自分の正体/自分の境遇
街には『
しばらく歩いてから入った角層棟基の広大なフロアには約四×四メートルの沢山の小部屋があるが、それぞれは隣接せずに、ビルの外壁に接している部分を除いて四方が廊下に囲まれている。部屋の出入り口にはドアは付いていない。廊下を進んでいく途中で、横を通り過ぎた部屋の中に人がいるのが見えた。テーブルを囲んで三人で話し込んでいる人、ではなかった猿⁉ じゃないセサ人だ!
うぁああ‼
思わず驚いて叫んでしまった、つもりだが、何故か現実の俺は驚くことも叫ぶこともなく、興味深げに彼等を一瞬眺めてリアサターセさんの後に続いた。この星に住んでいるのがセサ人とホミル人だと頭では既に理解している。でも人間のように振る舞っているのが実は人間と違う姿の異星人というのは、中々慣れないな。一瞬、ギョッとしてしまう。
沢山の小部屋の間を迷路のように網の目のように張り巡らしている廊下を進む途中で、それぞれの小部屋から時々セサ人の姿が見えたりした。セサ人にはプライバシーという概念がないらしく、私生活が外から丸見えになっている。俺とリアサターセさんはフロアの中央辺りの扉のある約一メートル平方の小部屋の前に来た。ここだけは扉があるのか。扉の前方の中空に浮かぶホログラムの
降りたフロアの数字は『
エレベータを降りた後、俺たちは長く狭く入り組んだ通路、実際には人が通るためのものではないだろう建物の地下装置の隙間を、長時間歩き続けた。
かなり歩いた後で地上に出ると、そこは街の外れだった。更にしばらく歩くと廃墟の街に着く。そこで『地下世界』と言っていいほどの地下通路をどこまでも歩く。何時間も歩いたと思う。恐らく二〇キロメートル以上は歩いたんじゃないだろうか。
そして辿り着いた大部屋には、
「わあ、……」
多種多様な異星人の姿を目の前にした俺は感嘆の声をあげた、つもりだった。だけど実際には俺の意識とずれたタイミングで俺の口から声が出た。少女の声音で。やはり俺の
では何故、俺は誰かの身体の中にいるんだ?
俺/少女の前には多種多様な
分かった、人類に似ている程度が中途半端なんだ。かなり違う容姿のものも確かにいるけど、あまり変わらない者もいる。
周りの知的生物の中には宇宙服のようなものを着ている者もいた。宇宙服風のものは身体のラインが出ている、つまり薄いものもあれば(体型が分からないので憶測だけど)月面着陸した米ソの
見ていて違和感がなかったので気付くのが遅れたけど、服を着ていない種族の方が圧倒的に多い。それから身体の一部のみに衣装と言えそうなものを装着している種族も結構いる。例えば肩の周り。或いは腰にベルトを付けていたりする。そしてそのような『部分衣装』は着用している理由が一目瞭然だった。ポケットが付いていたりするんだ。または肩に荷物を掛けたりしている種族では、荷物やその帯の下に肩当て、或いは肩全体を覆うように首の周りに布を巻いていたりする。馬の背に鞍を載せるのと同じで、皮膚に直接何かを当てて痛めるようなことがないように保護しているんだ。
ここでまた一つの事実に気付く。ここには肩がない種族がいない。例えば
ここにいる様々な種族には、体格こそ違うけどセサ人やホミル人みたいな人がちらほらいた。実は貴種天人や地球の
「あら、可愛らしいお客様ね」
そう言って俺の前に現れたのは大柄で
「彼女はプミアィエニ、新しい仲間だ」
リアサターセさんが俺を紹介した。
やっぱりミアだったのか。声から予想してはいたけど、これではっきりした。
「初めまして。プミアィエニです」
俺のいる身体が俺の意志を無視してミアの声で挨拶した。両手を胸の前で重ね、一瞬だけ軽く目を伏せる。貴種天人の挨拶のポーズだ。
それを聞いたリアサターセさんが苦笑しながら言った。
「プミアィエニ、
抵抗組織? どうやらミアはここの抵抗組織に参加するらしい。
不意に俺の意識の中に
「ご、ごめんなさい! あの、貴種天人のプミアィエニです」
「よろしい。
「リアサターセ、他人の事情を詮索するものじゃないよ。それに最近は
「すまない、その通りだったな」
女性に
「この星は貴種天人にとって
女性はミア/俺の首辺り、宝玉窓のある辺りを見て言う。
逆上がりは、練習を始めた頃は何度やってもできない。でも一度成功すればやり方が分かってしまう。身体が覚えたからだ。では身体のどこで覚えたのか?
