間幕
自分が不甲斐ないばかりに……!
けたたましいブレーキ音が響き、目の前であろうことか少女がトラックにはねられた。
言葉にしてしまえば簡単だ。
だがその衝撃、その動揺は遥かに大きなものとなって私を覆った。
「くそっ!」
一瞬止まる足を、まとわりつく何かを払いのけて走る。
あんな油断で……こんな……。
少女は数メートルを吹っ飛ばされて地面に転がる。
運がまだ良かったと見るべきか、着地時にリュックから着いて転がった。
トラックも少女を跳ねこそすれ、すぐに停止した。
私はすぐに少女の許へ行く。
ピクリとも動かない。
近づくと、一瞬広がるものにいよいよ背筋が凍るが、先ほどコンビニで買っていたコーラが衝撃でフタが開き、中身が出てるだけだった。
落ち着け、落ち着け………。
心肺と意識の確認。小さい頃に遊びのようにやってたことを思い出せ。
まずは肩を上から強くつつくような形で叩いて意識確認。
「大丈夫!? 起きれる!!? 大丈夫!? 起きれる!!?」
あー……子供の頃やったまんまだ……。いや、これでいい、相手も子供だ。変に難しい質問するよりいいだろう。ふぅ、よし私の頭は冷静になってきてるな。
「大丈夫?! 起きれる!?」
……………………………………………………………。
4、5回やってみても反応が全くない。ぐったりしたまま。強めに叩いて意識があれば嫌な鈍痛がするので何かしら反応があるはずだが、眉ひとつ動かない…。
ヤバいな…とにかく次だ、次は呼吸と脈。
その前に、このリュック、邪魔ッ!!
そっとリュックの肩紐から少女を解いてすぐ仰向けに寝かす。
「あ、あの……何か手伝いますか?」
「そのリュックから布あったら取って」
口元に耳を近づけ、呼吸の確認。………………………………してない。
マズイマズイマズイマズイ……!
脈。首元に手をやる。いや、心臓が鼓動してるか耳を胸に……まだこれ位なら十分聞き取れるはず……!
ここまでで目立った外傷はないんだ、すり傷位。リュックから外す時も背中を少し見た、何もない。おねがい。
…………………………………………………ダメだ……。
すぐに起きて念のため首元の頸動脈付近に手をあてる。……………………ダメ。
「…………………っ!」
こっからは遊びじゃない……いや、何を止まってる、動け。
仰向きのまま、上体を少し反らさせて……そうだ。
「ありました?」
「えっと……あ、はい、これで?!」
なんかすんごい取り出しにくそうにしてようやく出したけど……パジャマ?
やっぱこの娘、お泊り会でも行く途中だったのかな?
まぁなんでもいい、今は……。
適当に丸めて枕にし、なるべく頭より首に近い方にしく。
上体を反らせた、顎を上げさせて、口を開けさせて……あ、念のために口の中に何もない? ……ない、……わよね? ない、うん、ない。
ごめんな。
想いながら口から息を吹き込む、2回。胸の挙動がちゃんと上下して肺に空気がいってるのを確認。
次、胸。三本指立てて……中心を当てて下げていき、ここだ、この若干くぼんだここに、腕からほぼ垂直に力が伝わるように……手を重ねて……。
あれ何回だったっけ……?
とにかく云十回!
「1! 2! 3! 4! 5! 6! 7! 8! 9! 10! 11! 12!………」
20回位で!
お願い、これで息吹き返して。
あ、そうだ……。
手だけは動かしつつ周囲を見る。
「119、119誰かしてくれました?!!」
いるのはママさんとトラックのおっちゃん。遠くに子供。……奴はいないか。
20回位いった?……いや、もう次。
また2回程の人工呼吸を行う。
「119はやった。あと少ししたらここ来てくれる言うとる」
おっちゃんが携帯電話を持っとった。ようそんな高いもん持っとるな。儲かっとるんか?
