第8話 祭り
その1
秋季大会が終わった翌日の日曜日、間髪を入れずに体育祭の準備のラストスパートに入る。前日まで大会のあった運動部員の疲労に配慮して、体育祭実行委員の学校に集合しての全体打合せは午後からだ。
僕とさつきちゃんは、自分達のクラスの担当部分の残務が残っていたので、集合前の時間を使い、学校近くのハンバーガー屋でお昼を食べがてら作業することにした。
資材調達の請求書や領収書のとりまとめ、パンフレットの文案等結構骨が折れる。テーブルで向かいながらそれぞれ電卓を叩き、ペンを走らせる。2時間程黙々と作業を続け、ようやくひと段落ついた。
集合時間まで後30分ほど。齧りかけのハンバーガーを食べ終わるには十分な時間だ。
「あれ・・・なにか、太鼓の音が聞こえない?」
さつきちゃんがそういうと確かに太鼓の音と、それから、笛の音が微かに聞こえて来る。そして、それは段々とこちらに近付いてくるようだ。
「うん・・・確か、この店の近くの小さな神社に幟が立ってたから、秋祭りの獅子舞が街を練り歩いてるんだと思うよ」
この県全域でお祭りといえば、獅子舞が一番多い。それも、5~6人が一体となって獅子頭と胴体、それから尻尾を操りながら舞い、獅子に対峙する1人の天狗役が槍を持って舞うのだ。腹にずしんと響くが、スピーディーでリズミカルな太鼓と、その地区ごとに微妙に異なる横笛の囃子、それから、獅子と天狗の、スポーツのフットワークよりも速い舞に圧倒される。囃子方や周囲の人たちが「イヤサー・イヤサ!」と掛け声をかけると理屈抜きにむずむずと心が駆り立てられる。
「村社」と呼ばれる地区それぞれの小さな神社ごとにこのお祭りが行われる。だから、春の田植の前や秋の収穫の頃は、神様に感謝を捧げる獅子舞の列が太鼓を鳴らしながら歩いている光景が日常となっている。そして、移動の間はみんながぞろぞろと歩くスピードに合わせてゆっくりと太鼓と笛を鳴らし、商店や新婚の家などの前まで来ると、激しく速い太鼓・笛・舞をするのだ。今日のお祭りは、僕が毎朝お参りしている神社ではなく、隣の地区(村)の神社のお祭りだ。
その2
「来たみだいだよ」
僕がさつきちゃんにそう声を掛けると太鼓と笛の音がハンバーガー屋の前の辺りまで来て一旦止まった。そして、ぞろぞろと、祭りの彩り鮮やかな衣装を着た30人ほどの人たちが店の中に入ってきた。小学生、中学生、高校生、それからおそらく20代~30代くらいの人たち。茶髪も大人も子供も皆、氏子だ。
さすがに大勢なので、太鼓と横笛は外で待機のようだ。その代わり、横笛がまだ吹けないのだろう、縦笛を手にし、法被を着た小学校中学年くらいの女の子2人が一緒に入って来た。
ワイシャツにネクタイを締めた、おそらく青年団長と思われる人が、店のチーフにお辞儀をして、封筒を受け取った。青年団長の前には獅子が控えている。青年団長は封筒から半紙を取り出して、ばっ、と広げる。
「目録ぅひとーつ!」
「ヒョーゥ!」
ハンバーガー屋がお店として神社の氏神様と獅子舞への‘お花代’を打つのだ。青年団長が奉納されたお金・品物を読み上げるごとに、周囲の人は「ヒョーゥ!」と囃し立てる。
僕は、去年の年の瀬、魚屋の旦那さんが、
「商売ってのは、氏神様へ奉仕するのさ」
と語ってくれた姿をありありと思い出した。
「あ、かおるくん、見て」
さつきちゃんが指さす方向を見ると、一組の若い夫婦がいた。奥さんはまだ首もすわっていないくらいの小さな赤ちゃんを抱いている。赤ちゃんは、眼をまるくして青年団長の口上を見ている。
口上が終わると、すかさず、という感じで、女の子2人が笛を鳴らし始めた。
そして、脇からすすっ、と天狗役が獅子の前に躍り出る。
小学校高学年くらいだろう。まだ幼いが、精悍な顔つきをした男の子だ。槍をくるくると回し、足袋と草鞋を履いた足で軽やかに激しく一気に加速した舞を見せる。
獅子もその天狗に向かい、激しく舞う。獅子頭は天狗に噛みつく動作をする。
‘カチンッ!’
獅子頭が上下の歯と歯を力を込めて打ち合わせると、びっくりしだのだろう、さっきの赤ちゃんが大声で泣き始めた。
さつきちゃんは赤ちゃんを見、華麗な天狗を見、ほほ笑んでいる。
お客さんも全員、笑顔で獅子舞を見つめる。
店内に、暖かな、不思議な昂揚感が満ちていくのが分かった。
舞が終わり、獅子舞の一団が出ていくと、店の中のお客さんたちは、ほうっ、とまるで夢から覚めたかのような余韻に浸る雰囲気となり、口ぐちに‘見られて運が良かった’とか、小さな子供は‘かっこよかった!’、とかさわさわと話している。
「あ、かおるくん、時間!」
さつきちゃんに言われ、時計を見ると、集合時間の5分前だった。
僕らは鞄に荷物を詰め込み、大慌てで学校に向かった。
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