3-6 少女と少年と忘れられた村

「すみません、ごめんくださーい」


 そこは小さな村だった。小さな柵だけで区切られた簡素な村。村の家のほとんどは木製で、非常に簡単な高床式の建造物だ。かやぶき屋根の木造建築はエイリたちの目には物珍しく映る。


「ごめんくださーい!」


 村の外、足の長い草が群生している場所にゴーストシステムを隠して、二人は旅人のように振る舞う。

 二度目の呼びかけの後でざっ、と音が響く。

 村にある数十の家の中から武装した男たちが一斉に飛び出してきた音だった。

 男たちの風貌は様々だったが、皆が皆、一様にしてエイリたちとは違う衣服をまとっていた。


(あれは……。資料に出てきた旧文明の民族衣装に似ている?)


 小袖と呼ばれる和服を簡略化したようなカジュアルな衣服をさらに簡略化したような装束をまとっており、旧文明の先進技術や設備の一部を受け継いできたエイリたち街の人間からすれば、その過去に回帰したような姿は古臭く、ともすれば強烈な違和感を突き立てる。

 武器を構えた二十名あまりの男たちに半円状に囲まれたエイリとジンは、互いに目くばせをする。退路を断たれていないのは慈悲かそれとも窮鼠きゅうそを嫌ってか。


(最悪の事態には)

(武力をもって制圧する――!)


 備えとは常に最悪の状態を想定するもの。だが、今はまだその時ではない。二人ともそれを承知していて、武器に手を付けることもなく両手を挙げ、敵意がないことを示す。


「お前たちは何者だ!」


 エイリとジンの正面に立っている若い男――といっても二人よりは幾分か年上だろう――が簡素な槍を向けて威嚇するように怒声をあげた。

 幸いなことにどうやら言語は共通しているらしい。


「私たちは旅人で……」


 ハッキリ言おう、旧文明の制服と同型の衣類を纏った旅人なぞいるはずもない。


「嘘を吐くなっ! おまえたちみたいな小奇麗な旅人がいてたまるか!」


 エイリは思わず舌打ちしそうになった。

 常識が違う、壁はたったそれだけ。だというのに、それは絶対的で絶望的な壁だった。


(だめ、かな……。このまま問答無用で拘束しようとしてくるなら……)


