挨拶の.50AE

 やっと五階か。エレベータで一気に一〇階まで行けると思っていた。闘いがあるとしたら最上階だと思っていたのに、まさか半分進むだけでここまで大変だとは予想外だ。

 エレベータの外は開けた場所になっていた。あちこちに拳銃ハンドガンを構えたヤクザたちがいる。まさか、待ち構えていたのか?

 ヤバい!

 俺はすぐに移動して物陰に隠れた。しかし、エレベータを出た時点で既に見付かっていた。

〈敵がたくさんいます!〉

〈グアリム、なんで嬉しそうなんだ?〉

 フロアの中央は大きく開けたスペースで、五階から七階まで吹き抜けになっている。そのスペースは室内庭園らしく、植えられた木々がトロピカルな様相を呈していた。

 俺が把握しているビルの図面と全然違うぞ。教団がこのビルを買い取ってから改築したのか。しかも中途半端で、エレベータを五階までにしたのに、エレベータホールの表示が一〇階までになったままだ。お陰で混乱したよ。吹き抜けの広場の周囲が回廊になっていて、更にその外側は小部屋が並んでいる。小部屋はおそらくビルの壁面に接しているんだろう。俺は回廊の片隅、何本もの五〇センチ四方の四角いコンクリートの柱の一つの裏に身を隠している。六階、七階の回廊でヤクザたちが柱の陰に身を潜め、俺の様子をうかがっている。出た瞬間に集中砲火だな。広場を挟んで向こう側の回廊にはエスカレータ。一〇階に行くならヤクザたちの銃撃をかいくぐってエスカレータに辿り着き、各フロアを昇っていかないといけない。

〈ここを突っ切るのですね。応援します!〉

〈いやいや無理。蜂の巣になるから〉

 俺はリュックから『虚蝉うつせみ』という風船を取り出し、それに『虚蝉製器うつせみせいき』という機械を取り付けてスイッチを入れる。『虚蝉製器』は一.五秒で『虚蝉』を膨らませ、更に風船の口を塞いだ。人間の形をした『虚蝉』は今の俺の服を模した布地を付けている。現代版の『虚蝉の術』だ。伊賀忍術は大抵『〜術』『〜の術』などの名称を持つ。伊賀以外には甲賀もそうだな。現代人なら『忍法〜』という表現を思い浮かべるだろうが『忍法』という単語自体が小説家の山田風太郎氏の発案で、江戸時代以前にそんな言葉はない。

 空蝉に煙玉『烏賊墨』と閃光弾フラッシュバンを取り付け、『黒豆』を紐で繋げた。『蜘蛛の子』を左手に持つ。行くぞ。

 柱の陰から『蜘蛛の子』の先端の鉄球を、吹き抜けの向こう側の七階回廊の欄干に向けて投げる。一〇年訓練してきたからワイヤーが欄干に巻き付いたのは見なくても分かる。間髪を入れず『虚蝉』に繋いだ『黒豆』も同じ方向に投げた。投げてすぐに柱の陰で目を閉じる。

 激しい銃声。そして塞いだ耳にも響く轟音。吹き抜けに飛び出した『虚蝉』が集中砲火を受け、『烏賊墨』と閃光弾が爆発したんだ。撃つために見た連中は目と耳をやられたはず。俺は柱の陰から飛び出してジャンプ、そして『蜘蛛の子』の把手のスイッチを押した。

 煙の中、五階から一気に七階の廊下へ! 『蜘蛛の子』を使わなくても、悪魔憑ルディンメとして強化された跳躍力だけで充分だったかも知れない。煙越しに見えた誰もが、眼を押さえて呻いていた。

 黒スーツ姿ばかりの中、一人の巨漢だけ黒の長袖シャツにカーキ色のズボン。そして彼だけが耳を塞いでいた腕を外してこちらを見た。閃光弾を避けたのか? そして巨大な拳銃デザートイーグルの銃口マズルがこちらを向く。ヤバい! 空中で避けられない。

 ドン!

抵抗ガバシュ、ダメージを九六%軽減】

 防弾ジャケット越しに腹に衝撃、息が止まりそうだ! 命中箇所から一気に蒸気が噴き出して俺は湯煙に包まれる。男はデザートイーグルをあっさり捨てた。浅黒い凶悪な顔が笑みを造る。一発きりで、もう撃つつもりがないのか?

 俺は七階の廊下に着地した。そこで目を押さえている男を射殺、その上を飛び越えてエスカレータに乗り、駆け上がって一気に八階へ。そこでよろめいてうずくまり、口の中に込み上がってきた血を床にぶちまけた。

〈茅汎様! 大丈夫ですか?〉

〈大丈夫じゃねえよ〉

 あれが拳銃弾で最強クラスの『.50AEフィフティ・エーイー』か。防弾ジャケットがあろうが人間なら死ぬ。悪魔憑ルディンメ強靱タフさと『抵抗ガバシュ』があって命拾いした。恐ろしい衝撃だった。

 あの巨漢は母さんの写真で見た。奴がカルロス・シノハラだ。一発しか撃たなかったのは挨拶のつもりか。おそらく「その気なら、いつでも殺せる」というメッセージ。


 奴を敵に回すのはまずい!

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