冷徹な悪魔

「うわあ、くっくるなぁー‼」

 ヒースリ陸位等軍士ウヴェヌスレイユイスは反撃の手を緩めずに一刻も早く角層棟基ネピンタフから脱出しようと足掻く。輝光盾ユールクウェスはあくまで建物の奥の方向、プミアィエニの輝光盾ユールクウェスに向かって射撃をしながら後ろ向きに出口へと進む。先行標査機フンダーリアーを四機、輝光盾ユールクウェスの前方左右の壁面・天井・床に配置。どこにあるか分からない鏡に対して先行標査機フンダーリアーを楯に輝光盾ユールクウェス本体を守ろうとしていた。

 しかし予め用意していた罠に、その輝光盾ユールクウェスが嵌まろうとしていた。

 プミアィエニの操る輝光盾ユールクウェス折光射機フネストリットを通して攻撃。光射小銃ルースハークはヒースリ機の先行標査機フンダーリアーから外れて壁に命中、隠された合金アロイで反射したが輝光盾ユールクウェスかられて後方に霧散した。

 と思って安堵したヒースリの判断は早計だった。

 通路の隅、ヒースリの輝光盾ユールクウェスの後方に打ち捨てられていた機械の残骸に光射小銃ルースハークが当たり、壁の合金と同じように反射して輝光盾ユールクウェスに命中した。光射小銃ルースハークが命中した機械の外装は一瞬にして蒸発し、その内側に隠された鏡が反射したのだ。残骸の位置は敵にも把握できるので敵も利用できそうに見えるが、実は違う。外装と、その内側の鏡は平行ではなく傾いている。鏡が露出するまでその傾きが分からない以上、光射小銃ルースハークがどこに反射するか敵には分からない。最悪、自身に返ってくるかも知れないのだ。

 各地点で交戦しているプミアィエニの攻撃は折光射機フネストリットで反射した後、敵にまっすぐ命中、壁で反射して命中、壁から更に後方の残骸で反射して命中、と多彩な手段を駆使している。戦団ダーナーは鏡の位置や反射方向が掴めないままほとんど防御もできず、すべもなく次々と撃破されていく。輝光盾ユールクウェスの一機は通路の残骸に向けて光射小銃ルースハークを発射した。が当然ながらどこに反射するかは戦団ダーナー側には知るべくもなく、その攻撃は無駄に終わる。戦団ダーナー輝光盾ユールクウェスが残りわずかになり、プミアィエニの輝光盾ユールクウェスが数で圧倒するようになる。ある時は敵の一機の輝光盾ユールクウェスにプミアィエニの三機の輝光盾ユールクウェスで集中攻撃。プミアィエニは一気に猛攻を続け、敵は立て続けに爆破されていった。


 みなが景映面メプネーンに熱中している中、スフォーセネはリアサターセの姿が見えないことに気付いた。


    ♦ ♦ ♦


 次々と撃破された星系保安庁第三七番小隊ユスペリターメナム・ユーヤンフェアスレイダグースの面々は茫然としていた。

 まだ残っている一部の灰色雫デールポリン操作者サジェクーたちは席に座って死に物狂いで操作を続けている。その一方で、既に灰色雫デールポリン輝光盾ユールクウェスを失った者たちは一堂に集まったまま、ただ立ち尽くしていた。

「一体……相手は何者なんだ?」

 星系保安庁第三七番小隊ユスペリターメナム・ユーヤンフェアスレイダグース双星ヴェネクタイカルムグスの星系保安庁ユスペリターメナムの中でも特に優秀な部隊と言われている。彼等は多くの実戦経験を持つ猛者もさばかりなのだ。そんな彼等が手も足も出ず、敵の思うがままに翻弄されていた。

「マサルーセイ人だろうか?」

 モディアーニが知畜使具ゼレスィツヴォカの一種族の名を挙げた。マサルーセイ人の祖先は知的生物ナーサイムルートになる前の進化の途中で長い期間、肉食獣だった。肉体が大型化し、草食となった現在でも反射神経が非常に高く、聖帝崇国アーナサイデクでは軍人ダナイスとして重宝されている。

「いくらマサルーセイ人でもここまでの能力はないだろう」

「大体マサルーセイ人でも貴種天人リイェイッカでも、これほどの実力者なら名は知られているはずだ」

「最低でも『二重の[Ⅻ]一/二〇〇ヴェネクタイ・ソウヒューラウルタクラスということか。しかし、ここまでの凄腕の者は聞いたことがないぞ」

 そう言って、彼等は互いに顔を見合わせる。

 その時、フレスピネスが恐る恐る口を開いた。

「もしかして、敵は一人じゃないかしら?」

 星系保安庁第三七番小隊ユスペリターメナム・ユーヤンフェアスレイダグースではヨレンゼ・ラーハンセ隊長レグセーとフレスピネス・リートロー参位等軍士ユースレイユイスだけが貴族イユーセであり、彼女の家系シホー貴族イユーセ軍人ダナイスの中でも特に歴史が長く、準結晶器ミエニキアーファにはそれだけの情報が蓄積されている。彼女の行動と意見は周囲からも一目置かれていた。

「一人だと⁉ 一人で複数の灰色雫デールポリン輝光盾ユールクウェスを操作していると言うのか?」

 隊長レグセーが聞き返す。

「そう言えば『大気粒子フゥアイリヒン』は複数の機体を同時操作するんだったな。大気粒子フゥアイリヒン操作者サジェクーだったら灰色雫デールポリン輝光盾ユールクウェスを複数操作できるんじゃないのか?」

