間にいる俺を撃てないでいるようだ。
廊下の北側から何かが投げられた。それが何かを確認する前に俺はすぐさま『黒豆』を投げる。間髪を入れずに『烏賊墨』も投げ込み、手に持ったリモコンのスイッチを入れながら通路の北側に飛び出した。『黒豆』は窓側の壁で跳ね返ると、敵が投げたもの ―― 予想通り
【
俺の能力が蒸気とともに手榴弾のダメージを軽減した。俺は煙の中、ジャンプして二人を飛び越えながら彼らの頭上から『黒豆』をぶつけ、向こう側に着地した。煙が薄れてきた時点で二人のうち一人がまだ立っていることが分かって後頭部に『黒豆』を打ち込むと、角を曲がる。
「仲間がいるぞ」
南側にいる連中が叫んだ。
本当は俺に仲間はいないけど、俺の仲間から攻撃されたと誤解しただろう。リモコンのスイッチによって廊下の南側に仕掛けた罠が、そこにいる人間を攻撃、ちょうど廊下の南端の角に隠れた者を背後から狙うように設定したんだ。と言ってもロケット花火のようなものだ、殺傷力は皆無。あくまでも撹乱用だ。
天井に張り付いて三人を待ち伏せる。廊下に面したドアの一つ、802号室が開いて二人の男が現れた。南側にいた三人がこちらにやってきた瞬間、合計五人の上に網が、天井から音もなく落ちる。突然の罠に彼らがもがく間も与えず、頭上から全員を93Rで撃つと、俺は天井から降りた。不意に目の前の部屋のドアが開いたので、93Rを
「撃たないで!」
引き攣った声で女性が叫んだ。俺に向かって両手を挙げている。
「お願い殺さないで! 何でもするわ」
「武器を持っているか?」
女性はひどく怯えながら、激しく首を横に振った。
「なら走ってエスカレータに向かい、下のフロアに行け。俺のことは誰にも言うな」
彼女がさっそく廊下の角に飛び出そうとする。
「待て!」
俺が引き留めると立ち止まって振り向いた。
「廊下の向こうでヤクザが銃を構えているかも知れない。名乗ってから角を曲がった方がいい」
女性は震えながら頷いた。
「わ、わたしよ。わたしよアキコよ! 撃たないで」
女性は大きな声をあげ、恐る恐る角の向こうを覗いた。そして安心した様子で廊下の角から出た。
「走れ!」
俺の叱咤に彼女は慌てて走り去った。
「ふう」
体の力が抜けた。
〈殺さないのですか?〉
〈必要ない。どうせ彼女は俺に何もできない〉
俺のことを「誰にも言わない」と言うのは信用できないけど、まあそれは仕方がない。
とにかく無駄に殺さないで済んだ。既に何人か殺しておいて今更だけど。でも『もはや何人殺しても同じ』じゃない。災害での人命救助、あるいは殺される立場で考えれば明白だ。一つの命が助かるだけでも意味がある。まあ、さっきの人はヤクザの非道な行為を平然と見てきた悪人の可能性が高いけど、俺は人を裁く立場じゃない。ただ障害があれば排除するだけだ。
俺がいる北側廊下の途中で、左に折れる横道があった。廊下を一周したから、後はここしかない。もし違っていたら、残りはどこかの部屋の中か、あるいは巧妙に隠された扉でもあるのかだ。横道に入ると、あった! 九階行きの上りと下りのエスカレータだ。
結局、カルロスとは闘わずに済んだな。このまま無事に済めばいいけど。凪良さんは本当に一〇階にいるのだろうか? とりあえず、最上階まで行ってみよう。そして、いなければ……どこだろう? 各部屋を虱潰しに探すことにならなければいいけど。
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