3-3 少女と模擬戦2

「ボコボコにしてやる」

「やってみせて」


 エイリとジンは向かい合って立っている。

 ジンの手にはスタンダードな形の木刀で、対するエイリは無手だった。


「でも、ほんとにいいのか? 流石にこれは……」

「負けるのが怖い?」


 少女はいつもと違っていた。

 挑発など、普段ならば絶対しなかった。


「おーけー、ぶっ飛ばしてやる!」

「本気で来なよ、手加減しないから」


 そして、エイリが自分から動く。

 本来エイリは防御主体、カウンター狙いを基本の軸にしながら相手を自分のペースと土俵に引き摺り上げる戦い方をする。自分から仕掛けることよりも相手に仕掛けさせる戦い方だ。

 その行動にジンは一瞬面食らう。が、それでも反応は早い。


「――っ!」


 振りかぶり、振り下ろす。それは単純な、だけれど最適化された動作だった。

 狙いは頭、額からへそを通って、真っ直ぐ体を真っ二つにする挙動。ごくごく普通の上段への打ち込み。

 単純な動作だ、だからこそ強い。


(流石に早い……っ!)


 だが、エイリは難なくと躱す。猪突ちょとつかと思われた行動はしっかりと重心を管理しての囮の動き。そう、つまり先に仕掛けさせるためのブラフ。


(くそっ、やられた――!)


 ジンはすぐさま追撃に入ろうとする。


 だが、

(いや、違うッ! ここは――!)

 思考と体が連動した。


 間合いは完全にジンのもの、ここで攻めない手はない。

 ジンの振り下ろした木刀を左側へと回避したエイリに対して、ジンはぐっと一歩分だけ距離を詰める。その瞬間、エイリもまた一歩引いた。

 エイリの表情がハッとする。

 そのまま呼吸を合わせてジンは木刀を跳ね上げる。

 下段からの切り上げ、そしてそのまま前へと踏み込む。

 当然エイリも初撃くらいは難なく躱す。だが、ジンはそれを見越して先に踏み込んでいた。振り上げた木刀を素早く切り返して振り下ろす。そしてほぼ同時に次の動作へとつなげる。

 切り上げ、切り払い、袈裟切り、首はね、腕狙い、胴狙い、切り落とし、と次々に繋いでいく。

 一手、たったの一手だ。

 だけれどジンは今までとは違う確かな攻めの感覚を掴んでいた。

 エイリの狙った場をコントロールするための一手をギリギリで奪い、そこから仕切り直しをさせないために断続的な猛攻を敢行する。

 連撃で隙を与えず、可能な限り削り倒す。


「ッ――!」


 紙一重の攻防を続けるエイリは、次の一手を決めあぐねていた。

 ジンの苛烈な攻撃に対して打開の一手を打ち込みづらい、というのももちろんある、がエイリが次を決めかねる理由の大部分は他にある。

 開幕一発目で状況のコントロールに失敗したこと、現状のエイリの劣勢はこれに尽きるのだ、つまりもう一度状況を取りに行ったときに取り返せないリスクが生じている。だから踏み切れない。


(でも、単純な技量勝負になればアタシはとことん不利)


 剣道三倍段という言葉もある。徒手の三段と剣の初段で初めて互角になれる、それは偏に武器と間合いの差だ。

 単純なリーチと一撃の重さ。

 威力が重くなれば勝負が決するまでに必要な手数も必然的に少なくなる。必要な手数が少なく済むということはそれだけ相手の反撃を許さないということでもある。

 そしてエイリは普段、剣で受けて剣で返す戦術を根幹にしている。現状でこの対応と同じことをすれば自分の間合いにもぐりこむ前に削り切られてしまうだろう。それこそが間合いの差。

 例えばここが狭い路地や、廊下、あたりに障害物のある空間だったのならば、リーチの差を無視しての打開策はあった。

 だけれど今は模擬戦だ。

 一応境界線は設けていないとはいえ壁や天井を利用するほど動き回ってはいない。とすれば態々それを利用するためだけに移動するのはアンフェアだ。

 模擬戦とは、ただ勝てばいいだけのものではない。


(流石にジン相手に無手は無謀だったかなっ!)


