5-2
一つだけ、明るい部屋があった。中を覗くと、この光が電球がぶら下げられているからのものであることがわかる。そこには、男達に囲まれて、一人の女の人が寝そべっていた。紅ちゃんだ。やっぱり、紅ちゃんにとって、この場所は良くなかった。
「手こずらせやがってさぁ」
紅ちゃんはかなり抵抗したようだ。男達には、さっき見なかったような傷が多く見受けられた。
「いってぇな、くそっ!」
そう言って、男の一人が寝ている紅ちゃんを蹴った。僕は拳を握り締めた。落ち着かないと。チャンスを窺うんだ。
「やめろ」
男の一人がそう言った。それが、鼻が折れている関谷という男だった。
「綺麗なほうがいいだろ。顔は絶対殴んなよ」
決して、止めてくれるわけではない。むしろ、この男が一番野蛮に感じる。この男には、紅ちゃんに倒された恨みがあるのだ。
「やっべー、興奮してきた」
「早くしよーぜ。俺、先にしていい?」
僕は、呼吸が荒くなってきてしまう。何か、武器は無いかと探すが、暗くて良く見えなかった。
「うるせーよ。俺が一番先だって言ってんだろ」
「何だよ偉そうに? こいつにぼこぼこにされたくせに」
関谷は、そう悪態をついた男を蹴り飛ばした。
「何だよてめー!」
「邪魔すんなよ! 美味しいところだけもってこうとしてんじゃねえよ!」
どうやら、全く統率の取れていないグループらしく、いとも簡単に内紛が起こってしまっていた。このまま何とか時間が過ぎて、助けがこないだろうか。
「まあまあ、関谷にやらせてやれよ」
「その鼻見てたらかわいそうだしな」
他の二人の男があざ笑った。関谷は、紅ちゃんの顔へと顔を近づけていく。
「くあ、やべー。匂い嗅いでやがる」
「関谷、マジ変態じゃん」
「うるせーな――っ!?」
紅ちゃんは、顔を近づけた関谷を噛み付こうとした。関谷は間一髪でそれを避けると、怒りを露わにして紅ちゃんの腰のほうを力いっぱいに蹴った。紅ちゃんは、痛みによって体を丸めた。
「あぶねーなこいつ! ほらっ! こっちに向くんだよ!!」
もう限界だった。関谷が紅ちゃんに掴みかかろうとしたときに、僕は部屋へと入っていった。
男達は一瞬驚いた後、関谷以外の三人はニヤニヤと笑い出した。関谷だけは、僕のことを睨みつけるように見ていた。
「おめーにはもう用無いんだけど」
「紅ちゃんを離してください」
過剰に反応したのは、紅ちゃんだった。僕のことを見ると、絶望的な顔になり、ついには涙を流した。
「なんで……」
「おお、こう見ると竹原マジ美人だな」
「やべー、早くやりてー」
連中の言葉に、僕は目でけん制する。当然、彼らはそんなことで怯んだりはしなかった。
「警察、呼んでますから。すぐにここへ来ます。これは犯罪ですから、みんな捕まりますよ」
僕は怯えながらも、淡々と脅しをかけた。いつ来るのか、本当に来るのかもわからないそれが、彼らに効果があるのかはわからない。
「なんだ? 脅してんのか?」
関谷が立ち上がり、僕の方へと歩いてきた。僕は、今度は怯えないで、関谷のことを睨みつける。
「さっきみたいに震えないんだ。三木本くん」
もちろん、今でも怖い。でも、それよりも紅ちゃんに対してしたことを許せなくて、僕は怒っていた。
「本当に、すぐに来ますよ」
僕は、たっぷりの敵意を込めてそう言った。関谷は、そんな僕を見てニヤッと笑う。
「ハジメに、ハジメに何かするのだけはやめて……」
紅ちゃんの声に、彼らはより楽しそうな笑みを浮かべた。残念ながら、紅ちゃんの懇願は彼らを喜ばせるものだった。
「三木本くんが見てるほうが興奮しそうだよな」
「わかるわー。これはやべーな」
下品な笑い声が部屋に響く。僕は殴りかかりたい衝動を抑える。僕は自分の弱さを知っているから、怒りに任せて行動することだけはあってはならないことだ。一番必要なのは時間を稼ぐということだ。情けない話だけれど、僕だけでは紅ちゃんを救うことなど出来ない。きっと助けは来るから、僕は待つのだ。
不意に後ろから声が聞こえた。僕は期待を込めて振り返った。
「はーい、鍵はちゃんと閉めたからね」
いつの間にか、男のうちの一人が玄関のほうへ行っていたようだ。僕は絶望感に打ちひしがれる。
「こんな空き家に、警察はこねーだろ」
「どう考えても、そんな通報は悪戯だと思うよな」
男達はけらけらと笑う。彼らは馬鹿だ。警戒心の薄い馬鹿だからこそ、こんなことが出来るのだ。
「電気を消せば、ここに誰か来ることはねーだろ」
「それじゃ、もっと暗くなる頃には裸が見れなくなるじゃん。早く脱がさないとさ」
もう外は薄暗くなっている。暗くなるごとに、僕の不安は増していく。暗がりに敵だらけ。こんな状況なんて漫画でしか見たことが無い。
相手が時間について焦りだすのが一番まずいことだ。何か言って時間を稼ごうとしても、逆上させて返って悪い方向にむかうかもしれない。
僕は必死に考える。この状況の中で、紅ちゃんを救う方法を。
「で、こいつどうするの?」
「なんなら、一緒にやるか?」
「やっぱりホモかよ」
「そういう意味じゃねえよ」
もうこいつらの下品な笑い声は聞きたくない。僕は構えた。
「何だ? こいつ、俺らに殴りかかる気じゃね?」