また20回に戻る。
「状態は心肺停止。人工呼吸はやっとる!」
言うとおっちゃんはそのままを携帯電話で先に伝えとる。あ、そや。
「胸押すんやつって何回『プァーーーーーーーーーーーーーーーー』」
「ああ??!!!」
くっそ! 電車が通りよった!
構わず続けて、人工呼吸を2回。そんで戻って押した頃に電車のうるささは遠のいた。
「この胸押すんって何回押せばええんやっけ???!!!!!」
「待ってや!!! すいません、心肺蘇生やけど何回押すんでっか?!! ………、……30!? ……はい、はい。……30回! 30回やって!!!」
わー……間違えとったー……。
押すのを頑張る。
「そのまま状態が変わるまで続けて、やって!!」「わかったー!!」
くっそ、息しろ、ボケ!!
ウンともスンとも言わんで……。
さっきあんなに表情コロコロ変えながら菓子選んどったやんか!
やりたいことあるんやろ?! 戻ってこい!!
見てたんや。
ちゃんと見てたんや。それやのに……。
父が警察官で、小さい頃から兄達と警察官ごっこや救助の遊びとかをよくやっていた。
注意深くモノを見る癖もそれでついて、将来もなんとなくそうなるんかなとか思ったりもして。
親が警察官なだけにまぁそこそこ厳しく、高校でも我慢してたけど短大に入ってから月の小遣いだけではあまり楽しいキャンパスライフにならないので勉強と両立する無理ない範囲でアルバイトを認めてもらってやっとった。
そしたらこのコンビニのバイト、これが万引きの温床で毎月毎月起こる起こる。起こらん週がない。
なんか私のとこのバイトは万引きで出た損は店員で分配もしてて給料から差し引かれるんで、ダイレクトに響いとった。
頭にくるけど、商品持って外に出た瞬間からもう現行犯として捕まえるのは難しいとか、店の中だとこれから会計だとか、捕まえたら捕まえたで今度は風評で人来なくなるしあんま気にせんでとか……余計頭に来た。
4ヶ月やったけどもう辞めよう思いつつ、最後にバシっと捕まえたろと思っとった。
少女に対しては怪しい動きしとったけど、そんなに(少なくとも私より)多くない小遣いやろうに、自分で落とした棚の商品を買ったりしとって、荒むこの仕事の中で少し疲れが取れたりしてた。
けど、その少女を小突いたり暴言吐いたあのクズ。
休憩時間の時に見てみてたカメラでも偶然見つけた数少ない万引きの常習犯。
あとで知ったがこいつ、他のコンビニでも当然のようにやらかすクソガキだった。学校自体でも問題を多く起こし、先生にも平気で暴行し反省しない。授業もまともに受けない。誰も止められない、常にイライラし好き勝手に当たり散らす。こいつの悪行を数え始めたらキリがないのでこの辺で割愛。万引きに話を戻す。
中学生で反抗期って言ったって、やっていいことなわけないだろう。
何食わぬ顔で少女のリュックにぶつかりながら外のポケットにこれ見よがしにお菓子を突っ込んだ。あいつ自身も会計のかごを持ちながらポケットにブツを入れていた。私ら店員が気づかなければ外に出た時にまたぶつかりでもして回収、気づいたら気づいたらで今さっきのように隠れ蓑にして騒ぎに乗じて自分だけさっさとトンズラかます算段だったのだろう。
だが店に入ってきた最初からずっと私は見ていた。少女とこちらで一旦問答しながらもポケットの商品をレジに出さずに出ようとしてるとこまで。
ちゃんと見ていたんや。
そして、少女は未遂・何もなかったで処理。このクズだけに集中するつもりだったのに。
年下でも中学生。「なんであいつはよくて俺はダメなんだよ死ねやボケ」等とのたまいながらふるう力は思いのほか強く、盗もうとしてた商品をぶつけられ、怯んだ私を振りほどいて逃げやがった(店長は役に立たなかった)。
もうブチ切れて(暴行罪とか成り立つんじゃない?とか思った)とにかく一回ブン殴り返してやろうと追いかけたら、クズの前にさっきの少女。
淡い何か期待をしたかもしれない。でも、自分でどうにかするからそのままスルーしてほしいと思った。
彼女が何を思ってたのかは知らない。
けれど、結果として、起きたことは最悪の現状だった。
「クソッ! クソッ! クソッ!」
頼む、頼む、頼む、頼む、頼む!!
