それは決して奇跡ではない

「一体、どうなっているんだ?」

 景映面メプネーンを見ていたリアサターセがうなった。

「同じ演算機セティエンスで射撃して、こんなに差が出るものなのか?」

 射撃の精度とタイミングは演算機セティエンスで行われる。知的生物ナーサイムルートの運動神経よりも遙かにはやく正確だ。しかし同型機の演算機セティエンスなら誰が操作しても同じ命中率ではないのか?

 そんなリアサターセの疑問をスフォーセネが否定した。

「あたしたちマサルーセイ人は軍人ダナイスとして貴種天人リイェイッカに使役されているけど、同胞たちで言われていることがあるわ。『戦闘での命中率は軍人ダナイスのセンスで決まる』と」

「どういうことだ? 操作者サジェクー次第で命中率が変わるのか?」

「変わるのよ。動き回るまとよりも動かないまとの方が命中率は高い。また動くとしても、演算機セティエンスで予測しやすい動きの方が命中しやすい。だったらこちらが自由に動けて、一方で敵が動きにくい、或いは移動が制限されたり予測しやすいと彼我の命中率に差が出る。

 さっき三方から攻撃したでしょう? あれがその典型、【立方体メカルト】という戦術タクティクスよ。敵の射線から素早くれるには、敵の方向と垂直に移動するのが理想的。でもあの三方の包囲は、立方体の一つの角に敵の一機、その角から伸びる三つの辺の先に『味方』の三機、という配置なの。『味方』の三機は敵の一機を起点に、それぞれが直角の位置関係にあったはずよ。要するに角度が斜めだけど、前後・左右・上下の三方向からの射撃と同じになってる。一機の射線から大きくれようとしても、他の二機の射線からあまりれていない。三機全てからできる限り射線をらせようとするならルートが限定される、つまり予測しやすい。

 他にもあるわ。予め敵の出現位置を予測して照準を向けているのに比べて、相手を発見してから旋回する方が後れを取る。仮に反撃が間に合ったとしても、照準を大きく動かす方が微調整するよりも命中率が低い。この戦闘は明らかに味方の方が敵よりも上手うわてね」

「『味方』だと?」

「あれは戦団ダーナーを倒しているのよ。『味方』に違いないわ。誰だか分からないけど。

 こういった戦術タクティクス戦団ダーナーも知っているはずよ。ただ、知っているだけと使いこなせるのとでは全然違う。使いこなせると相手の戦術タクティクスかわせるけど、自分が使えないならそうもいかないわ」

「なるほど、戦術タクティクスの熟練度の差が命中率の差となるのか」

 既にハッキング元の特定を諦めたリアサターセはスフォーセネの説明に頷いた。二人は景映面メプネーンに目を向ける。景映面メプネーンの映像は切り替わり、今は建物の内部を映していた。


    ♦ ♦ ♦


 あっという間に五機も撃墜したミアの手腕に俺は驚いた。まさかここまでとは! もしかしてLHS 311でもこうだったのか? ミアの三機の灰色雫デールポリンはすぐに角層棟基ネピンタフの影に隠れた。残った戦団ダーナー灰色雫デールポリンはしばらく迷った後、ミアと同じく角層棟基ネピンタフの影に隠れる。つまり状況は互角でなく、あちこちに監視カメラを持つこちらが有利になる。

 一方、監視カメラによると灰色雫デールポリンと同時展開していた戦団ダーナーの数十台の輝光盾ユールクウェスは迷路のように入り組んだ廃墟の建物の中に入り込み、抵抗組織ヴァランデノータ操作者サジェクーを目指している様子だ。戦団ダーナー輝光盾ユールクウェスは通路で乱反射する電波を追い、発信源の操作筒ネルースに辿り着こうとしているのか。もっとも、本来の操作者サジェクーたちはミアの下手な威嚇で逃げ出し、無人の輝光盾ユールクウェス操作筒ネルースを守っているだけだ。レナンで行うミアからの灰色雫デールポリンへの組立命令スフィルカムはどういう原理か電波を発していないので、敵を誘い込むために敢えて囮の操作筒ネルースから電波を発していた。

