1-7 少女と日常2


 丸一日を公共書庫の資料漁りに費やすという年頃の少女にあるまじき愚行をしでかしたというのに、エイリは結局それ以上の情報を得ることが出来なかった。

 ただいくつか分かったこともある。

 最も大きなものをあげれば『耐性エネルギー』についてだろう。このエネルギーの発見は世界が滅ぼされる少し前だったらしい、ということ。初めは観測されたエネルギーの総量は極めて少なかった、ということ。滅びの真っ最中においてその総量は爆発的に増加したこと。そして増加したエネルギーそのものが遺伝子や分子を汚染すること。その現象を今の世界では『耐性汚染』と表現すること。ネクストとギフトパスが現れだしたのは近年、特に二百年ほどの間だということ。

 ほかには遺失した技術の中には移動に関するものが多々散見され、そのどれもが耐性エネルギーよりも変換効率で劣る電気や火を使って運用されていたらしいこと。

 エイリは記述にある古い世界を想像して一つだけ真っ先に心配した、『果たしてリソースは足りていたのだろうか』ということを。現状の壁の中の街よりも、もっと規模の大きな街が陸続きにどこまでも広がっていくような世界だなんて、明らかに食料もエネルギー資源も枯渇しそうなものである。だが、古い世界はそれで回っていたらしい、というのだから驚くばかりである。少なくともエイリには信じ難い話だった。

 この世界は分からないことだらけだ、とエイリは頭を悩ませる。

 頭を悩ませて、悩ませて、悩ませすぎて、気が付けば学舎の授業工程はすべて終了していた。少し誇張が含まれた、実際にエイリが上の空な理由は大きく二つで、この世界の分からないことが四割と人を命を奪ったという事実が六割。

 感情はやがて風化する。ただし一日や二日で風化するようならばそいつは恐らく端から人の心など持ち合わせてはいないだろう。

 人を殺すこと、命を奪うこと。

 エイリはこの五年で何度もそれを経験してきた。それでも慣れない、慣れることが出来ない。

 どんなに刺激的なことだったとしても繰り返すうちに人は慣れる。慣れてしまうはずだった、そのはずだった。だのに少女は手に残る命の重さと血の生臭さ、そういったモノに今でも強く忌諱感きいかんを覚えている。だから後を引く。

 人並の神経だとか、精神だとか、なんてことはとても言えない。けれどもエイリはそれでもちっぽけな少女でしかあり得ない。

 それでも彼女は迷わない、躊躇とまどわない。為すべきことを為すために。



「ねぇエイリ、何か悩みごとでもあるの? それとも何かあった?」

「カノ、アタシは……」


 深刻な表情で机にうつむいて考え事をしていたエイリの肩に手を当ててカノ――特に現状とは関係ないが彼女は割と皮肉屋で煽り屋だ――が声をかけた。その後ろにはニコニコとしている上に心配そうな表情を浮かべるという高等技術を駆使するカナエ――見た目は委員長のようであり、雰囲気はおっとりとした、いじめられっ子のようであり、不思議なことに逆さまの属性が混在している――もいる。


「毎年恒例のあれ?」

「うん、大体あってるけど……」


 エイリが反乱を企てる組織や水面下で動いている何かを叩き潰すために駆り出されることは、そう多くはないがそれでも大体毎年のように行っていることで、だから一年の内で一週間から一月ほどの間、エイリはへこみ続けており、それはもうお決まりのことだった。


「エイリちゃん、それってなんでー? あの日ではないんでしょ?」

「あの日だったら毎月こうなるでしょ」

「そうだよねー」


 割と呑気にそう話している二人の目を盗んでエイリはこっそりとため息を吐き出した。


(落ち着くしありがたい、んだけど……。なんか複雑かも……)


