アルタイマトリ聖帝崇国
きっかり三〇分後、ドアをノックする音が聞こえた。
「ジュン様、入ってもよろしいでしょうか?」
カティヴェ・ウェインスレイさんの声に俺がドアを開け、彼(?)と三人の
「リュキスヴェトリイェ様は『一体、何が聞きたいの?』とおっしゃっています」
カティヴェ・ウェインスレイさんが通訳してくれた。
「色々な。もっと深い話がしたい。とりあえず、楽な格好をしてくれ」
そう言うとリュキスヴェトリイェさんは俺のベッドに寝そべった。そしてベッドの空いた場所にミアとヴァルカートワさんが腰掛ける。俺は自分の学習机の椅子に座り、後の二人には悪いが立ってもらった。さて、
「どうして人間の姿をしているんだ?」
父さんの言う通り、
「それはこちらが聞きたいくらいだぜ。と言っても多分、あんたたち
俺の問いにヴァルカートワさんが答えた。どういう意味だ⁉
「化けてるわけじゃないのか?」
「はあ? 何のためにだよ?」
俺の更なる質問にヴァルカートワさんが質問で返す。
「ジュン、あなたたちはリイェイッカじゃないの?」
「いや、俺たち人類は宇宙に進出してないよ」
ミアが不思議そうな顔をした。じゃあ本当にそれが本来の姿なのか?
この質問はこれ以上聞いても無駄な気がした。それじゃ他の質問にして話を進めようか。
「あんたたち、ミアの仲間だと言ったな?」
「ミア?」
ヴァルカートワさんが聞き返す。あ、間違った、本名は違うんだな。俺の中では『ミア』が定着してしまっている。
「私のこと」
「なんだ、プミアィエニのことか。その通り、味方だ」
「それで、敵は何者なんだ? ミアが闘っていたあれは何だ?」
ヴァルカートワさんはしまった! という顔をした。
「あ〜あ、俺は今、無性に『えっそれ何のこと?』ってとぼけたい気分になったぞ。とぼけてもいい?」
「駄目だ」
何言ってんだ、このふざけた男は?
「あんたたちにどんな事情があって、何と闘っているのか? 俺たちは巻き込まれるのか? その辺りを話してもらう」
闘いのことは俺の家族はまだ知らない。だから俺だけが聞いて確認しておく。家族を不安にさせたくない。これが家族のいない所で話をしたい理由だ。
ヴァルカートワさんは仕方ない、という顔をした。
「分かったよ。とりあえず、泊めてくれた恩人を巻き込まないようにするから安心してくれ。万一、巻き込みそうだったらここを離れるさ。
それから俺たちの状況だけど、まず
「
ヴァルカートワさんが任せた、とカティヴェ・ウェインスレイさんの肩をバンバン叩くが、機械であるためか相手にしない。そして拍手をしようとするかのように両手を開いた。左右のてのひらの間の何もない空間に、銀河系の立体映像が浮かび上がった。
「これはわたくしどももジュン様も住んでいる『
次に
「ここがわたくしどもの所属する国家、アルタイマトリ
カティヴェ・ウェインスレイさんは完全な日本語には翻訳しないで、『
「
メルフレイア・ガイノア
サイカ・ホタモノ
クアイアー・サロメネア
フェアーサ・メゼクアルーダ
ワイエトディネ・オールーヴァエ
ノマイニセ・クワランヴァデト
ソホルーナイ・ファシムダク
ヒャーマインネ・ユーナーシャハ
ピアーネキュミ・タヴァランディ
の九人が現当主としてそれぞれの
『六千光年』なんて言われても、とても大きいのだろうとは思うがピンと来ない。まあ
「今、
「カティヴェ・ウェインスレイさん、あなたも新しい
「わたくしはコンピュータですので、自分の意志と言うものがございません」
とんだタヌキだ。『皇帝殿下』なんてあり得ない言い回しをしたぞ。本来なら『皇帝陛下』だ。王族や皇族のうち『陛下』は国王や女王、皇帝といった国家元首を指すのに対して、『殿下』って国家元首でない、王妃や姫、皇太子のような人への敬称じゃないか。本当に心のない機械なのか?
「話を続けさせていただきます。
「でも違法行為じゃないもんね。
ヴァルカートワさんが子どもみたいな言い方で抗議する。
「その言い分だと
「『
「ヴァルカートワ様とリュキスヴェトリイェ様は『
カティヴェ・ウェインスレイさんがヴァルカートワさんの言葉を補足した。俺はカティヴェ・ウェインスレイさんに質問する。
「今の話だと、みなさんが戦闘をしている相手はアルタイマトリ
「正確には
「オーボロワ? テネイロ?」
「
ちなみに
その中でも『
そして
参考として明治初期の人口比率で士族は日本人全体の二二分の一、華族は一万二千分の一、皇族は一二〇万分の一だそうです」
「俺やプミアィエニは
ヴァルカートワさんはそう言って首の下、チョーカーの正面の膨らみを指差した。
「それがミエニキアーファ? 一体何なんだ?」
「ああ悪い。これ自体は
カティヴェ・ウェインスレイ、任せた!」
ヴァルカートワさんはカティヴェ・ウェインスレイさんの肩をバンバンと叩いた。
「
また誕生前に
なるほど。ヴァルカートワさんも恐らくミアも、そうやって日本語を覚えたんだな。残りの二人が日本語を話せないのも、そういう仕組みを利用できないからか。
「更に
「
ヴァルカートワさんが補足した。
「すごい技術ですね」
俺が感心するとヴァルカートワさんは顔をしかめて首を振る。違うのか?
