第10話 ひととき


 明けてお正月4日。5人組はさつきちゃんの家に集合していた。

昨年さつきちゃんのおばあちゃんが亡くなったのでお祝いは遠慮なのだけれども、おばあちゃんが亡くなる前後からの出来事や夏の花火大会の騒動で慌ただしく日向家から失礼した時のことなど、お礼・お詫びもしたいので、遊びに来てください、ということになったのだ。そういう意味から言うと、花火大会の時のことは大半が僕に起因しているので、本当は小田家に招待すべきなのかもしれないけれども、さつきちゃんのお母さんの律儀なご厚意に甘えたというところなのだ。

「こんにちは」

 バラバラに到着すると却って申し訳ないので、4人は駅で集合してから一同にさつきちゃんの家に押しかけた。

 遠慮なので年賀の挨拶はせず、こんにちは・いつもありがとうございます、とさつきちゃんのお母さんとさつきちゃん、耕太郎に4人で挨拶する。お父さんは今日が仕事始めだそうで、残念ながら不在だった。

「こちらこそ。ゆっくりしていってね。後はさつきが皆さんをお接待しますから」

 お母さんから‘お接待’などと言われて恐縮する。おせちや祝菓子はだめだけれども、さつきちゃんはコーヒーやらケーキやらでもって僕たちを‘接待’してくれた。なんとなくだけれども、話題を振るのも珍しくさつきちゃんが主に行い、お客さんを退屈させないように気にかけてくれているようだ。

「ひなちゃん、気を遣わなくていいから、皆で一年の計でも語り合おうよ」

 脇坂さんが、さ、これでもどうぞ、と、僕たちが持参した手土産の鈴本亭の一口羊羹をおどけて突き出す。その羊羹をきちんとお皿に乗せて出してくれたのはさつきちゃんなのだけれども。

 一年の計。去年はそんなもの考えなかった。その前の年も考えていない。よく考えたら、考えるまでもなく、一年の計などをまともに考えたことが無かったことに考え当たった。

「じゃあ、トップバッターは・・・・わたしから行くね」

 脇坂さんが言いだしっぺとして責任を果たそうとする。

「言行一致」

 え?という感じでみんな脇坂さんを見つめる。

「そういう、四文字熟語的な簡潔なもの、っていう趣旨なの?」

 太一が訊くと脇坂さんはさらっと答える。

「うん。だって、長いと忘れちゃうでしょ」

 確かに。思い出せもしないような計では意味がなさそうだ。

「じゃあ、次はわたし」

 遠藤さんが早めに言っておこう、という感じでさっと切り出す。

「家内安全」

 みんな思わず、笑い出す。

「え・・・おかしかった?」

 遠藤さんはいたって真面目に反応する。僕自身は遠藤さんのこの感覚が結構気に入ったので、声を掛けてみる。

「おかしくないよ。なんだかほんわかして、ちょっといい感じがする」

 ほらー、分かる人には分かるんだよね、と遠藤さんは納得する。

「じゃあ、次、耕太郎は?」

 突然、太一から指名されて耕太郎はうーんと、考える。

「・・・天下泰平・・・」

 おおー?とみんなどよめいてみせる。多分、知っている熟語を必死に思い出してみただけなのだろうけれども。

「耕太郎は志がでかいなあ」

 太一は感歎して耕太郎を褒める。

「そりゃあ、なんたって、武士の生まれ変わりだから」

 脇坂さんが仏間に掛けられた‘あのひと’の掛け軸を見ながら感心する。

 ‘あのひと’の話も今は5人組+1名の共有事項だ。

「じゃあ、僕、行くね」

 太一はそう言って、ちょっと考えている。

「公明正大」

 ん、ん?という感じでみんな首をかしげる。確かに正々堂々とした太一にぴったりの言葉ではあるのだけれども、段々‘一年の計’の意味がぼやけてきた。

「ちょっと、微妙・・・」

 遠藤さんから言われて太一はちょっとだけ落胆しているようだ。

「じゃあ、次は・・・」

 僕はさつきちゃんをちらっと見る。

「僕の番でいい?」

「うん、かおるくん、どうぞお先に」

 さつきちゃんは自分が最後になるプレッシャーを引き受けてくれた。申し訳ないと思いながらも考えていた言葉を口にする。

「涼風一陣」

「・・・・どういう意味?」

 太一が冷ややかな反応を示す。僕の造語なので解説はしようと思ってはいたのだけれど、予想以上に皆の反応が冷にして静だった。

「いや・・・一陣の涼風のように、涼やかな心で物事に当たれたらな、という意味なんだけれども。その、掛け軸のご先祖様のように」

「ああ、そっか」

 遠藤さんが、反応してくれる。

「小田くんは、ひなちゃんを守る時もそのご先祖様に力を貰うつもりで戦ったんだもんね」

「ああ、それならすごくすっきりわかる。かおるちゃんなら言う資格があるよ」

 太一も遠藤さんの解説を聞いて納得している。

 僕はさつきちゃんを守れた訳でも戦ったのでもなく、完全に誤解だけれども、遠藤さんのお蔭で場が白けずにすんだ。ありがとう、遠藤さん。

「じゃあ、最後。ひなちゃん、どうぞ」

 脇坂さんがさつきちゃんに向かって両掌をひらひらさせて演出する。

「じゃあ、わたしのは一番‘計’っぽくないけど・・・」

 うん、うん、と皆ラストバッターたるさつきちゃんに大いに期待している。

「愛別離苦」

 言われて、みな、はっ、とする。

 親兄弟や友達恋人など、愛する人と別れる苦しみを表す仏教用語だ。僕たちが高2になっても同じクラスとなった理由の特殊な選択科目でも習った言葉。

 今、皆で一年の計を立て、それぞれが志や目標に向かって歩いていくこと。それは素晴らしい事ではあるけれども、その先にそれぞれの道が分かれていくことでもある。そして、3年生となり卒業が近づけば、別れの季節はより切実なものとなって近づいてくる。

「ひなちゃんは、小田くんと離れるのが辛いの?」

 遠藤さんの言葉に、え?とさつきちゃんはびっくりしたような顔をし、それから顔を赤らめて答える。

「もちろん・・・かおるくんと離れるのも辛いし、皆と離れ離れになるのも辛いよ・・・でも、愛別離苦には別の意味もあるような気がするよ」

「?」

 みんなで疑問いっぱいの顔をさつきちゃんに向ける。どういう意味だろう?

「たとえば・・・わたしはかおるくんの顔が好き」

 皆、おお!?という感じの表情でさつきちゃんを見、それから僕の顔を見る。僕はこういう場合の反応の仕方を誰からも教わっていない。したがって、ただただ固まったままで表情を変えることもできない。

「それから、かおるくんの性格も、走り幅跳びに打ち込んでいる姿も好きだよ・・・」

 小学生の耕太郎は自分のお姉ちゃんが男子のことを‘好き’と言っている様子を見て、僕と同じようにただただ固まって顔を赤らめている。けれども、さつきちゃんは次にこうも言った。

「でも、それって、そんなに大事な事じゃないと思う」

「????」

 さつきちゃんの言葉にそれまでの流れをひっくり返されたような気分になる。訳がわからないまま続きを待つ。

「愛別離苦って‘愛’があるから別れが辛い、ってことだよね。顔や性格や行動が‘好き’ってことは‘愛’だよね。心が好きってことも‘愛’だよね。その‘愛’を第一にするから別れが辛いんだよね。

 でも、よく考えたら、‘愛’は一番大事なものって訳じゃ、多分、ないよね?」

 さつきちゃんは自分に言い聞かせるようにして話し続ける。

「‘愛’も大事だけれども、あくまでも結果だと思う。たとえば・・・わたしのお父さんはわたしが学校に通ったり、皆が毎日ご飯を食べたりするための‘糧’を稼いでくれてる。もちろん、家族への愛情もあるけれども、その前に、お父さんには‘志’があるから、家族を守れてると思う。それは、自分がダム工事に入る現場の「山の神様」を敬うことが第一、そして、自分が工事を行う県・市・町・村の発展を祈念することが第二、第三はお父さんが仕事を全うすることによって我が家のご先祖様の恩に報いること。だから、お父さんは、わたしに、折角ご先祖様が祀られている神社に近い高校に入ったんだから、時折お参りしなさい、って教えてくれたよ。おばあちゃんはおばあちゃんの志、お母さんはお母さんの志を持って生きて来たんだと思う」

 さつきちゃんは、皆が自分の話に不快になっていないかどうか、時折皆の顔を見ながら話をする。僕たちは興味こそ示せ、不快には決してならない。いつになく長い、さつきちゃんの真剣な話だから。

「皆と楽しく過ごすことはわたしにとってはかけがえの無い時間・・・でも、それは、幸運なご褒美というかおまけのようなもの。ほんとは、皆とする話をわたしはわたしなりに自分の人生で活かす、というのが皆との縁だとわたしは思ってるよ。

 だから、皆が離れ離れになっても、別の世界を見て別の人たちと会って、それをまた皆で持ち寄ればいいだけの話。そして、また皆とこんな風に語り合って、もしかしたらわたしの子供にそれを教えてやることができるかもしれない。それが、皆と縁があった意味だと思う」

 皆真剣に聞いている。けれどもおそらく、一番骨身に沁みて聞いているのは僕だろうと思う。

「もし、かおるくんとわたしが生涯を共にするような縁だとしたら、2人の志のために離れて世界を広げることも大事だと思う。2人の志を育てることになると思う。

 それで・・・」

 ちょっと、間が空く。脇坂さんが待ちきれずに、それで?とせかす。

「たまたま縁があった男の人が、幸いにも顔も性格も心も、自分の好みに合ってた、っていうぐらいのことだと思う。だから、‘愛’はそんなに重いものじゃないから、しばらく離れたところでそんなに寂しくない、っていう気もするんだけど・・・」

「つまり、日向さんはかおるちゃんに対してそんなに愛情はない、と」

 太一の言葉に一瞬、全員、きょとんとして、それから大笑いした。

「日野くん、小田くんが傷ついちゃうよ」

 そう言う脇坂さん自身が笑いこけている。

「かおるくん、ごめんね、そういう意味じゃなくて・・・あ、恋人でもないのにこんなことを言うこと自体失礼だよね・・・ってそういう意味でもなくて・・・」

 さつきちゃんも笑いながら、なんだかしどろもどろになっている。

 僕だけが素直に笑えないような気がするのはなぜだろうか。

 

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