【第五章 ヨーア(浮龍)】

闘いのための準結晶器

「地の利は私たちにあるわ」


 その言葉が出たのは俺の口、ミアの声だった。

 仲間たちの視線が俺に、ミアに集中する。

「作戦を練って罠を仕掛けるの」

 みんなはお互いに顔を見合わせる。俺にも表情が読めるようになった幾つかの種族スネプスィの顔には、だけど希望エプリは現れていなかった。

「素人の浅知恵でどうにかなるような武器を戦団ダーナーが使っているわけではないよ」

 そう言ったリアサターセさんの言葉は、みんなの想いを代表しているのだろう。

「でも負けると分かっていても闘うのでしょう? なら最善を尽くした方がいいと思うの」

 ミアのその言葉は正論かも知れない。だけどやはり、みんな浮かない表情だ。

「例えば、……馳槍ウォレーに対して建物内の通路に爆弾を仕掛けたらどうだ?」

 ヴェロンズィさんが提案する。

「駄目よ。建物を崩壊させない威力なら直撃させないと被害ダメージを与えるのは難しいわ。かと言って砲弾として狙ってもほぼ一〇〇%撃ち落とされる。罠で馳槍ウォレーを破壊するのは不可能よ」

 スフォーセネさんが従軍経験から答える。

「破壊できるよ」

 そう言ったのはミアだった。

馳槍ウォレー馳槍ウォレーを破壊するの」

「それでは対等だろう? 互角の条件なら戦団ダーナーに対して我々には勝ち目がない。罠で攻撃しないのか?」

 リアサターセさんが苦々しく言う。

「あたしじゃ勝てる気がしないわ」

 射剱フーイメア馳槍ウォレーの操作で随一のスフォーセネさんでさえも悲観的感想を述べる。

「違うの。罠で攻撃するんじゃなくて罠で有利にするの。味方が狙われにくいように、敵を狙いやすいように、味方が動きやすいように、敵が動きにくいように。こちらに有利な状況を作るの」

 ミアの言い分は正攻法で誰もが考えることだ。もし答えがあるのなら。だけど当然ながら、それは簡単なことではない。

「例えば廃墟になる前に使われていた通路のカメラはまだ生きているでしょう? カメラの制御コントロールを掌握したら、こちらは見えるけど相手は見えない」

 そしてミアは戦術タクティクスを語り始めた。例えばカメラのセキュリティについて。或いは障害物の設置について。それらは単純な戦術タクティクスだった。だけど、ミアの話は次第に複雑で高度な戦術タクティクスへと移行していく。一つ一つの発想アイデア単純シンプルに見えた。ところがそれぞれの配置をミアが説明すると、それがどれだけ綿密に計算されたかに誰もが驚く。

 俺は驚いていた。今、俺の意識には準結晶器ミエニキアーファから膨大な情報ネスンが次から次へと流れ込んできている。全て戦略ストラテジー戦術タクティクスに関する智恵ノウハウだ。

 ミアの家系シホー軍人ダナイスだったのか!


①ソポイトさんは灰色雫デールポリン組立命令スフィルカムを入力しながら馳槍ウォレーを傍に置いて護衛させていたけど、馳槍ウォレー子翔体キュメオ(子機)を活用していなかった。馳槍・第三型ウォレー・ユースレイ輝光盾ユールクウェス』には『先行標査機フンダーリアー』と『折光射機フネストリット』という二種類の子翔体キュメオが付いている。今後は子翔体キュメオを積極的に活用して最善の戦術で迎撃する。


②カメラと通信網を積極的に活用する。通信網は網の目のように張り巡らしていて、どことどこが通信しているか特定が困難、基地も特定されない。ケーブルは加工を受けると警報を伝えるため、どこで傍受されているか把握できる。通信情報は暗号化されているけど、カメラなどの送信端末や受信端末には暗号鍵が設定されているので、端末を一つ占拠すれば暗号解読が可能、全ての通信が筒抜けになってしまう。その対策として、全てのカメラごとに個別の暗号鍵を設定する。


 ミアはあらゆる点について事細かに説明していく。


 気が付けば誰もが黙って聞いていた。

 話はかなり長く続いた。幾人かが質問した以外はミアが一人で話し続けた。罠の設置の話の次は、射剱フーイメア馳槍ウォレー戦術タクティクスの話に移った。その内容にはスフォーセネさんでさえ感心した。

貴種天人リイェイッカ貴族イユーセの凄さを改めて思い知ったよ。生まれつき熟練の達人だからなあ」

 セサ人のギードさんが言った。

 会議は終わり、次回はアリカミエさん、ムーアさん、ギャムザツさんの三人体制になった。

「プミアィエニ」

 会議室を出ていこうとしたミア/俺をリアサターセさんが呼び止めた。その射抜くような視線にミア/俺は一瞬、立ちすくむ。

 隊長レグセーとして仲間に信頼されていた、とても頼もしかったリアサターセさんが縋るような目でミア/俺を見詰めた。

「いや、何でもない」

 そう言って彼は視線をらす。

 部屋を出る間際、リアサターセさんのつぶやきが耳に届いた。

「……もう誰も失いたくない」


「ミア、凄い凄い!」

 会議室から早足で去っていくミアをリプは追い掛けながら褒め称える。ミアはそれを無視して自室へ急ぐ。

貴族イユーセって凄いんだね! ミア、どうしたの?」

「ごめん」

 ミアは一言だけ断ってリプを引き離し、足早に通路を掛けて自室に飛び込んだ。

 もう限界だ。

「うっ、うっ」

 前回の件でミアは学んだ。ミアが泣くとみんなに心配させると。だからミアはみんなの前で気丈に振舞い、感情を押し殺して説明を続けた。

 でも、もう限界だ。

 部屋で一人になってミアは泣いた。ミア/俺のレナンにターライヘさんのこれまでの想い出が生まれては消える。病気になった彼の妹を見捨てた元の飼い主の貴種天人リイェイッカを恨みながらも、同じ貴種天人リイェイッカのミアを「お前とリプも妹だ」と可愛がってくれたターライヘさん。食事当番の仕事でミスしたミアを「次は上手くやれよ」と笑って許してくれたターライヘさん。

 彼はもういない。

 死んでしまった。いや、殺された。

≪どうして、どうして人は殺し合うの?≫

 貴種天人リイェイッカの母とシュヴィリデバサ人の父に育てられたミアにとって貴種天人リイェイッカ知畜使具ゼレスィツヴォカの違いはない。

 俺は歯痒はがゆい。泣いているミアを、ただ見守ることしかできない。いや、

 ミアのレナンが俺のレナンに押し寄せ、ミアと同調シンクロして共にピニアを流す。

 誰もいない中、ミア/俺は独りで泣き続けた。


 ひとしきり泣いてようやく落ち着くと、まだピニアの余韻が残ったレナンでミアは次の戦術グレイルを組み立てていく。ミアがもっと早く戦略ヴァリス戦術グレイル準結晶器ミエニキアーファから引き出せば、ソポイトさん、ターライヘさんを救えたはずだ。だが後悔は後に回す。

 今ミアがやるべきことは彼等の死を嘆くことじゃない。

 戦いに勝つことだ。

 ミアは新しい戦術グレイルを、まだ誰にも話していなかった秘密の戦術グレイルを考え始めた。

 ミアは秘密の戦術グレイルを、話したものとは桁違いに高度な戦術グレイルを組み立て始めた。

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