 根を詰め過ぎれば潰れてしまうと彼女自身も分かっている。分かっているからこその心境でもあった。


「それじゃーさー、久しぶりにお茶しよう?」

「だって、どうするの? エイリ」

「うー、お呼ばれする」


 カナエの提案を二人は飲むことにしたらしい。


「それじゃー、レッツゴー!」



 街の中央区の端に位置する一学の寮から歩くこと四十分。エイリたちは中央特区七番街にある大屋敷へとやってきた。

 そこはカナエとジンの家だ。


「ただいまー」

「お邪魔します」


 大きな門をくぐり、庭を通り抜けて玄関へと足を踏み入れる。

 外から見てもわかるほどの広さと豪奢な内装、それでいて嫌味にならない適度な塩梅。つまりは本物のお金持ちの家だった。


「侍女さんたちに声かけてくるから、座って待っててねー」


 玄関を通り抜けてそのままテラスのある部屋へと二人を迎えたカナエは意気揚々とドアの向こうへと姿を消す。


「いつ来ても大きなお屋敷よね」

「そうだね、流石お金持ちは違うよね」


 カノが周りの装飾品を見回しながら呟けばエイリもそれに同意した。


「いや、父親が統括役のあんたも相当だと思うけど?」

「いやいやウチはここまで大きな家に住んでないよ」


 それからお上品な白いテーブルと併設されたこれまた綺麗な椅子に二人は適当に腰掛ける。


「それにしたってわたしのとこに比べたら雲泥だよ。中央区でさえ馴染めないのに特区はそれ以上だね、ホント」

「カノは、東区域なんだっけ?」

「そっ、フツーの平屋だよ。だからわたしがネクストだって診断されたときにはもうなんかてんやわんやだったんだって。大体わたし両親とは髪の色も目の色も全然違うし」

「それさ、不思議だよね。なんでネクストとギフトパスは遺伝をガン無視するんだろ」


 金髪碧眼の巨乳娘と赤髪緑眼のスレンダー少女は首を捻りながらも頷き合う。


「あぁ、にしてもちょっと落ち着かない、カナエとエイリと一緒にいるから少しは慣れたと思ったんだけどなぁ」

「あたしも慣れないうちは大変だったなぁ」

「へぇ?」

「うん?」


 エイリの言葉にカノが首をかしげてみれば、エイリ自身は何に疑問を持たれているのか分からなかったようで、オウム返しに首を傾げた。


「お待たせー、紅茶とお菓子持ってきてくれるってー」


 嬉しそうに足取りを弾ませて戻ってきたカナエは唇に少量の粉をくっつけていた。おそらくクッキーをいくつか味見したのだろう。


「おぉー、というかさカナエ」

「なぁに、カノちゃん?」

「ちょっと思ったんだけど、あんたってあんまりお嬢様っぽくないよね」

「えぇー、そんなことないよね!? エイリちゃん!」

「どうだろう。でも、そうだね良い意味でそうかも」


 滑るように椅子に腰かけたカナエはエイリに話を振って、振られたエイリは少し思案しつつ軽く瞬きをしながらそう答えた。


「いい意味で? それならまぁいいかなぁ」


 どうやらその言葉に納得したようで柔らかい笑顔を振りまく。


(それで納得するんだ……?)


 その様子にカノが内心だけで突っ込んだ。


「今日のお茶請けはねー、なんとクッキーとスコーンです!」

「うわ、ぜいたく品……ッ!」

「というか、そもそもお茶すら高いからね。お茶の時間とか相当贅沢だよほんと」


 カノは思わず叫びそうになる衝動を抑えて、エイリは二つの意味で感心する。


「お嬢様、お持ち致しました。それと旦那様が坊ちゃんのこととお嬢様方のことを後で教えてほしい、と申されております」


 ティーポットと茶器、盛られたクッキーとスコーンをカートに乗せてメイドが運んでくる。言付けも受けていたようでそれをカナエへと伝える。


「はい、分かりましたわ。後で向かいますと伝えておいて」

「ごゆるりと」


 それからテーブルの上へとすべてを準備し、ポットからカップへと紅茶を注いだ後に上品に頭を下げて、部屋から退出していった。


「さてと、それじゃあ何から話そっか?」

 パンとカナエは両手を合わせて楽しそうに笑みを振りまく。

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