息しろよ、コンチクショウ!!
「ちょっと……!」
「あ?!」
「強すぎやないか……?」
「……………………」
いつの間にかカウントも適当に悪態をついてた。
「ちょ、止まっちゃ……!」
「あ、そや、そや……!」
心肺蘇生を続ける。
「…はい、はい……あの……すまん、この娘の身元、わからへんか?」「ああ、そうね……でも…」「あとにして」「そうやんね……」「そこのリュックとかは?」「あ、ああ……」
ママさんがリュックを開ける。けど、出てくるもんは身元なんかわかりそうもないもんばっか。
手つかずの菓子が入ったビニール袋。フタがバカになったピンクの筆箱。破れた賞状。見事に顔が割れたセーラームーン……なんやこれ……ああ、目覚まし時計か、時計も止まっとるな。アルバムは折れ曲がっとる。なんかじゃらじゃらしとんのなんや……ああ、貯金箱壊れたんか……。
………出てくるのは彼女が生きていた、過去になろうとしてる現実。
ミニーも首と腕が避けて綿が出とる……縁起でもない!!
吹き入れる息を少し強くした。いや、ちゃんと適正にやらんと……危ない危ない。
手がしびれてきたな……、でも、救助が来るまでやるんや。
こうしてこっちで圧したることで疑似的に心臓が動いて酸素を乗せた血は巡る! 脳に酸素がいかん状態にせんこと、絶対!
人間の吐く息には酸素はまだまだ残っとるからこうして入れたれば肺はちゃんと吸収してくれとるはず!!
「フッ、フッ、フッ、フッ、フッ、フッ、…………………フーーーーー……。………………。フーーーーーーー……。………………。………フッ、フッ、フッ、フッ……」
続けろ、続けろ。手は休めるな。
けど……もうどんだけやった?
未だにピクリとも動かへん。
ウソやろ………………。
外傷とかほとんどなんもないねんで?!
こんなちょっと頭打ったとかで死ぬんか?!!?
脳に深刻なダメージがあるんか!?
息をしろ、息をしろ!
心臓の鼓動がないか、今一度胸に耳を当てる…………………クソッ!!!!
耳を上げるとようやくサイレンが近づいてきていた。
「……ダメ、やっぱり何もないわね……」
破れた賞状でせいぜい近くの小学校の生徒だとわかった位。
念のため、底の方もさらってみてるみたいやけど、めぼしいものは見つからんみたい。
「? あら、これは……?」
ママさんが掴んだのは……やっぱりダメ、ただの髪留め。
今はとにかく息、心臓の鼓動戻ってこい。
集中が散漫になってきとる。隊員が傍にくるまで絶対に止めん
ガシッ……!!
「!??」
腕をつかまれた。寝ている少女に。
「やった!?」「気づいたか!?!」「よかった!!」
「【や゛……め゛……………】」
「痛っ!?」
ギュウウウウウと。もの凄い力で掴んでくる。
中学生の比にならん。なんや、この力……!?
少女を見ると、なんとこっちを白目で見とる。いや、私やない、……髪留め……?
なんや? なんなんやこれ?!
「痛……い……離…して……!」
いよいよ掴まれてる手の先の感覚がなくなってくる。私は指ひとつひとつをひっぺがそうと躍起になり始める。すると急に、
パリンッ
何か小さな物が砕けたような音がして、ストン、と力なく少女の手は離れた。
「…………、………」
「……………だ、大丈夫か…?」
「う、うん……」
何だったのだろう。
音のした方を見るとママさんが手に持っていた髪留め。小さなビーズが数珠みたいに連なってた感じだったけど、もうボロボロで紐が切れていた……。
お守り……だったんか……?
「こっちは……?」
あ、そや。
見ると少女は…………………息をしとる。息をしとる!!!
