1-4 少女と模擬戦


「準備はいいよ」

「そんじゃ始めるぜ」


 準備運動とばかりに手に持った棍をくるくると回し弄ぶジンが一歩踏み込む。

 身を沈めて低い位置から相手のあごを狙い撃つ鋭い突きの一撃。

 対してエイリは喉元一寸でそれを見切る。

 ぐっと、少女の体が沈み込む。それと同時に少年の操る棒の動きが変わる。

 沈み込んだエイリを追撃するために逆の端が回転する。

 カコンッ、と木と木がぶつかり合う音が響く。

 エイリの得物はやや短めの二本の木剣。つまり普段通りの二刀流である。

 比較的重量が少なく取り回しの良さを生かした防御主体の高速格闘。それがエイリのスタイルだ。

 一方のジンは武器に関してはオールマイティに何でもこなせる万能型で今現在は棒を扱っている。だが剣、槍、鎌、楯、戦斧、ハンマー、ナイフにフォーク、弓矢、ライフル、それから鉄球からステゴロまでほとんどありとあらゆる武装を使いこなす生粋の武器使いだ。つまり彼はどの武器がどういう戦い方をするものなのか、その全てを理解しているということだ。

 つまり、エイリがカウンターに対するカウンターを狙っていることさえ織り込み済み。


「――――ッ!」


 エイリは確かにジンの棍を弾いた。

 弾いたのだが、その直後のジンの挙動には思わず虚を突かれたらしい。

 タンッと数歩分の間合いを確保したジンが棒を槍に見立てて構えを作る。

 ジンが何をしたのかといえば、それは非常に単純な行動だった。

 弾かれた直後に棒の先端で思い切り床を突いた、ただそれだけの行動だ。弾かれた勢いと彼自身の力で以て少し後方へと跳ぶように移動した。

 それによってその後に続くエイリの二撃目をすかして有利な間合いを作り出す。それがそれが今回の彼の一連の動きの正体。

 その間合いのまま突きを主体にした槍術を繰り出す。

 突きによる集中攻撃。点による攻撃はたったの一撃で致命傷になりえる。一撃必殺の技術だ。ただその分狙い通りに当てるのは難しい。

 だというのにジンの棒先は正確にエイリえと狙いを定め攻め立てる。

 胴、首、膝、首、膝、胴、胴。

 その連撃をエイリは弾き、受け止め、躱してジリジリと間合いを詰める。

 点攻撃は一撃の威力は絶大だが手足や首、頭など、的が小さくなればなるほど避けられやすくなる。その上自分有利な間合いを維持しようとすればするほど相手の機動力を削ぐ方向へも攻撃を散らさなければならなくなる。

 つまり、持久戦になればなるほど攻めるためのリソースはガンガン削れていく。

 逆に防御を主体とするエイリはたった一度の隙を待てばいいだけ。

 少女には確信がある、一瞬でも相手が崩れれば自分の剣は相手に届くという確信が。

 お互いに何度も手合わせをしてる、だからジンはよく分かっていた。『攻めているんじゃなくて、攻めさせられているんだ』ということが。


 しかしだからと言って、

(一瞬でも攻め手を緩めれば勝負を決められるッ!)

 攻めないという選択肢は取れなかった。


 間合いを取られないようにするための牽制と本気で当てに行く文字通りの必殺の一撃を織り交ぜながら、ジンは次の一手を模索する。


(こちらの得物は長物、懐に入られると向こうの得物を防ぐ手立てはない。けど、このまま続けても全部読まれて当てられる気がしない――ッ! けど、ここから振り主体にしようにも切り替え時の隙は致命的すぎる……)


 一向に打開のための一手は思い浮かばないようだった。

 現状維持ならそのままじり貧、何か手を打たなければ間違いなくなし崩し的な負けは目に見えている。


(隙を作らずに相手の虚を突く一手、あるにはあるッ、けど博打もバクチ、大博打だ――ッ!)


