第3話 同類相憐れむ

その1


 一昨日の晴天が打って代わって、中3のクラス同窓会はこの季節には珍しく曇天で時折小雨も混じるお日柄となった。

 さつきちゃんとの‘ジョギング’に続く、ゴールデンウィークのもう一つのイベントの5月3日。

 クラス会の会場は、中学校の同じ教室だ。人数も多く、高校生でお金も無いので、学校の教室にお菓子やジュースなんかを持ち込んで、というのはごく自然なクラス会のあり方だろう。

 集まった人数はクラスの半分の20人ほど。はっきり言って、少ないと思う。多分、久木田や岡崎と会うのが怖い、というのが欠席者の本音だろうと思う。しかも、肝心の担任の先生が今日は欠席なのだ。先生も久木田や岡崎には会いたくないのが本音らしい。卒業して何十年も経って‘大人’になってからならばそれなりに社会人として無茶もしないだろうけれども、1年ちょっとしか経っていない今は、久木田も岡崎もまだ‘現役’である可能性の方が高い。先生の気持ちもよく分かる。

けれども、そもそもこういう場に久木田や岡崎が来るだろうか?

「かおるちゃん、来てよかったね」

 なんとなく始まったクラス会は、単なる‘お茶会’のようなものだったけれども、それなりに会いたかった友達もお互いに何人も来ていたので、太一だけでなく僕も来てよかったと思った。ただ、まだ久木田や岡崎の姿は見えない。

「久木田も岡崎も来ないのかな?」

 僕は太一にそっと訊いてみた。

 太一は、え? という顔をする。

「かおるちゃん、何言ってんの?久木田はあそこにいるじゃない」

 太一が指さす教室前方の、丸く並べられた机とは離れて一つぽつんと置かれた席に、黒板の方を向いてうつろに座る男子がいた。

 前髪を下ろした気弱な感じの髪型に、ジャージを着ている。あれが久木田の訳がない、と思った。

 僕は、更にその男子をじっと見てみる。久木田のはずはない、けれど、じっと見ると、他の誰にも当てはまらない顔だった。だとしたらやはり久木田か?と消去法で結論付けるしかなかった。

「・・・・・」

 僕の複雑そうな表情に、太一が静かに教えてくれた。

「去年、バイクで事故った時、久木田は無免許だったんだよ。高校の先輩に命令されて無理やり峠道の下り坂を先輩のバイクで走らされたらしい。怪我は足首の骨折で命に別状はなかったんだけど、救急車を呼ばざるを得なくて、警察にも知れることとなってね。

 先輩は久木田のせいで警察沙汰になった、っていって、久木田を相当にいたぶったらしいよ。毎日毎日。久木田はうつ病になって、今、休学中だよ」

 うつ病・・・と聞いて、僕はまさか久木田が、と信じられなかった。けれども、お父さんが会社に通い続けているとは言いながらも未だに苦しそうに働いている様子を思い起こすと、ほんの少しだけ久木田が可哀想に思えた。