 ソゥトーヒューイが可能性を述べた。射剱・第五型フーイメア・ホースレイ大気粒子フゥアイリヒン』は射剱・第三型フーイメア・ユースレイ灰色雫デールポリン』と比較して遙かに操作の難易度が高く、使いこなせる者は聖帝崇国アーナサイデクの極一部の軍人ダナイスに限られる。そのような者は保安庁第三七小隊ターメナム・ユーヤンフェアスレイダグースのみならず星系ユスペリカルムグスの戦団ダーナーにもいなかった。また、大気粒子フゥアイリヒンは一八機で一セットになっている部隊を三人で扱う。役割分担があるので単純に『一人当たり六機』というわけではないが、大気粒子フゥアイリヒン操作者サジェクーなら一人で複数の灰色雫デールポリンを操作できるのではないか、と彼は判断したのだ。

灰色雫デールポリン輝光盾ユールクウェスも複数操作できる仕様ではないぞ」

 しかし隊長レグセーが否定した。フルートとヴァイオリンを一人で同時に演奏するようなものだ。

「我々は圧倒されたんだ。それを一人でできるものか! 機体性能は同等。数はこちらが優勢。それでこちらはただ負けたのじゃない、完敗だ。輝光盾ユールクウェスは全滅、灰色雫デールポリンはほぼ壊滅、それで敵の被撃墜数は零なのだぞ! それだけでも化け物なのに、たった一人でおこなっただと?」

「では隊長レグセー、敵にそんな『化け物』が複数いると思いますか?」

 フレスピネスの指摘を受けて隊長レグセーは口をつぐむ。

「敵にこんな『化け物』が何人もいるなんて流石に考えにくい。だからたった一人、そんな『化け物』たちが束になっても適わない、『化け物を超えた化け物』が敵にいる。その可能性の方がまだ現実味があるとわたしは思うわ」

 信じがたい、そしてとても受け入れがたい推測に、誰もが言葉を失った。

 彼等の間には、戦闘前に伊佐那 潤が感じていたのと同じ戦慄があった。ここに至って初めて、敵の恐ろしさを思い知ったのだ。

 しかし彼等の推測は、まだ真実に届いていない。

 大気粒子フゥアイリヒン操作者サジェクーは三人で一部隊一八機を操作する。だがプミアィエニはたった一人で大気粒子フゥアイリヒンを、最大で三部隊五四機を同時に扱うことができる。流石に脳の負担が大きくて何度も昏倒し、伊佐那 潤に助けられたりしたが。それでも同等の敵なら勝利できるのだ。

隊長レグセー、俺にもう一度闘わせてくれ!」

 すがり付くようにソゥトーヒューイは隊長レグセーに懇願した。彼の心は屈辱、そして恐怖に押し潰されそうになっていた。

『絶対に勝てない敵』

 そのようなものは、あってはならない。絶対にだ。

 敗北した軍人ダナイスたちが揃って隊長レグセーを見る。皆、同じ想いをいだいていた。

「……後、一度だけ出撃する」

 隊長レグセーの決断に、軍人ダナイスたちの心に希望エプリが生まれた。

「待ってください‼」

 ただ一人、フレスピネスだけが反対する。

「無駄に損害が増えるだけです!」

「分かっている。だが数ではないのだ。この星系ユスペリは誰が護る? 我々、星系保安庁ユスペリターメナムだ。君の予想通り我々は敗北するだろう。だが一矢報いることができるかも知れない。誇りを奪われたままでは双星ヴェネクタイカルムグスは護れない。だから闘うのだ。

 ただし、これで最後にするぞ」

 隊長レグセーの言葉に、フレスピネスは何も返すことができなかった。抵抗組織ヴァランデノータ正義エナイがあるように星系保安庁ユスペリターメナムにも正義エナイがある。この闘いは後の人々には彼我ひがの戦力比よりも『敗北』か『完敗』かの方が印象に残るだろう。戦団ダーナーの志気や住民の安心感の点でもせめて『完敗』だけは避けたい。『一矢報いる』ことでさえわずかな可能性しかないとしても、それに賭けるという考えは一理あった。

「テレイネハ肆位等軍士ウェインスレイユイス、フレスピネス・リートロー参位等軍士ユースレイユイスと交代せよ。君は増援部隊に参加するんだ」

 辛うじて生き残っている灰色雫デールポリンを操作していたテレイネハは上官の命令に従い、操作対象を切り替えた。操作権がフレスピネスに移る。

「フレスピネス、あたしの分も頑張って。敵をやっちゃってちょうだい!」

 フレスピネスは親友のテレイネハの言葉に無言で首肯し、眼前の画面に集中する。彼女は隊長レグセーの想いに水を差すことができなかったが、実はその決定に納得していない。第三七小隊ユーヤンフェアスレイダグースで随一の実力を持つ彼女は、敵に一矢報いる可能性はわずかどころか全くないと確信していた。しかし彼女も軍人ダナイス、命令は全力で遂行する。

 戦団ダーナー側の増援。

 それさえもプミアィエニの計算通りだった。「数ではない」と言ったヨレンゼ・ラーハンセ隊長レグセーの言葉を聞いたなら彼女も同意しただろう。彼女の目的は『完全勝輝クンツーファイリー』。しかも彼女は更に敵の戦力をごうとしていた。更に敵の戦力を引き出し、わずかな希望も引き出して、

 そして叩き潰す。

 この時のプミアィエニは嗜虐性はないが慈悲もない、最大の成果を最大の効率であげる冷徹な機械になっていた。


 それは、プミアィエニの家系シホーで必要とされた資質だった。

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