2-2 少女と少女の話

「ねぇエイリ?」

「どうかした?」


 エイリとジンが学舎に戻ってきた時にはすでに一日の授業工程はほとんどが終わっていて、残りの一限とそれからホームルームを受けるだけに留まった。

 足早に席を立とうとしたエイリをカノが呼び止める。

 その碧眼へきがんがじぃとエイリの深緑の瞳をのぞき込む。


「何か、隠してる?」

「特には、ないと思うけど?」


 机を挟んで向かい合う二人は至近距離で顔を見合わせたまま沈黙する。

 その距離感はいっそキスでもするのではないか、というぐらいで、周りの生徒たちは何も言わずただ固唾をのんで見守っていた。


「えぇと、カノ悪目立ちしてるし場所を変えよう?」

「分かった」


 憮然とした表情を浮かべ瞼で頷くとカノはエイリの手を引っ張って大股で教室から連れ出していく。

 それから少ししたのちに教室にカナエとジンがそろって顔を出す。


「あれ、カノちゃんとエイリちゃんは?」

「いねーの? んじゃ先に帰ったんじゃねーか」


 中を覗きながら首をかしげて、二人はそう納得したようだった。



 エイリが連れてこられたのは学舎の新校舎からほどほどに離れており人目もほとんど入ることのない朽ちた場所だった。

 エイリが日課で通っている旧校舎。木材は腐敗して崩れている個所もあり、はっきり言うとただ歩くだけでもかなりの危険が伴う。だから一応は進入禁止区域に指定されている。ただエイリ自身は教諭に許可を取って毎朝利用させてもらっていた。


「カノ、これ以上進むと危ないよ。足場も悪いし」

「じゃあここでいい」


 そういって振り向いたカノはエイリの真正面へと立って上目遣いで視線を合わせる。

 ウェーブがかかった金髪の髪はふわりと弾み、透き通るような碧眼は真実を得ようと必死だった。


「エイリ本当のことを言って。最近何しているの?」

「なにって……、」


 エイリはそこで一度言い淀み、続ける。


「調べもの、だよ」

「何を調べてるの?」

「それは……、言えないかな」


 一歩カノが近づく。瞬間、みしっと床が嫌な音を軋ませた。


「言えないようなことを調べてるんだ?」

「そういうわけじゃないけど……、」

「じゃあ教えて?」


 その言葉にエイリは静かに目を瞑る。

 それからゆっくりと見開いた。


「ゴメン、今は言えない。私にもまだ分かってないんだ、だからちゃんと分かるまでは、言えない」

「分かんないって、分かんないって何? わたしは、わたしは……」

「ごめんね」


 ぎゅっと、小さく握りこぶしを作ってエイリは小さく落とす。


「ごめん、って何? 何で謝るのさ、何もやましいことなんてないんでしょ?」

「そうだけど、でも……。ごめん」


 エイリはそれ以上の言及は一切しないつもりのようだった。


「分かんないよ、それだけじゃ全然わかんない!」

「アタシだって、アタシだって分かんないんだもん」


 タンッと一度だけ小さく床が鳴った。紛れるようにミシリという音もまた響く。


「エイリはいっつもそうだよ。いっつも何にも言わないで勝手に決めて、どっか行って、勝手に落ち込んで! 少しは言ってくれないとわたしは分かんないしカナエだって分かんないよ……」

「そうだよね、ゴメン」

「ごめん、じゃない」


 カノはもう一歩詰め寄ってエイリの両肩を捕まえ揺する。

 グラグラと揺らされるままの彼女はだけれど口を開かない。その間にも小さな音はなり続ける。


「ごめんじゃないよ!」


 体を捻り、胸を揺らしてカノはエイリの胸を強くたたく。

 どんと、衝撃はカノの右手へと還り、骨を震わせる。

 眉をひそめるカノとそれでも揺らがないエイリ。

 結局のところそれが両者の関係性だった。


「馬鹿ッ!」


 カノが思い切り床を踏みつける。

 それが合図だった。

 衝撃で老朽化した木造建築にひびが走り、そのままみるみる重みに負けていく。


「えっ、なっ何!?」

「カノ!」


 突然体が傾いだことに動揺しカノは硬直してしまう。

 だけれど、不幸中の幸いだったのはカノがエイリと一緒にいたことだろう。

 カノの体勢が崩れた瞬間にエイリは足を踏ん張り、手を伸ばして彼女を捕まえていた。


「ッ――!」

 が、朽ちかけていた床板はエイリの強烈な踏み込みに耐えきれなかった。


「落ちる――!?」


 一際大きな音が響き、二人の体は揃って落ちる。

 二人の視界にある天井が遠のき、飲み込むような暗がりが一面から飛来する。


 そして、

「あいつっ、……カノ大丈夫?」

 エイリは地面に叩きつけられた。衝撃で抱きかかえていたはずのカノも腕の中から離れて暗闇の中を転がる。


「なに、コレ。どういうこと?」

「分かんないけど、落ちたみたい」


 あたりを見渡しながらカノが震えた声を出し、エイリは冷静に上を眺めて結論を得る。


「ねぇ、どうなってるの? エイリ、何が起きたの!?」

「だから、落ちたんだと思うよ。なんでこんな深いのかは分からないけど」


 カノは慌てたようにエイリへと近づき、腕に縋りつく。


「多分、出口があると思うから……、」


 エイリは穴の深さを測ろうとしているのか、目を細めて上を眺めつつカノの背中を軽くたたく。

 穴はさほど深くもなく、エイリの身体能力ならば恐らく登り切れるだろう。


「出口って、どうやって探すの? ほんとに出られるよね!?」

「大丈夫だよ。こんな大穴、人為的に決まってるから。寮の真下が空洞でしたなんて杜撰な仕事するはずない」


 それは街に対する信頼か、それとも義父に対する信頼か、エイリはただ確信をもってカノをなだめる。


「ほんと、だよね? ねぇ大丈夫なんだよね?」

「安心して、大丈夫だから問題ないよ」


 何よりエイリは慣れていた、自身の想定を超える事態に巻き込まれることに。


「そう、だよね。ちゃんと出られるよね……」


 おびえた様子のカノは新鮮だな、とエイリは益体もないことを考えながら少女の頭を撫で、それから大きく息を吸い込む。


「そんなに深くないし、旧寮の真下だから壁伝いに歩けば、多分だけど出口に続いてると思う」

「そっか、そうだよね。良かった……って、エイリあんた体大丈夫!? すっごい落ちたしわたしのこと庇ってくれたし!」


 ようやく落ち着いてきたカノが遅れて状況を理解しだした。


「そうやっていつも自分ばっかり背負い込んで! わたしの言ったこと全然分かってないじゃん! バカッ」

「あ、アハハハ。ほらそういうのはここを出てからにしよっ? ね?」

「ん、分かった……」


 エイリの態度にカノは何か言いたげに頬を膨らませて、それから渋々頷く。

 二人は手を繋ぎ、それから壁へと手を当ててゆっくりと暗闇の中を歩き出す。

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