3-7 少女と廃都

「もう少しゆっくりしていってもいいんだよ?」

「出来れば私もそうしたいのですが……、水や食料のこともありますし、みなさんに負担はかけられないですから」


 エイリとジンはそう言って村の入り口で頭を下げ、村を後にする。

 二人はゴーストシステムを隠している草原の方へは進路を切らず、村の北側へぐるりと回り込むように移動していく。

 足場は悪くないが、それでも土だ。街の中の舗装された道路と比べれば動きやすさには天地の差がある。


「エイリ、どうだ?」

「んー、つけられてる感じはないけど、もう少し先に進んでからにしよう」


 街の場所がバレるのが好ましくない、ということではない。問題なのは歩いて一週間以上はかかる距離を二日程度に短縮できる乗り物があるという事実を知られること。

 足とはそれだけ重要な意味を持つ、それが早いとなればより一層のこと。


「そろそろ平気かな。方向転換しよう」

「おーけー」


 二人は一息吐き出して大きく東側へと迂回し、ぐるりと村の外周をかなり大きく一周する。

 そして背の高い草に紛れ込むようにしてゴーストシステムの隠し場所へとたどり着く。


「ジン、静かに素早く出して」

「りょーかい。静かにな」


 ジンはさっと座席へと座りハンドルを掴み、大荷物を背負ったエイリも飛び乗るように座席後部へと跨る

 ジンは長く長く、ゆっくりと集中力を高めるように息を吐き出す。


「行け――ッ!」


 ジンは口の中だけで小さく呟いた。

 淡く弱い藤色が発色し、殆ど無音で滑り出す。

 発進は完ぺきに近かったが、何分進路が悪い。地面は水気を孕んだ柔らかい土、足の長い草は強靭で、ともすればゴーストシステムの車軸に絡みつきそうだ。


「エイリ悪い、切れねぇか!?」

「オッケェ。やってみる!」


 エイリはシロツバキの透明なブレードを開放しながら小さく叫ぶ。

 出来ることなど限られているが、それでもやらないよりはマシだった。

 前と横と、まずは見極める。

 前方の草を刈りながら進むのは不可能だとエイリは瞬時に判断をつけ、今現在タイヤが踏みつけている長い草を切り払う方向へとかじを切る。


「少し楽になった!」


 名前も分からない草が絡まったままの状態で進み続けるのは機体に相当の負担がかかる。そのままにして進み続ければそこからゴーストシステムが故障しかねなかったほど。

 その原因を一時的、簡易的にではあるがエイリが取り除くことにより視界が塞がれているのを差し引いて、それでも六割程度の機体性能を確保する。


「このまま一気に抜けて!」

「分かってる!」


 草、草、草。辺りは一面草だらけ。刈り取って編み込めば靴には一生困らなくなるんじゃないかとさえ思えるほどの草密度。そんな中をただ真っ直ぐひたすら前へと進み続ける。前も後ろも右も左も三六〇度の草、そんな草原を目星も付けずに直進する。直進して、直進して、直進して、二、三〇分もそのまま走り続けてようやくと二人は草から抜け出した。

 エイリとジンは、そのまま流し運転で直進を続けながら言葉を交わす。


「なぁ、帰りの方角分かってるか?」

「問題ないよ。太陽の位置から割り出せるから」

「なら良かった。俺はさっぱり分かんなくなってたとこだからな」

「もう少しこのまま進んで、それから一旦そこの森の中に入って」

「やっぱりどこまでも慎重だな」

「悪い?」

「いや、従うし、悪くない」


 鬱蒼としていて、全く人の手が入っていない原生林。朽ちた木は地面を転がり放題で、道もケモノ道以外には全く存在しない。陽の光はそのほとんどが赤や黄色に色付いた瑞々しい葉で遮られ、やや色彩掛かった斜光をきらめかせるのみ。


「この辺りで、いったん止めよう」

「だな、機体の状態もみないとだし」


 森の中で少し開けた場所を探して二人はそこで一息入れる。


「なぁ、見るっつっても俺この構造とか全然分からねぇんだけど」

「アタシも分からないけど、少なくともその車軸に絡まった草は綺麗にしとかないとマズイでしょ」


 エイリは朽ち木へと腰掛け、荷物の中から小さな水筒を取り出して一口含む。


「そうだな、ほかのところにも絡まってるかもしれないし、それだけは見ておく」


 車輪や筐体を覗き込むためにジンは身を屈め、そのまま続ける。


「なぁ、エイリあの話なんだけどさ、どこまで信じるんだ?」

「全部を鵜呑みにってわけにはいかないけど、でも割と信憑性しんぴょうせいはあったと思う」


 エイリの言葉を聞きながらジンは絡まった草をつまみ上げてその辺に投げ捨てる。


「本当かよ……、百歩譲ってここからずっと北に何かが住まう城があるって話を信じたとしてもよ……」

「そいつが大昔に現れた世界の敵だ、なんて信じられない?」

「だって、おかしいだろ。そいつが現れたのは俺らの爺さんの代とかそういう話じゃないんだぜ?」

「そうね、それはその通りだと思うんだけど……、」

「けど、なんだよ」


 振り向いたジンに向かってエイリは水筒を投げ渡した。

 受け取ったジンはそれに迷いなく口をつける。


「けどね、アタシが調べた資料には一つとして記述がなかったの」

「はぁ、なんの?」


 喉を鳴らして、それから口元を拭う。


「世界の敵が死んだっていう確固たる証拠を示した記述」

「はぁ?」


 ジンは眉間にしわを寄せてぽかんと口を開いてしまう。それは当然の反応といえるだろう。何せ、死を確定できる証拠がないからと言えども人間ならば寿命は精々七十年程度、なのだから。