 見誤った、とエイリは素直に観念する。

 観念して、打開の一手を選び出す。


「――ッ!」


 一手、受ける。頭部めがけて振り下ろされたジンの剣戟けんげきをエイリは左腕でガードした。それと同時にグッとエイリの体が沈み込む。

 直後、ばちぃんッ! と床を叩く音が響き渡る。

 意図的に強烈な踏み込み音を鳴らし、そこから一気に中腰でタックルをかます。

 エイリがジンに組み付く。懐まで飛び込めてしまえば無手の不利は消え失せる。


 はずだった――、

「はぁ――」

 頭から叩き落されたエイリは、鼻先を赤くしながらため息を吐き出す。


「負けたよ。まさかあのタイミングで柄打ちが出せるとは思わなかった……」


 上段を打ち込んでからジンはすぐさま狙いを切り替えて、エイリの背中へと向け柄頭をたたき込んだのだった。


「はっ、はぁー、はぁー、はぁー、……!」


 ジンはエイリと比べてやけに息を荒げていた。

 うつ伏せで倒れ込んでいたエイリは両手に力を入れて上体を起こし、それから膝を使って立ち上がる。


「やったッ! 勝った、エイリに勝った――ッ!」


 ジンは全力でガッツポーズを取る。飛び跳ね、幾度も握りこぶしを振る。


「負けたよ、今回は完全にアタシの負け」

「うぉっしゃー!」


 ヤレヤレ、とため息を吐きながらエイリが負けを認めるもジンの耳には届かなかったようで、歓喜の雄たけびを上げ続けている。


「二人ともお疲れさまー」

「おっしゃー!」


 ぱたぱたと駆け寄ってきたカナエが声をかけてもジンは止まらない。

 エイリからの一勝は彼にとってはそれほど重要なのだろう。

 だが、あまりにも周りに目を向けていなさ過ぎた。

 ぷくっと両頬を膨らませたカナエが少し遠くにおいてあるエイリのベニツバキ――もちろん鞘に入ったままだ――を掴んでも戻って来て、そのままごちんっと頭を叩いた。


「つっー、いってぇ!」

「うれしいのは分かるけど喜び過ぎだよ、ジン!」

「まぁまぁ、いいじゃん別に。アタシは気にしてないし……」

「エイリちゃん、駄目だよ! こうゆうのはちゃんとダメって言わないと!」


 そして、カナエはもう一度ジンをごちんっと叩いた。


「だっから、いてぇってば!」

「反省しなさい!」


 別にカナエが暴力的なわけではない。義弟おとうとに対して少しばかり厳しいだけだ。


「ごめんなさい……」


 ジンにはもはや謝る以外の道はなかった。エイリはそれを苦笑いで流す。


「でも、二人ともすごいね。目が離せなかったよぉ」

「それで、少しは気が晴れたか?」

「んー、そうだね。今度は武器アリでもう少し付き合ってもらおうかなぁ。もうちょっと動きたい気分だし」

「オーケー、いくらでも相手してやる」


 今度はエイリも武器を取って構える。

 ――、

 その日、日が暮れるまで稽古場からは木剣同士のぶつかり合う音が響いていた。



「こんなところにあったんだ……、」


 エイリの目の前にあるのはガレージだ。中央区の西側の外れ、東側の外れに位置する学舎とは地理的に真反対だ。

 朝焼けに隠れる建物はガレキ色をしていて、いくつかのシャッターで区切らている。エイリが立っていてるのはその中でも最も大きな建物、『耐性エネルギーと旧文明の遺産を利用した新システム構築研究室』と呼ばれ、通称は耐旧たいきゅうシステム課。

 エイリがこんな太陽も登り切っていない時間にこんなところを訪れたのにはれっきとした理由がある。


「にしてもすごい建物……、ごめんくださーい」


 建物は明らかに学舎よりも広く、こんなに広い場所で一体何を研究しているのかと、と勘繰りたくなるほどだ。

 恐る恐るといった調子でエイリはガレージの中へと入っていく。


「お嬢さん、どうした? ここは嬢ちゃんみたいな娘っ子が来るところじゃねぇぞ?」


 中から現れたのは浅黒い肌でガタイの良く、豪快そうなおっさんだった。

 手に持った頑強そうなレンチは武器としても使えそうだな、とやたら物騒な発想をしながらも、エイリは軽く頭を下げる。


「えぇと、あなたがここの責任者のリョウジさんで、いいんですか?」


 事前に義父ちちから聞いておいた責任者の名前を出して確認を取る。


「なんだ嬢ちゃん、俺のことを知ってんのか? すっかり俺も有名になっちまったみてぇだな!」

「噂はかねがね、義父ちちから聞いています。私はエイリ、街の統括の娘で今度のゴーストシステムを使った長距離遠征の被験者です」


 男の軽口に乗っかる形でエイリは自己紹介をする。


「へぇ、嬢ちゃんが……」

「はい。出発の前の試運転もかねて受け取りに来ました」

「ん、操縦士はジンって子だって聞いてるぜ?」

「エネルギーを温存してもらうために、私が取り来たんですよ」


 きらりと眩しい営業用スマイルで嘘を吐く。

 本来ならばここにはジンが来るはずだった。

 けれど、エイリ本人たっての希望で少女は今ここにいる。最も上層部や統括を説得するのためにも同じ方便を使っているのだが。


「そういうことか、いいぜ今出してやるからちょっと待ってろ」


 豪快に笑いながら繋ぎを着た色黒の大男は、ガレージの奥へと姿をひっこめる。

 ほどなくして、ガレージの奥から両手でゴテゴテしい二輪車を押して歩いてくる。その姿は妙にハマっていて格好良かった。


「すごく似合いますね」

「だろ? 自分じゃ乗って動かせねぇのが悔しいぜ。ほら、しっかりと引き渡したぜ」


 口ぶりから察するにこの男はノーマルなのだろう。

 エイリの真横まで重そうなソイツを押して、横に並ぶとエイリのために場所を開ける。


「はい、しっかりたまわりました」


 入れ替わりにエイリがハンドルを掴み、跨りながら冗談めかして軽く敬礼する。


「よしっ、んじゃ頑張って来いよ!」

「ハイ、ありがとうございます!」


 ハンドルを握りエイリは力を籠める。

 ネクストは耐性エネルギーを遺伝子的に内蔵している。が、それはあくまで人が呼吸をするのと同じように耐性エネルギーを循環させているに過ぎない。だから、こうして機械を動かすためにはその循環効率を最大化させる必要がある。

 呼吸の効率を最大化するのと同じようなもの。意識して実践したところで適性がなければ絶対に成立しない。もしこれを多くの人が簡単に出来るようになれば人類の身体能力は一段階向上するとさえいえる。

 だけれどエイリはそれをこともなげにクリアする。

 何故か。出来なければとっくの昔に命を亡くしていた、それだけの話だ。必要だったから獲得した。生き物の進化と根本的には何も変わらない。

 ゴーストシステムの機体にエネルギーが回る。

 まだ薄暗い朝の中に光る闇のごとき紫が発光し、機体は滑るように動き出す。


「ほぅ、こいつはすげぇ」


 整備主任の男はエイリの見事な起動技術に感嘆の息を漏らしてその背を見送った。

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