Rabbit hole 七

「もうすぐ帰ってくる?え、遅くなるの?」

ママが電話を話してる。なるべく静かにしよう。

うさぎさんのりんご食べ終わったし、流しにお皿置こう。洗っとこうかな。…うるさいかな?

とりあえず洗うだけなら音そんなせんし、大丈夫やろ。

スポンジに洗剤をつけてお皿を洗う。のっけてた方を特によくスポンジでこする。

「えっ!?また!!?」

「っ?!」

おっとと。お皿が手からちょっとすべってもた。落とすとこやった。危ない危ない。

「流石に頻度が…。……そうね、…でも…」

なんやろ…?

もうええやろ、お皿は十分スポンジでこすった。あとは洗い流すだけやけど…。電話もう終わるかな?

それともササッと流しちゃえばええやろか?

「あなたが…?う~ん…けど、いいわ、今回は私が話すわ」

?、なんかこっち見とるけど…。皿を持ち上げてみせると伝わったのか手でOKサイン。了解。

水ですすいで、よく触りながら泡がついてないか、汚れがまだついてないか確かめながら皿をクルクルと手の中で回す。

手の中で粗方キュッキュッと小気味いい感触を楽しんで。汚れも泡もなし。ツルツルピカピカ。よし、おしまい。

水気をちょっと切って乾かすとこに置いとく。

「きさちゃん」

電話が終わったんかママがこちらに来た。

なんか神妙…?難しい顔でこちらを見とる。

なんか急に不安になった。ウチ、ちゃんとできてるやろか?

「ママ、これ…ちゃんと洗えたかな?」

わからなかったら聞けばええ。ダメなら洗い直そう。

すると、ママは何も言わずにそっと、ウチを抱きしめた。

えっ……………?

「きさちゃん、大事な話…」

「……うん……………」

なんやろ…手、まだふいてなくて、ママの服、濡れてまう…。

なんか嫌や……。

って言うか、これ、あんまり好きやない…。

「きさちゃん。きさちゃんはほんとにイイ子。わたしは誇りに思うわ」

「?……………」

急になんやろ…。

「わがままはそんなに言わず、ママとパパの言う事をちゃんと聞いて、危ない事はしないし、ちゃんと考えて行動してる。たくさん泣いちゃうのもそれだけ頑張ってるから」

「……、…………、…」

何…?…………何なん…?


