1-2

 僕は千愛莉ちゃんと外で会う約束をしていた。千愛莉ちゃんは違う高校に通っているので、中間くらいの場所にある駅の近くのファーストフード店で待ち合わせをした。


 放課後、僕が先に待ち合わせ場所に来ていた。そのままの寄り道だったので、僕は紺のブレザーにネクタイ、という制服姿のままだった。


 都会から大きく離れているこの町は、残念なことに不良をよく見かける。というか見るからに不良という人が多い。田舎だから不良が多いのか、田舎だから不良だと分かりやすいのか。僕にはよくわからない。


 こうやって駅近くで待ち合わせをしていると何となく不安になるのだが、麗の話だと僕は絡まれづらいタイプらしい。ヤンキーだってあんたみたいな男女おとこおんなには酷いこと出来ないわよ、なんて笑いながら言われたのは腹が立つけれど、本当に絡まれたこと無いのは事実だった。


「お待たせー」


 当たり前だけれど、千愛莉ちゃんは制服を着ていた。僕と同じような紺のブレザーに、胸には赤いチェックのリボン、同じチェックのスカート、そして朱色のリュックという姿で、千愛莉ちゃんに良く似合っていた。同じような色のはずなのに、千愛莉ちゃんの制服のほうが今風というか、よっぽどお洒落に感じる。そういえば、千愛莉ちゃんの通う高校は、制服が可愛くて有名だった。ひょっとすると、その理由で高校を選んだのかもしれない。


「じゃ、入ろうか」


 僕は千愛莉ちゃんとあまり目を合わせないようにする。何だかんだで、普通の女の子と二人きり、という状況に慣れていないのだ。


 僕らは飲み物だけを買って、中に入っていく。千愛莉ちゃんは色々と物欲しそうな顔をしていたけれど、お腹を何度か摘んで堪えたようだ。別に千愛莉ちゃんは痩せているほうだと思うけれど、そのあたりは女の子の都合というものだろう。僕らは禁煙になっている二階へ上ると、二人で限界というような机と席を取り、そこへと座った。


 しばらく千愛莉ちゃんの高校の話を聞いていた。女子高あるあるのようなものを聞いていると、楽しい高校生活を送っている感じがした。まあ、千愛莉ちゃんヴィジョンだからこそ色々と前向きに見れている、ということかもしれない。僕はそろそろ、と、本題へと向かうことにした。


「千愛莉ちゃんは、紅ちゃんとどのくらい会ってるの?」


「ほとんどお休みの日だよ。放課後はたまにしか会ってないの」


 高校も違うし、そんなものだろうか。せっかくこんな善良な友達が出来たんだから、紅ちゃんももっと関わればいいのに。


「ハジメちゃんの家に行く時はいつも誘ってくれるけど」


「そういえばそうだね」


 僕とタイマンは嫌ということだろうか。最近は、千愛莉ちゃんを介して話しているような気がしないでもなかった。


「私はもっと紅輝さんに引っ付いて居たいんだけどねー。最初は毎日、後を付けたりしてたけど、紅輝さんにそれはやめてくれって言われちゃったから」


「そんなこと言ってたね……」


 畑の違う紅ちゃんと千愛莉ちゃんが仲良くなるには、そういう強引さが必要だったのだろう。もっとも、当人からは「怖かった」という感想をもらったわけだけれど。


「よし。じゃあ、松竹梅仲直り大作戦についての話し合いをしよっか!」


「……そうだね」


 作戦名は必要ない。それに何故そんな作戦名なのか。色々つっこみたいけれど、冗談で言っているのかそうでないのかが分からない以上、僕は同意するしかなかった。さすがに、千愛莉ちゃんを唯奈や麗と同じように扱うことは出来ない。まだそれほどの仲にはなれていないのだ。