「久木田のご両親が、中学の時の友達の顔でも見れば少しでも気分が晴れないかと思って連れて来たんだ」

 太一の言葉を聞きながら、しばらく久木田の後ろ姿を見ていると、教室の前の戸ががらっ、と開いた。

 岡崎と、同じく西條高校に行った2人の男子生徒が入ってきた。

「ごめん、補習をどうしても休ませてもらえなくて」

 3人の内、背の高い男子がそう言うが、誰も一言も反応しない。明らかに岡崎の姿を見て、教室全体が緊張している。

「そっか、お疲れさん。空いてる席に座りなよ」

 太一がごく自然に3人に声を掛ける。僕は太一を本当に尊敬する。太一はそれから岡崎にも直接語り掛ける。

「岡崎。久木田もそこに来てるよ」

 岡崎は顔をほとんど動かさずに、無表情のまま久木田の方へ視線をやる。

 岡崎は感情のこもらない声で太一に訊いた。

「なんで、俺に言うの?」

 太一はそれを聞いて驚きもせずに真っ直ぐ岡崎の眼を見て答える。いつになく、声のトーンを低く、太くして。

「岡崎と久木田は仲良かったじゃない」

 岡崎は太一の言葉に、薄い笑いを浮かべて答える。

「こんな、病気の奴、友達じゃない」

 岡崎が教室に入ってきたあたりから、久木田は少しそわそわするような感じで体を震わせていたが、岡崎の言葉を聞いて、両手で頭を抱えて机に額を押し付けてしまった。

 太一の目に怒りが現れた。

 けれども、それよりも、僕はなんだか、久木田を何とかしなければ、という思いが突然強くなった。あの、古い木造の家のおばあちゃんに‘サイダー’を買って来た時のように。

 僕はすっと席を立って、久木田の所まで歩いて行き、久木田の背中をさすってやった。

 教室全員が僕と久木田の方を見ている。けれども、僕はどうでもよかった。どうなっても構わなかった。

 岡崎の反応に異変が現れた。

「おい、小田だよな。なんだ、それ?」

 珍しく、岡崎が嫌悪であれとにかく何がしかの感情を含んだ言葉を発した。

 僕は構わずに久木田の背をさすり続けた。

 太一も岡崎のこれまでにない反応に、警戒心を強めているようだ。それ以上に、僕がこういう行動を取っている様子を驚きの表情で見ている。

「小田・・・もしかして、お前も同じ病気か?そいつの同類か?」

 そして岡崎はまた感情を消した声に戻り、次の言葉を続けた。

「まあ、小田は、小学校の時からおかしかったもんな。久木田に言われてはいはいとパンツ下ろしてみんなに性器をみせてたもんな」

 太一が突然岡崎の胸倉を掴み、激しく前後に揺すぶった。

「全部、お前が指示してたんだろうが!お前、西條高校で何の勉強してんだ!?西條高校は真のエリート、本当の紳士を作る高校じゃないのか!?」

 岡崎は太一の顔を無表情で眺める。

「お前は俺に手を下せるほど偉い人間か・・・・?」

 岡崎がそう言うと、太一は怒りを含んだ目で岡崎をにらみつけたまま、ゆっくりと手を離した。

 岡崎は無表情のまま何も言わず、教室を出て行った。


その2


 クラス会は岡崎が出て行った後、みんな沈み切ったようになり、30分も経たずに解散した。帰り道、太一が僕に話しかけて来た。

「かおるちゃん、凄いね。僕にはできないよ」

 僕は、何のことか分からず驚いて答える。

「え・・・何のこと?太一こそ凄いよ。岡崎に面と向かって対峙したのは太一だけじゃない」

 ううん、と太一は首を振る。

「僕には久木田の背中をさするなんてできない。いや、そんなこと、思いついたりすらしない・・・・やっぱり、日向さんがかおるちゃんと一緒にいる理由がよく分かったよ」

「え?」

 突然、さつきちゃんが話題に上がり、何故?と純粋に驚いた。

「かおるちゃん・・・よく考えたら日向さんて凄い子だと思うよ。なかなかいない子だよ。もちろん、遠藤さんや脇坂さんもいい子だけれど、日向さんは別次元というか異次元の感覚というか・・・・

 こんなこと、かおるちゃんに言うと怒るかもしれないけど、日向さんとかおるちゃんが‘特別な間柄’っていうのはほんの少しだけ、バランスが取れてないかな、って思ってた。

 ほんの少しだけ、だよ」

 太一は僕に気を遣ってか、少しだけ、というのを強調する。不釣合い、というのは承知しているので別にそこまで気を遣わなくてもいいのに、と思うけれど。太一は真顔で僕を見ながら続ける。

「・・・でも、今日、久木田の背中を撫でるのを見て、確信した。かおるちゃんも別次元、ってはっきり分かった。かおるちゃんと日向さんは甲乙つけがたい‘異次元’だよ」

「・・・それって、褒めてるってことでいいんだよね?」

 もちろん、と太一は更に真顔になる。

「最上級の褒め言葉だよ。変な話、今日のかおるちゃんを見て、‘負けた’って思ったから」

 僕も太一を真似して真顔で話すことにしてみる。

「いや・・・もし、ほんとにそうなら、単に太一の‘どうなっても構わない’っていうのを真似しただけだよ。ちょっとでも太一に近付けたんなら、本当に嬉しいんだけど・・・・」

 クラス会そのものの後味は悪かったけれど、太一と僕にとっては意義ある一日だった、のだろう。ただ・・・岡崎の言葉で久木田のうつ病が更に悪化しているんじゃないかな、とぼんやりと思った。


 3日後。久木田が自宅マンションから飛び降りて自殺した、という記事が朝刊に載っていた。

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