 戦団ダーナー輝光盾ユールクウェスは通路の途中にある監視カメラを次々と破壊しながら進んでいる。ミアの提案で戦団ダーナーに監視カメラを破壊させ、こちらの眼を潰したと思わせることで、同じ場所にあるもう一台の、巧妙に隠された監視カメラが破壊をまぬがれていた。戦術上重要な場所は全てこちらで完全に把握できている。そして通路のあちこちに機械フルスの残骸が放置されている。輝光盾ユールクウェスが小さいとは言え、残骸はそれが隠れられるほど大きくなく、移動の邪魔にもならない。そのため、戦団ダーナー輝光盾ユールクウェスはそれらを気に留めていないようだが、それら全てがミアの罠であり武器だ。

 戦団ダーナー輝光盾ユールクウェスはそれぞれ子翔体キュメオ(子機)『先行標査機フンダーリアー』と『折光射機フネストリット』を一機ずつ発進させていた。俺の意識の中に先行標査機フンダーリアー折光射機フネストリットに関する情報ネスンが次々と流れ込んでくる。これらは全高四〇センチ強の輝光盾ユールクウェスより更に小型な、輝光盾ユールクウェスに複数搭載された航空機で、これらを使用することで輝光盾ユールクウェス本体が攻撃にさらされるリスクを最小限にしている。

先行標査機フンダーリアー』は太めの万年筆を全長五センチほどに小型化したような形だ。これは本体である輝光盾ユールクウェスより先行して状況を確認し、映像を輝光盾ユールクウェスに届ける。撃墜されることを想定した使い捨てなので性能も低く、輝光盾ユールクウェス先行標査機フンダーリアーを数機搭載している。

折光射機フネストリット』はちょうど卓球のラケットに形が似た全長七センチほどの航空機で、ラケットの柄の部分を短くしたものが後方になる。これは言わば『空飛ぶ手鏡』で、ラケット型の両面がホローになっている。輝光盾ユールクウェス先行標査機フンダーリアーによって折光射機フネストリットに映った光景を視認したり、これで反射させて光射小銃ルースハークで攻撃したりする。『レーザー(ルース)だからホローで跳ね返せる』と言えば、なるほどと納得してしまいそうになるが、実はそんなに単純な問題ではない。反射するのが『周囲を照らすあかり』程度なら確かに問題はないけど、『破壊力を持ったエネルギー』となると鏡も無事では済まないんだ。地球の一般的な鏡は反射率が九〇%未満、つまり一〇%以上もルースを吸収している。これだと地球で研究中のレーザー兵器でも破壊できる。ましてや聖帝崇国アーナサイデクの兵器なら一瞬で貫通する。折光射機フネストリットの反射率は約九九.七二%。つまり光射小銃ルースハークのエネルギーの一/三六〇である〇.二八%を吸収して損害ダメージを受けてしまう。一〇〇%のエネルギーで敵機を完全破壊できる光射小銃ルースハークの〇.二八%というのは、四.八秒の照射、敵機を破壊可能な〇.〇八秒の照射を六〇回も受ければ、まだ活動可能とは言え外装が溶解して反射鏡として機能しなくなる。もっと反射率が高い鏡は聖帝崇国アーナサイデクどころか人類の科学技術テクノロジーでも製造可能らしいけど、本体と違って使い捨てが前提の折光射機フネストリットではそこまでの性能を求めていない。必要だったらもっと高性能な射剱・第五型フーイメア・ホースレイ大気粒子フゥアイリヒン』を使用すればいい、てことか。