「私、色々考えてきたんだ。一、拳で語り合う」


「一つ目から不穏なんだけど」


 さすがに、ここはすぐに話を遮った。ヤンキー漫画から仕入れていそうなそれは、三人には適していない。というか、紅ちゃんが一方的に勝ってしまう。


「二、ハジメちゃんが叱る」


「三人にってこと?」


「うん。この前みたいに」


「それは、ちょっと厳しいかな。やろうとしたことはあったけど、失敗だったから」


 無理やり会わせる、というのは何度か試していた。しかし、そのうち紅ちゃんが家に全く来なくなってしまったので、僕はその方法を諦めた。


「唯奈さん、あんなにハジメちゃんを怖がってたのに」


「まあ、あれは多分、僕を怖がっているのとは違うから」


「そうなの?」


 千愛莉ちゃんはキョトンとした顔をする。あれはある意味弱みを握っているだけ。それは心の中でだけ呟いた。


「三は?」


「えっとね、私たちがお互いの思ってることを代わりに伝える」


 つまり、三人の間を伝書鳩するということだ。僕は首を捻った。


「それはちゃんと言ってくれるかが問題だね」


「うん。最悪、私たちが捏造するの」


「……」


 この人はしれっと思い切った意見を出すようだ。千愛莉ちゃんは謎のドヤ顔を披露している。


「あの時のことは本当に悪かったと思っている。いやいや、あたしこそ悪かった、べ」


 千愛莉ちゃんは二人の伝達事項を真似ているらしい。似てない、というか、とって付けたような“べ”が気になる。千愛莉ちゃんが唯奈の印象に残った部分はそこだったのだろうか。


「麗さんってどんな人?」


 麗の真似が出来なかったからか、千愛莉ちゃんからはそんなおおざっぱな質問が飛んで来た。


「高飛車、高い声、オバサンっぽい」


 僕もおおざっぱに答える。肝心の“極道の娘”というのはいったん置いておいた。隠すつもりはないが、それを個人の印象として加えるとややこしいからだ。


「ワ、ワタシモワルカッタザマス」


「ざますは無いよ」


 僕が苦笑いしながら言うと、千愛莉ちゃんは楽しそうに笑ってくれた。紅ちゃんの前でもこんな感じなのだろうか。だったらいいな、と思った。


 結局、話はまとまらなかったが、とりあえず唯奈から何とかしようということとだけは、曖昧ながらも決定した。結局、最も懐柔しやすそうであり、立ち位置としても中間に居るはずの唯奈が一番適しているのだ。


 帰り道、僕は千愛莉ちゃんを送っていくことにした。と言っても、帰る方向が同じなので、ほんの少しだけの遠回りだった。


「うちの高校のほうが近いんじゃない?」


「うん。でもね、お母さんがこっちにしなさいって。制服が可愛いから」


 やっぱりその理由は汲んでいたようだった。千愛莉ちゃんは少し胸を張りながら、両手でブレザーやスカートを伸ばした。僕はその意外と大きい胸にドキッとして、目を逸らした。


「あと、そっちは不良が多いからって……」


「ごめんなさい」


 まさか、結局不良と関わるようになるとは思わなかっただろう。千愛莉ちゃんに悪さをするような不良では無いので、そこは何とか許してもらいたいところだ。不良の多いこの地域において、頭が良くない公立であるうちの高校には、それらが集まりやすいのだ。


「でも私は、今となったらそっちでも良かったって思うよ。紅輝さんやハジメちゃん

が居るもん」


 千愛莉ちゃんはにっこりと笑う。夕陽に照らされたその顔からは、少し母性のようなものを感じた。千愛莉ちゃんも姉っぽい雰囲気を持っている。


「千愛莉ちゃんなら、どこでだって誰かと仲良くなれただろうね」


「うーん。私は寂しがり屋だから、それはあるかもだけど」


 駅の近くの商店街を、二人並んで抜けていく。この時間は商店街の端のほうにあるスーパーに主婦が多く来ているようで、とても賑わっていた。商店街を抜けると、少し大きめの道路が広がる。そこには一台の見覚えのある黒い車が止まっていた。