「すごいかも知れねえが、俺たちのものじゃねえよ。喩え俺たちの体内にあろうが、あくまで
カティヴェ・ウェインスレイさんがその理由を説明する。
「
「最も重い罪って、やっぱり死刑ですか? それもなるべく苦しむ死なせ方で?」
「その反対です。
エゲツないな、人体実験か。生き地獄になるということか。しかも無関係で罪のない家族まで。
その時、ずっと黙って話を聞いていたリュキスヴェトリイェさんが何かを言った。
「リュキスヴェトリイェ様の言葉を通訳致します。『理不尽な極刑』が
「まあ、ダルファーツィエ人の
ヴァルカートワさんがしみじみと言った。その口調には被害者への共感が強く滲み出ていた。
「そのベデュアマーハって何ですか?」
「悪魔の兵器だ」
俺の問いにヴァルカートワさんは忌々しそうに、ただそれだけを答えた。
「そう言えばさっき西暦と和暦を言いましたけど、
「あります。長さや質量と同様、時間という物理量の単位、及び時刻や暦は当然ながらほとんどの
「ほとんど、って暦を持たない
「はい。少なくとも物理単位は全ての
地球の場合は
歴史の中で自らの環境構築に都合の悪い動植物を次々と滅ぼしてきたマサルーセイ人は、情報と状況の保存を
「そういう言い方をするのは、環境保護が
「
誤解のないように申し上げますが、環境保護を否定しているのではありません。価値観とは
要するに価値観の一つでしかないが、それを重視するのはおかしくないということか。俺はやっぱり人間だからか環境破壊はあって欲しくないな、と思う。
「ほとんどの生物圏にとって
「そう言えば、ファエサーラウ人は時刻と場所とか
ヴァルカートワさんが口を
「ファエサーラウ人?」
俺の疑問にカティヴェ・ウェインスレイさんが答えた。
「ファエサーラウ人は
そのうちの
「
さて、ジュン様。他に
「どうして地球へ?」
俺の問いにカティヴェ・ウェインスレイさんの表示している
「現在、点滅している箇所がノマイニセ・クワランヴァデト
今度はその
「これは日本語で
わたくし共の『
「俺たちに連絡くれたのが彼女だ。まあ、とにかく生き延びた奴がいて良かったよ。
プミアィエニ、今あんたたちはどこにいるんだ? 何人残っている?」
ヴァルカートワさんは早口でまくし立てて
「あ、悪い。矢継ぎ早に質問攻めにしても仕方ねえよな。まずはあのスカした
「……なの」
ミアが何か言ったが、声が小さくて聞き取れなかった。俺とヴァルカートワさんは彼女の言葉を聞こうと耳を澄ます。
ミアの頬に涙の筋が生まれる。
「……私だけ、……なの」
『生き残ったのが』ということだろうか。
誰も口を聞く者がいなかった。
♦ ♦ ♦
ヴァルカートワさんたちは一階に戻った。俺の部屋ではミアがしばらく泣いていたが、ようやく落ち着いてきたところだ。もっとも、元気になったわけじゃない。
「ミア、疲れているだろう。今日はもう寝よう」
俺が言うとミアはコクリと頷く。でも動こうとしないミアの手を取り、立つように促すと、抵抗するでもなくノロノロと立ち上がった。俺は部屋のドアを開けると、まるで意志を失った脱け殻のようなミアを手を引いて誘導し、隣の姉さんの部屋の前に来た。
姉さんの部屋に入ってしまう前に、ミアに何か言ってあげたい。言葉を探すが、すぐに諦める。どんな言葉を掛けようと、人が蘇るわけじゃない。
「ミア、俺にできることはあるか?」
自分でも考えがまとまらないうちに、思わずそんな言葉が口をついて出てしまった。
「ううん、大丈夫」
無理して作る笑顔が痛々しい。大丈夫なわけないだろう?
「何でも俺に話してくれ。聞いてあげるだけしかできないけど、少しは気が楽になるかも知れない」
ミアは弱々しく頷く。気のない反応。俺の言葉がミアの心に引っ掛からず、すり抜けていったことを感じる。無理もない。俺には、そして俺の言葉には、何の力もなかった。
ミアの力になりたい。だけど俺にできること、言えることは所詮その程度だった。
♦ ♦ ♦
「なあカティヴェ・ウェインスレイ。さっき『
ヴァルカートワがカティヴェ・ウェインスレイに訊ねた。
「必要だからです。あの方は今はそのつもりはないでしょうが、いずれ仲間になります」
「何故、そう思う?」
「勘です」
「勘かよ。でも、お前の勘は当たるからなあ。
ヴァルカートワは一応、納得した。彼等はなるべく伊佐那 潤の不安を煽らないように、情報を小出しにしていた。折を見て説明するつもりで、まだ言っていないことがある。
六,三〇〇光年の版図を誇るアルタイマトリ
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