「なんだよ、つまりエイリは本人がまだ生きている。そう言いたいのか?」

「違う、アタシだって馬鹿げてると思ってるもん。だけどね、可能性としては捨てきれないの。だって、そいつの死は確定してないんだもん」


 普通なら人はそんなにも長く生き続けられない。だけれど相手はたった一人で世界を滅ぼすことのできうる存在だ、常識を当てはめる方が間違っていると、そういう思考を持ってしまうのは何もおかしなことではない。


「まぁ、エイリがそう思うのは、エイリの勝手だよ。でもそれに対して俺が信じて納得するかどうかも、俺の勝手だ」

「そう、だね。ジンは間違ってないよ、アタシだって別に確証があるわけじゃないし、というかそういう可能性があるって言ってるだけだしね。コレを信じろって方が無理だもん」


 エイリは組んだ手をひっくり返してそのまま「んー」と伸びをする。


「だよな、信じろって言われたらどうしようかと思った」

「信じられないついでにさ少し寄ってほしいところがあるんだ」


 機体から草を除去し終わったジンが軽く手をはたきながら立ち上がり、エイリの方へと寄って同じ朽ち木へと腰を下ろす。


「珍しいな、エイリから頼み事なんて」

「普段、アタシは頼られる側だからね……、」


 悔いるように、懐かしむように目を細め口元を緩める。それからすぅっと一息吸い込んで、言葉をつなげる。


「ここから、南に半日くらいのところなんだけど……」

「了解。行くよ、エイリがそれを望むならさ」


 ジンは水筒をエイリに返しながら偉くクサイ台詞セリフを吐き出した。


「なにそれ、ナイト気取り? おかし」

「う、うるせぇな! 言った後に自分でも思ったし、言わなきゃよかったって思ってたとこだよ!」


 ジンが真っ赤になって否定する横で、エイリは受け取った水筒に躊躇いもなく口をつけ、もう一度水を喉へと流し込む。


「んなぁっ!?」

「――!? どうしたのジン!? 何かあったの、追手!?」


 すでに茹で上がった真っ赤な顔をしていたジンの表情はさらに色濃くなる。


「いや、悪いっ、何でもない、気にしないでくれ……」

「ん? そう、ならいいけど……、ホントに何もないんだよね?」

「ないからっ、本当に何もないって!」


 ジンはやけにオーバーな動きで以て否定し、それを見たエイリはキョトンとしつつも納得いかない様子で小首をかしげて頬を膨らませる。


(なんで、エイリはこういうの全っ然気にしねぇんだよ! 俺か、俺がおかしいのか!?)


 ジンは悶々とした気持ちを抱えながら、ため息を吐き出して空を望む。森は鮮やかな色彩に悠然と包まれてた。



 それから二人はまた走り出した。非常用の食料にはまだほとんど手を付けていないし、水もそこそこ補給できているおかげで心配事は限りなくゼロに近い。


「道はこっちで合ってるんだよな?」

「うんこのまま、まっすぐのはず」

「はずって、ほんとに大丈夫なのか?」

「仕方ないでしょ、こんなに遠くまで来るのはアタシだって初めてなんだから!」

「そりゃまぁ、そうだろうけどよ」


 ほっとしたのか、それとも諦めたのか、それは判別がつかないがジンは眉を小さく下げ、軽く首を振る。


 結局、四、五時間ほども走り続けて、二人はある一角へとたどり着く。そこは小さな丘で、そこからは丁度ある光景を覗むことが出来た。

 今まで進んでいた平原や森林とは根本的に違う世界。

 何が違うのか、と問われれ真っ先に回答するべきはその色彩だろう。今までは赤や黄色、若々しい緑や安心感のある茶色など、自然は豊かな色調をもってあたりと同化し暖かさを失うことなく繁栄していた。

 だが、目の前の光景は違う。

 毒々しい色合いをしている、というわけではなく、ともすれば色味自体は割とおとなし目だとさえ言える。

 目の前に広がるのは砕けた灰色と、それを蹂躙し覆い尽す圧倒的な新緑。

 エイリが資料で見た光景よりも数段侵攻していた。

 崩れ落ちた数多の建造物に、内側から外側から喰らい尽す勢いで繁殖する太く強靭な新緑の蔓。


「うわっ、すげぇな。で、エイリはなんでこんなところに来たかったんだ……?」

「見ておきたかったの、この世界の終局の一部を」


 風になびく赤髪をエイリは右手で押さえ、なおも視線の先にある巨大スケールの灰と緑を凝視する。


「つぅかさ、それでここはなんなんだ?」

「ここは、トウキョウ。旧文明時代にあった国の首都、


 エイリはその場所の名を口にする。街の名などという文明が崩壊し壁を築き上げてからは意味を為さなくなった為に使われなくったものを。


「そっか、ここが……」


 すべては崩れ落ち、植物へと還元され始めている灰色の都。

 エイリの目はその光景を捕まえて離さなかった。

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