「きさちゃん、あなたはね、ママの宝物」


「……………………」


…………………。

あったかい。

おなかに、少し頭をもたれかけてみる。手もママの後ろに。

ママはいつものようにそっとウチの頭をなでてくれた。

すごく、気持ちええ。

「このまま、いい子に育ってね…」

「…………うん……」

顔をエプロンにうずめとるから、ちゃんと声は聞こえたやろか…。

しばらく、そうして頭をなでてもらった。


「きさちゃん、あのね、」

「うん」

「また、引っ越すことになったの」


え…。

ああ…そういうことか…。

腕から力が抜ける。

「そう…」

「ごめんね」

「なんでママが謝るん?」

ママは何も悪くないと思う。

「ううん、ママのせい。あのね、きさちゃんよく聞いて。あとでパパとも一緒に話をするけどこれはパパとママとママのお家のことに関わることなの」

「………………そう……」

なんでもいいよ…。家だろうと仕事の都合だろうと。

抱きしめられながら、目だけで窓の外をなんとなく見る。塀の向こうは夕焼けや。雲は変な形。どっかで車が走ってく。

今、ウチにとって大事なんは大村ちゃんやりりちゃんともうまた遊べないってこと。もうまた会えなくなるってこと。いつものように見てたものが遠くになるってこと。

いいよ…仕方ないことだよ…。これまで引っ越しするのもそうだったやん。

ウチの人生、なんか嬉しい気分にしてくれても、たまにこうして悲しいことがある。

引っ越しが一番悲しい。

自分の部屋とか好きになっても、友達ができて仲良うなっても。

何も意味あらへん。なんやったんかわからんくなる。

これで4回目かな。

この関西弁話すんも、ちょっとおもろかったんやけどなぁ…。

「…で…………。……が………、………。………………………………………きさちゃん………?」

「ごめん、ママ…部屋におる…」

話ももう入らんかった。涙は…不思議と出ぇへん。

さっき泣いたからかな…。それとも慣れてきたんかな…。

宿題を持って自分の部屋に上がる。

扉を開けると自分の好きな赤色がたくさんの部屋。こことお別れかぁ…。

いつ別れるんやろ…なんか言ってた気もするし、言ってなかった気もする。よーわからん。なんか色々どうでもええ。

あかんな…元気…。そや、こういう時はゲームでもしようかな…宿題終わったんやし…。

宿題を机に置いてテレビの前に行きPS2の電源と一緒に入れる。


キングダムハーツをつけて、レベル上げの続き。

先に……………何があるんかわからんしなぁ………。

今、気分的になんか苦戦するとか、嫌やった…。

朝の続きのレベル38から。

コントローラーのスティック一つ倒すだけでいつものようにソラは画面をらくらく走ってく。ボタン押せば元気に敵を攻撃する。変わらん。

ドナルドとグーフィーが見えたり見えなかったりするとこでなんかやっとる。

プライスとかドロップアイテムを取るのも面倒…。とりあえずフィールドを周り、粗方倒したら別のエリア、そうしてまた戻ってを繰り返す。


つまらん。


でも先に行く気にもなれへん。

なんかゲームすんのも…。

考えてみれば、引っ越しするから一人になるウチにってパパが2回目の引っ越し終わった時、初めてスーファミ買ったんやっけ…。そんで似たようなことでソフトもゲームも増えてった。おもろいし、うれしいけど…今また引っ越しするってなって…なんか…。

コトッ。

コントローラーを置く。一応ステータス画面にしとく。

ソラが笑顔。(ドナルドとグーフィーはこれ…知らん)

ウチは今どんな顔かな…。

鏡は見ずにベッドにうつぶせになる。

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」


仕方ない。

………仕方ない、やんな?

パパやママの都合や。

ママは好きやし、パパも…嫌いやない。

ウチの為にママはおいしいご飯作ったり洗濯したり掃除したり家事してくれてるし、パパも仕事を頑張っとる。

みんなに聞いたら家によってはパパとママ、よく怒ってばかり、ケンカばかりしとるとこもあるなんて聞いたりするけど、ウチの家はそんなにケンカとかしてるとこあんまり見えへん。ウチの前では楽しそうに…わろとることが多いと思う。

ウチは、幸せや…。

幸せなんや…。

……………………………………………これから友達おらへんくなるのに?

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

なんやろ…ウチの人生…。

もっかいなんもないとこからスタートか…。大村ちゃん…。一緒に遊ぶの楽しかったのになぁ…。

大村ちゃん…この名前もそのうち忘れるんかなぁ…。

引っ越ししたら新しい名前また覚えんとあかんし、昔の友達に送った手紙とか返ってくるんは一度か二度。2回目と3回目の時なんておったの1年足らずやったし、名前覚えんで終わったなぁ…。中々人の名前、クラスのみんなの名前、覚えられんくて…プリント誰に配ればええかわからんくて…「なんで覚えられてないの?」って信じられないもん見てる顔されて…。

嫌やな…。

でもどうしようもないし。

ふと、ゲームだけやなくこのベッドも3回目の時にお詫びみたいにもらったものやと思い出した…。

「……………………」

ベッドから起きる。

部屋を見渡すと、なんだか引っ越しとかを理由にもらったり約束とかでもらったもんばっかり…。そんな赤い部屋。

目覚まし…は、入学祝いやったっけ、違うわ。…どうでもええ。

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

なんか急にこの部屋、嫌んなった。

いや、この部屋が恋しかった気がするけど、今も離れたくないけど、それ以上に、なんか…嫌や。

嫌、嫌い。

この家が嫌。

そんで、じゃあ引っ越しで次の家に行きたいとかじゃなく、嫌。

嫌、嫌々。

居たくない。

ここに居たくない。


「逃げよう」


ウチは、家出することにした。

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