 覚悟を決める。

 彼女は構わないと思った。ジンの前で血を見せようとも、無表情に命を摘むことになろうとも、それで少女自身と少年の安全が確保できるのならば構わない、と。


「通しておくれ」

「し、しかし!」

「通せと言っているんだよ」


 エイリの手が刃を抜きに掛かるよりもその静かな威圧感をたたえた言葉が発せられる方が早かった。

 もし仮にエイリの行動が一寸早ければ取り返しのつかない事態になっていたかもしれない。

 すごすごと、強靭そうな男たちが道を開け一人の老婆が姿を現す。

 老婆も衣装はほとんど和服そのものだった。色は無地の紫で、帯は同じく無地の黄色。かんざしを使ってまとめられた髪は真っ白な白髪。

 深いしわの刻まれた表情はすぅと人の奥底を見透かすようだった。


「悪いねぇ、この集落に客人なんて来たことがなかったから、みな殺気立っておるんじゃよ。それでお嬢さん方はどこからいらっしゃって?」

「……、すみません。私は嘘をつきました、旅人じゃなく、調査員です」

「え、エイリ!?」


 老婆と視線を合わせたエイリは肺の中を空っぽにするかのように息を深く吐き出しながらそう白状した。


「ほう、ほうほう。お嬢ちゃんが調査員かねぇ。それじゃあどこから来たんだい?」

「ここから一週間ほど歩いた先にある壁の中の街から」

「あの、中から……。そうかい、遠路はるばるよく来たねぇ。それで、一体何が目的で来たんだい?」

「調査、です。それ以上でも以下でもなく、侵略したり接収したりしに来たわけじゃありません」

「ほうほう、そうかぇ。それなら詳しい話を聞こうかねぇ」


 老婆のそんな一存で武装した男たちは揃って渋々得物を下ろして村の中へと招き入れる。



 エイリとジンが案内されたのは小さな集落の中で最も大きなかやぶき屋根の家だった。大きいというだけで建物の作り自体は他の家と大差はない。

 内装は綺麗だった。

 玄関口には木彫りの小さな熊の置物や、玄関マット、小太刀、貯水用のツボなんかが鎮座している。


「お邪魔します……」

「失礼します……」


 エイリとジンは揃って土足のまま上がろうとする。


「靴は脱いどくれね」

「わわっ、ごめんなさいっ!」

「す、すみません!?」


 そういわれ、二人は慌てて玄関口で靴を脱ごうとする。


 が――、

「あの、ここの段差のところで脱げばいいんですか?」

 二人にはどこで靴を脱げばいいのかが根本的に分からなかった。


「あぁそうじゃね。そこで合っているよ」


 老婆はからからと笑い、二人に向かって小さく頷く。

 回答を聞いてから二人はいそいそと玄関口で靴を脱ぎ、慣れない裸足で屋内へと上がり込む。


「さて、そこにお座り」


 老婆は木を伐り出しただけの簡素な机の前へと腰掛け、誘う。

 椅子も小さくて簡素なものに固そうな座布団を乗っけただけの簡単なものだ。


「悪いね、客人をもてなすようには作っていなくってね」

「いえ、こんな時代ですし……」


 人が増えるには自然が強くなりすぎた。


「それで、何から聞こうかねぇ」

「はぁ……」


 完全に老婆のペースにひきづり込まれてしまっている。


「それより一つ聞いてもいいですか?」

「なにかねぇ?」


 エイリとジンは固そうな座布団が敷かれた椅子に腰かけ、少女が軽くうなずいてから問いかける。


「あなたのお名前を」

「何分、小さな村だからね。私はもう何年も長としか呼ばれていないよ」

「それでは長さん、と。私はエイリ、こっちが」

「ジンです」


 まずは自己紹介を済ませる。


「エイリとジンだね。それじゃあ、どうして調査に来たんだい?」

「どうして、とは?」

「なんで今だったのか、だよ」

 エイリとジンは目くばせをし、頷き合う。

「時期的には、そうですね。たまたまです」

「たまたまかい。偶然、偶発的にかい?」

「そうですね、言ってしまえばそうなります」

「それじゃあ、何のために調査しに来たんだい?」

「何のためか、ですか? 難しい、質問です。私とジンが使い物になったからか、あるいは、このタイミングで街にとって重要何かを見つけたからか……。少なくとも私もジンも何も知らされてはいないですね」


 大ウソだ。今回の調査の目的はあくまで調査そのもの。それ以上でもそれ以下でもない。どうして今なのかも、丁度タイミングよく見つけたからに他ならないし、思惑なんてものも存在しない。


「そうなのかい」

「えぇ。私たちはしょせん下っ端なので。こっちからも少しお聞きしてよろしいですか?」

「何かな?」


 ようやくとエイリの番が回ってきた。


「えぇと、この村はいつからここに?」

「もう、ずっと昔だよ。私たちは代々ここに住んでいるからね」

「そう、ですか。でも、この世界で良くこんな小さな村が生き残れましたよね」

「生き残ってきたわけじゃないよ。何度もつぶされてるさ、つぶされてそのたびに立て直してきたんだよ」

「そう、だったんですか……」

「なに、気にするほどのことじゃないさ」

「それじゃあ、仮に、もし仮に壁の中の街に住めるってなったら……、そうなったとしたらどうしますか?」

「あの中に、かい?」

「はい。少なくとも獣に襲われる心配はなくなると思います。食べ物も、ここでのモノとは違うものになると思いますけど、それでも不自由はあまりなくなるかなと」


 そのエイリの口ぶりに、長と呼ばれる老婆はすぅと目を細める。


「そうさねぇ。村のみんなのことだ、相談してから決めるだろうねぇ。ここを離れたくないモノもいるだろうしねぇ」

「希望者がいれば、移住することも構わない、と?」

「そうだね。私にはそれを望む子たちを止める権利はないからねぇ」

「あなたは、長はどうしますか?」

「だから相談して――、」

「違います。族長としてではなく、一個人として、です」


 思慮深げに細められた目は驚きとともに見開かれる。まるでそんな発想は思いもよらなかったとでも言いたげだった。


「そうだねぇ。この村に一人でも人が残るのならば、私はここに残るよ。それが長としての務めだ」

「逆に言えば、村人が全員街への移住を希望すればあなたも移住する、と?」

「そうなるねぇ」


 沈黙が、場を支配する。


「なんだい、やっぱり接収が目的なのかい?」

「いえ、違います。これはあくまで私個人の勝手な興味です。報告書にまとめるときにどう融通を附ければいいかを考えるための……」


 エイリは視線を伏せて、だけれど鋭く研ぐ。


「そうかい。お前さんにはお前さんの考えがあるんだね」

「いえ、私は知らないだけです」

「だから知ろうとしている。かい?」


 問いかけに無言で首肯し、大きく息を吐き出す。隣に座っているジンの表情はぴくりと歪み、程なくもとへと還る。


「ええぇ。だから聞かせてくれませんか、あなたが見てきたこの世界を」

「なるほどねぇ。分かったよ、何から聞きかせようかねぇ」


 懐かしそうに目を細め、老婆は両手を組み一つ息を吐き出した。

 そして――、

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