 折光射機フネストリット先行標査機フンダーリアーより先に進んでいる。先行標査機フンダーリアー折光射機フネストリットに映った光景で前方を確認しつつ進んでいる。折光射機フネストリットのセンサーと通信器は柄の形をした後方部分にしかない。そのせいで自機では前方が見えなくて追従する先行標査機フンダーリアーの誘導で進む。敵に遭遇した時、折光射機フネストリットは鏡だから光射小銃ルースハークなどの損害ダメージを受けにくく、先行標査機フンダーリアー折光射機フネストリットに映る範囲から隠れる。折光射機フネストリットは言わば『覗き穴』だな。

 戦団ダーナーの一機の折光射機フネストリットが十字路に出た瞬間、ミアのあやつ輝光盾ユールクウェスが三発連射、二発目で折光射機フネストリットごしに先行標査機フンダーリアーを仕留めた。

 監視カメラの利による先制攻撃ファーストアタックだ。カメラで正確に照準できることも命中率を上げている。戦団ダーナー輝光盾ユールクウェスが新たに折光射機フネストリットを発進させている間にミアの先行標査機フンダーリアー戦団ダーナー輝光盾ユールクウェスの姿を捉えた。戦団ダーナー輝光盾ユールクウェスはすぐさま回避運動をする。仮にミアの輝光盾ユールクウェス折光射機フネストリットしに戦団ダーナー輝光盾ユールクウェスを射線に捉えたら、ミアの輝光盾ユールクウェス戦団ダーナーの射線に入り、相打ちになってしまう。だけどミアの輝光盾ユールクウェスは敢えて折光射機フネストリットの視界の外から三連射した。三度の光射小銃ルースハークの攻撃は輝光盾ユールクウェスから外れてデタラメに壁に命中、に見えたが壁がそれを反射、三発目が輝光盾ユールクウェスに命中した。

 通路の壁はある種の有機素材オーガニックマテリアルでできている。人類の科学技術テクノロジーで言えばプラスチックの一種に該当するけど、スペースシャトルなどの地球の宇宙船エオナーヴェフ並みの耐熱性を持っている。と言ってもただの通路にそのような性能スペックが要求されるわけでもなく、単にありふれた日用品が普通にそういう性能スペックを持っている、というだけだったりする。

 だけど今回の作戦で、壁面の一部に別の材料がミアたちによって埋め込まれていた。そこでは合金アロイが使用され表面が塗装されている。壁の他の部分と見分けが付かないような塗装で、ミアと『正義と平等エナイ・サ・セレンネ』たちだけがその位置を知っている。合金アロイの表面は鏡面反射するものの、それを目的としていないだけに反射率は八七.三%(人類の一般的な鏡と同程度)、つまり一二.七%のエネルギーを吸収してしまう。光射小銃ルースハークが垂直に命中した場合、表面の塗装が〇.〇〇三秒で蒸発し、露出した合金アロイ光射小銃ルースハークを八七.三%を反射した後〇.〇八秒で蒸発してしまう。要するにこれはミアが使用するまで戦団ダーナーにはその位置が分からず、ミアの使用後には戦団ダーナーは使えない。この戦術タクティクスは【棄鏡ドフアホロー】と言う。

 他の場所でも同じ作戦でミアは戦団ダーナー輝光盾ユールクウェスを次々と撃破していく。本当なら常に一撃で敵を仕留められるけど、ミアはだいたい三発に一発くらいの割合で敵に命中させていた。あまり命中率が高すぎると監視カメラの存在が疑われるからだ。

 また、る場所では戦団ダーナー先行標査機フンダーリアーが合わせ鏡のように複数の折光射機フネストリットを通して輝光盾ユールクウェスの姿を捉えた。相対する二台の輝光盾ユールクウェスはどちらも相手より早く攻撃しようとして相討ちになる。

