セモリイェール機の決着

戦団ダーナー灰色雫デールポリンが現れたぞ!」

「まだやがった。隠れてたのか」

 抵抗組織ヴァランデノータが見ていた景映面メプネーンに二機の灰色雫デールポリンが映った。

 景映面メプネーンに登場したのは最後の生き残りの二機の灰色雫デールポリン。この二機は近くの角層棟基ネピンタフに向かい、爆槍ソートフで穴を穿って建物内に潜り込んだ。すぐにプミアィエニの灰色雫デールポリンが追う。一連の戦闘の序盤ではソゥトーヒューイ機がプミアィエニ機を追い、罠に誘い込まれた。今回は逆に戦団ダーナー側が逃げて、自由に行き先を決めることで待ち受ける罠に掛かりにくくしている。戦団ダーナーの二機のうちの一機を操るフレスピネスの立案だ。

 それは、狩っていたつもりの戦団ダーナーが、狩られていることを自覚した逃亡でもあった。そして増援が到着するまでの時間稼ぎでもある。戦団ダーナーは最早、多勢に無勢となったが、建物に飛び込めば数の劣勢がハンデになりにくい。時間稼ぎも長引かせることができる。

 戦団ダーナー側に一人、優秀な人物がいることにプミアィエニは気付いて警戒していた。その人物、フレスピネスは輝光盾ユールクウェス操作者サジェクーでただ一人、通路の残骸に攻撃していた。鏡の角度が分からない以上、どこに反射するか予想できない。だがフレスピネスは残骸の外装に対して正面から撃ったのだ。もし内側の鏡が外装と平行なら自分の攻撃を受けてしまう。しかし鏡は外装に対して充分に傾いていると判断した。彼女の予想に反して外装と鏡が平行になった残骸が一つでもあれば彼女が自滅する恐れがある。だがその可能性はないとプミアィエニの判断を読み切った。そんな残骸があるということは、戦団ダーナーが利用可能な残骸があるということになるからだ。

 プミアィエニの脳内で機械によるカウントダウンが始まる。彼女が最初から想定していた、戦団ダーナーの増援の到着予想時間だ。彼女は全てを理解した上で相手の誘いに乗っている。

 かつてセサ人が居住していた部屋に戦団ダーナーの二機とプミアィエニの一機の灰色雫デールポリンが飛び込む。三機の灰色雫デールポリンは次々と壁を破壊しながら、部屋と通路を移っていく。地球の制空戦闘機ファイターを凌駕する機体による室内戦闘という、地球ではあり得ない闘いが繰り広げられていた。

「ううっ、くそ!」

 セモリイェール肆位等軍士ウェインスレイユイスは迫りくるプミアィエニ機から死に物狂いで逃亡する。先行するフレスピネス機から少し遅れてしまい、後方で通路の角を曲がったプミアィエニ機が視界に入る。

 やられる‼

 セモリイェールが敗北を覚悟した瞬間、前方で爆発が起こった。フレスピネス機だ。フレスピネス機はまだ無事だ。しかし更なる爆発で四散した。

「フレスピネス!」

 減速が間に合わない! しかも背後からプミアィエニ機が迫る。セモリイェールは咄嗟の機転でむしろ加速し、薄れ始める爆炎の中に飛び込んだ。迷う間もない〇.一五秒の即断だ。飛び散ったフレスピネス機の破片が次々と高速で機体に衝突する。が、無事に爆炎を抜けた。

「な、何が起こった⁉」

 フレスピネス機が何故撃墜されたのか、セモリイェールには全く見当も付かなかった。フレスピネス自身も理解していない。撃墜前の爆発は光射小銃ルースハークではあり得ない。しかし爆槍ソートフがセモリイェール機を追い越すことはなかったはずだ。

 三機の灰色雫デールポリンが飛んでいる通路の壁一枚向こうは建物の外側だった。実はプミアィエニの灰色雫デールポリンは建物の外にもいたのだ。壁のこちら側と向こう側にそれぞれ一機ずつ、こちら側で二機の敵機の位置を把握して、壁の向こう側から爆槍ソートフ光射小銃ルースハークでフレスピネス機を仕留めたのだ。【挟壁カッソベンジ】という戦術タクティクスだ。これは二人の操作者サジェクーで超高速で連携しなければならないため、非常に難易度が高い。一人で同時操作できるプミアィエニだからこそ可能なのだが、精神で直接操作できるとは言え、複数を自在に使いこなすその実力が恐るべきというべきか。

「セモリイェール、あなただけでも逃げ切って!」

 撃墜されたフレスピネスは立ち上がってセモリイェールの隣に立った。セモリイェールは顔に着けた接眼映像器ヴォーガンで映像を見ていたが、彼の前の小型景映面メプネーンにも同じ映像が映っている。フレスピネスはそれを覗き込み、最後に残った仲間の闘いを見守る。