「やべー、かっこいー」
僕はその笑い声を切り裂くように、飛びかかった。関谷をすり抜けて、紅ちゃんの脇に居る男達も見ずに、飛び込んだのは紅ちゃんにだった。
「な!?」
男達を尻目に、僕は紅ちゃんに抱きついていた。身を丸めていた紅ちゃんは、僕が覆いかぶさると、体のほとんどがしっかりと隠れていた。
「やっぱりやりたかったんじゃねーか」
そう言って男たちは笑う。もうそんなことはどうでも良かった。今、僕の手の中に、紅ちゃんが居る。このまま僕が動かなければ、紅ちゃんは何もされることは無いのだ。これが時間を稼ぐ上での唯一の手段だった。
「大丈夫? 紅ちゃん」
「ハジメ! 離れて……」
紅ちゃんは涙ながらにそう訴えた。僕は首を横に振る。
「ごめんね、紅ちゃん。ずっと姉さんを追いかけていたことに気づかなくて」
「な、何で……」
紅ちゃんの声は震えている。僕は真っ直ぐ紅ちゃんを見て、笑えた。
「でももう大丈夫だからね。もう紅ちゃんは何もしなくていいんだ。危ないことなんてせずに、ただ普通の女の子として過ごそう。唯奈や麗、それに千愛莉ちゃんと楽しく。僕がちゃんと守るから。今までみんながしてくれたみたいに、今度は僕が守るんだ」
姉さんも、唯奈も、麗も、紅ちゃんも、色んな形で僕を守ってくれていた。だから、これからは僕が守るんだ。唯一の男として、姉さんの居た場所を守るんだ。
「ほら、もうどけよ」
「うわ、結構力強いじゃん。すっぽんみてー」
男達は僕と紅ちゃんを引き離そうとする。僕は、しっかりと紅ちゃんを抱きしめていた。触れさせない。触れさせたくない。僕は必死だった。
「っ!? うぁ!!」
突然、右手の甲に強烈な痛みを感じた。見ると、男の一人が僕の手を火であぶっていた。
「ほらほらー、焦げるぞー」
「やめてやれよ、ハハハッ!」
僕は、よりいっそう力を込めて、紅ちゃんを抱きしめた。
「おい、何してんだよ。さっさとそいつをどかせ」
「は? 何でお前はそこまで偉そうなんだよ。自分でやれよ馬鹿」
また関谷と男の一人が口論になると、僕への攻撃は一旦ストップした。しかし、またすぐに、今度は腰のほうを蹴られる。
「いっ!?」
痛い。こんな風に暴力を振るわれたのは初めてのことだ。僕は殴り合いの喧嘩を今まで一度もしたことがなかった。
「やめろ!!」
紅ちゃんにも強い振動がいったから心配したのだろう、紅ちゃんは力いっぱいに叫んだ。
「大丈夫だよ。僕は大丈夫だから」
紅ちゃん、そして自分に言い聞かせるように言った。痛いけれど、こうしていれば紅ちゃんには何もされない。そう思うと、少し自分に酔うことが出来て、痛みも麻痺してくる気がした。
「早くどけって言ってんだろ!!」
関谷の声が響くと、何度も僕の背中や腰へ痛みが襲う。僕は耐える。僕に攻撃してきているのは関谷だけだった。
「関谷、必死じゃん」
「どんだけやりてーんだよ」
他の男達の馬鹿にしたような声が響く。ふいに僕は髪の毛をわしづかみにされてしまう。
「おい、なめてんじゃねーぞ。早くどけよ」
顔だけ起こされると、関谷は敵意をむき出しにして睨みつけてきた。怖いけど、そこまでのものじゃない。この男がいかに馬鹿で、愚かだということがわかると、僕はもう怯むこと無く睨み返すことが出来た。
「……どかない」
「――ちっ」
しっかり目が合ったことが気に入らなかったのだろう。今度は右の頬を殴られた。口の中が切れたのか、血の味がする。それでも、ここを動くわけにはいかないと、また関谷を睨みつけた。
「やめて、もうハジメだけは傷つけないで……」
僕の手の中から紅ちゃんの声が聞こえる。大丈夫だと言い聞かせるように、その頭を撫でてやる。
関谷は、指先に強く力を入れて僕の腕を握り、僕の体を紅ちゃんから引き離そうとした。蹴られたり、頭を殴られたりもする。痛み自体は麻痺していて、耐えることが出来る。しかし、その分僕が紅ちゃんを抱きしめている力も弱くなってしまいそうになる。だから僕は、何かされるたびに、紅ちゃんを抱きしめる力を強くする。
「え? 何だよ」
「……おい、関谷、やべーよ」
その声が聞こえると、僕を攻撃する手が完全にストップした。聞こえた声は、聞き覚えのあるものだった。
「ハジメ!?」
「おい! お前ら何してんだよ!!」
唯奈と麗だった。僕は安心しつつも、二人も危ないのではないかと、また不安が襲ってくる。しかし、それは杞憂だった。
「おいおい、これはどういうことだ? うちのお嬢様のフィアンセと親友に何してるんだ?」
声の主は、真二郎さんだった。僕は今度こそホッとすると、涙が出そうになる。
ふいに、部屋が真っ暗になった。男の一人が消したようだ。そして慌しい音が響くと、また部屋が明るくなった。
「逃げても無駄だ。外にもお前らのことを待ってるやつらはいっぱいいるからな」
関谷は真二郎さんを見て固まっているようだった。他の三人はもう真二郎さんの足元に居るようだ。
「もう、大丈夫みたいだね」
「……うん」
紅ちゃんは涙を浮かべている。その顔に、もう一滴の涙が落ちた。それは、僕の涙だった。
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