【第二章 邂逅の公園】
俺たちと第三の人物(?)
「もうすぐ
電車の窓から風景を眺めていた水南枝は振り向くと笑った。
これから水南枝、遠塚さんと繁華街に向かうところだけど、三人の中で俺と水南枝が学校の近所に住んでいて最寄り駅も同じ、地下鉄の遠塚さんとは現地集合。だから駅に着くまでは水南枝と二人きりだ。まあ他の乗客も周りにはいるけど。水南枝と一緒にいられて俺は嬉しい反面、そわそわと落ち着かない。
大阪の三大繁華街として『
というか、外から大阪に来た人はよく『町の人々が普通に漫才やっていてビックリした』と言うし(都市伝説ではない)、大阪から関西以外に出た人は『ボケたのに誰もツッコんでくれない』と嘆くらしい。大阪に引っ越してきた友達で『大阪の人間はみんな優しい』と言う人がいたので理由を聞くと『僕のギャグはつまらないのか、みんな無視するんだけど、大阪の人は必ずフォローしてくれるね』と言う。そりゃそうだ。大阪ではボケに対してツッコむところまでがギャグだ。独りでは完結しない。
まあ漫才の話はさておき、『難波』『梅田』に続く三大繁華街の最後が『天王寺』。ここはかつて『古き良きナニワ』な風情漂う、ゴチャゴチャした街だった。ここを始発駅として一部の地域をレトロなムードの路面電車が走っている。独特のノスタルジックな雰囲気がいいのか、NHKなどのドラマのロケ地として利用されることも多かった。
それが最近になって、いきなり大きく変わったんだ。中心部となるJR天王寺駅が大阪南部と和歌山に向かう大きな駅だったから、元々駅の周辺は無数のビル群が林立していたんだけど、そんな『古い』ビル群が一掃されて大型ショッピングセンターが立ち並び始めた。駅前の交差点の上には大きな歩道橋が造られた。その陸橋の上は一日中、行き交う人々でごった返し、ヨーロッパのアマチュアバンドなどが演奏していたりする。俺たちは、そういった新しいショッピングセンターに行くことになっていた。
電車の中で水南枝と色々話し込んでいるところに、
大合唱だけど大音量でもない。だけどよく声の通るその聖歌は、電車の車内という場所にそぐわず、何事か? と誰もが振り向いた。
曲名はヘンデルの『ハレルヤ』。水南枝のケータイからだ。
すげえ、フルコーラスだ。頼真の『運命』(ベートーヴェン)並みにすげえ!
って言うか、君ら、着うたの選曲おかしいよ。
「フミちゃん、急用で来れなくなったんだって」
水南枝がケータイで会話しつつ、俺にリアルタイムで報告する。
「遠塚さんが? 残念だな。急にどうかしたのか? もしかして風邪か?」
俺の質問を受けて、水南枝がケータイで遠塚さんに訊ねる。
「フミちゃん風邪なの? 違うんだ、良かったあ!」
水南枝はケータイを離し、俺に告げる。
「急用ができたんだって」
「そっか。まあ病気じゃなくて何よりだ」
「えっ、なあにフミちゃん? 『P.S.今夜は半熟卵とエビ・ホタテ、チーズ二種入りドリアとシーサーサラダ』?」
ぶっ!
思わず噴き出しかけた。食事中じゃなくて良かった。後、俺の正面に頼真がいなくて本当に良かった! 二度あることは三度……な、ないよな?
「こっちはねー、藤林くんが風邪かも。今、変なくしゃみしてた!」
いや、あれはくしゃみじゃないんだけど。
「じゃーねー!」
電話を切った水南枝が俺を見る。
「フミちゃんが『お大事に』だって」
「えっ、ありがとう」
俺は風邪をひいていません。
「フミちゃん
「そ、そうだな」
それ、遠塚さんの家じゃなくて俺の家の夕ごはんだぞきっと。だってその料理は優弧のレパートリーの一つだから。少し、状況が読めてきたぞ。どうやら優弧が俺と水南枝を二人きりにさせようとしているらしい。豪華な夕ごはんは俺へのデート祝いのつもりか?