「あ。ちょっとごめん」


「どうしたの?」


 ひょっとしたら麗が居るかもしれない。千愛莉ちゃんに麗を紹介する良い機会だと、僕はそこに近づいていく。すると、中からはとても体の大きい男性が出てきた。


「ハジメちゃん?」


 どう見ても怖い人に近づいていく僕を不審に思ってか、千愛莉ちゃんは後で立ち止まっていた。僕は男性に話しかけた。


「こんばんは」


「ん? おお、ハジメくんか。あんまり俺らに話しかけるもんじゃねえぞ。怖がられるからな。ハハハッ!」


 この人は麗のお目付け役である、皆川真二郎さんだ。真二郎さんは、僕の後ろに居る千愛莉ちゃんを見て言ったようだ。


「麗、居ますか?」


「麗さんはもう家だよ。俺は別の仕事。麗さんを探していたのか?」


「いえ、急ぎでは無いので」


 僕はそう言って頭を下げた。真二郎さんは強面だし、実際極道の人なのだが、僕にはとても親切だ。麗の周りの人の中でも、話しかけやすい人だった。


「……後ろのお嬢ちゃん、なんかフォローしといたほうがいいか?」


 それは、自身が極道の身ではないフリをして、千愛莉ちゃんを安心させたほうがいいんじゃないか、という僕への気遣いだった。この人は本当に格好良い。


「大丈夫ですよ。麗と会わせたかったから、どのみち嘘をつく必要が無いので」


「ハハハッ! そうかそうか! それじゃいつかばれちゃうもんな!」


 真二郎さんは大げさなくらいに笑う。彼は自分の特殊な立ち位置を楽しむ傾向があった。


「それより、あの子はハジメくんの彼女か? 駄目だぞ、麗さんと結婚してもらわなきゃなんないんだから」


「どっちもそういうんじゃないです……。それじゃあまた」


 真二郎さんにもう一度挨拶をしてから、僕は千愛莉ちゃんのほうへと戻っていく。千愛莉ちゃんはポカンとした表情で突っ立った後、真二郎さんのほうを見て頭を下げた。どうやら、真二郎さんが手を振っていたらしい。


「びっくりしたー。お知り合いなの?」


「あの人は麗の側近なんだ。麗って極道の娘だから」


「ほえー……」


 さすがに千愛莉ちゃんも少し引いているようだ。それでも、千愛莉ちゃんなら大丈夫だと信じてみる。


「まあ麗自身は怖くないよ。ちょっと偉そうなだけで、千愛莉ちゃんみたいな子には優しいと思うし。麗とも友達になってほしいんだけど、やっぱり怖いかな?」


「え? ううん、怖くは無いよ。さっきの人も、優しそうな人だったし」


 そう言って千愛莉ちゃんはにっこりと笑う。僕はホッと一安心。


「……三人って、どんな感じだったの?」


 麗のイメージが膨らんだのか、千愛莉ちゃんはそんな質問をしてきた。


「うーん、仲良かったよ。喧嘩ばかりしてたけど」


「でも、今のも喧嘩だよ?」


「今のとは全く違う喧嘩だったんだよ。罵りあいという名のボケとツッコミ合戦。お互いを馬鹿にし合っているんだけど、皆それぞれどこか抜けているから、そこを突かれちゃうっていう」


 馬鹿な唯奈、すぐ怒る麗、普段はボケッとしている紅ちゃん。それが綺麗にはまって、三すくみという風にはならずに、色んな形で二対一の構図になる。思い出していると、僕は少し笑えた。


「紅輝さんのそういうとこ、見てみたいなー」


 あの頃の紅ちゃんは良く笑っていた。一番姉さんに懐いていたから、家に来る回数も一番多かった。


「そうだね」


「絶対仲直りさせようね!」


 千愛莉ちゃんはグッと両手の拳を握り締めた。千愛莉ちゃんを見ていると、三人が何とかなりそうな気がしてくるから不思議だった。


 千愛莉ちゃんの家は、閑静な住宅街の中にある一軒屋だった。僕の家から割と近い場所にあるが、僕の家よりもずっと新しくて綺麗な家だった。


「送ってくれてありがとう! バイバーイ!」


「また今度ね」


 千愛莉ちゃんと別れると、今度は自分の家へと歩いていく。一つ角を曲がると、そこに見知った顔があった。


「千愛莉ちゃんと会うの?」


 紅ちゃんは少し意表を付かれたような反応をするが、すぐにいつもの落ち着いた感じに戻った。制服姿のままの紅ちゃんは、唯奈みたいに着崩さず、スカートの下にはスパッツを履いている。靴もスニーカーで、動きやすいことが重要だというような格好だった。心なしか、そのスニーカーはこんなに天気の良い日なのに、何故か湿っているように見えた。