「やられてたまるかぁ〜‼」

 セモリイェール機は通路を闇雲に逃げ回った。後方のプミアィエニ機の光射小銃ルースハークで右側の壁の外装が瞬時に蒸発する。セモリイェール機は自動判断で素早く左に避け、左側の通路に飛び込む。毎秒数回の右折左折に、命令を介入させる余裕がない。

「反撃どころじゃねえぜ!」

 この時点ではセモリイェールもフレスピネスも予想していなかった。

 セモリイェール機はプミアィエニ機の猛撃をからくもかわし続けて、戦団ダーナーの仲間たちでは最も長時間逃げ回ることができたのだ。


    ♦ ♦ ♦


「何をしている⁉」

 部屋に入ってきたリアサターセさんはミア/俺の姿を見て息を飲んだ。続いて現れたスフォーセネさんもミアを見て固まる。

「まさかプミアィエニ、君が⁉」

 驚きでしばらく固まっていたスフォーセネさんがようやく言葉を絞り出す。

 ミアが接眼映像器ヴォーガン操作筒ネルースを装着していたからだ。

 ミアは基地の近くの廃屋に潜んで灰色雫デールポリン輝光盾ユールクウェスを操作していた。ミアは心で思っただけで灰色雫デールポリン輝光盾ユールクウェスを遠隔操作できるし視界も得ることができる。だから本当は接眼映像器ヴォーガン操作筒ネルースも要らないし、実際、着けているだけで使ってない。もし仲間たちに見付かっても(実際に見付かったけど)接眼映像器ヴォーガン操作筒ネルースがなければ誤魔化せただろう。

 でも灰色雫デールポリン等の操作に相当集中する必要があるから、もしかしたらバレるかも知れない。

 念じただけで遠隔操作する能力。そして自在に視界を得る能力。

 それだけは、誰にも知られてはいけない。

 ミアは何故かそのことを敗北よりも恐れていた。だからその能力が万が一バレる危険性リスクより、居場所を突き止められたら操作者サジェクーだとバレる方をミアは選んだのだった。

「もう少しだけ。今は闘いに集中したいの」

 ミアはそう言って、演技でなく本当に操作筒ネルース組立命令スフィルカムを打ち込む。それは見事なほど鮮やかで素早い手捌てさばきだった。そして今度は演技でチャンネルを素早く切り替えて、複数の灰色雫デールポリンに立て続けに組立命令スフィルカムを送信する振りを演じた。演技が不充分でも圧倒的勝利ワンサイドゲームである戦闘の方に気を取られるだろう、とミアは計算していた。

「プミアィエニ? 君はどうやって操作してるの?」

 バレた⁉

「どういうことだ?」

 訊ねるリアサターセさんに、スフォーセネさんは手にした機械を見せた。電波探知機だ。

「あたしはこれで操作者サジェクー、つまり灰色雫デールポリンを操作する電波の発信源を突き止めようとしたのよ。でもプミアィエニの操作筒ネルースからは電波が出ていないわ」

「えっ? ……えっと、あの、その、」

 ミアがあたふたしている。

 ミアは別の場所に置いた囮用の操作筒ネルースからは電波を出していたけど、自分で持っているものは敵の探知を怖れて電波の出力を止めていた。もちろん、仲間にバレた時に備えて言い訳も予め用意していた。が、動揺して言葉を出せない。ミアって本当に対人的な駆け引きは苦手だな。

「言いたくないの? いいわ。リアサターセ、このことでプミアィエニを追及しないで」

「う、分かった」

 リアサターセさんは渋々といった感じで了承した。

「プミアィエニ、存分にやりなさい」

 スフォーセネさんが言った。リアサターセさんとスフォーセネさんはただ黙って闘いの行く末を見守ることにしたようだ。


    ♦ ♦ ♦


「くっ、しぶとい!」

 プミアィエニ機の爆槍ソートフを避けてセモリイェール機が右折する。反射神経以上の自動判断に無理矢理割り込んで反射速度ぎりぎりの即断・入力を千秒以上続けるセモリイェールの脳はとっくに限界を超え、卒倒してもおかしくない。一〇〇メートルを平均〇.三五秒で通過する灰色雫デールポリンの機動は、移動後の経路ルートと交戦記録ログを後追いでしか知覚できない。しかしそれを見たフレスピネスは、プミアィエニ機の攻撃をことごとくかわすセモリイェール機に違和感を覚えた。

 そして気付く。彼女は叫びながら景映面メプネーン指示ポイントした。

「セモリイェール、あなたはここに誘導されているわ!」

 指示ポイントされた地点はセモリイェールの接眼映像器ヴォーガンにも映る。セモリイェール機は次々と襲い掛かる爆槍ソートフかわしながら自動判断で毎秒数回の右折左折を繰り返し、その地点を通過した。