緊張してきた。
♦ ♦ ♦
「……ねえ、ここって高いんじゃないの?」
水南枝が小声で訊ねてきた。午前中に色々とお店を回ってプレゼントを買った後、昼食に選んだのは高級感のある台湾料理店。駅と一体化したファッションビル一一階の窓際で見晴らしがいい。西日本一ののっぽビルは残念ながら窓とは逆方向だけど。遠塚さんが水南枝のケータイに送ってきた『今日の昼食の予定』だけど、ここって中華料理好きな優弧のお気に入りの店だぞ。やっぱり黒幕が優弧だとしか思えない。
はっきり言って学生の入るような店じゃなかった。学生がいてもせいぜい大学生だろう。高校生は俺たちだけだ。周りは大人ばかりだから水南枝は緊張している。中学生の優弧は堂々としていたけどな。というか中学生でこの店に来たのはあいつだけだろう。優弧も「高校生のお小遣いじゃ、たまにしか来れないね」と言っていたけど。その『高校生のお小遣い』ってもちろん俺の財布のことだ。大人しか来れない料理店に高校生の兄のお金で来る中学生……なんて贅沢な。しかも「兄さんが社会人になったら、もっと頻繁に来れるのに」って、俺は一生たかられ続けるのか!
「だ、大丈夫だよ。ちなみに、ここは俺の奢りで」
心配そうな水南枝に言って聞かせる。
「えっ、いいよ。あたしも出すから!」
「いや、ここはプレゼント選びに付き合ってくれたお礼ってことで」
「そんなのいいってば。ちゃんと出すから」
「いや、だからいいって」
「もう、いいから」
不毛な譲り合いがエンドレスになりかける。
「男って見栄っ張りなんだよ! とりあえず今回は奢らせて」
俺の発言(懇願?)に水南枝は目をパチクリさせて、そういうものなの? と言いながらもやっと譲歩してくれた。効いたな。優弧の考えた
「でも、高いよね?」
「そんなことないよ。千円を超える程度」
「意外と安いんだ」
水南枝は何とか納得してくれた。「千円を超える程度」って、千円以上二千円未満だから嘘じゃない、ということにしよう……ギリギリ二千円未満だけど。セットメニューによっては本当に千円を少し超える程度なんだけど、優弧がメールで高めのコースを指定して来やがった! 後、それは一人分であって、二人分だと四千円近くになる。まあ、それでも他の高めのお店と較べると「値段以上に美味しいし、ボリュームもあってリーズナブル」が優弧の評価だ。
とは言え二人分で四千円、小遣い一ヶ月分近くも一日で使っているのか。そして更にプレゼント代……だ、大丈夫。優弧に付き合わされている時に較べたら!
「ご注文はお決まりでしょうか?」
店員がオーダーを取りにきた。
「俺は、北京風炒飯と
台湾料理店で北京風というのもどうかという気もするけど、炒飯はやっぱり北京風だと個人的には思う。レタスがたっぷりなのがいい。
「じゃああたしは海鮮炒飯とシャオパイロン、シーサーサラダとエビマヨ、食後はぁ、タピオカマンゴーとアンニョン豆腐」
「かしこまりました」
今、水南枝が
「うわっ!」
新しく入ってきた大学生っぽいカップルが俺たちのテーブルの横を通り過ぎる瞬間、こちらに近い男性の方が
「すいません、驚かせるつもりじゃなかったんですけど」
「いや大丈夫。確かにちょっと驚いたけど」
男の人は俺たちのテーブルに座る『三人目』を見て苦笑いしながら自分のテーブルへ去っていった。
俺たちは四人テーブルに座っていて一つは空席だけど、俺と水南枝以外の『第三の人物』をみんなジロジロ見ていた。その席の主は人間サイズの巨大ぬいぐるみ、『伊賀の
しかし、あまりにもブサイクすぎる! でも水南枝があんまり『可愛い‼』を連発するから、ついその気になって買ってしまったけど、今じゃ激しく後悔。
これ、優弧に渡すのか? 命の危険を感じるけど、俺って意外と勇者?
……誰か、骨は拾ってくれ。
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