 ジンは突きを繰り出した直後に大きく息を吐き出す。


「ハァッ!」


 気合の一声と共に棒から一度手を放し跳ぶようにエイリの懐へと踏み込んだ。

 そして、自然落下で地に落ち始めた棒を正確につかみ上げて、そのまま突きを繰り出す。

 はずだった。

 カァンッ、という一際小気味の良い音が響く。

 直後にカランと棒が床を転がって、負けましたとばかりにジンは両手を挙げた。

 彼ののど元にはエイリの木剣が突き付けられている。


「くそ、俺の負けだ」


 ジンは言葉と共にドカリと床へと腰を下ろす。

 同時にエイリも構えをとき、脱力する。


「最後の一撃、あれはヒヤッとしたよ」

「ぬかせ、俺はちゃんと見てたぞ。お前が笑ってるの」


 そして、感想戦が始まる。

「だって、そりゃ心も踊るよ。あの一瞬だけは勝負が分かんなかったからさ」

「お前……、嫌味かよ」

「とんでもない、本心だよ。あの場面ならアタシ自身もジンと同じ行動したと思うし」

「つまり結局読み通りってことだろ?」


 ジンの言葉にエイリは頷きながら腰を下ろす。


「そうだね、うんまぁ読み通りっちゃ読み通りかな。あそこで一手待たれてたら多分アタシの負けだったと思う。少なくともアタシならあの場面で一手攻め手を遅らせたかな」

「あそこは待つべきだったか……」

「アタシがジンだったら反撃を待ってカウンターのカウンターを狙ったかな。少なくとも防御主体でカウンター狙いの戦型なのはバレてるからね。後の先の裏を取るかな」

「あの場面でか?」

「うん」

「俺がお前に届かないのはそういうところだな。間違いねぇ」

「いやいや、技量的に五分五分だと思うよ。ただアタシはネクストだからアンタより反応が少し早いってだけ」


 現在この世界には三種類の人間がいる。一つはNG(ネクストジェネレーション)、縮めてネクストと呼称される通常よりも強靭な肉体を有する新人類、一つはGP(ギフトパス)―才能を与えられた者という意味の『ギフテッド』との差別化のため―と称される特殊な能力を獲得した新人類。そしてN(ノーマル)と呼ばれるそれらのどちらでもない極々普通の一般的な人類。

 二つの新人類には『耐性エネルギー』と称される極めて特異な力場に対する抵抗遺伝子を保持しているという共通点が存在している。


「それに結局お互い殺す気でやったらジンが勝つよ。多分」

「ほんとかよ、まるっきり勝てる気しねぇぞ」

「うん、アタシじゃアンタは殺せない、と思う」

「いやでも、そもそも俺はお前と殺し合いなんかしたくないっての」


 ジンはガリガリと頭をかきながらため息を吐き出す。


「そうだね、アタシもヤダ」

「だろ? んじゃ、あと何本か付き合ってくれ」

「どうしてそうなるの!? まぁいいけどさ」


 そして二人は立ち上がってお互いに構える。

 合図はなかった、呼吸だけで十分なのだから。



「ねぇねぇ、カノちゃんはあの二人の間に割って入れる?」

「どうしたの急に?」


 双剣と棒とで打ちあう二人を遠目に眺めていたカナエが唐突にそう問う。

 カノは特に考えることもなくあっさりと答えを吐き出した。


「いやフツーに無理かな。わたしもエイリと同じネクストだけどあんなには動けないし、というかあれはジンの方が異常だよ」

「ジンはねー、ああ見えてすごい努力家なんだよー」

「それで結果出せてるんだからすごいね。わたしには真似できないわ」

「そうかな、カノちゃんもすごいって私思うよ」

「ありがと、でもホラ方向性が違うから。確かにわたしたちネクストはあんたらとは根本的な身体能力に差はあるけど、だからと言ってイコールで全員が全員エイリみたいなお化け染みた運動性能があるわけじゃないし」

「そういえばそんなこと先生も言ってたねー」

「そういうわけだし、校内でもあの二人は別格じゃん?」

「確かにそうだよねー、あっ、でもでもお勉強だけなら私エイリちゃんに勝てる自信あるよ?」

「流石学年一位様だ」

「えっへん!」


 心なしか胸を張ったカナエの頭をカノがなでる。

 背は小さいが器は大きい少女、それがカノなのである。ちなみにカナエは胸が大きい。


「そういえばさ、ジンのこと聞いてもいい?」

「うーん、分かんないけど答える」

「なんだそりゃ。ジンが能力使ってるところ見たことないんだけど、どんなの?」

「うーん、あれはなんだろうね? そうだなぁ、多分エスパー的な?」

「エスパーって、結構範囲広いよ?」

「えぇとね、サイコキネシスに似た感じだと思うんだけどぉ……」

「へぇ、遠くのものとか動かせる感じ?」

「出来るよ、あんまりやってくれないけど」

「へぇ、そうなんだ」

「なんかね、微調整が難しいから細かいことはやりたくないんだって」

「ふーんそっか。あいつ手先は器用なくせに」

「不思議だねー」


 二人は揃って頻りと頷き合う。

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