「フレスピネス、お前は何故分かったんだ?」

「敵は分岐点の直前で必ず攻撃をしているわ。道を誘導するために。

 逃げてセモリイェール! 敵の追跡を振り切って! 最悪、撃墜されてもいいから!」

「フレスピネス! 一体どういうことだ?」

 フレスピネスの言葉を聞いて、それまで黙って成り行きを見ていた隊長レグセーが訊ねた。

「この地点だとセモリイェールは逃げ延びられる。敵はセモリイェール機を敢えて生かしています。何かに利用するつもりでしょう」

「どう利用するんだ? そもそも我々を生かすメリットがあるのか?」

「それは私にも分かりません」

 プミアィエニがセモリイェールよりもずっと技量スキルが高いフレスピネス機を撃墜し、扱いやすいセモリイェール機を残したことにフレスピネスは気付いた。だが何のためか?

「ううっ、振り切ろうとしてるができねえ‼」

 追う側から逃げる側に変わることで行き先を自由に選び、用意された罠を避ける。そのはずだったが逃げてもなお、プミアィエニの術中に嵌まっている。爆槍ソートフは本来、光射小銃ルースハークで簡単に撃墜できるはずだがセモリイェールはその余裕を失っていた。軍人ダナイスたちが移動後の経路ルートと交戦記録ログを見ると、右折左折の直前で必ず攻撃を受けている。『セモリイェール機の背後から迫り、追い越した敵の爆槍ソートフが前方の十字路で左手の角に命中、セモリイェール機の演算機セティエンスは爆発を避けて十字路を右折』などのような事例パターンが頻出していた。これは流石に軍人ダナイスの多くが『右折や左折をするように誘導した』ことに気付いた。しかし矢継ぎ早に組立命令スフィルカムを入力しているセモリイェールは気付く余裕がない。

 追い込まれた先は行き止まり。ただし突き当たりでは壊れたエレベータの入口が口を開けていた。相継ぐ右折と左折で速度が落ちていた灰色雫デールポリンは激突せずにエレベータに飛び込む。その真下にはエレベータの籠が見える。セモリイェール機は真上に加速し、途中のフロアで唯一、開いていた入口から抜け出した。つまりに誘い込まれたのだ。

 セモリイェール機の背後に再びプミアィエニ機が姿を表した時、セモリイェール機の前方左側の壁が爆発する。背後からの攻撃ではない。建物の外から再び【挟壁カッソベンジ】だ。そして破れた穴からもう一機のプミアィエニの灰色雫デールポリンが侵入、セモリイェール機の正面に立ちはだかる。

「墜ちろぉ〜‼」

 セモリイェール機の光射小銃ルースハークよりも〇.〇〇二秒早く、前方のプミアィエニ機は通路の横道に逃げた。後方のプミアィエニ機もセモリイェール機に迫る。二機の灰色雫デールポリンに挟撃される! 咄嗟にセモリイェール機は破れた穴から建物の外に飛び出した。

 プミアィエニは外側の灰色雫デールポリンを建物に侵入させて、わざわざ【挟壁カッソベンジ】ができる状況を捨てた。それはセモリイェール機を外に誘導するため。

 セモリイェールの眼に映ったのは建物の外、地球よりも濃い青色の空。

 その空には急接近する灰色雫デールポリン。数は三六機、濃灰色ウォルデール金色チロスの線、増援だ。

「助かった……逃げ切ってやったぜ!」

 セモリイェールはホッとするが、安心するのは早い、と気を引き締める。

 次の瞬間、セモリイェール機の背後で建物の穴から現れた二機のプミアィエニの灰色雫デールポリンから、複数の爆槍ソートフが発射されてセモリイェール機を追い越す。爆槍ソートフは増援部隊の光射小銃ルースハークによって次々と破壊、爆発する。まさしくプミアィエニの望んだ結果。

「なに⁉」

 爆発の炎に二条の光の線が何度も現れたのだ。破壊された爆槍ソートフの爆炎を煙幕に、二機のプミアィエニ機が光射小銃ルースハークで攻撃。

 増援部隊は次々と撃墜されていく。セモリイェール機とプミアィエニの灰色雫デールポリンが近すぎて、そして増援部隊との距離が遠すぎて、建物の傍の三機の灰色雫デールポリンのうち、どちらから味方の識別信号が発信されているか判別できない。そのために演算機セティエンスが上手く照準できなくなっていた。

 プミアィエニはこのためにセモリイェール機を生かしていたのだった。

「俺を巻き込んでいい。撃て! 撃ちまくれ‼」

 セモリイェールに言われるまでもなく、残り二八機の灰色雫デールポリンが一斉に攻撃する。プミアィエニの灰色雫デールポリンは破れた穴の縁からセモリイェール機を楯に攻撃。

 セモリイェール機が爆発した後、二機のプミアィエニ機の姿はなかった。

 撃墜できたと考えた者はいなかった。

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