 いや、正確には同士討ち、どちらも戦団ダーナー輝光盾ユールクウェスだ。

 戦団ダーナー輝光盾ユールクウェスは同士討ちを避けるため、暗号化された通信で互いの位置情報を伝えている。正面に現れた僚機へは味方への誤射フレンドリファイアは起こらないだろう。しかし折光射機フネストリットがあると事情が変わってくる。もちろん、味方の折光射機フネストリットが映し出す方向は演算機セティエンスが把握している。だけど今回の場合は戦団ダーナーの二台の輝光盾ユールクウェスに随行する二機の折光射機フネストリットの間に、ミアの操る二機の折光射機フネストリットが割り込んで、それぞれの輝光盾ユールクウェスの射線を結んだのだ。戦団ダーナーはミアの折光射機フネストリットが映す位置までは瞬時に把握できない。となると味方か確認するために、敵だったら防御が間に合わず一方的に撃破されるか、味方フレンドリファイアへの誤射の危険リスクを承知で素早く攻撃するしかないのだ。この戦術タクティクスは【余剰鏡ヴォトラホロー】だ。


    ♦ ♦ ♦


「また倒した!」

いいぞヤッソ! もっと行けぇっーフユー・ダーップ‼」

 景映面メプネーンを見ている抵抗組織ヴァランデノータの面々は戦団ダーナーが破壊されるたびに歓声をあげていた。


 元々、戦団ダーナーに勝てるとは誰も思っていなかった。敵に敗北、そして死亡。極論すればそれでも良い、とさえ思っていた。彼等は負けるかも知れない。別の星系ユスペリにいる他の抵抗組織ヴァランデノータも敗北を喫するかも知れない。それでも様々な星系ユスペリに散らばる抵抗組織ヴァランデノータたちは闘いを挑んでいく。

 いつか誰かが勝利するだろう。そしてそこから創られる輝かしい『歴史』という建物の、誰も注目しない土台になろう、そう彼等は考えていた。誰かがその役を演じないと未来は来ないのだ。

 しかし『歴史が変わる』その瞬間が今だとは誰も思っていなかった。戦団ダーナーの面々も思っていなかっただろう。たかが抵抗組織ヴァランデノータ戦団ダーナーに勝利するなど、誰に予想できただろうか?

 奇跡イミュールが起きた!

 誰もがそう思った。

 だが実際は奇跡イミュールではない。虎が兎を喰らう、そんな当たり前のことが行われているだけだった。


「見て‼」

 スフォーセネが景映面メプネーンを指差す。先程、景映面メプネーンは複数の映像に画面が分割されたばかりだ。それぞれの映像に映った戦団ダーナー輝光盾ユールクウェスをスフォーセネは指した。

「撤退を始めた⁉」

 半ば信じられない、との想いでリアサターセがつぶやく。他の仲間もそれを確認する。どの映像でも輝光盾ユールクウェスが引き返し始めていた。灰色雫デールポリンはほぼ全滅、続いて輝光盾ユールクウェスも壊滅状態になっていた。

「勝った……のか?」

 景映面メプネーンを見詰めながら、リアサターセは茫然と立ち尽くす。

 そこには、手に入ることはないと思っていた現実が、勝利が映っていた。

「勝った、勝ったんだよ」

「俺たちの勝利だ!」

 信じがたい現実を受け入れ始めた仲間たちが口々に叫ぶ。


 しかし、


「ちょっと待って。みんな見て!」

 スフォーセネが再び景映面メプネーンを指差す。

 事態は、まだ終わっていなかった。

 彼等の誰も、その『味方』の正体がプミアィエニだと知っている伊佐那 潤でさえも、輝光盾ユールクウェス灰色雫デールポリンを操る悪魔のことを、まだ何も分かっていなかった。

 景映面メプネーン上では、撤退中の戦団ダーナー輝光盾ユールクウェスが次々と撃破されていた。

 掃討戦だ。

 プミアィエニは最初の宣告通り、『断罪ダギュース』を始めたのだ。

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