「よし!!!」
目は閉じとるけど、ちゃんと自分で息をし、呼吸しとる。
鼓動も確認。大丈夫、ちゃんと脈を打っとる。
よかった…………………よかった……ほんとに……。
いつからやったのか、知らず涙がこぼれていたのに今気づいた。
そして、救急隊員もすぐに到着。
心肺ともに正常。
多少強く圧したりして肋骨が心配だったが、ひとまずは意識を失っているだけと診られ、検査と経過観察の為に救急車で病院へ搬送が決まった。
身元に関してはふとサイフをこの娘が持ってたことを思い出して彼女のポケットを調べると出てきた。サイフからはなぜか手作りの名刺が出てきて、そこに名前も住所も家の電話番号も載っており、裏にはなぜか「君がこれを読んでいる頃にはウチは(以下略)」なんて縁起でもない文章がしたためられとった。最後に「自分の身体は使えるものは全部使って欲しい」などと書いてあった、ほんと縁起でもないな!!?
万引き犯には結局逃げられてもうたけど、協力してくれたり……こうして……。
「なんて強い娘や……」
頭が下がる思いや。
搬送となり、付き添いで誰かついてくることになった。当然私がついていく。
「あ、そや。そこのコンビニ行って店員に『酒井は事故の付き添いで病院いきます、あとで連絡します』言ってましたって伝えてください」
「わかったわ」
「晩御飯においしい弁当置いてますよ」
「…………………まぁ(笑)」
元気ちょっとなさげやったし、晩御飯今から帰って作るとかアレやろ。ママさんに言伝を頼んで救急車に乗った。
後ろの窓からさっきの現場がどんどん遠ざかる。随分あそこにおったような、変な感じ。頭が色々となんかアレやな……、さっきから『アレ』ばっかりや、ボケるには早すぎるやろ……私。
少女を見る。
ちゃんと息をしとる。
顔とか腕とかにあざがあるけど、こんくらいなら数日したら綺麗に痕も残らんで消えるやろ。
何もなかったかのように、ただ眠っとるようで。ただ目を閉じとる。
ほぅ~……っと息がひとつ漏れた。
「よくやったね」
隣の救急隊員から声をかけられた。
「まだ油断はできないけど、とにかく、あとはこっちに任せなさい」
「うん、心配することないよ。ところでもう一度名前と年齢、確認していいかな?」
「酒井、酒井 正美、19です。……お願いします」
ふぅ~……っといよいよ弛緩した息が漏れる。あ、ヤバい、トイレいきたい。
病院、すぐ着くよね?
思いながら、でも今回のことについて振り返る。結局悪いのは、全部アイツ、あの中学生だ。暴行罪に殺人未遂つくんじゃない?(まぁこれがまた捕まったとしても未成年とか軽犯罪だとか内々示談とかで案外うやむやかもなぁ)と、言いたいけど……。私にはひとつ懸念がある。このこと、家に帰って話したら確実に父にドヤされるなぁ……(ほんと…。……。…あんまこの先はやめとこ……)。
なんでもいいや、今はもう疲れた……。
なんだか眠くなってきた。
止まることなく一定のスピードで走り続ける車内は、時折くる無線やバイタルを示す機械やらから返してくる音以外はせず、外の音はほとんどしない。外から聞けばあれだけけたたましいはずの車自体が発するサイレンはどこか遠くに聞こえる。さながら揺りかごのようで……。
初めて乗ったけどこんなもんなんやなぁ……。小さい頃、乗ってみたいとか思ったことあったっけ……。けど、こんなんせんと乗れんのやから、あんまり乗れんでええなぁ……。
まぶたが重い……。
もう何度と言わずついた息のせいで少し渇いたのどを紛らわせるべく、のどを鳴らした。
あ、コーラ味。
そういえば、これは……いや、ノーカンとしよう。お互い変な趣味に目覚めない為にもね。
自分の人生を振り返った時に、ターニングポイントがあるとすれば、やはりここだった。私はこの事件をきっかけに、自身の道を決めたのだった。
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