 紅ちゃんは小さく首を横に振る。その返答は、さっきまで千愛莉ちゃんと一緒に居た僕には分かっていた。


「ハジメ、千愛莉と居たのか?」


「うん」


 嘘をつく必要も無いので、僕はそう返した。紅ちゃんは小さく笑う。


「そうか、良かった。二人は仲良くなれると思ってたんだ」


 その言葉は、ただの相性のことを言っているのだろうか。まるで、紅ちゃんがそこには含まれない物言いのように感じた。


「紅ちゃんにとって、千愛莉ちゃんは良いと思うよ。千愛莉ちゃんは何だかんだでしっかりしてるし。引っ張られてる感じが、紅ちゃんには合ってる。普段から一緒に居ればいいのに」


 僕はそう言って笑う。どうしても、唯奈や麗に対してよりも、紅ちゃんに対してというのはぎこちなくなってしまう。紅ちゃんは、落ち込んだときに立ち直るのが人よりも遅い。だから、紅ちゃんに対しては遠慮がちになってしまうのだ。


「あまり、普段から私と居るのは良くない。私を見るだけで、絡んでくるような奴もいるから」


 紅ちゃんは不安定な頃、大なり小なり悪事というものを目撃すれば、暴力的な人間へと変貌した。部分的に善行ではあるのだけれど、紅ちゃんのそれはやり過ぎだし、紅ちゃんがする必要は無い。そして、それによって紅ちゃんは昔から注目を集めて、敵を作っていた。


 その頃でも、紅ちゃんの見た目には、喧嘩をした爪あとというのは残らない。ただし、心のほうには傷がいっぱいで、それは簡単に見抜くことが出来た。僕はその頃、紅ちゃんを探していつも外を走り回っていた。見つけると、紅ちゃんはいつもなんでもないフリをするのだけれど、限界まですり減らしたような笑みだから、余計に心配だった。


「まだ、絡まれたりするの?」


「うん。でもちゃんと逃げてるよ」


 紅ちゃんは、僕の顔のどこかを見て言った。あまり目が合わないのはいつものことだ。逃げてほしい、というのは、僕が昔から何度もお願いしたことだった。女の子なんだから、とか、敵を作るから、とか言って。


 そして、僕が疲れ果てて限界が来た時に約束をした。今度暴力をしたら、もう縁を切る、と。それから、紅ちゃんは自分から敵を作るようなことはしていないはずだ。


「そっか、良かった。ご飯はちゃんと食べてる?」


「うん。……ふふふ、ハジメはお母さんみたいだな」


 そう言ってクスクスと笑う。僕はそれを見て、自分の顔が熱くなってくるのが分かった。紅ちゃんは、僕の初恋の人でもある。


「こ、紅ちゃんは今から帰るの? 送っていくよ」


「いいよ」


「ううん。紅ちゃんは女の子なんだから」


 僕はそう言って強引に家へとついていこうとする。実際、誰かに絡まれたりしたら、僕が守ってもらう側になってしまうのは明白だけれど、ここは男のプライドというのを持ちたいのだ。


「じゃあそうしてもらおうかな」


「うん」


 紅ちゃんと横並びで歩いていくのは、久しぶりのことだった。紅ちゃんの住むマンションまでは、それほどの距離は無い。僕は話題を探していた。


「千愛莉と、どうして会ってたんだ?」


 そうしていると、紅ちゃんのほうから話しかけてくれた。


「たまたま駅のほうで会って、それでお茶してた」


 僕は嘘をついた。待ち合わせをした、なんて言ったら、どう考えても紅ちゃんが関わっているとばれるからだ。


「そうか」


 紅ちゃんは僕よりも十センチほど背が高い。その横顔は、やっぱりどこか寂しそうに見える。いつも、昔から紅ちゃんは時折そんな顔を見せるのだ。


「ハジメと千愛莉は何だか似ているんだ」


「どこが?」


「私を追いかけてくるところとか」


 それは似てるというのだろうか。ただの行動だと思うのだけれど。


「あと、女の子らしい感じとか」


「……それ、僕に喧嘩を売ってたりする?」


「あ……ご、ごめん」


 どうやら、素で考えていたらしい。紅ちゃんまで、僕のコンプレックスを突いてきますか。そういえば紅ちゃんは昔、僕のことを姉さんの可愛い妹だと信じて疑わなかった。姉さんがそう教え込んだらしくて、僕が何度も男だって言ってるのに、そんなはずはないって僕を小動物みたいに扱った。よくよく考えれば、僕のコンプレックスの原因はほとんどが紅ちゃんだった。

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