答えは
貴種天人の貴族が持つ
また鍛えて筋力が強くなるのは運動で筋繊維を増やす
つまり貴族は、練習も
現在の聖帝崇国では一部の上級職を除いて平民も貴族も実力で平等に仕事に就くができる。だけど現実問題として生まれつき経験豊富で優れた
貴族の中でも特に名門は『
準結晶器は一般的には無色透明な
そして俺は何故か、こういったことを始めから知っている。ミアの中にいるから俺も準結晶器の恩恵を受けているのだろう。
「あの、どうして身体に色を付けているのですか?」
ミアはそれがずっと気になっていたようだ。だけど、その問いにリアサターセさんが慌てた。
「プミアィエニ! 彼女はこういう体色の種族なんだ」
指摘を受けて、失礼な発言だと気付いたんだろう。
「ご、ごめんなさい!」
ミアの中にいる俺には言葉だけでなく、相手に悪いことを言ってしまった深い悲しみと、相手への申し訳ない気持ちが心の中でいっぱいになっていることが分かる。
「キミは知らなかっただけなんだ。仕方ないさ」
彼女はそう言って笑った。一転してミアの心の中は喜びと好意に満ち溢れる。
≪この人はいい人だ!≫
疑うことを知らないミアは彼女を完全に信用していた。あまりにも警戒心がなく隙だらけのミアに俺がハラハラする。ただ、この人がいい人だと言うのは俺も同意だ。
「初めまして。あたしはスフォーセネ、マサルーセイ人よ。よろしくね」
彼女の自己紹介にミアも応えた。握手などのスキンシップは聖帝崇国の住人はしない。人類にとってスキンシップは親密さのアピール、握手は友好の
そしてすぐさま俺にマサルーセイ人の情報が流れてきた。皮膚と髪の色素は地球の生物にはないものだけど、特筆すべき化学的性質などはない。体色の理由は地球の
『マサルーセイ人』の
「まあ、あたしたちマサルーセイ人は特に貴種天人に似ているからね。美し過ぎて見せ物にされたダルファーツィエ人に較べれば、遥かにマシな境遇だけど」
ダルファーツィエ人? どこかで聞いたその
ここには様々な種族がいるんだ。そしてみんな容姿だけは貴種天人に似ているけど、感情表現も
知畜使具は行動に制限が多いため、彼等だけでは抵抗組織としての活動は困難だ。昔は彼等だけで聖帝崇国に反乱を起こしたりしていたそうだけど、近年では彼等に同情的な貴種天人が抵抗組織に参加し、組織でも中核を成すことが多いらしい。その結果、抵抗組織は多くの場合、その
そんな理由でここの抵抗組織は様々な種族で構成されている。
「みんな集まってくれ」
リアサターセさんの呼び掛けで、ここにいる人たちが集まった。それぞれがミア/俺に自己紹介する。リアサターセさんとノヴォトゾーエという平民の男性だけが貴種天人で、他はみんな知畜使具だった。彼等は抵抗組織『
未だ状況が分からないけど、幾つか分かってきたことがある。ミアは恐らく四国の海上での闘いで生き延びた。きっと勝ったのだろう。そして地球を離れたんだ。
俺はあの海で死んだのではないのか? そしてあの嫌味な『死神』が俺の前に現れた。
今の俺が幽霊なのか何なのか分からないけど、もう自分に未練を持つのはやめよう。くよくよしても状況は変わらない。
父さん、母さん、姉さん。みんな、ごめん。
俺はこれからミアの一部として生きていく。
そしてミアの生き方を応援しよう。
俺にできることは、もうそれしか残されていないのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます